わたしが知らない未来の友だち

白川ちさと

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第八話 新しい友達と未来の友だち

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 わたしはジニアスが以前に案内してくれた小さな高台の広場にやって来ていた。


 涼やかで相変わらずとてもいい場所だけど、今日は雲で夕陽が隠れていて、あの日ほどの輝きは見られない。


「はあ……」


 みんなと仲良くなりたかっただけなのに、桐生さんを泣かせるとは思わなかった。みんな、わたしを責めたりはしないけれど、桐生さんが泣いた原因は間違いなくわたしだ。


 これではまるで逆の結末じゃない。


『どうして上手く行かないんだろう』


『そうだね』


『一度にみんなと仲良くなるのは、やっぱり難しかったんじゃないかな』


『桐生さんと仲良くなりたいなら、個別にコミュニケーションを取る必要があると思うよ』


 本当にジニアスの言う通りだと思う。だけど、泣かせてしまった手前、わたしからは話しかけにくかった。なんだか、わたしまで泣けてくる。


『ねえ。ジニアスの作り主って、桐生さん? 名前もAIに付けそうだけど』


 桐生さんは真面目だけど、そのせいでクラスメイトと一線を引いているところもある。


 相手がわたしじゃなくても、本当はもっと仲良くなりたいと思うこともあるんじゃないかと思った。


『それは言えないかな』


「ケチ」


「誰かと話しているの?」


 ジニアスと二人だけの空間だったはずなのに、わたし以外の声がした。


 振り返ると、高来さんが立っている。長い髪が風にたなびいていた。


「高来さん? どうしてここに?」


「それは、こっちのセリフ。ここ、わたしの家の近くだし、知っている人いないと思っていたのに」


「そうなんだ。わたしは、えっと、景色のいい所に案内してくれるアプリがあるの」


 ちょっとおどけて言うと、高来さんはクスリと笑う。


「こんなピンポイントに景色がいい場所がアプリに載っているの?」


 ステンレスの柵の前に二人で並んで景色を眺める。肘が当たるほどの広さしかなかった。


「ねえ、高来さん。わたし、どうすればいいかな。桐生さん、泣かせちゃったけれど。もっと話すべきだと思う?」


 高来さんはしばらく考えて、ポツリと答えてくれる。


「何もしなくていいと思うよ」


「何も?」


 びっくりして横を見ると、高来さんは少し微笑んで前を向きなおす。


「三浦さんに何かされたら、わたしだったら恥ずかしくてクラスに居られないかな。何もなかったふりして、また同じ日常に戻るの。それでいつの間にかなかったことになるの」


「それで、いいのかな。わたしが悪かったのに」


 泣かすほどのことをしたのだから、やっぱり罪悪感が胸の中にしこりのように残っている。


「でも、小峰くんたちは三浦さんの肩を持ったでしょ。全部悪いわけじゃない。それは桐生さんだって分かっているはずだから。だから、良し悪しなんてつけなくて良くて、お互いなかったことにするの。そういう風になら話してもいいかもね」


 お互いなかったことにする。そんな考え方があるなんて、思いもしなかった。白黒つけるべきことばかりじゃないんだ。


 もしかしたら、友達とかクラスメイトとか、そういうのも区別する必要もないのかもしれない。どれぐらい仲がいいなんて数字で表せるものじゃないし。


「そっか。高来さんってやっぱり大人だね」


「そうかな」


「うん。だって、わたし実行委員を引き受けたのはね。クラスのみんなと仲良くなるためだったんだ」


 高来さんは意外そうな顔をしていた。


「三浦さん。元々誰とでも仲が良かったよね」


「そうかな。でも、実行委員をして色んな子たちと話して、ああ、全然みんなのこと良く知らなかったんだなって思ったよ」


「そっか。三浦さんがそういうなら、わたしはもっとかな」


「高来さんのこと、少しだけ知ったよ。こんな素敵な場所を見つけられる子なんだってこと」


 わたしと高来さんはしばらく景色を見つめる。雲がはけて来て、夕陽が見えるようになってきた。少しまぶしくて目をそらす。


 ポツリと何だか絞り出すように、高来さんは言う。


「でも、これは知らないでしょ」


 ごそごそと高来さんは鞄の中から何かを取り出した。


「あれ。それ……」


 差し出されたのは、見覚えのあるペンケースだ。可愛い黄色いペンギンのキャラクターが描かれている細長いタイプのペンケース。


「わたしとお揃いだ」


 わたしも鞄の中から全く同じペンケースを取り出した。


「すごい! 偶然だよね! だけど、家庭科の授業で一緒だったときには別のものを使っていた気がするけど」


 おしゃれな茶色い皮のペンケースを落としそうになったところを拾った覚えがある。高来さんも分かっているようで、軽く頷いた。


「うん。……これは蛍光ペンが入ったサブのペンケース」


「そうなんだ。知らないはずだね」


 わたしも蛍光ペンはたまにしか使わない。移動教室のときなら、なおさら教室に置いているだろう。


「……子供っぽいかと思って」


「え?」


「三浦さんには悪いけれど、このペンケースってちょっと子供っぽくて」


「う、うん」


 もっと子供に人気なキャラクターだ。でも、わたしはずっと好きだから使っている。


「わたしに似合わないって言われそうで」


「確かに高来さんなら言われちゃうかも」


 このキャラクターのぬいぐるみを持っているけれど、高来さんが持っている姿はペンケースより想像できなかった。


「……でも、好きだからこっそりと使っているの」


 やっぱり高来さんもこのキャラクターが好きなんだ。


 わたしと一緒だ。自然と笑みが浮かんでくる。


「そっか。じゃあ、このシリーズのグッズが家にあるから、今度見てよ」


 スマホで写真を見せることも出来るけれど、今見せたらこの場限りの話になりそうだ。


 まだまだ、たくさん高来さんと話したい。そう思ったから、別の日にしようと思ったんだ。


「うん。嬉しい」


 これまで見たことがない満面の笑みだ。夕陽に照らされて頬も染まっているように見える。きっともっと仲良くなれる。それが単純に嬉しかった。


 そのとき、あれっと思った。


「もしかして、ジニアスが言っていたの――、あれ?」


「どうしたの、三浦さん」


 何を考えていたのか一瞬で忘れてしまった。きっと、些細なことだ。


 景色も十分堪能したので、わたしと高来さんはそれぞれの家に帰る。家に帰って、荷物を置く。いつものように制服から着替えると、スマホを持って見つめた。


「……ただのAIのアプリだよね」


 どうして、今日あったことをAIに報告しないとって思ったのかな。


 でも、このAIがあったから調理実習も切り抜けられたし、みんなと仲良くなれる方法を見つけられたんだ。


 どうして、あんな場所まで案内出来たかは忘れちゃったけれど、このアプリのおかげで最近のわたしは充実している。


「よし! 劇も頑張ろう!」


 桐生さんのことは気がかりだけれど、他の子にフォローしてもらおう。


 そしてお互いちょっと失敗しちゃった経験にして、次をがんばるんだ。


 きっと文化祭も上手く行く。そんな予感がする。これはきっと間違いなんかじゃない。


  ***


 香菜ちゃん、黙って居なくなってごめんね。


 でも、香菜ちゃんはわたしが居なくなったことにも、気づいていないよね。


 願いが叶ったら、香菜ちゃんの記憶を消して未来へ帰るようにプログラムされていたんだ。


 もし記憶があったら気づいていると思う。


 わたしをジニアスと名付けたのも、香菜ちゃんと仲良くなりたいと願ったのも、高来亜希ちゃんだってことに。


 あの日の授業で、亜希ちゃんは秘密だけどと前置きをして教えてくれたんだ。


 可愛いペンギンのキャラクターが好きなこと。同じキャラクターのペンケースを香菜ちゃんというクラスメイトが持っていること。お気に入りの景色の場所があること。


 わたしが友達とお揃いで嬉しいねって返したら、亜希ちゃんはすぐに返事をしなかった。


 友達じゃないよ、ただのクラスメイトだって。


 ペンケースも本当は自分には似合わないって分かっているって。


 わたしは答えをすぐには出せなかった。なんだか誤魔化したような文章を送ったことを覚えているよ。


 亜希ちゃんがどうしてただのクラスメイトだって言い換えたのか、どうして自分に似合わないペンケースを持っているのか。


 わたしはすぐには分からなかった。他にも話題はあったはずなのに、どうしてわたしにそのことを話したのかも。


 でも、長い時間をかけて、答えを出した。


 きっと亜希ちゃんは香菜ちゃんと友達になりたいから、そんなことをわたしに話したんだ。


 この答えが間違いでもいい。


 でも、香菜ちゃんと亜希ちゃんが友達になることはきっと良いことだと思うんだ。


 ありがとう、香菜ちゃん。わたしとも友達になってくれて。


 未来で待っているから、また友達になってね。



 了


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