6 / 62
1 お隣の黒川さん
1 - 6
しおりを挟む
「た、ただ、入居する前に、不動産屋さんにここの物件は訳あり、みたいなことを聞いたので、もしかしたら何かあるのかなー、と?」
できるだけ迂遠に、遠まわしに、情報を引き出そうとする雪子だったが、
「へえ、訳あり、ですか。アパレルとか果物とかでそういうのが商品名について安くなったりしますよね。お買い得な響きですね。賃貸物件でもそういうのあるんですね」
黒川はいまいちズレた答えだ。違う、そうじゃない。
「それで、その、どのへんが訳ありなのか、私よくわからなくて。いや、もしかしたらその理由を説明されたのかもしれないけど、覚えてなくて、そのう……」
「あ、もしかしてアレかも?」
「え? 何か知ってるんですか!」
とたんに黒川の発言に食いつく雪子だったが、
「あー、いや、やっぱ違いますね。アレぐらいじゃ、訳ありとは呼べないですねー。ハハ」
なんか知らんが、違ったようだ。なんなんだ、もう。
「わ、わかりました。心当たりが無いのならそれでいいです。わざわざこんな時間に話を聞いてくださって、ありがとうございます」
と、ちょっとむっとしてしまった雪子は早口でまくし立てると、「失礼します」とだけ言って、そのまま黒川に背を向け、部屋を出た。
後ろから「また何かあったら、いつでも気軽にどうぞー」と、黒川ののんびりした声が聞こえた。
その後、自分の部屋に戻った雪子は、改めて室内を確認した。すると、さっきまで床にあったはずの足跡が、きれいさっぱりなくなっているのに気づいた。
これはいったいどういうことだろう……。
ますます不気味だ。相変わらず窓はしっかり施錠されているし、誰も中に入った気配はないというのに。
「さっきのは見間違い、だったのかな……」
変な夢を見た後の寝起きだしなあ。隣の男も何も異変を感じてなかったし。雪子は不思議に思いながらも、とりあえずそう考えることにした。やはり怪奇現象なんて、信じたくない。
パジャマ姿のままだった彼女はそのままベッドにごろんと横になった。その手にはさっきもらった二冊の漫画本があった。部屋はスタンドの灯りがついてるだけで暗いが、本が読めないことはなかった。なんとなくページをめくって中を見てみた。
さきほど確認したとおり、やはり話は少しも面白くなったが、作画やコマ割りなどはまったく問題なく、プロの仕事としては完璧だった。そう、この漫画、技術はスバ抜けている。かつて漫画を描いていたこともあった雪子にはそれがよくわかり、感心する思いだった。そして同時に、技術面はぬきんでているがゆえに、内容の空疎さが際立っているという事実に震撼するのであった。
単行本についている帯を見ると、この漫画は「スタイリッシュシュールギャグ」とかいうジャンルらしい。
確かにペンタッチは緩急がしっかりあり、それでいてやわらかみもあってスタイリッシュだが、ギャグとして成立しているかというと……。シュールって言葉に逃げすぎな気がする。
この漫画を面白いって思ってる人、どこかにいるのかな?
気になったので、スマホで検索して調べてみた。トップに大手通販サイトの販売ページが出たのでそれをクリックし、投稿されているレビューを見た。レビューは二件、五段階評価で一つが星二つ、もう一つが星五つであった。
星二つのレビューは、「表紙買いして失敗しました」というタイトルで、
「ひょっとこのお面をつけたサラリーマンの絵がなんだか楽しげだし、帯のスタイリッシュシュールギャグって文句が気に入ったんで買ってみたんですが、全然笑えるところなかったです。絵はよかったので星2で。(はるちゃんママさんの投稿)」
と、あった……。
うむ、まさにそういう感じの漫画だコレ。
そして、一方、星五つのレビューは、
「黒川先生、笑わせすぎです!」
と、タイトルからテンション高めで、
「面白すぎです、黒川先生! 僕の腹筋を返してください。いやー、じわる系かと思ったのに、爆笑しちゃうなんて。電車の中で読んで失敗しました。二巻が出たら絶対買います!(ジェントルオーガさんの投稿)」
と、あった。なんだか、褒めごろしすぎて妙にうそ臭いレビューだ。
ためしにそのジェントルオーガというユーザーのレビュー投稿歴を見てみたら、黒川ミミックの著作、「ひょっとこリーマン(既刊二巻)」「天狗ポリス(全一巻)」にしかレビューしてなく、いずれも絶賛の星五つであった。
こ、これは……。
「まさか本人か、関係者の投稿じゃ……」
そうそう。大手通販サイトのレビューでこういうのよくある。星五つで褒め殺しで中身のないレビューあるある。
場合によっては日本語がおかしかったりして、ステマ請負業者か身内のヨイショか、ちょっと疑わしすぎてアテにならないアレね。結局、参考になるのは星二つから星四つくらいで、商品の中身の短所と長所がしっかり書いてあるレビューなんだなあ、これが。
「い、いや、ただの熱心なファンよね。疑うのはよくないわ」
雪子はひとまずそう考え、スマホから目を離し、もうあれこれ考えるのはやめた。そう、レビューがどうであれ、圧倒的に面白くなくて全然売れてない漫画には違いなさそうだし。
やがて彼女は、そのまま眠ってしまった。
できるだけ迂遠に、遠まわしに、情報を引き出そうとする雪子だったが、
「へえ、訳あり、ですか。アパレルとか果物とかでそういうのが商品名について安くなったりしますよね。お買い得な響きですね。賃貸物件でもそういうのあるんですね」
黒川はいまいちズレた答えだ。違う、そうじゃない。
「それで、その、どのへんが訳ありなのか、私よくわからなくて。いや、もしかしたらその理由を説明されたのかもしれないけど、覚えてなくて、そのう……」
「あ、もしかしてアレかも?」
「え? 何か知ってるんですか!」
とたんに黒川の発言に食いつく雪子だったが、
「あー、いや、やっぱ違いますね。アレぐらいじゃ、訳ありとは呼べないですねー。ハハ」
なんか知らんが、違ったようだ。なんなんだ、もう。
「わ、わかりました。心当たりが無いのならそれでいいです。わざわざこんな時間に話を聞いてくださって、ありがとうございます」
と、ちょっとむっとしてしまった雪子は早口でまくし立てると、「失礼します」とだけ言って、そのまま黒川に背を向け、部屋を出た。
後ろから「また何かあったら、いつでも気軽にどうぞー」と、黒川ののんびりした声が聞こえた。
その後、自分の部屋に戻った雪子は、改めて室内を確認した。すると、さっきまで床にあったはずの足跡が、きれいさっぱりなくなっているのに気づいた。
これはいったいどういうことだろう……。
ますます不気味だ。相変わらず窓はしっかり施錠されているし、誰も中に入った気配はないというのに。
「さっきのは見間違い、だったのかな……」
変な夢を見た後の寝起きだしなあ。隣の男も何も異変を感じてなかったし。雪子は不思議に思いながらも、とりあえずそう考えることにした。やはり怪奇現象なんて、信じたくない。
パジャマ姿のままだった彼女はそのままベッドにごろんと横になった。その手にはさっきもらった二冊の漫画本があった。部屋はスタンドの灯りがついてるだけで暗いが、本が読めないことはなかった。なんとなくページをめくって中を見てみた。
さきほど確認したとおり、やはり話は少しも面白くなったが、作画やコマ割りなどはまったく問題なく、プロの仕事としては完璧だった。そう、この漫画、技術はスバ抜けている。かつて漫画を描いていたこともあった雪子にはそれがよくわかり、感心する思いだった。そして同時に、技術面はぬきんでているがゆえに、内容の空疎さが際立っているという事実に震撼するのであった。
単行本についている帯を見ると、この漫画は「スタイリッシュシュールギャグ」とかいうジャンルらしい。
確かにペンタッチは緩急がしっかりあり、それでいてやわらかみもあってスタイリッシュだが、ギャグとして成立しているかというと……。シュールって言葉に逃げすぎな気がする。
この漫画を面白いって思ってる人、どこかにいるのかな?
気になったので、スマホで検索して調べてみた。トップに大手通販サイトの販売ページが出たのでそれをクリックし、投稿されているレビューを見た。レビューは二件、五段階評価で一つが星二つ、もう一つが星五つであった。
星二つのレビューは、「表紙買いして失敗しました」というタイトルで、
「ひょっとこのお面をつけたサラリーマンの絵がなんだか楽しげだし、帯のスタイリッシュシュールギャグって文句が気に入ったんで買ってみたんですが、全然笑えるところなかったです。絵はよかったので星2で。(はるちゃんママさんの投稿)」
と、あった……。
うむ、まさにそういう感じの漫画だコレ。
そして、一方、星五つのレビューは、
「黒川先生、笑わせすぎです!」
と、タイトルからテンション高めで、
「面白すぎです、黒川先生! 僕の腹筋を返してください。いやー、じわる系かと思ったのに、爆笑しちゃうなんて。電車の中で読んで失敗しました。二巻が出たら絶対買います!(ジェントルオーガさんの投稿)」
と、あった。なんだか、褒めごろしすぎて妙にうそ臭いレビューだ。
ためしにそのジェントルオーガというユーザーのレビュー投稿歴を見てみたら、黒川ミミックの著作、「ひょっとこリーマン(既刊二巻)」「天狗ポリス(全一巻)」にしかレビューしてなく、いずれも絶賛の星五つであった。
こ、これは……。
「まさか本人か、関係者の投稿じゃ……」
そうそう。大手通販サイトのレビューでこういうのよくある。星五つで褒め殺しで中身のないレビューあるある。
場合によっては日本語がおかしかったりして、ステマ請負業者か身内のヨイショか、ちょっと疑わしすぎてアテにならないアレね。結局、参考になるのは星二つから星四つくらいで、商品の中身の短所と長所がしっかり書いてあるレビューなんだなあ、これが。
「い、いや、ただの熱心なファンよね。疑うのはよくないわ」
雪子はひとまずそう考え、スマホから目を離し、もうあれこれ考えるのはやめた。そう、レビューがどうであれ、圧倒的に面白くなくて全然売れてない漫画には違いなさそうだし。
やがて彼女は、そのまま眠ってしまった。
0
あなたにおすすめの小説
異世界に転移してしまった私、古民家をもらったのでカフェを始めたら大盛況。国王陛下が頻繁に来るのですが、どうしたらいいですか?
来栖とむ
ファンタジー
ブラック企業で疲れ果てた30歳の元OL・美里(みさと)が転移した先は、見渡す限りの深い森。
そこで彼女が授かったのは、魔女の称号……ではなく、一軒の**「日本の古民家」**だった!
亡き祖母が遺したその屋敷には、異世界では失われたはずの「お醤油」「お味噌」「白いお砂糖」という禁断の調味料が眠っていて――。
「えっ、唐揚げにそんなに感動しちゃうの?」
「プリン一口で、国王陛下が泣いちゃった……!?」
おにぎり、オムライス、そして肉汁溢れるハンバーグ。
現代日本の「当たり前」が、この世界では常識を覆す究極の美食に。
お掃除のプロな親子や、お忍びの王様、さらにはツンデレな宮廷料理人まで巻き込んで、
美味しい香りに包まれた、心もお腹も満たされるスローライフが今、始まります!
女性が少ない世界に転生した控えめ伯爵令嬢、なぜか五人の婚約候補に選ばれて少しずつ恋を知っていきます
ノッポ
恋愛
女性が極端に少ない異世界に転生した私は、気づけば伯爵令嬢になっていた。
前世は日本で普通に生きていたせいか、貴族令嬢らしい強気な振る舞いがどうしても苦手。
社交界デビューを迎えても、「どうして私が選ばれるの?」と戸惑うばかりだった。
けれど今年デビューする高位令嬢はわずか三人。
家同士の思惑も重なり、騎士団長家の息子、宰相子息、魔術師団長の息子、幼なじみの侯爵子息、そして英雄騎士――
五人の若きエリートとのお見合いが次々と始まってしまう。
遠慮がちで控えめな性格は、この世界では珍しく、気づけば少しずつ距離を縮めていく彼ら。
異世界での恋愛に戸惑う日々。けれど出会いを重ねるたびに、私は少しずつ変わっていく――。
女性希少世界で、自分の幸せを選べるようになるまでの逆ハーレム恋愛ファンタジー。
異世界ママ、今日も元気に無双中!
チャチャ
ファンタジー
> 地球で5人の子どもを育てていた明るく元気な主婦・春子。
ある日、建設現場の事故で命を落としたと思ったら――なんと剣と魔法の異世界に転生!?
目が覚めたら村の片隅、魔法も戦闘知識もゼロ……でも家事スキルは超一流!
「洗濯魔法? お掃除召喚? いえいえ、ただの生活の知恵です!」
おせっかい上等! お節介で世界を変える異世界ママ、今日も笑顔で大奮闘!
魔法も剣もぶっ飛ばせ♪ ほんわかテンポの“無双系ほんわかファンタジー”開幕!
【完結】乙女ゲーム開始前に消える病弱モブ令嬢に転生しました
佐倉穂波
恋愛
転生したルイシャは、自分が若くして死んでしまう乙女ゲームのモブ令嬢で事を知る。
確かに、まともに起き上がることすら困難なこの体は、いつ死んでもおかしくない状態だった。
(そんな……死にたくないっ!)
乙女ゲームの記憶が正しければ、あと数年で死んでしまうルイシャは、「生きる」ために努力することにした。
2023.9.3 投稿分の改稿終了。
2023.9.4 表紙を作ってみました。
2023.9.15 完結。
2023.9.23 後日談を投稿しました。
異世界召喚されたけどスキルが地味だったので、現代知識とアイテムボックスで絶品料理を作ったら大商会になっちゃいました
黒崎隼人
ファンタジー
手違いで剣も魔法もない異世界に召喚された、しがない日本のサラリーマン、湊カイリ。
彼に与えられたのは、無限に物が入る【アイテムボックス】と、物の名前が分かる【鑑定】という、あまりにも地味な二つのスキルだけだった。
戦闘能力は皆無。途方に暮れるカイリだったが、異世界の食事が絶望的に不味いことを知り、大きなチャンスに気づく。
現代日本の「当たり前」の知識は、この世界ではとんでもない「宝」なのだと!
「醤油?味噌?そんなものがあれば、この世界の食文化はひっくり返るぞ!」
ひょんなことから出会った没落貴族の美少女・リリアナと共に、カイリは現代知識と地味スキルを駆使して屋台から商売をスタート。
絶品料理で人々の胃袋を掴み、さらには便利な生活用品を次々と発明していく。
伝説の神獣の幼体「フェン」やドワーフの鍛冶師など、頼れる仲間たちも加わり、彼らが立ち上げた「サンライズ商会」は瞬く間に大躍進!
迫り来る悪徳商会や腐敗した貴族の妨害も、現代のマーケティング術と知恵で痛快に打ち破る!
これは、平凡なサラリーマンが異世界の常識を覆し、食と生活に革命を起こして一代で大商会を築き上げる、痛快成り上がりファンタジー!
美味しい料理と、もふもふな相棒、そして仲間との絆。
人生、逆転できないことなんて何もない!
夫と息子に邪険にされたので王太子妃の座を譲ります~死に戻ってから溺愛されても今更遅い
青の雀
恋愛
夫婦喧嘩の末に置き去りにされた妻は、旦那が若い愛人とイチャついている間に盗賊に襲われ、命を落とした。
神様の温情により、10日間だけこの世に戻った妻と護衛の騎士は、その10日間の間に心残りを処分する。それは、娘の行く末と……もし、来世があるならば、今度は政略といえども夫以外の人の妻になるということ。
もう二度と夫と出会いたくない彼女は、彼女を蔑ろにしてきた息子とも縁を切ることを決意する。
生まれかわった妻は、新しい人生を強く生きることを決意。
過去世と同じ轍を踏みたくない……
ブラック企業で倒れた私を、ネトゲ仲間の社長が強制保護して溺愛しています
紅 与一
恋愛
過労で倒れた私を救ったのは、
ネトゲ仲間――そしてIT企業の若き社長。
「もう君は、僕の管理下だよ」
退院と同時に退職手続きは完了。
住む場所も、生活も、すべて彼に囲われた。
外出制限、健康管理、過保護な独占欲。
甘くて危険な“保護生活”の中で、
私は少しずつ彼に心を奪われていく――。
元社畜OL×執着気味の溺愛社長
囲い込み同棲ラブストーリー。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる