あやかし漫画家黒川さんは今日も涙目

真木ハヌイ

文字の大きさ
48 / 62
4 黒川さんと星月夜

4 - 10

しおりを挟む
 いや、本当に「平穏な暮らしを取り戻せた」と、言えるのか? 黒川に出会ってからは、自分はずいぶん奇妙な体験ばかりしている気がする……。

「私、むしろ、お兄さんが普通の人間じゃなくて、鬼の妖怪でよかったです」

 ふと、こんなことを口走っている自分がいた。

「助けられたこともそうですけど、普段の人間に化けているお兄さんと違って、鬼の、本当の姿のお兄さんはなんだか頼りになる感じだし、力持ちだし、顔つきだってちょっとはまともになるし、私、彼が人間の姿でいるときより、鬼の姿でいるほうが好き――」

 と、そこで、雪子ははっとしてあわてて口をつぐんだ。いきなり自分は何て恥ずかしいことを言っているんだろう。顔が熱くなった。

「本当に、あなたは変わった女性ですね。鬼を怖がるどころか、好きだと言うとは」

 白夜はおかしそうに笑った。最後の一言はばっちり聞かれていたようだ。雪子はますます顔が熱くなった。

「びゃ、白夜さんも鬼なんでしょう? 今は人間に化けているんでしょう?」

 あわてて話をそらす。

「やっぱり、本当の鬼の姿だと、人間の姿とはだいぶ変わるんですか?」
「……見てみますか?」
「え、いいんですか?」
「かまいませんよ。すでに正体を知られているわけですし」

 白夜はナイトキャップを脱いだ。たちまち、その肌の色が変化し、どす黒くなった。髪の長さは短いままだったが、目は赤くなり、額には二本のツノが現れた。薄い唇のはじからは牙も出ている。体つきも、元々巨漢だったのがさらに筋肉が増量したようで、パジャマがパンパンになっている。

「へえ、お兄さんとはまた雰囲気が違うんですね」

 雪子はちょっと目を見張った。こちらは兄とは違い、いかにも昔話などに登場しそうな鬼の姿である。トラの毛皮の腰巻とか似合いそうな。

「兄のように線の細い感じではなくて、がっかりしましたか?」
「そんなことないです。白夜さんは白夜さんで、たくましくて、男らしくていいと思いますよ」
「……俺に対しては、何の恥じらいもなく、そのように言うのですね」
「え?」
「いえ、よいのです。ありがとうございます。俺の鬼の姿を受け入れていただいて、ほっとしました」

 白夜は再び人間の姿に戻り、ナイトキャップを被った。全然似合ってないが、彼にとっては必要なものらしかった。

「でも、兄弟なのに、肌の色が全然違うんですね。お兄さんは白いのに、白夜さんは色黒で」
「羅刹というのは、本来俺のように肌が黒くなるものなのです。兄さんは純血の鬼ではないので、肌の色も違うのですよ」
「ああ、確か、お兄さんと白夜さんはお父さんが違うって話でしたね。お兄さんのお父さんって鬼じゃないんですか?」
「ええ。人でもありませんが」
「どんな妖怪なんですか?」
「それは俺から話していいものかどうか……。本人に直接聞いてください。まあ、あまり話したがらないことでしょうが」

 白夜は隣で寝転がっている黒川をじっと見つめながら言った。彼はやはり、のんきに酔いつぶれているだけの様子だ。

 いったい、この男、どんな妖怪が父親なのだろう。色白だから、雪男? 貧乏だから貧乏神? 雪子としては妙に気になるところではあったが、「まあ、それは別にいいです」と、言って詮索を避けた。

「本人が話したがらないことなら、無理に聞くのも悪いですから」
「……はは、それもそうですね」

 白夜はふと目を細め、雪子に微笑んだ。いかつい顔立ちにもかかわらず、優しい笑顔だった。雪子もそんな彼に微笑み返した。

「なんだか、話をすればするほど、赤城さんは兄さんにはもったいない女性のように思えます」
「いや、あくまでご近所さん同士のお付き合いですから!」
「そうですね。そういうことにしておきましょう。これからもご近所さんとして、兄さんのことをよろしくお願いします」
「は、はあ」

 よろしくされてしまった。いいのかな。

「兄さんのことで何か困ったことがあったら、いつでも俺に相談してください。どんなことでもすぐに駆けつけますから」
「面倒見いいんですね」
「まあ、こんなのでも一応は兄ですから」

 白夜はちょっと照れくさそうに鼻の頭を指でさすった。

 ああ、そうか、この人、口では相当きついこと言っているけど、内心はすごくお兄さん想いなんだ。だから、兄の家賃を立て替えてあげたりするし、見慣れない人間の女が兄の借金の取立てに来たと思い込むやいなや、即座に自分が払おうとするし、その女がもう一度目の前に現れたときは、妖怪の兄についてどう思っているのか探ろうとしていたんだ。

 雪子はようやく彼の本心を垣間見れた気がして、ほっとした。やはり鬼だろうと、怖いことは少しもない。そう、ここにいるのは実にお兄さん想いのやさしい鬼ではないか……。

 ん? やさしい鬼って? ふと、雪子は唐突にあることを思い出した。

「あの、白夜さん。鬼って英語でなんて言うか、わかりますか?」
「確か、デーモンとかオーガとかですね」
「オーガ……」
「それが何か?」
「い、いえ、別に!」

 やさしい鬼、やさしいオーガ……。「やさしい」は英語で「ジェントル」じゃなかったっけ。つまり「やさしい鬼」を英語で言うと「ジェントルオーガ」? それって、あの通販サイトで不自然に黒川の単行本をベタ褒めしていた人のハンドルネームじゃなかったっけ?

 ま、まさか、この目の前にいる男があのレビューを……?

「? 俺の顔に何かついてますか?」
「いえ! 別に全然! なんでもないです!」

 雪子はあわてて否定した。そんなことあるわけない。いくら白夜が兄想いだからって、あんな不自然な、関係者のヨイショとまるわかりのレビューを投稿するはずない! ふってわいた考えを必死に頭から振り払った。

 ただ、このときの雪子は当然、知らなかった。白夜の書斎の本棚に、兄の漫画が掲載された雑誌、月刊サバトが毎号ずらりと並んでいることを。また、その隣には黒川ミミック先生の単行本が各三冊、保存用、観賞用、布教用とそろっていることを。

 そう、ジェントルオーガさんこと、白夜は、兄想いというよりは、ただの重度のブラコンであった。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

異世界に転移してしまった私、古民家をもらったのでカフェを始めたら大盛況。国王陛下が頻繁に来るのですが、どうしたらいいですか?

来栖とむ
ファンタジー
ブラック企業で疲れ果てた30歳の元OL・美里(みさと)が転移した先は、見渡す限りの深い森。 そこで彼女が授かったのは、魔女の称号……ではなく、一軒の**「日本の古民家」**だった! 亡き祖母が遺したその屋敷には、異世界では失われたはずの「お醤油」「お味噌」「白いお砂糖」という禁断の調味料が眠っていて――。 「えっ、唐揚げにそんなに感動しちゃうの?」 「プリン一口で、国王陛下が泣いちゃった……!?」 おにぎり、オムライス、そして肉汁溢れるハンバーグ。 現代日本の「当たり前」が、この世界では常識を覆す究極の美食に。 お掃除のプロな親子や、お忍びの王様、さらにはツンデレな宮廷料理人まで巻き込んで、 美味しい香りに包まれた、心もお腹も満たされるスローライフが今、始まります!

女性が少ない世界に転生した控えめ伯爵令嬢、なぜか五人の婚約候補に選ばれて少しずつ恋を知っていきます

ノッポ
恋愛
女性が極端に少ない異世界に転生した私は、気づけば伯爵令嬢になっていた。 前世は日本で普通に生きていたせいか、貴族令嬢らしい強気な振る舞いがどうしても苦手。 社交界デビューを迎えても、「どうして私が選ばれるの?」と戸惑うばかりだった。 けれど今年デビューする高位令嬢はわずか三人。 家同士の思惑も重なり、騎士団長家の息子、宰相子息、魔術師団長の息子、幼なじみの侯爵子息、そして英雄騎士―― 五人の若きエリートとのお見合いが次々と始まってしまう。 遠慮がちで控えめな性格は、この世界では珍しく、気づけば少しずつ距離を縮めていく彼ら。 異世界での恋愛に戸惑う日々。けれど出会いを重ねるたびに、私は少しずつ変わっていく――。 女性希少世界で、自分の幸せを選べるようになるまでの逆ハーレム恋愛ファンタジー。

異世界ママ、今日も元気に無双中!

チャチャ
ファンタジー
> 地球で5人の子どもを育てていた明るく元気な主婦・春子。 ある日、建設現場の事故で命を落としたと思ったら――なんと剣と魔法の異世界に転生!? 目が覚めたら村の片隅、魔法も戦闘知識もゼロ……でも家事スキルは超一流! 「洗濯魔法? お掃除召喚? いえいえ、ただの生活の知恵です!」 おせっかい上等! お節介で世界を変える異世界ママ、今日も笑顔で大奮闘! 魔法も剣もぶっ飛ばせ♪ ほんわかテンポの“無双系ほんわかファンタジー”開幕!

【完結】乙女ゲーム開始前に消える病弱モブ令嬢に転生しました

佐倉穂波
恋愛
 転生したルイシャは、自分が若くして死んでしまう乙女ゲームのモブ令嬢で事を知る。  確かに、まともに起き上がることすら困難なこの体は、いつ死んでもおかしくない状態だった。 (そんな……死にたくないっ!)  乙女ゲームの記憶が正しければ、あと数年で死んでしまうルイシャは、「生きる」ために努力することにした。 2023.9.3 投稿分の改稿終了。 2023.9.4 表紙を作ってみました。 2023.9.15 完結。 2023.9.23 後日談を投稿しました。

異世界召喚されたけどスキルが地味だったので、現代知識とアイテムボックスで絶品料理を作ったら大商会になっちゃいました

黒崎隼人
ファンタジー
手違いで剣も魔法もない異世界に召喚された、しがない日本のサラリーマン、湊カイリ。 彼に与えられたのは、無限に物が入る【アイテムボックス】と、物の名前が分かる【鑑定】という、あまりにも地味な二つのスキルだけだった。 戦闘能力は皆無。途方に暮れるカイリだったが、異世界の食事が絶望的に不味いことを知り、大きなチャンスに気づく。 現代日本の「当たり前」の知識は、この世界ではとんでもない「宝」なのだと! 「醤油?味噌?そんなものがあれば、この世界の食文化はひっくり返るぞ!」 ひょんなことから出会った没落貴族の美少女・リリアナと共に、カイリは現代知識と地味スキルを駆使して屋台から商売をスタート。 絶品料理で人々の胃袋を掴み、さらには便利な生活用品を次々と発明していく。 伝説の神獣の幼体「フェン」やドワーフの鍛冶師など、頼れる仲間たちも加わり、彼らが立ち上げた「サンライズ商会」は瞬く間に大躍進! 迫り来る悪徳商会や腐敗した貴族の妨害も、現代のマーケティング術と知恵で痛快に打ち破る! これは、平凡なサラリーマンが異世界の常識を覆し、食と生活に革命を起こして一代で大商会を築き上げる、痛快成り上がりファンタジー! 美味しい料理と、もふもふな相棒、そして仲間との絆。 人生、逆転できないことなんて何もない!

完結 辺境伯様に嫁いで半年、完全に忘れられているようです   

ヴァンドール
恋愛
実家でも忘れられた存在で 嫁いだ辺境伯様にも離れに追いやられ、それすら 忘れ去られて早、半年が過ぎました。

夫と息子に邪険にされたので王太子妃の座を譲ります~死に戻ってから溺愛されても今更遅い

青の雀
恋愛
夫婦喧嘩の末に置き去りにされた妻は、旦那が若い愛人とイチャついている間に盗賊に襲われ、命を落とした。 神様の温情により、10日間だけこの世に戻った妻と護衛の騎士は、その10日間の間に心残りを処分する。それは、娘の行く末と……もし、来世があるならば、今度は政略といえども夫以外の人の妻になるということ。 もう二度と夫と出会いたくない彼女は、彼女を蔑ろにしてきた息子とも縁を切ることを決意する。 生まれかわった妻は、新しい人生を強く生きることを決意。 過去世と同じ轍を踏みたくない……

ブラック企業で倒れた私を、ネトゲ仲間の社長が強制保護して溺愛しています

紅 与一
恋愛
過労で倒れた私を救ったのは、 ネトゲ仲間――そしてIT企業の若き社長。 「もう君は、僕の管理下だよ」 退院と同時に退職手続きは完了。 住む場所も、生活も、すべて彼に囲われた。 外出制限、健康管理、過保護な独占欲。 甘くて危険な“保護生活”の中で、 私は少しずつ彼に心を奪われていく――。 元社畜OL×執着気味の溺愛社長 囲い込み同棲ラブストーリー。

処理中です...