転生済み最上級魔導士はギルドの事務職にジョブチェンジして平穏な日々を送りたい!

紫波すい

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第2章 月夜を仰ぐ「碧水」の本音

13.ぷるぷる王子と最強の姫君

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 カイグルス・ガレッツェ、ギージャ・ペドリー。二人の姿をギルドのロビーに認めたのは、作戦会議の三日後のことだった。
 ギルドの正面扉を盛大に開け放って入ってきたカイグルスは、十分に距離を置いて歩いていた若い女性事務職員に対し、蝿か何かにするようにしっしっと手を払い……挙げ句、「目障りだ不細工、俺様の視界に入って良いのは美女だけなんだよ」と大声で宣った。奴の戯言に慣れているのか、女性は視線を向けることもなく立ち去ったけれど……殆ど無差別的な悪意だ。
 カイグルスはずかずかと真っ直ぐ、ソファのあるエリアへ歩いて行った。俺に投げ飛ばされたその巨体を受け止めてくれたソファを忌々しげに睨むと、奇声を上げながら力任せに蹴飛ばした。そして別のソファにどっかと腰を沈め、リクエストボードを見に行くよう、斜め右後ろに付き従っていたギージャに顎で示した。
 俺たちは、二階からその横暴を見ていた。
 手摺りの上で腕を組んだレインは、口元ではニヤリと微笑みながらも、瞳に冷ややかな侮蔑の色を潜ませている。
 大丈夫だろうか、とティアを見た。両手で手摺りをぎゅっと握っているけれど……その身体は震えていない、その瞳は揺らいでいない、耳も堂々と立っている。引き結んでいた唇がふっと解けたかと思うと、深く深く息を吸い込み、長く長く吐き出した。
 二人に宣戦布告するのは、ギルドのロビーでなければならない。勝負について、同業の証人をなるべく多く作るため……と、レインの「脚本」に書いてあった。
「さ~て、と……観客も良ーい感じに集まってきてますね。そろそろ開演と洒落込みますか」
「はい、ティアはいつでも行けます! おひ……クロさん! あたしの後ろから離れないでくださいねっ!」
 ティアがくるりと階段の方を向き、先陣を切って歩いていく。進むルートまでが事前に決まっていたかのように……「脚本」に従って、配役「王子様」を全身全霊で演じている。妙にぎこちないと思ったら、前に出した足と同じ方の手を同時に出して歩いていた。耳元でさりげなく指摘したら赤面と引き換えになおったが、やっぱり心配だ……。
 やがて「魔王とその子分」の前まで辿り着いたティアは、
「すぅぅ~……はぁぁ~……あのっ! 魔王さんのカイグルスさ……ち、違った、かかか、カイグルス! そして、そっちにいる子分さんのギージャさん! このあたしを、覚えていま、るかっ!」
 ドドンと足を開き、ビシッと両手を腰に当て、ピーンと耳を反らせ、バーンと控えめな胸を突き出した。
 カイグルスは最初こそ唖然としていたが、すぐにへらへらと、軽薄に口端を歪ませた。
「ツラは覚えてるが、生憎、名前の方は覚えてねえなあ。『紅炎の金魚のフン』で構わねえか、六級?」
「うぅっ……ま、負けちゃ駄目っ! ならば、覚えておくが良いですっ! あたしはティア、兎獣人のティア、地魔導士のティアっ! いずれお姫さ……じゃなくてっ、クロさんアルテドッドさんの右腕となる、尊貴にして勇敢なる者っ!」
 俺の隣にいたレインがさっと顔を背けた。口を押さえてぷるぷると……わ、笑いを堪えているのか!?
 今すぐ両肩を掴んで前後に揺さぶって、お前が考えた台詞だろ、確かにちょっとだけ変な感じに間違っているけれど! そう態度を全力で正したい。
「ククッ……ぶはははははははっ! おいおい、六級のゴミ! くだらねえ余興を頼んだ覚えはねえんだが? それともアレか? 俺様の偉大さに今更気づいて、這いつくばって靴でも何でも舐めます、とでも言いに来たのかァ? だが……残念、それじゃあダメだ。俺様は寛大だが、てめえらの罪はあまりに重い……そこにいる『紅炎』、てめえにもきちんと誠意を見せてもらわねえとなァ」
 想像通りの反応ではある……が。俺は奥歯を噛み締める。
 こいつは、俺の知らない生物だ。世界が自分を中心に回っていて、理不尽に道を阻まれれば、理不尽を起こすことで憂さを晴らす。魔物には心臓がないけれど、果たしてこいつの胸を抉ったところで、人であることの証明を見つけられるのだろうかと、疑問に思えてくるくらいに歪んだ生物だ。
「大将、魔糸を抑えて」
「……、わかって、いる」
 僅かに顎を引いた。俺の魔糸ならすぐに統制できる、大丈夫だ。それよりも、邪悪を真っ向から浴びているティアの方が……
「いい加減にしてッ!」
 鋭利な声が、ロビーに響いた。
「思い上がるのも、大概にしてくださいッ……この、びっくりするほど意地悪な人めっ!」
 ティアが。この世界で起こる全ての理不尽は、自分が原因で起こっていると……カイグルスとは正反対の思考に囚われているはずのティアが、全身全霊で怒っている。
 カイグルスの右眉が、ひくりと痙攣した。
「……オイ、獣。何だと?」
「何度でも言います、あなたは意地悪ですっ、あたしの知り合いさんの中でいちばん、意地悪ですっ! あなたがどんなに強かったとしても、あたしはあなたを放っておけない……あたしの大切な仲間を、ギルドのみなさんを、そしてあたし自身を、これ以上虐げられたくない!
 だから……だからっ、あなたの今後の振舞いをかけて、勝負してください……あたしと、こちらの狩人さ……い、いえっ、レインさんと! あたしは六級で、レインさんは四級……あなたは四級で、ギージャさんは五級! ま、まさか……勝てないから戦わない、なんて仰いませんにょね!?」
「……ひゅー、オレちょっと目頭が熱いですよ。最後は噛んじまったけど、それでも立派なもんだ」
 俺にそう囁いてから、レインは長い脚で一歩前へ。自らが設計した舞台上へと、場違いな優雅さで登壇した。
「ど~も、カイグルス・ガレッツェさん。こないだ邪魔させて貰った新人です。あ、覚えてなくても構いませんし、覚えてもらう必要もありません。
 いやあ~、ティアちゃんがあまりに不憫だったもんで、ささやかながら『お手伝い』させて貰うことにしたんですよ。アンタは四級……オレも四級ではあるが、アンタの方がずっと経験豊富だって分かりきってますし、ちょっと自信ないんですけど……」
 今更になって、ギージャが慌てたように親分の元へ駆け寄ってきた。遅いという言葉の代わりに激しく舌打ちし、カイグルスは腰を降ろしたまま、子分のでっぷりとした腹を思い切り蹴飛ばす。贅肉という鎧のおかげか、蹴られ慣れているせいか、ギージャは全くダメージを受けていないようで、ただただ困り顔で親分の様子を伺い、
「あ、アニキィ……どうすんだァ?」
「黙ってろ、ギージャ。オイ、獣ども!」
 ようやく、立ち上がったか。
 こめかみに青筋を立てたカイグルスが、濁声で咆哮する。自分より小さなティアに、唾の雨を叩きつけて。
「この俺様が! これ以上ないほど親切に! 寛大に! 戯言に耳を傾けてやってるのを良いことに、ウダウダウダウダとつけ上がりやがって……この俺様と勝負だぁ? どうしててめえらと違って優秀で! 依頼も引く手数多の俺様が! わざわざ貴重な時間を割いて、てめえらと遊んでやらなきゃなんねえんだよ!? 俺様になんのメリットがある、ああ!?」
 来た、「メリット」……脚本通り、この単語を上手く引き出せた。
「勿論、こっちが一方的に要求をぶつけるわけじゃありませんよ。勝負の舞台……どの依頼で競うかについては、アンタらで自由に決めてもらって構いません。それから」
 レインの目配せ。
 よ、よし。大勢に聞かれていると思うとやっぱり緊張するが、ティアがあれだけ頑張った後で、俺がオドオドしているわけにはいかない!
「……カイグルス。お前は俺に『誠意を見せろ』と言ったよな。それなら、」
「あたしたちが負けたらっ! 絶対絶対、負けませんけど、もしも、もしも負けちゃったらっ!」
 あれ? ティア?
 何故、更に一歩前に出る? 何故、俺を大袈裟な仕草で指し示して……? 俺が見落としていただけだろうか、「脚本」にこんな場面は……
「クロ姫様を、三日間だけ、あなたたちの好きにして構いませんッ!! あたしは王子様として、クロ姫様を全力でお護りしますッ!!」

 静寂が、訪れた。
 頭の中が、真っ白だ。何か言おうとするのだが、フィーユの家で飼われている色鮮やかな観賞魚のように、はくはくと唇を動かすことしかできず。
 レインが堪え切れず噴き出したことをきっかけに、ロビーの時間の流れは復旧した。それと同時に、空っぽだった脳内にどぱっと羞恥が押し寄せ、激しく波打って……ああ、燃えている。俺の顔面は恐らく、俺自身の魔力の暴走で燃えている。
 ううう……危惧していたんだ、「脚本」における俺の配役を確認したその瞬間から!
 落ち着け、何でも構わないから発言して誤魔化さなければ。この異様な空気を何とかするために、とにかく何かを……そうだ、天気だ! 気まずい沈黙を埋めるためには、天気の話をすればいいと聞いたことがある!
「……ほ、本日は、誠に気持ちの良い晴天で……」
「ふっ、ははっ、くっ、クロ姫……っ、あはっ、ははははっ……や、やっちまった! はははっ、やべ、腹が痛え……悪い、大将……!」
「ぐっ……、いや、ちが、今のは本当に違っ……ティ、ティア……じゃない、わ、笑うなレイン~~~~っ!!」
 ばさささっと、紙束が落ちる音が聞こえた。
 悶絶のあまり、ただでさえボサボサの黒髪を掻きむしりながら、咄嗟にそちらを向くと、
「…………クロ、ひめさま? なにこれ、どういう状況?」
 完璧美少女と名高い幼馴染であり、カルカギルドのロビーの華、フィーユ・ドレスリートが、書類の海の上に立ち尽くしていた。
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