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第四話 調理実習でピンチ
しおりを挟む「えっと、まずは役割を決めないといけないんじゃないかな」
調理実習とはいえ、一度に全員同じことをするわけにはいかない。
「わたし、味噌汁を作ります」
すぐに手を上げたのは高来さんだ。いつもクールな高来さんらしい、きっぱりとした物言いだ。しかも、もう決定したみたいに味噌汁の具のじゃがいもの皮をむき始めた。慣れている感じではないけれど、危なげなく剥いていく。
「じゃ、じゃあ、僕も手伝うよ。味噌汁の出汁を取ればいいかな」
そう言ったのは菊池くんだ。わたしも名乗り出るべきか、どうしようかと迷う。でも、どう考えてみても、お味噌汁に三人も人数は必要ない。高来さんがジャガイモを剝き終わったタイミングで交代してもらおうか、どうしようか迷う。
まごまごしている内に、柿原くんが爽やかに笑って言う。
「味噌汁は二人に任せていいね! 僕ら三人でハンバーグを作ろう」
そんな!と思ったけれど、わたしに反論は出来なかった。
そもそも、ジニアスが言っていたわたしと仲良くなりたい人が菊池くんじゃない可能性もあるし、柿原くんである可能性もあるのだ。あまり菊池くんに固執する意味はないのかもしれない。
とにかく、クラスの全員と仲良くなればジニアスの望みも叶うに違いない。せっかく、未来から来てくれたのだから、それぐらいはしてあげようと思うぐらいにはジニアスとも仲良くなっていた。
「じゃ、じゃあ、わたしタマネギ切るね。せっかくだし、半分は柿原くんしてくれる?」
「ああ。そうだね」
わたしと柿原くんがタマネギを切り、翔子が他の材料をはかりで用意することになった。
「えっと、確かタマネギのみじん切りは斜めに切っていくと良いって、お母さんが言っていたよ」
「そうなんだ。三浦さん、結構手伝ったりするんだね」
柿原くんと並んで調理していると、なんだか急に仲良くなったような気がする。
タマネギを刻み終わると、フライパンで炒めて、ひき肉と他の材料を入れて混ぜていく。手袋をはめて三人交代で混ぜ合わせて、五つのハンバーグに成形した。
「あとは焼けるのを待つだけだね。焼くのは二人に任せて、僕は洗い物しておくよ」
油でべとついたボウルを率先して洗い始める柿原くんは、本当にいい人だなって思う。
だけど、これだけ誰とでもすぐに打ち解けるなら、ジニアスの言っていた人ではないのかもしれない。柿原くんが例え好きな人でも誰かと仲良くなりたいとAIに相談する姿が想像できなかった。それが、まさかわたしのはずがない。
油を引いたフライパンにハンバーグを並べて、火をつける。すると、エプロンの裾をくいくいっと引かれる。
「ちょっと、香菜!」
「え、なに翔子」
「なに? じゃないよ! どうして、柿原くんと二人で作業しているの! そんなに香菜も気になっていた?」
翔子は少しむくれている。本気で怒っているわけじゃなさそうだけど、わたしの行動が不満なようだ。
「べ、別に普通だよ。ほら。せっかくの調理実習だし、みんなと仲良くなりたいじゃない」
「んー、本当に?」
「そうだよ。それに――」
翔子の機嫌を取るために、言い訳を並べているときだ。
「なんだか、焦げ臭くない?」
そうつぶやくように鼻先を上げたのは、お味噌汁をおたまで混ぜている高来さんだ。
「「あ……」」
わたしと翔子は絶句した。おしゃべりしている間にハンバーグからは煙が出ていたのだ。慌ててフライ返しで返す。すると、片面が真っ黒に焦げていた。絶望的な黒さだった。
翔子が泣きそう声で言う。
「どうしよう。わたしのせいだ」
「わたしも……、話に気を取られていたから」
このままでは、お昼ご飯が美味しくない上に、家庭科の成績も下がってしまう。
「えーと、焦げているところを剥げば食べられるよ。大丈夫」
困った顔で柿原くんは励ましてくれるけれど、尚更申し訳なく思った。
「本当にごめんなさい……」
柿原くんになぐさめられて、なおさら翔子は泣きそうだ。
「そうだ」
わたしはこんなときこそ、ジニアスに相談するべきだと思った。きっと解決案を教えてくれるに違いない。持って来ている鞄に駆け寄った。
「みんな。少しの間、先生からわたしを隠して」
本当は授業中にスマホを使ったら怒られるだろう。
けれど、焦げたハンバーグに何もしないよりもましだ。みんなはスマホを取り出したわたしを見て、合点したように不自然じゃないように並んでくれた。
『ジニアスお願い』
『焦げたハンバーグを誤魔化す方法を教えて』
『家庭科の授業で焦がしちゃったんだ』
『香菜ちゃんは意外とおっちょこちょいだよね』
『いいよ。少し待ってね』
ジニアスの少し待ってねは、本当に少しの間、数秒だ。
『そうだね。焦げたところは取り除くしかないけれど、ソースで誤魔化すっていう手があるよ。醤油とウスターソースとケチャップを、一対二対四の割合で混ぜるんだ。ハンバーグと一緒に煮込むといいよ』
『ありがとう』
わたしはすぐにスマホを鞄にしまう。
「みんな、ソースを作ろう。それで味を誤魔化すの。調味料取って来るね」
家庭科室に置かれている冷蔵庫には、醬油とケチャップはもちろん、ウスターソースもあった。良かった。これで、少しはましになるだろう。
ジニアスに言われた通りの割合で、フライパンでソースを作る。そのまま、ハンバーグと一緒に蒸し焼きにした。良い匂いがするハンバーグをお皿に盛りつける。
出来上がって並べられたご飯と味噌汁とハンバーグを見て、先生は満面の笑みを浮かべた。少しだけ、ハンバーグの端を箸でとって味見をする。
すると先生は満足げに頷いた。
「とても美味しいですね。この班は満点です」
その言葉を聞いて嬉しいと感激するよりも、安心で身体から力が抜ける。簡単に取り除いたけれど、先生が裏の焦げた部分に気づかなくて良かった。
無事評価も終わって、人数分の料理を並べる。わたしたち五人はお昼ご飯を食べ始めた。
翔子がハンバーグを噛みしめて言う。
「すごく美味しい。香菜、本当に天才だよー」
「た、たまたま検索が上手くいっただけだよ」
わたしもひと口食べてみるけれど、焦げているところが少し気になる程度で、甘酸っぱいソースが上手く肉汁と絡み合う。翔子の言う通り天才的なおいしさだ。家でも試してみようと思うほどだ。
「冷や冷やしたけれど、怪我の功名ってやつだね」
「菊池くんたちが作ったお味噌汁も美味しいよ。かつお節で出汁を取ったんだよね」
「うん。顆粒以外で出汁を作るなんて初めてだったよ」
男子二人は和気あいあいとご飯を食べていた。ジャガイモのお味噌汁も優しい味でホッとする風合いだ。
そうそう。大事なことを忘れていた。向かい側に座る高来さんの顔を見る。
「高来さん、ありがとう。あのとき気づいてくれないと、もっと大変なことになっていたよ」
「別に、大したことはしていないよ」
高来さんはお味噌汁を手にしたまま、目をそらした。
もしかして照れているのかな。
「でも、ありがとう。ちょっとしたことに気づくってすごいことだよね」
「そうだよ。わたしなんて、大きなこともすぐ見逃しちゃうんだもん」
わたしの言うことに翔子も頷く。
「……そうかな」
「そうだよ。これまであんまり話したことがなかったけれど、気軽に話しかけてね。わたしも、おしゃべりしに行くから」
今回のことで反省もしているけれど、わたしは新しい発見をした。
クラスの誰がジニアスの作り主か分からないなら、柿原くんのように誰とでも仲良くなればいいんだってことに!
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