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第三話 もしかしたら
しおりを挟む朝目覚まし時計の音で起きると、ジニアスがスマホの通知音を鳴らす。寝ぼけまなこでスマホを手にする。
『おはよう、香菜ちゃん』
『おはよう、ジニアス』
『今日は午後から雨が降るみたい。折りたたみ傘を持って行った方がいいよ』
『ありがとう』
お昼休みはジニアスが面白い話題を教えてくれる。
「ねえ、聞いた? 翔子が好きな俳優さん。今度、アニメ映画で声優するんだって」
「え! そうなの? わたし、知らなかった!」
夜はその日あったこと、思ったことを報告して眠りにつく。
『今日、翔子とばかり話していたけれど、海美は気を悪くしていないかな』
『気にしすぎだと思うけれど、香菜ちゃんがそう思うなら、明日は海美ちゃんが好きそうな話題を見つけて来るよ』
すごく親切なのに気を使わなくていい。ジニアスは未来から過去に干渉してきたというより、ジニアス自身がわたしの親切な友達になりに来たようだった。
今日の天気や授業の予習、部活のアドバイスまで、わたしが聞くと当然教えてくれるけれど、先回りして教えてくれることもある。それはジニアスと会話を重ねて、わたしや周りの人の性格や興味を学習したからだろう。
ただ、ジニアスのことを誰かに言っても、ただのAIだと思われそう。きっとジニアス自身わたし以外に正体を明かすつもりもない。
だから、家族にも友だちの誰にも言わずに、いつものように学校に通っていた。
「香菜、おはよう」
「おはよう、翔子、海美」
鞄を机に置いて、二人に笑顔を向けた。海美が嬉しそうに話す。
「今日の調理実習、楽しみだね。ハンバーグ作るんだもん。飛び切り美味しいの作ろうね」
「そりゃ、海美がいたら成功間違いなしでしょ」
「そんなことないよ。お菓子は得意だけど、ご飯はたまに失敗するもん」
わたしたちが会話していても、ジニアスが割って入って来ることもない。もちろん、わたしが状況を教えないとジニアスが外の世界のことを知ることは出来ないのだけど。
それでどうやって、わたしとジニアスの作り主を仲良くさせるのだろう。
――でも、もしかしたらと思う。
友達になりたいというのは、クラスの男子の誰かがわたしのことが気になっているという意味じゃないだろうか。それなら、向こうから中々近づいて来ない理由も分かるし、ジニアスが気軽に正体を明かさない理由も分かる。
恋バナ好きな翔子じゃないけれど、そう思うと男子の見方も変わってしまう。
スポーツが得意な浅野くんだろうか。
意外とクラスのムードメーカーの柿原くんかも。
それとも秀才タイプの菊池くんかもしれない。AIにジニアス《天才》なんて、名前を付けるなら菊池くんの可能性が高い気がする。
そう思うと急にドキドキしてきた。調理実習の班わけでは、男子と女子が半分ずつ一緒になることは決まっているからだ。
家庭科の四時間目はすぐにやって来た。みんなそわそわしながら、家庭科室に移動する。
昼休みなので家庭科室でハンバーグとお味噌汁を作ったら、そのままお昼ご飯を食べることになる。
もしも食べられないものを作ったら、お昼抜きだと思うと真剣に作らないといけない。そわそわもするというものだ。
しかも、わたしは菊池くんと柿原くんと同じ班になった。それで、急にテンションが上がったのは翔子だ。
「柿原くんと同じ班なんて緊張で失敗しちゃうかも。どうしよう、海美! 助けて」
そういえば、この前気になる男子として柿原くんのことを興奮気味に話していた。はしゃいでいる翔子にくっつかれた海美は困ったように言う。
「だ、大丈夫だよ。わたしも隣にいるし、よっぽどのことでもしないと失敗しないよ!」
「でもでも、わたしこの前、砂糖と塩を間違えてお菓子作っちゃったんだよ!? またやっちゃわないかな!?」
柿原くんの見えないところで、翔子は海美と戯れている。
だけど、わたしはそれどころじゃない。もしかしたらジニアスが言っていた友達になりたい人が菊池くんかもしれないから。
もしも、友達になって仲良くなったら付き合いたいとか言われたらどうしよう。友達って、どんな風に話せばいいんだったっけ……。
翔子は翔子だけど、わたしはわたしで、菊池くんと同じ班になったことにぽーっとなっていた。だから、気づくのが遅くなっちゃったんだ。
家庭科の先生の鋭い視線がこちらを向く。
「そこの二人。授業前だからって騒がしいですね。その様子だと、火を扱うのに先生も心配です。別の班にしましょう」
「「「えっ!」」」
そこの二人とは翔子と海美のことだ。クラスを先生が見渡す。
「じゃあ、高来さん。どちらかと代わってもらえる?」
「え、あ……。はい」
先生に呼ばれたのは、高来亜希さんだ。長い黒髪がきれいな女の子で、あまり話したことはない。いつも下ろしている髪を今は一つに束ねて、三角巾をしていた。
「じゃあ、わたし他の班に行くね。がんばってね」
高来さんが来て、代わりに海美が他の班へと移動する。きっと、翔子は柿原くんと離れたくないだろうからと気を使ったのだろう。
「えっと」
わたしは高来さんとあまり話したことがない。日直が一緒になったときもあったけれど、そのときも事務的な話しかしてなかった気がする。とりあえず目についたものを話題に上げた。
「そのエプロン可愛いね」
高来さんは青地にたくさんのひまわりが描かれているエプロンをつけていた。単純に可愛いというより、大人可愛いエプロンだ。ちなみに、わたしのエプロンにはオレンジに猫が描かれている。
「……ありがとう」
お礼を言われたけれど、事務的に返されたって感じがした。中々、打ち解けるの難しいかなと思ったとき、高来さんが持って来た教科書の上をペンケースが滑ってしまう。
「あ!」
「おっと」
わたしは素早く手を伸ばして、キャッチすることに成功する。
「セーフ。はい。おしゃれなペンケースを使っているね」
茶色い皮で出来たこじゃれたペンケースだ。だけど、高来さんは無反応だ。エプロンを褒めたときはお礼を言われたのに。
もしかして、高来さんは体調が悪いのかもしれない。
「じゃあ、気を取り直して。調理をはじめよう!」
さすがはクラスのムードメーカー。柿原くんが暗い空気を吹き飛ばすような明るい声で言う。わたしも、しゅんとした空気を首を振って飛ばして、翔子に話しかける
「そ、そうだね、翔子。美味しいやつ作らないと。――ほら、柿原くんにアピールするチャンスだし」
「う、うん」
わたしたち五人の班は、ハンバーグを作り始める。
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