広くて狭いQの上で

白川ちさと

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第四章 学園祭編

第一話 トレジャーハンター部の奮闘

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 約二ヵ月の学園祭の準備期間はあっという間に過ぎ去っていった。

 まさか、トレジャーハンター部はじめての学園祭がこれほど忙しくなるとは、だれが予想しただろう。

「うわーっ! 時間がない!」

 はじめてだというのに、東棟の食堂という大きな会場を任され、僕らは授業が終わるとすぐに教室から駆け出ていた。




 結論から言うと、僕たちトレジャーハンター部は、小内先輩と東野先輩の二大押しの強い部長により、結局模擬店の出店を断れなかったのだ。

 僕らは温室でノートを広げて、今度こそ無理難題を押し付けられたとひざを突き合わせていた。

「……模擬店、するとしたら何がしたい?」

「はいっ! はいっ!」

 やっぱりというか、意外性がないというか。真っ先に手を上げたのは水上くんだ。

「深志、何が食べたい」

 倉野さんもなにが作りたいではなく、なにが食べたいか尋ねる。

「ストロープワッフル!」

 思ってもみない提案に僕らは顔を見合わせた。

 それは、夏休みに行ったオランダ旅行でよく食べたお菓子だ。

「作れるの?」

 僕は素朴な疑問を口にした。あれはオランダという特別な土地でしか作れないような気がしていた。水上くんは心得ているような表情で頷く。

「調べたら作れるみたいだよ。もちろん、ワッフルを作る機械がいるみたいだけど。でも、注文受けてから焼けば、焼き立てを出せるよね」

 おそらく本場そのものとはいかないだろう。それでも、二枚のワッフルを作って、キャラメルソースを挟めば、素人が作っても美味しいお菓子が完成出来ることは容易に想像出来た。

「じゃあ、作り方を叔父さんに聞いてみる。確かお店の人と仲良し」

 倉野さんの言葉に、津川先輩が頷く。

「そうと決まれば紅茶も必要だろうね」

 本場のストロープワッフルは紅茶の蒸気で温めて食べる。焼き立てを出すとはいえ、お客さんに雰囲気を味わってもらいたい。

 そもそも紅茶に合う食べ物だ。

「メニューが一種類はさすがに寂しいかな」

「あ! おすすめのアイスクリームがあるんだけど! たぶん、僕の母さんが口利き出来るよ!」

 アイスならそのまま仕入れて出すだけだ。僕らはワッフルを作ることと紅茶を淹れることに集中すればいい。

「あれ? もう、出来たも同然じゃない?」

 そんな僕の安易な一言を一蹴したのは倉野さんだ。

「食堂、そのまま? 味気ない」

「うぐ……」

 確かにせっかくやるなら、いい店にしたいし、賞も狙いたい。

 気持ちを察したように、津川先輩が提案する。

「やっぱり、ワッフルを出すならオランダ式お茶会みたいにしようか。例えば、花をいっぱい飾るなんてどうかな。園芸部もきっとそれなら協力してくれるんじゃないかな」

「可愛いテーブルクロスが必要。服も制服だと味気ない」

 どんどん案が出て来て、広げていたノートに文字が増えていく。

 僕以外の三人がどんどんと案を出していくので、置いていかれるようで、なぜだか焦燥感にかられた。

「じゃあさ、じゃあさ! 理事長が作ったあのゴッホの絵を壁に飾るってどう?」

 三人の視線が一気に集中した。勢いで言ってみたけれど、よく考えたら、あれは四人の思い出だ。

「いや、……やっぱり無しかな」

「僕はいいと思うよ。なんか芸術的空間になりそう」

 水上くんが言うと、倉野さんも頷く。

「わたしたちが集めた写真だから、わたしたちが使っていいと思う。オパもそう言う」

「そうだね。そこまでしたら、もう十分立派なお店になるよ」

 かくして、僕たちトレジャーハンター部の店の内容は決まった。

 店の名前は、お宝カフェ。

 僕らにとってのお宝だから、来た人には名前の意味なんて分からないだろう。とにかく必要なことは大体決まったのだ。あとは動くだけだ。

 手伝ってくれる他の部の人たちにも、いろいろと説明していく。

 水上くんが食べ物の仕入れと作り方の指導を担当、倉野さんが給仕の担当、津川先輩が食堂の飾り付けを担当、僕が大きな展示の担当だ。

 慌ただしく準備期間(この間も細かく実行委員に報告していた)が終わり、ついに学園祭前日。模擬店は本番前が一番忙しいのだ。

 津川先輩は他の部の人たちと準備していた飾りをどんどん飾り付けていく。

 一番大変なのは水上くんだ。仕入れた材料や機材を運び込む。

「明日のためにたくさん作らなきゃ」

 それだけではなく、明日すぐに焼けるようワッフルの生地をたくさん作っておかなければならない。倉野さんたち給仕担当が手も空いているので、水上くんを手伝っていた。

 僕はというと――

「原田先輩! ちょっと右に傾いています!」

 原田先輩は将棋部の先輩だ。

 くいっと眼鏡の端を上げて、持っていた紙を確認する。

「ああ、本当だ。でも、これだけ大きなものを貼っていくのは大変だね」

 壁一面にパネルを立てて、そこに写真を拡大印刷したものを順番通り貼り付けていく。言うのは簡単だけど、量が多いし順番通りになるように神経を使わなければならない。

 地味だけど中々大変な作業だ。結局、完成したのは夜もふけてから。

「いいものが出来たね。前の理事長こんなものも作れたんだ。いま思うと不思議なひとだったな」

 ゴッホが親指を立てて、ウインクしている写真のモザイクアート。いつもタブレットで見ているから、これだけ大きいと僕たちも新鮮な気持ちで見られる。

 このアートに合わせて、内装も紺や黄色、オレンジに統一している。造花は全部ひまわりだ。もちろん、園芸部に協力してもらって、生花も生けている。

「毎年、学園祭には理事長もちょっとしたゲームを作っていたからね。楽しかったよ」

 原田先輩の言葉にそうかもしれないと思いにふける。これだけ、いろいろする人だ学園祭なんて大きな舞台を見逃すはずがない。

「あの理事長のことだから、今年の学園祭でも何か仕掛けていたりして」

「……ははは、まさか」

 僕らは乾いた笑い声を漏らす。

「もう亡くなっていますし」

「ねぇ」

 しかし、その亡くなった理事長にもう二つも謎を解かされている。

「まさかね……」

 この日は学園祭前日。

 あと十数時間後には、そのまさかだということを僕らは知ることになるのだ。


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