転生済み最上級魔導士はギルドの事務職にジョブチェンジして平穏な日々を送りたい!

紫波すい

文字の大きさ
12 / 89
第2章 月夜を仰ぐ「碧水」の本音

12.敵意への対処法・レインの場合

しおりを挟む

 十二.敵意への対処法・レインの場合


 コーヒーを一口飲んでから、レインさんは人差し指と中指の二本を立てて見せた。
「大将。アンタにやって欲しいことが二つあります」
 テーブルの上には、飲み物に加えてチョコレートケーキが三つ。円型のスポンジが光沢のあるビターチョコレートに包まれ、柑橘系の果物の砂糖漬けを戴冠している。作戦会議の最中であるという緊張感から、俺の前のケーキはまだ完璧な造形を保っている。ティアも同じ状況だし、同じ心境なのだろう。
 レインさんは人差し指をゆらゆらと前後に揺らしながら、
「ひとつめ。オレとティアちゃんに、アンタの自由を三日分、預けて欲しい」
「……理由を聞くより先に、二つ目を聞かせて貰っても?」
「いいですよ~、んじゃ、ふたつめ。その三日分とは別に、ティアちゃんに稽古をつけてあげて欲しい。そしてその中で、ある魔物と戦うためのコツを伝授してあげて欲しいんです」
 俺は軽く握り込んだ左手を、顎先に触れさせる。思考するときの癖だ。
 ……やっぱり、と言うべきか。
「レインさんは、俺をカイグルス達と直接ぶつけるつもりは無い?」
「おっ。割と酷めの世間知らずでも、頭の回りは良いんですね。当然か、優れた魔導士に求められるのは、火力とスタミナだけじゃありませんもんね」
 わ、割と酷めの世間知らず……人見知りを自覚してる身としても、かなり痛烈な称号を頂いてしまった……。
 レインさんに悪びれた様子は微塵もない、滑らかに話を続ける。
「勿論ありませんよ。ああいう徒党を組まなきゃ生きてけない人種は、強者の匂いに敏感だ。欲しいのはあくまでも一方的に甚振る快楽だけ、勝算のない喧嘩は絶対にしないもんです。魔導士界の至高にして至宝、『紅炎』で『準一級』で……そんな化け物と一曲どうですか、なんて、いくら言葉巧みに誘ったところで乗ってくるわけがありません」
「だけどカイグルスはあのとき、俺に明らかな敵意を向けていた」
「ですね。ただ、あれは怒りを抑えきれなかっただけ、イレギュラーと看做していいと思います。向こうにアンタと真っ向勝負するつもりはない。殴るとしたら汚い手……策謀の網でアンタの抵抗を完全に封じた上で、だ。
 アンタがあいつをぶちのめすのは簡単でしょうが……アンタ、周囲の魔糸の流れを鈍らせるくらい恐ろしくキレてたのに、あいつに怪我させようとしませんでしたよね?」
 確かに俺は、カイグルスをソファに投げ飛ばした。足首を掴んだ状態で暴れられると、後頭部を強打するリスクがあると考えて。レインさんはその行為を見て、俺の無意識な思考の流れを……俺の「怯え」を読んでいたのか。
 装飾品のごとく可愛らしいケーキを躊躇わずにフォークで断ち切り、口内に放ってからレインさんは続けた。
「ま……その後はマジで暴れだしそうだったから止めさせてもらいましたけど。アンタは化け物ではあるが、どうやらかなり『甘い』化け物らしい。悪人だろうが再起不能にするなんて以ての外……でもそれじゃ、いっぺん気絶させたところで、目を覚ましたら言い訳されるだけだ。ここで逃しちゃあ意味がないんです」
 成る程、レインさんの考えは分かった。
 準一級、つまり「格上」相手に負ければ言い訳の余地がある。だが、あの男が「格下」だと看做している人物に敗北を喫したなら?
「……だから、自由を三日分預ける、か」
「え……? ど、どういうこと、ですか?」
 不安そうに眉尻を下げながら、ティアは俺とレインさんを交互に見た。
 ……言葉にするのが躊躇われるな。ティアは優しい子だから。その優しさを、ほんの少しだけでも自分自身に向けて欲しいと思うほどに。


 俺たちが受けた、二つ目の依頼を思い出す。それは、正確に言えば依頼ではなかったけれど。
 ある日の夕暮れ時。ギルドの正面玄関を一緒に出たときに、泥だらけになって泣いている少女に出会った。いや、こちらも正確に言えば、ティアが会いに行った。一般的な人間よりも優れた聴覚が、遠くで幼子の泣く声を捉え、放っておけないからとそちらへ向かったのだ。
 その子は、母親に作って貰って以来、肌身離さず持ち歩いていた人形をなくしたのだと……どんなに探しても見つからないのだと、俺たちに打ち明けた。
 ティアはしゃがみこんで少女と目線の高さを合わせ、うんうんと頷きながら話を聞いていた。その琥珀色の瞳がにわかに潤んだかと思うと……ティアまで泣き出してしまった。少女の悲しみをそっくりそのまま、自分の胸に移してしまったらしかった。
 遅い時間だったから少女を家に送り届け、少女の朧げな記憶……その日辿った道筋を頼りに、俺とティアで必死になって人形を探した。少女は魔力を殆ど持っておらず、魔糸を辿ることもできなかったから、正直なところ、黒狼との戦いよりずっと骨が折れた。
 誰かが拾ってくれたのだろう。持ち主を模して作られた人形は、少女が立ち寄っていない公園のベンチに、ちょっと傾いて座っていた。
『クロさん! この子、この子ですよねっ!?』
 喜びのあまり、ティアはぴょんぴょんと飛び上がった。そして、それを俺にばっちり見られていたことに気づいて、駆け足で少女の家を再び訪れるまで、頬を赤く染めたままだった。
 人形を受け取った少女は、ティアが丁寧に払っても消えない、年代物の汚れをいくつもつけた人形を、ぎゅっと抱き締めて泣いた。おかあさん、おかあさん、と言って泣いた。それを見て、ティアもまた泣いた。
 報酬なんて要らないと言ったのだが、少女の父親に押しつけられるようにして、結局、石のブローチをひとつ受け取った。元の持ち主でさえ名前を知らない花を象った、くすんだ碧色のブローチを。
『それは、ティアが貰うべきものだ。今度フィーユに自慢しよう、人見知りの二人組でもちゃんと依頼を達成できたんだぞ、って』
 俺がそう言うと、遠慮していたティアはようやく嬉しそうに笑って、ブローチ越しにその夜の星海を見た。
 収穫祭を彩る笛の音色に、無邪気にはしゃぐ子供のように。鐘型の袖をひらめかせ、くるりと一周してから、報酬を胸ポケットにそっと収め……る、と同時に、唐突に耳をぴくっとさせた。
『もしもフィーユ先輩だったら、お胸のポケットに入らな……うううっ、ティア、頑張りますぅぅぅうう!』
 一体何を頑張るつもりなんだ、という俺の問いかけは、全速力で走り去ったティアの影と共に、夜闇に溶けて消えた。


「く、クロさん? レインさん? あのぉ、ごめんなさい、ティア、わからなくて……申し訳ないんですけど、あたしでもわかるように、説明していただけると……だ、駄目? 駄目ですか?」
 ……出会ってから日が浅い、けれど。俺がティアを護るべき仲間だと考えているように、ティアも俺のことも仲間だと考えてくれている、と思う。いや、考えてくれていると断言しておこう。彼女の心の清らかさに疑う余地はない。
 だけど。だからこそ、俺が言わないと。ティアのため。ギルドに志を抱いて入会したにも関わらず、身内の悪意に心身を擦り減らしていった被害者のため。そして、事務職員に転向するための勉強を心安らかに続けていく、その障害を除くために。
「……あの二人と実際に優劣を決するのは、ティアとレインさんの二人。俺の役割は、彼らを釣り出す餌であり、その賭けの賞品でもある。もしこちらが負けた場合、クロニア・アルテドットの三日分の自由を奴らに渡す。そういうことだろう、レインさん」
「ははっ……良いですねえ、大将! オレが想像してたよりずーっと『面白い』人だ!」
 時間が外よりもゆっくり流れているかのように、穏やかで温かな店内に……ティアがひゅっと息を吸い込む音が、響いた。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

【完結】幼馴染にフラれて異世界ハーレム風呂で優しく癒されてますが、好感度アップに未練タラタラなのが役立ってるとは気付かず、世界を救いました。

三矢さくら
ファンタジー
【本編完結】⭐︎気分どん底スタート、あとはアガるだけの異世界純情ハーレム&バトルファンタジー⭐︎ 長年思い続けた幼馴染にフラれたショックで目の前が全部真っ白になったと思ったら、これ異世界召喚ですか!? しかも、フラれたばかりのダダ凹みなのに、まさかのハーレム展開。まったくそんな気分じゃないのに、それが『シキタリ』と言われては断りにくい。毎日混浴ですか。そうですか。赤面しますよ。 ただ、召喚されたお城は、落城寸前の風前の灯火。伝説の『マレビト』として召喚された俺、百海勇吾(18)は、城主代行を任されて、城に襲い掛かる謎のバケモノたちに立ち向かうことに。 といっても、発現するらしいチートは使えないし、お城に唯一いた呪術師の第4王女様は召喚の呪術の影響で、眠りっ放し。 とにかく、俺を取り囲んでる女子たちと、お城の皆さんの気持ちをまとめて闘うしかない! フラれたばかりで、そんな気分じゃないんだけどなぁ!

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

魔力ゼロの俺だけが、呪いの装備を『代償なし』で使い放題 ~命を削る魔剣も、俺が持てば『ただのよく切れる剣』~

仙道
ファンタジー
現代日本で天才研究者だった相模登(さがみ のぼる)は、ある日突然、異世界へ転移した。  そこは『スキル』と『魔力』が全てを決める世界。   しかし登には、ステータス画面もなければ、魔力も、スキルも一切存在しなかった。   ただの一般人として迷宮に放り出された彼は、瀕死の女騎士と出会う。彼女の前には、使う者の命を瞬時に吸い尽くす『呪いの魔剣』が落ちていた。   武器はそれしかない。女騎士は絶望していたが、登は平然と魔剣を握りしめる。 「なぜ……生きていられるの?」  登には、剣が対価として要求する魔力は存在しない。故に、魔剣はデメリットなしの『ただのよく切れる剣』として機能した。   これは、世界で唯一「対価」を支払う必要がない登が、呪われた武具を次々と使いこなし、その副作用に苦しむ女騎士やエルフ、聖女を救い出し、無自覚に溺愛されていく物語。

辺境領主は大貴族に成り上がる! チート知識でのびのび領地経営します

潮ノ海月@2025/11月新刊発売予定!
ファンタジー
旧題:転生貴族の領地経営~チート知識を活用して、辺境領主は成り上がる! トールデント帝国と国境を接していたフレンハイム子爵領の領主バルトハイドは、突如、侵攻を開始した帝国軍から領地を守るためにルッセン砦で迎撃に向かうが、守り切れず戦死してしまう。 領主バルトハイドが戦争で死亡した事で、唯一の後継者であったアクスが跡目を継ぐことになってしまう。 アクスの前世は日本人であり、争いごとが極端に苦手であったが、領民を守るために立ち上がることを決意する。 だが、兵士の証言からしてラッセル砦を陥落させた帝国軍の数は10倍以上であることが明らかになってしまう 完全に手詰まりの中で、アクスは日本人として暮らしてきた知識を活用し、さらには領都から避難してきた獣人や亜人を仲間に引き入れ秘策を練る。 果たしてアクスは帝国軍に勝利できるのか!? これは転生貴族アクスが領地経営に奮闘し、大貴族へ成りあがる物語。 《作者からのお知らせ!》 ※2025/11月中旬、  辺境領主の3巻が刊行となります。 今回は3巻はほぼ全編を書き下ろしとなっています。 【貧乏貴族の領地の話や魔導車オーディションなど、】連載にはないストーリーが盛りだくさん! ※また加筆によって新しい展開になったことに伴い、今まで投稿サイトに連載していた続話は、全て取り下げさせていただきます。何卒よろしくお願いいたします。

落ちこぼれの貴族、現地の人達を味方に付けて頑張ります!

ユーリ
ファンタジー
気がつくと、見知らぬ部屋のベッドの上で、状況が理解できず混乱していた僕は、鏡の前に立って、あることを思い出した。 ここはリュカとして生きてきた異世界で、僕は“落ちこぼれ貴族の息子”だった。しかも最悪なことに、さっき行われた絶対失敗出来ない召喚の儀で、僕だけが失敗した。 そのせいで、貴族としての評価は確実に地に落ちる。けれど、両親は超が付くほど過保護だから、家から追い出される心配は……たぶん無い。 問題は一つ。 兄様との関係が、どうしようもなく悪い。 僕は両親に甘やかされ、勉強もサボり放題。その積み重ねのせいで、兄様との距離は遠く、話しかけるだけで気まずい空気に。 このまま兄様が家督を継いだら、屋敷から追い出されるかもしれない! 追い出されないように兄様との関係を改善し、いざ追い出されても生きていけるように勉強して強くなる!……のはずが、勉強をサボっていたせいで、一般常識すら分からないところからのスタートだった。 それでも、兄様との距離を縮めようと努力しているのに、なかなか縮まらない! むしろ避けられてる気さえする!! それでもめげずに、今日も兄様との関係修復、頑張ります! 5/9から小説になろうでも掲載中

ブラック国家を制裁する方法は、性癖全開のハーレムを作ることでした。

タカハシヨウ
ファンタジー
ヴァン・スナキアはたった一人で世界を圧倒できる強さを誇り、母国ウィルクトリアを守る使命を背負っていた。 しかし国民たちはヴァンの威を借りて他国から財産を搾取し、その金でろくに働かずに暮らしている害悪ばかり。さらにはその歪んだ体制を維持するためにヴァンの魔力を受け継ぐ後継を求め、ヴァンに一夫多妻制まで用意する始末。 ヴァンは国を叩き直すため、あえてヴァンとは子どもを作れない異種族とばかり八人と結婚した。もし後継が生まれなければウィルクトリアは世界中から報復を受けて滅亡するだろう。生き残りたければ心を入れ替えてまともな国になるしかない。 激しく抵抗する国民を圧倒的な力でギャフンと言わせながら、ヴァンは愛する妻たちと甘々イチャイチャ暮らしていく。

エリクサーは不老不死の薬ではありません。~完成したエリクサーのせいで追放されましたが、隣国で色々助けてたら聖人に……ただの草使いですよ~

シロ鼬
ファンタジー
エリクサー……それは生命あるものすべてを癒し、治す薬――そう、それだけだ。 主人公、リッツはスキル『草』と持ち前の知識でついにエリクサーを完成させるが、なぜか王様に偽物と判断されてしまう。 追放され行く当てもなくなったリッツは、とりあえず大好きな草を集めていると怪我をした神獣の子に出会う。 さらには倒れた少女と出会い、疫病が発生したという隣国へ向かった。 疫病? これ飲めば治りますよ? これは自前の薬とエリクサーを使い、聖人と呼ばれてしまった男の物語。

むっつり金持ち高校生、巨乳美少女たちに囲まれて学園ハーレム

ピコサイクス
青春
顔は普通、性格も地味。 けれど実は金持ちな高校一年生――俺、朝倉健斗。 学校では埋もれキャラのはずなのに、なぜか周りは巨乳美女ばかり!? 大学生の家庭教師、年上メイド、同級生ギャルに清楚系美少女……。 真面目な御曹司を演じつつ、内心はむっつりスケベ。

処理中です...