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第2章 月夜を仰ぐ「碧水」の本音
15.答案提出、ひとつめ
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クロニア・アルテドットが、瞳を閉じる。
ほつれた先の先まで完全に掌握された紅色の糸が、その足元に魔法陣を構築する。記憶にぶちこんだ魔導書を手当たり次第に手繰ってみる。結論、あんなデタラメで、あんな美しいもんは見たことがねえ。多分「碧水」の創作魔法……「オリジナル」だ。
辺境領のギルドが大慌てで「彩付き」の申請を出した。附属の資料は試験記録のみ。それでも、シェールグレイの背骨たるラウヴァ山脈の最高峰より尚プライドの高い総本山が、受理せざるを得なかった。
一。他の受験者に対して行った治癒魔法。
二。己の魔法から他を護るための結界展開。
三。カルカギルドが実戦試験に投入した、隣国フェオリア製・自律式魔動戦闘人形、全五体をただの一撃で完全消滅させた。
型番を確認したが、最新式ではないにしろ、フェオリアでも高名な工場が製造した戦闘兵器だった。決してやわな造りじゃない。
それにカルカギルドには「花形」が少なく、財政状況は今も昔も芳しくない……高価な魔導人形は再利用してきたし、今後もする気満々だった。
試験にあたっては間違っても破壊されることのないよう、ギルド所属のエンジニアが、あらかじめ受験者の持つ魔力に応じて「属性耐性」を「最高レベル」に設定しておく。クロニアに対しても抜かりはなく、加えてもう一名のエンジニアによる二重チェックの履歴が残っている。
四。極め付けは、次の受験者のために行ったと思われる……超高火力魔法の影響で乱れた、試験会場内の他属性魔糸の正常化。
これら全てを無詠唱・無描陣で行い、魔法使用における反動も皆無。「彩冠」の管理を司る魔導卿が、驚愕にただでさえ青白い頬を更に白く染める光景が目に浮かぶようだった。戴冠の儀への出席を辞退されたときも、同様だったに違いない。
「転生者」ならいずれは手が届く地位だが、全員が全員「彩付き」に成れるわけでもない。ましてや、この早さでの成熟は異例。話を聞いたときにすぐに察した。「彩付き」の師がいると。
で、これがひとつの答えなわけだ。
『ティアちゃんに稽古をつけてあげて欲しい。そしてその中で、「ある魔物」と戦うためのコツを伝授してあげて欲しいんです』
こちらが条件を出したとき、大将は「できない」と言わなかった。そこから推測はできたが……ここまでゾクリときた答え合わせは、悔しいが初めてだ。
意志を持った使い魔を、契約時に定めた代価を払って呼び出す召喚魔法のようだが、まるで違う。炎によって精巧に「再現」された魔物の名は「紫影」。
ローブを纏った人影のような姿を特徴とし、浮遊した状態で音もなく目標に迫る。視線を嫌うという特質があり、必ず背後から魔法攻撃を行う。雷属性を示す紫と名についてはいるが、雷属性を宿す個体が多いと言うだけで、七属性それぞれを宿した個体が確認されている。
重要な点がひとつ。
この面倒くせえ魔物は、霧の日に多く現れる。この為、霧の出る頻度が少ないカルカ一帯には滅多に出現しない。そして近年の討伐記録に目を通した限り、その滅多に出現しない魔物は、ほぼ全て、ある二名の登録戦闘員によって討伐されている。
つまり真っ当に考えるなら、大将には「紫影」との実戦経験がないはずなのだ。
武芸にも人格にも優れた、戦士の父親による根幹教育。「碧水」サリヤによって「再現」された、膨大な量の戦闘経験を余さず飲み干し……持って生まれた「転生者」としての素質を惜しげもなく開花させたことにより生まれた、規格外の怪物。
これが大将の……いや、正体、と言うにはまだ早い。別属性の創作魔法をいとも簡単にコピーしている点から見ても、まだまだ全貌じゃねえんだろう。しっかり魔法陣を描いているあたりから、逆に不気味さが滲み出ている。
凭れ心地の良い大樹に背を預け、初めて対面した魔物のレプリカに見事に翻弄されるティアちゃんに声援を送りながら、先程の会話を改めて咀嚼する。
前世の記憶を再得しても、大将の人格に変化は起こっていない。大将の……少なくとも今の言動を見る限りでは、嘘を吐いている可能性は極めて低いだろう。
しかし、それが真実ならば。この眼で目撃したあの変化は、一体何だった?
……大将はティアちゃんに、精密機械の如く適切な助言を飛ばしながら、「紫影」を本物そっくりに躍動させ続けている。
げ、もう一体増やしやがった。無自覚に鬼畜ですねえ、英雄サリヤ先生の教育方針は実によろしいようで。
ふう、と長く息を吐く。
昔から、勝てないゲームには乗らない主義だ。それと同時に……たとえ勝ち筋が明確だとしても、快楽だけを与えてくれるような、安っぽく無意味なゲームに時間を割くつもりもない。
でもなあ~。柄にもなくちょーっと表に出過ぎてるよな、「オレ」。この件が終わったら、気楽に遊べる可愛い女の子と、日陰でまったり、流れてくる雲でも数えたいもんだ。
「…………アンタと、大将と。どっちが正解なんだろうな、兄上」
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