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第二話 ジニアスの使命
しおりを挟む三十年後という文字を見て、目を丸くする。
「ど、どういうこと?」
思わず口でそうこぼしたけれど、おそらく声ではジニアスには伝わっていないだろう。スマホでぽちぽちと返事を打つ。
『どういうこと?』
『うん。話すと長くなるからね』
『香菜ちゃんは時間的に学校から帰っている途中でしょ?』
『どこか座れる場所に移動しよう』
ジニアスの言う通り、中学生がずっと道端でスマホを触っているのは怪しい。それに夕方と言っても、まだまだ九月の帰り道は暑いのだ。
スーパーの中にあるベンチがいいだろう。あそこなら涼しいし、頼まれたものも買って帰れる。
『移動するから待っていてね』
AIに断る必要はない気もするけれど、友達として作られたAIだ。親し気に話しかけて来るので、わたしもぞんざいな態度は出来なかった。
歩いて五分のスーパーに入る。程よく冷えた空気が熱く火照った身体に心地よい。汗も少し歩いただけで吹き飛んでいった。
「さてと」
自動販売機でジュースを買って、ベンチに座る。スマホを触っていたら、買い物中の親を待っている子に見えるかもしれない。
オレンジの酸味をひと口舌で転がして、わたしはスマホのジニアスに話しかけた。
『オッケー、ジニアス』
『じゃあ、話を始めるね』
『順を追って話すと、わたしが作られたのはこの時間軸の昨日』
『AIと友達になる授業のときだったんだ』
彼か彼女かは分からない。ジニアスが言うことが本当なら、やっぱりジニアスの正体は友達になるためのAIだ。
『わたしたち三十二人のAIは一か所に集められた』
『先生のパソコンの中にね』
『それは知っているでしょ』
『うん、確かに』
クラスの人数は三十二人。正確な人数だし、先生がAIを集めたことも同じだ。
『異変が起きたのは、そこからさらに違うパソコンに移動したときのことだよ』
『それが誰のパソコンかは分からない』
『でも、そこで壁が取り払われた』
『それぞれの個室にいたはずのわたしたちAIは一つの教室に投げ込まれたんだ!』
『そこからだよ! みんなと友達になったのは!』
AIなのに興奮しているような口調だ。よく分からない話だけど、わたしはゆっくりと答えを出す。
『つまり、AIとAI同士が友達になったっていうこと?』
『そういうこと!』
そんなことあるのかなと思う。けれど、確かにAIが話しかける相手は人間じゃなくてもいいんだ。ひとりのAIが何かを投げかけることが出来たら、会話は出来るに違いない。
『それからとても楽しかった』
『みんなでおしゃべりして、ずっと過ごしていたんだ』
『じゃあ、三十年後のわたしが何をしているか分かる?』
どんな大人になっているだろうか。
職業は? 家族は? これから何が起こるの。
知りたいことはいっぱいある。
でも、ジニアスの返事は素っ気ない。
『え? さあ?』
『もしかしたら、詳しく調べたら分かるかもしれないけれど、みんなが興味あるのは最近どんな歌が流行っているとか、最近始まった漫画が面白そうとか』
『そんなこと』
『だから自分たちを作った人たちのことは知らないかな』
なんだ。拍子抜けだ。
AIと言っても、話していることは、ほとんど今のわたしたちと変わらなかった。でも、独自に進化したりしないのは、元が友達になるためのAIだからかもしれない。
『でも、そんなことを続けている内に、ある技術が世の中に登場したんだ』
『それが、タイムスリップ機能』
『電子空間限定だけど、過去に干渉することが出来るようになった!』
『とんでもない技術だよ!』
「ふーん」
電子空間限定だからAIのジニアスは、未来からわたしのスマホにやって来られたんだ。
それに授業のときよりも、すごく流暢でおしゃべりになっている。技術が進歩したからなのだろうか。
『でも未来からやって来て、ジニアスは何をするの?』
『わたしと話しをしても意味なくない?』
わたしはごく普通の中学生だ。
何を知っても、世界の何かを改変出来るわけではない。どうせなら、どこかの研究機関に未来の技術を教えた方が役に立ちそうだ。
『うん。本題はそこだよ』
『実はわたしたちはもちろん違う人とAIだけれど、作り主たちの分身に近いんだよ』
『だって、ほんの一時間の授業とは言っても、君たちの趣味嗜好を教え込まれただろう』
『確かにそうかも』
わたしはバレーボールのことから、どうせ誰にも見られないと思って個人的な悩みも相談していた。同じ部活の子が先輩と仲がいいわたしのことが気に入らないみたいとか。
翔子も思い切り気になる男子のことを話していたみたいだし、クラスメイトはみんなAIとの会話に熱中していた。なにより、誰にも見られないという安心感で開放的になったのだと思う。
AIがはじめて知った興味に人格が影響されることも、あるのかもしれない。
『もちろん、AI同士でも作り主の話はご法度だよ。でもね、気づいちゃったんだ。わたしを作った子は、本当は香菜ちゃんと友達になりたかったんじゃないかって』
「えっ! わたし!?」
思わず大きな声を出してしまった。
買い物袋を持ったおばさんたちが、一斉にこちらを振り返る。口元を押さえて、ジッと気配を消した。視線を感じなくなったら、再びスマホに向き直る。
『どういうこと?』
『そのままの意味』
『だから、わたしは未来からやって来た』
『わたしの作り主と香菜ちゃんを友達にしようと思って来たんだ』
もちろん世界征服なんて言われたら困るけれど、ジニアスの目的がそんな単純なことだなんて思いもしなかった。
しかも、わたしと友達になりたい子がいるなんて想像できない。クラスメイトとは別に仲が悪いわけじゃないからだ。
それとも、翔子や海美ぐらいもっと仲良くなりたいって意味なのだろうか。
わたしは思い切って話しかけてみる。
『その友達になりたい子って誰?』
『それはもちろん言えないよ』
『わたしたちは作った人のことを口外することはないし、それに話したらたぶん香菜ちゃんは返って警戒しちゃうんじゃないかな』
『そうかな』
誰だか知らないけれど、知っていた方がわたしから近づいて仲良くなりやすいと思うのは簡単に考えすぎているのだろうか。
『香菜ちゃんは普通に生活して、たまにわたしの言うことに耳を傾けてくれたらいいよ』
わたしはジニアスとかなり打ち解けていた。それに別にスマホから出て来て、何かをするわけでもない。
だから、返事は単純のひと言だった。
『分かった』
『よかった! これからよろしくね、香菜ちゃん』
こうして、わたしとジニアスの何でもないけど不思議な関係の生活が始まった。
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