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2章 ドノヴォン国立学院編

143 武術の授業 Part 10

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「なんでこんなところに先生が?」

 と、ネムをのぞく俺たちは異口同音につぶやいた。その間にもカラスたちは容赦なくリュクサンドールの体をつつきまくっている。

「い、いや、あのう、見てないで助けてください……」

 リュクサンドールは前のめりに倒れこみながら悲鳴を上げた。

「ぬふー、今こそまさに、公務中に一度手にした武器は公務をまっとうするまで絶対に手放さない村の住人たるワタシの出番のようですネー」

 と、ネムはすぐにリュクサンドールに近づき、絶対安全魔剣(に擬態した自分自身)を振り回し、カラスを追い払った。

「はあ、助かりました、知らない人。昔からたびたびあるんですよね、こういうの。僕、ほんのり死肉の臭いがするらしくて、昼間外を出歩いていると、たまにカラスやらハゲワシやらに襲われちゃうんですよ」

 不死族あるある……の話なんだろうか、これ?

 というか、なんでそんな男が、校舎の中じゃなくて外を出歩いているんだろう。見ると、リュクサンドールの手には剪定用のハサミが握られているようだ。そう、木の枝を切るときに使うようなやつね。

「あ、実は僕、理事長に頼まれて、ここのすぐ近くの植え込みの剪定をしていたんですよ」
「なぜ先生がそのようなことを?」

 と、ルーシアはリュクサンドールに近づき、尋ねた。

「本当は、ちゃんとした庭師の人に今日来るように頼んでいたらしいんですけど、その人、急にハシュシ風邪になって来れなくなっちゃったんですよ。最近流行ってるらしいですからねえ」

 なるほど。それで雑用を押し付けられたってわけか。不人気選択授業担当の教師だし、たぶんヒマな時間も多いんだろう。

「しかし、今は武術の授業のはずなのに、なんでフェディニ先生はいらっしゃらないんでしょうか? それに、あなたはこの学院の職員さんではないですよね?」

 と、リュクサンドールはネムを見て、不思議そうに首をかしげた。

「実は……」

 ルーシアは、かくかくしかじか、と、事情を説明した。

 すると、

「え、この人、刑事さんなんですか!」

 リュクサンドールはびくっと体を震わせ、とたんにネムから離れた。

「ぼ、僕はそのう、最近はちゃんと法律を守って清く正しく呪術の研究をしているので、そのへんは信じてもらいたいと……」

 なんか青い顔で勝手に言い訳し始めた。なるほど、これが前科三犯の男の警察官への反応か。

「アッハ。ご安心、ご安心。ワタシは別に、アナタの呪術の違法使用を摘発しに来たわけではありませんヨー?」
「本当ですか! ありがとうございます!」

 と、へこへこと頭を下げまくるリュクサンドールだった。その姿に、教師としての威厳などまるでない。なさすぎる。

 と、そのとき、

「変ですね。リュクサンドール先生は、こちらのラックマン刑事のことをご存じではないのですか?」

 ルーシアがまた口をはさんできた。

「ラックマン刑事の話によると、先生は確か、不審物の件で警察に相談されたのでしょう?」
「不審物? いったい何のことですか?」

 リュクサンドールはきょとんとしている。まあ、この男が警察に相談なんてするわけないよな。さっきの話は、ネムの口から出まかせのはすだし……って、あれ? なんかまた嘘がバレそうになってないか、俺たち?

「ラックマン刑事に聞いたところによると、最近二度ほど、先生の住まいの扉の前に不審な小箱が置かれていたそうですが」

 と、ルーシアがさらに説明すると、

「あー、はい。お菓子が入っていたやつですね」

 リュクサンドールはやっと察したようだった。

「もしかして、あれ、不審物ってことになっているんですか?」
「なっているというか、先生自身がそう思って警察に相談しに行ったのでしょう?」
「いや、そんなことするわけないじゃないですか。全然不審なものじゃなかったですよ、あれ。ただの、おいしいマドレーヌとクッキーでしたし」
「え……おいしい?」

 と、ルーシアはリュクサンドールの言葉に何やら反応したようだった。

「おいしかったんですか、先生?」
「はい」
「マドレーヌだけではなく、クッキーも?」
「はい」
「そ、そうですか。変な味がしなかったということは、やはり毒入りではなかったようですね」

 と、言う、ルーシアの顔はよーく見ると、頬の筋肉が小刻みに震えていて、いかにもニヤニヤしてしまうのを我慢している様子だった。そうか、あいつ、今回のクッキーも愛しの先生においしく食べてもらえたことがわかって、うれしいんだな……。

「しかし、おかしいですね。当のリュクサンドール先生が、そのように不審な気持ちを一切抱かずに贈り物を堪能したというのに、警察のほうに不審物として相談が持ち掛けられているとは」

 ルーシアはそこで再びネムをにらんだ。新たな矛盾を見つけて、さらに戦う気マンマンの様子だ。

 だが、さすがに俺の魔剣様はそれぐらいでは折れない。

「ハテー? 実は、ワタシもその相談が、学院の誰から持ち掛けられたか、はっきりわかる立場ではないのでしてネー。なんせ、不審物の相談が来たのは、生活安全課でして。ワタシの所属する捜査一課ではないのですヨ? ワタシはただ、生活安全課にいる顔見知りから、その話をふわっと聞いただけでしてネー?」

 うまい! 最高の切り返しだ! 「この案件につきましては、担当の者がいないからお答えすることはできません」なんと汎用性の高い言い訳だろう!

 さらに、

「確かに、僕じゃなくて学院の他の誰かが心配してくれて、警察に相談したのかもしれませんね? 僕、あの箱に入ったお菓子がすごくおいしかったから、けっこういろんな人に話しちゃったんですよ。理事長には、そんなもの食うなと言われて、呆れられましたけどね。あと、うちの制服着たまま拾い食いとかはするなとも言われました。だから、僕、今度からは何か食べ物が落ちてるのを見つけたときには、この制服を脱いでから拾わなくちゃいけないんですよー」

 相変わらず着地点のおかしい話ながらも、ネムの逃げ口上を後押しするリュクサンドールだった。

「ハハン? どうですかい、そのガール? さっきからいちいちワタシの話にケチつけて来てましたケドォ? 全部不発に終わっちゃって、赤っ恥すぎるんじゃないですかネー。細けーことウダウダ言っちゃってサァ、重箱の隅をつついてみれば文明開化の音がするとでも言うんですかネー? アッハ、ザンギリザンギリ!」

 ネムは再びルーシアを煽る。ルーシアは当然、くやしそうにネムをにらむ――わけではなかった。見ると、ネムの言葉など何一つ耳に届いていない様子だった……。

「そ、そうですか……。すごくおいしかったから、いろんな人に話しちゃったんですね……」

 ルーシアはもう、リュクサンドールのその言葉に完全にキュンキュンしちゃってるようだった。頬を赤らめ、うるんだ瞳で、目の前の男をじっと見つめている。なんだこの展開? お前、今、きっちりネムに論破されたはずだろうがよ。キュンキュンする前に、まずそこを悔しがれよ。なんだか一気に興ざめする思いだった。

 と、そのとき――突然、俺たちのいる建物内に轟音が響き渡った!

 ドォーンッ!

 それは屋根が上から突き破られる音だった。そう、俺たちのいる建物めがけて、いきなり大型のモンスターたちが飛来してきたのだった!
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