広くて狭いQの上で

白川ちさと

文字の大きさ
36 / 89
第二章 オランダ旅行編

第九話 たくさん撮る

しおりを挟む
 次の日。朝食を食べていると、倉野さんのお父さんが見せてきた。聞いてみると、アンネの家のチケットだそうだ。

「アンネのチケットって取れないんだよ。何ヵ月も待つんだ」

「え。じゃあ、これは?」

「知り合いに譲ってもらったんだ。日本から来た学生へって言ったら、快く譲ってくれたよ」

「せっかく来たのだから、見ておくといい」

 いいのだろうかと思ったけれど、せっかくのご厚意だからと僕らはまずはアンネの家に行くことにした。

 僕らは各々自転車に乗って、出発する。まだ、少し覚束ない津川先輩のためにほどほどのスピードでアムステルダム市内に向かった。

 薄曇りの天気。風を切って走るので、気持ちいい。

 自転車専用道路は、スピードを出して走るスポーツバイクの人もいるので、僕らは並走せずに一列に並んで走った。

 川が網の目状に流れているので、何度も橋を渡る。日本とは全く違う景色の場所を、サイクリングしているという事実だけで何だか充足感に満たされた。

 ほどなくして、アンネの家にたどり着く。

「うわっ!」

「めちゃくちゃ並んでいる!」

 どこが先頭か分からないほど、列が出来ていた。これはチケットが取れないはずだ。


 水上くんが複雑な表情でつぶやく。

「……絶対に面白くはないよね」

「みんな、歴史を見に来ている。アンネの家はアンネの父が博物館にした」

「え。そうなの?」

「アンネの日記を出版したのも、そう」

 思わず絶句してしまう。日記のことを知っていても、その経緯までは知らなかった。娘の日記を出版せざるを得ない気持ちとは、どんな気持ちだろうか。

 長い列に並んでいると、僕たちの順番が来る。家は保存されていると言っても、アムステルダムに並んでいる普通の家のすぐ横にあった。

 中は撮影禁止で、外見だけ写真を撮る指定があったのでタブレットで撮っておいた。

 家の中も一般的な家なのだろう。家具がないけれど、押収されてそのままにしているらしい。隠れ家を隠す本棚が、ここが普通の家ではないということを示している。

 倉野さんが書いている解説文を翻訳して読んでくれた。

「次は中央駅に行く」

 アンネの家から出ると、倉野さんが少し声に張りを出して言った。

 僕らも習って、元気を出す。

「よしっ! 頑張って、全部の写真を集めよう」

「もう無作為にたくさん撮っちゃおうよ!」

 再び、自転車に乗って走り出した。




 アムステルダムの中央駅は、東京駅によく似たレンガ造りだ。

 大きな駅で、自転車に乗ったまま、どんどん写真を撮っていく。トラムの車両も駅の前を走っている。指定にあったので、撮っていると人の視線を感じる。

「さすがに駅にいる人には頼めないよね」

 人の写真も多いから、ついチャンスがあればと思ってしまう。

「そうだね。また今度、公園に行ってお願いしよう」

 津川先輩の言う通り、公園が一番頼みやすい。

「次は景色を撮りながらサイクリングする?」

 タブレットで写真を撮るには、さすがに一度止まらないといけない。

 倉野さんが駅と反対側を指さす。

「あっちにミュージアム、美術館がたくさんある地域があるから、そこを目指しながら行こう」

 僕らは気持ちよく自転車を走らせる。何度も橋を渡り、止まっては川やボートの写真を撮った。

 目的の美術館は本当に密集していた。国立美術館、モコ美術館、ファン・ゴッホ・美術館、市立美術館。レンガ造りの古い建物もあるし、近代的な造りの建物もある。

「あれって、バスタブ?」

 見上げて、ぎょっとしてしまった。市立美術館の天井が白いバスタブのようになっていたのだ。僕たち三人は驚いたけれど、倉野さんは平然と言う。

「そう。バスタブ。みんな、そう呼んでいる」

「へ、へー……」

 元々そういう造りのようだ。

 写真の指定は外観だけだ。だけどせっかくなので、市立美術館に入場してみる。

 ゴッホやピカソの絵が飾られていた。現代美術が主のようだ。写真を撮ることも可能のようだ。僕は自分のスマホで気に入った美術品を撮影する。

「若狭くん、早く!」

 美術に興味が一番あるのは僕のようだ。三人が先に行ってしまうことが度々あり、そのたびに声を掛けられた。

しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

百合ランジェリーカフェにようこそ!

楠富 つかさ
青春
 主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?  ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!! ※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。 表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。

俺にだけツンツンする学園一の美少女が、最近ちょっとデレてきた件。

甘酢ニノ
恋愛
彼女いない歴=年齢の高校生・相沢蓮。 平凡な日々を送る彼の前に立ちはだかるのは── 学園一の美少女・黒瀬葵。 なぜか彼女は、俺にだけやたらとツンツンしてくる。 冷たくて、意地っ張りで、でも時々見せるその“素”が、どうしようもなく気になる。 最初はただの勘違いだったはずの関係。 けれど、小さな出来事の積み重ねが、少しずつ2人の距離を変えていく。 ツンデレな彼女と、不器用な俺がすれ違いながら少しずつ近づく、 焦れったくて甘酸っぱい、青春ラブコメディ。

ママと中学生の僕

キムラエス
大衆娯楽
「ママと僕」は、中学生編、高校生編、大学生編の3部作で、本編は中学生編になります。ママは子供の時に両親を事故で亡くしており、結婚後に夫を病気で失い、身内として残された僕に精神的に依存をするようになる。幼少期の「僕」はそのママの依存が嬉しく、素敵なママに甘える閉鎖的な生活を当たり前のことと考える。成長し、性に目覚め始めた中学生の「僕」は自分の性もママとの日常の中で処理すべきものと疑わず、ママも戸惑いながらもママに甘える「僕」に満足する。ママも僕もそうした行為が少なからず社会規範に反していることは理解しているが、ママとの甘美な繋がりは解消できずに戸惑いながらも続く「ママと中学生の僕」の営みを描いてみました。

失恋中なのに隣の幼馴染が僕をかまってきてウザいんですけど?

さいとう みさき
青春
雄太(ゆうた)は勇気を振り絞ってその思いを彼女に告げる。 しかしあっさりと玉砕。 クールビューティーで知られる彼女は皆が憧れる存在だった。 しかしそんな雄太が落ち込んでいる所を、幼馴染たちが寄ってたかってからかってくる。 そんな幼馴染の三大女神と呼ばれる彼女たちに今日も翻弄される雄太だったのだが…… 病み上がりなんで、こんなのです。 プロット無し、山なし、谷なし、落ちもなしです。

夫婦交換

山田森湖
恋愛
好奇心から始まった一週間の“夫婦交換”。そこで出会った新鮮なときめき

天才天然天使様こと『三天美女』の汐崎真凜に勝手に婚姻届を出され、いつの間にか天使の旦那になったのだが...。【動画投稿】

田中又雄
恋愛
18の誕生日を迎えたその翌日のこと。 俺は分籍届を出すべく役所に来ていた...のだが。 「えっと...結論から申し上げますと...こちらの手続きは不要ですね」「...え?どういうことですか?」「昨日、婚姻届を出されているので親御様とは別の戸籍が作られていますので...」「...はい?」 そうやら俺は知らないうちに結婚していたようだった。 「あの...相手の人の名前は?」 「...汐崎真凛様...という方ですね」 その名前には心当たりがあった。 天才的な頭脳、マイペースで天然な性格、天使のような見た目から『三天美女』なんて呼ばれているうちの高校のアイドル的存在。 こうして俺は天使との-1日婚がスタートしたのだった。

あるフィギュアスケーターの性事情

蔵屋
恋愛
この小説はフィクションです。 しかし、そのようなことが現実にあったかもしれません。 何故ならどんな人間も、悪魔や邪神や悪神に憑依された偽善者なのですから。 この物語は浅岡結衣(16才)とそのコーチ(25才)の恋の物語。 そのコーチの名前は高木文哉(25才)という。 この物語はフィクションです。 実在の人物、団体等とは、一切関係がありません。

処理中です...