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第二章 オランダ旅行編
第九話 たくさん撮る
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次の日。朝食を食べていると、倉野さんのお父さんが見せてきた。聞いてみると、アンネの家のチケットだそうだ。
「アンネのチケットって取れないんだよ。何ヵ月も待つんだ」
「え。じゃあ、これは?」
「知り合いに譲ってもらったんだ。日本から来た学生へって言ったら、快く譲ってくれたよ」
「せっかく来たのだから、見ておくといい」
いいのだろうかと思ったけれど、せっかくのご厚意だからと僕らはまずはアンネの家に行くことにした。
僕らは各々自転車に乗って、出発する。まだ、少し覚束ない津川先輩のためにほどほどのスピードでアムステルダム市内に向かった。
薄曇りの天気。風を切って走るので、気持ちいい。
自転車専用道路は、スピードを出して走るスポーツバイクの人もいるので、僕らは並走せずに一列に並んで走った。
川が網の目状に流れているので、何度も橋を渡る。日本とは全く違う景色の場所を、サイクリングしているという事実だけで何だか充足感に満たされた。
ほどなくして、アンネの家にたどり着く。
「うわっ!」
「めちゃくちゃ並んでいる!」
どこが先頭か分からないほど、列が出来ていた。これはチケットが取れないはずだ。
水上くんが複雑な表情でつぶやく。
「……絶対に面白くはないよね」
「みんな、歴史を見に来ている。アンネの家はアンネの父が博物館にした」
「え。そうなの?」
「アンネの日記を出版したのも、そう」
思わず絶句してしまう。日記のことを知っていても、その経緯までは知らなかった。娘の日記を出版せざるを得ない気持ちとは、どんな気持ちだろうか。
長い列に並んでいると、僕たちの順番が来る。家は保存されていると言っても、アムステルダムに並んでいる普通の家のすぐ横にあった。
中は撮影禁止で、外見だけ写真を撮る指定があったのでタブレットで撮っておいた。
家の中も一般的な家なのだろう。家具がないけれど、押収されてそのままにしているらしい。隠れ家を隠す本棚が、ここが普通の家ではないということを示している。
倉野さんが書いている解説文を翻訳して読んでくれた。
「次は中央駅に行く」
アンネの家から出ると、倉野さんが少し声に張りを出して言った。
僕らも習って、元気を出す。
「よしっ! 頑張って、全部の写真を集めよう」
「もう無作為にたくさん撮っちゃおうよ!」
再び、自転車に乗って走り出した。
アムステルダムの中央駅は、東京駅によく似たレンガ造りだ。
大きな駅で、自転車に乗ったまま、どんどん写真を撮っていく。トラムの車両も駅の前を走っている。指定にあったので、撮っていると人の視線を感じる。
「さすがに駅にいる人には頼めないよね」
人の写真も多いから、ついチャンスがあればと思ってしまう。
「そうだね。また今度、公園に行ってお願いしよう」
津川先輩の言う通り、公園が一番頼みやすい。
「次は景色を撮りながらサイクリングする?」
タブレットで写真を撮るには、さすがに一度止まらないといけない。
倉野さんが駅と反対側を指さす。
「あっちにミュージアム、美術館がたくさんある地域があるから、そこを目指しながら行こう」
僕らは気持ちよく自転車を走らせる。何度も橋を渡り、止まっては川やボートの写真を撮った。
目的の美術館は本当に密集していた。国立美術館、モコ美術館、ファン・ゴッホ・美術館、市立美術館。レンガ造りの古い建物もあるし、近代的な造りの建物もある。
「あれって、バスタブ?」
見上げて、ぎょっとしてしまった。市立美術館の天井が白いバスタブのようになっていたのだ。僕たち三人は驚いたけれど、倉野さんは平然と言う。
「そう。バスタブ。みんな、そう呼んでいる」
「へ、へー……」
元々そういう造りのようだ。
写真の指定は外観だけだ。だけどせっかくなので、市立美術館に入場してみる。
ゴッホやピカソの絵が飾られていた。現代美術が主のようだ。写真を撮ることも可能のようだ。僕は自分のスマホで気に入った美術品を撮影する。
「若狭くん、早く!」
美術に興味が一番あるのは僕のようだ。三人が先に行ってしまうことが度々あり、そのたびに声を掛けられた。
「アンネのチケットって取れないんだよ。何ヵ月も待つんだ」
「え。じゃあ、これは?」
「知り合いに譲ってもらったんだ。日本から来た学生へって言ったら、快く譲ってくれたよ」
「せっかく来たのだから、見ておくといい」
いいのだろうかと思ったけれど、せっかくのご厚意だからと僕らはまずはアンネの家に行くことにした。
僕らは各々自転車に乗って、出発する。まだ、少し覚束ない津川先輩のためにほどほどのスピードでアムステルダム市内に向かった。
薄曇りの天気。風を切って走るので、気持ちいい。
自転車専用道路は、スピードを出して走るスポーツバイクの人もいるので、僕らは並走せずに一列に並んで走った。
川が網の目状に流れているので、何度も橋を渡る。日本とは全く違う景色の場所を、サイクリングしているという事実だけで何だか充足感に満たされた。
ほどなくして、アンネの家にたどり着く。
「うわっ!」
「めちゃくちゃ並んでいる!」
どこが先頭か分からないほど、列が出来ていた。これはチケットが取れないはずだ。
水上くんが複雑な表情でつぶやく。
「……絶対に面白くはないよね」
「みんな、歴史を見に来ている。アンネの家はアンネの父が博物館にした」
「え。そうなの?」
「アンネの日記を出版したのも、そう」
思わず絶句してしまう。日記のことを知っていても、その経緯までは知らなかった。娘の日記を出版せざるを得ない気持ちとは、どんな気持ちだろうか。
長い列に並んでいると、僕たちの順番が来る。家は保存されていると言っても、アムステルダムに並んでいる普通の家のすぐ横にあった。
中は撮影禁止で、外見だけ写真を撮る指定があったのでタブレットで撮っておいた。
家の中も一般的な家なのだろう。家具がないけれど、押収されてそのままにしているらしい。隠れ家を隠す本棚が、ここが普通の家ではないということを示している。
倉野さんが書いている解説文を翻訳して読んでくれた。
「次は中央駅に行く」
アンネの家から出ると、倉野さんが少し声に張りを出して言った。
僕らも習って、元気を出す。
「よしっ! 頑張って、全部の写真を集めよう」
「もう無作為にたくさん撮っちゃおうよ!」
再び、自転車に乗って走り出した。
アムステルダムの中央駅は、東京駅によく似たレンガ造りだ。
大きな駅で、自転車に乗ったまま、どんどん写真を撮っていく。トラムの車両も駅の前を走っている。指定にあったので、撮っていると人の視線を感じる。
「さすがに駅にいる人には頼めないよね」
人の写真も多いから、ついチャンスがあればと思ってしまう。
「そうだね。また今度、公園に行ってお願いしよう」
津川先輩の言う通り、公園が一番頼みやすい。
「次は景色を撮りながらサイクリングする?」
タブレットで写真を撮るには、さすがに一度止まらないといけない。
倉野さんが駅と反対側を指さす。
「あっちにミュージアム、美術館がたくさんある地域があるから、そこを目指しながら行こう」
僕らは気持ちよく自転車を走らせる。何度も橋を渡り、止まっては川やボートの写真を撮った。
目的の美術館は本当に密集していた。国立美術館、モコ美術館、ファン・ゴッホ・美術館、市立美術館。レンガ造りの古い建物もあるし、近代的な造りの建物もある。
「あれって、バスタブ?」
見上げて、ぎょっとしてしまった。市立美術館の天井が白いバスタブのようになっていたのだ。僕たち三人は驚いたけれど、倉野さんは平然と言う。
「そう。バスタブ。みんな、そう呼んでいる」
「へ、へー……」
元々そういう造りのようだ。
写真の指定は外観だけだ。だけどせっかくなので、市立美術館に入場してみる。
ゴッホやピカソの絵が飾られていた。現代美術が主のようだ。写真を撮ることも可能のようだ。僕は自分のスマホで気に入った美術品を撮影する。
「若狭くん、早く!」
美術に興味が一番あるのは僕のようだ。三人が先に行ってしまうことが度々あり、そのたびに声を掛けられた。
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