広くて狭いQの上で

白川ちさと

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第四章 学園祭編

第十二話 スペシャルメニューの味見

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 西棟の中庭のベンチに座って、僕らは食べ物を広げる。

「おいしそー!」

 紙に包まれたバインミーに、四角い箱に好きなトッピングをしているロティ。それから、冷やしパイナップルに、たこ焼きと盛りだくさんだ。

 まずはみんな、気になっていたバインミーにかぶりついた。食べた途端に、口の中にジューシーな味とほどよい酸味が広がる。

「おいしい! なますってパンに挟んでも美味しいんだ!」

「豚肉、すごい。美味い」

「これ、パンもすごくこだわっているよ」

 かぶりついた途端、みんなが絶賛する。それを見ていたアリスもひと口かじった。

「おいしッ……!」

 思わず大きな声を上げたアリス。ふふっと意地悪く津川先輩が笑う。

「美味しすぎて大きな声が出たね」

 アリスはちょっと口を尖らせた不機嫌な顔をして、黙々と続きを食べ始めた。

 僕らもバインミーをあっという間に平らげてしまい、他の食べ物に手を付けていく。

「トッピングはやっぱりイチゴソースが定番かな」

「カラースプレーって初めて食べた。悪くない」

「追いチョコ。中に入っているものとは別みたいだ。どこのだろう」

「やっぱりチョコバナナといえば、生クリームが定番だと思うな、僕は」

 タイ式クレープのロティも、ワイワイと話しながら美味しくいただいた。

「さてと……」

 まだ料理が残っているというのに、水上くんが立ち上がる。僕らは不思議そうに見上げた。

「深志、どうした。まだ、食べ終わっていない」

「うん。僕はね。もう一度、バインミーの行列に並んで来ようと思うんだ」

「「「えっ!」」」

 耳を疑った。だって、水上くんはとってもグルメだ。

 その水上くんが――

「……二個食べるってこと?」

「で、でも、他のものが食べられなくならないかな」

 さすがにいつも冷静な津川先輩も動揺している。

 他の料理を差し置いて、バインミーをもう一個食べる。いくら胃が大きな水上くんといえども、もう一個分の容量を空けることは容易ではないはずだ。

「僕はね。他のものが食べられなくなってもいいから、もう一個食べたいんだ」

 なにかを悟ったような表情で、バインミーを求める行列を見つめる。

「これだけ人気なんだ。来年も販売される可能性が大きい」

「う、うん。たぶん、そうだよ。だから、来年――」

「でも、販売されない可能性だってある。そして、なによりまた食べるのに、一年も待たないといけないんだ! 僕はそんなには待てない」

 確かに一年待たないといけないことは間違いないだろう。

 手作りだから小内先輩にレシピを聞くことは出来るけれど、同じ要望はたくさん来るに違いない。いちいち付き合っていたら大変だ。

 それに、業者の人に発注している材料、豚肉やパンなどは、再現が難しいだろう。

「お祭りや旅行先での食べ物は一期一会なんだ。僕は絶対に後悔しない派だ!」

「ぼ、僕も食べようかな……」

 水上くんの話を聞いていて、なんだか僕も食べないとならないような気になってきた。立ち上がって、水上くんといざ行列に並ぼうとしたときだ。

「はいはーい! 僕は通りすがりの曲がったことが嫌いな警察官! キミたちに聞きたいことがあってやって来たよ! って、あれ?」

 ピンクの髪をした警察官、チャーリンが自撮りをしながら現れた。





 なんでまたここにとは思ったけれど、きっとこうやって学園内を撮影して回っているに違いなかった。

「キミたち、カフェの子たちじゃないか」

「えっと、僕たちになにか用ですか?」

 チャーリンがいることには疑問はないけれど、どうして僕たちにわざわざ声を掛けて来たのだろう。

 食べ物の感想なら、僕たちではなくて、目を輝かせてチャーリンを見ている子たちがたくさんいる。チャーリンは撮影を止めて、説明をしてきた。

「それがいつもはないスペシャルメニューを開発したとき、いまは合同で出している部活同士は敵対していたって言うじゃないか。それで詳しい話を聞こうと思ったんだよね」

「はぁ。でも、それだったら」

「うん。直接聞こうと思ったら、すごく忙しいから無理だって。それでキミたちなら知っているって言われてね」

 屋台の方をみると、行列はさらに伸び、中の人たちは忙殺されている。

 こちらに矛先を向けるのも分かる気がする。

「しょうがない。話す」

 倉野さんが代表して語り始めた。

 もともと、場所取りで争っていたこと。僕らの企画に園芸部が乗っかってこようとしたこと。結局、スペシャルメニューを二つだすことで大円団を迎えたこと。

「そうかー。トレジャーハンター部のみんなは災難だったね」

 まずは巻き込まれた僕たちを労ってくれる。チャーリンっていい人だな。子供に人気があるのも分かる気がした。

「だけど、結局は美味しいものが食べられたからね。僕らはがんばった甲斐がありました」

 一番がんばっていた水上くんがそういうのなら、誰にも文句はない。

「アリスはどう? 美味しかった?」

 チャーリンが尋ねると、アリスはコクコクと頷く。

「さっきもいたよね。誰かの妹さんなのかな」

「いや、この子はお姉さんを探していて……。そういえば、この食堂にお姉さんは居そう?」

 今度はブンブンと首を横に振る。

「……つぎ、舞台見に行きたい」

「「「「えっ!」」」」

 アリスはお姉さんを探すよりも、僕らと行動することを選んだようだ。パンフレットを広げて、次の舞台を指さしている。

「ははっ! アリスだけに好奇心旺盛だね。じゃあ、学園祭楽しんでね!」

 それは開催する僕たちのセリフじゃないだろうかと思いつつ、チャーリンは手を振って去っていった。


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