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第3章 明日を願う「白氷」の絶唱
36.雪の魔女の家出
しおりを挟む【メメリカ・彩雪】
幽霊ちゃん、と呼ばれていた。
わたしの髪は、前世から白かった。
前世……わたしの生まれた国では、わたし以外の殆どの人の髪が黒かった。わたし以外の人が髪を鮮やかな色へ染めていく中で、わたしは幼い頃も、成長した後も髪を黒く染め続けた。15歳の春に、死ぬまで。
わたしの肌は、前世から白かった。
肌を白く保とうとする人がいることは知っていたけど、わたしのようになりたいと思う人がいたかはわからない。雪の上に裸で倒れていれば雪になって、春が来たら一緒に溶けてしまうのではないかと思ったことがある。
わたしはちっとも可愛くなかった。
ちっとも美しくなかった。
謙遜などではなく、事実。いつも泣き腫らしているような一重瞼で、鼻は大きくて上を向いていて、輪郭も四角く歪で。声が綺麗ならまだ救いようがあったけれど、男の子に間違われるほど、低くこもっていたのが現実だ。
両親だけが、わたしを愛していた。
わたしの白さはわたしのアイデンティティなのだと。わたしが望むなら、髪を染めるのもやめたって構わないと。
でも、無邪気な悪意の立ち込める閉鎖的な世界で、わたしを愛してくれる人はいなかった。
幽霊ちゃん、と呼ばれていた。
クラスメイトからも……それから、両親は同じなのに、わたしの欲していた美しさを全て持って生まれた姉からも。
たったの15年だ。それだけで、わたしは人生というものに疲れ果ててしまった。
わたしに、明日は要らなかった。
だからこの身体と一緒に、高いところから放り捨てることにした。
本当に幽霊ちゃんになるつもりはなかった。綺麗さっぱり消え去りたかっただけ。
怖くなどなかった。重力にただ身をまかせて落ちていきながら、逆さまになった世界を眺めた。何一つ感想の出てこない自分は、もうとっくに死んでいたんだな、と思った。
さよなら、紗雪。
わたしも、あなたのことを嫌いだったよ。
わたしは、泣いていた。
泣いたって胸が苦しくならず、咳が出ないのは、初めてだった。
わたしに魂を継いでくれた彼女の名前を、喉の奥で繰り返す。
……紗雪。
『あなたと、ひとつになってもいい?
わたし、もう、明日は要らないの』
ようやくあなたのことを思い出せて、言葉を交わせるようになったのに……すぐに、雪のようにわたしの中へ溶けていった女の子。
紗雪。あなたは、わたし。
わたしはメメリカ。わたしは、あなた。
胸を満たす「白」い糸が、心の傷を塞いでゆく。
涙を拭うこともせず、鏡に映る自分を眺める。
床に引きずるほど伸ばした白髪。
血の気をまるで感じさせない白い頬。
髪も肌も、真っ白のまま。だけど瞳にだけは、わたしがかつて渇望していた黒が湛えられていた。
二重瞼の大きな瞳。小さな鼻。逆三角形の輪郭。とびきりの美人ではないけれど、少なくとも容姿については、口汚い罵りを受けることもなかった……人に会うことが、少なすぎたからかも知れないけれど。
わたしは……言葉はわかるし、読み書きは不自由なくできるのに、どうしてか生まれつき、声を出すことができない。声を出さずに泣く赤児なんて初めてだって、お医者さまも、お父さまとお母さまも、心配して。
こんなわたしで、ごめんね。
でも……わたしにできることは、全部あげるよ。
傷つくことのない明日を、紗雪にあげる。
そのために、わたしは立ち上がった。重かった脚が、身体が、翼を得たようにふわりと軽かった。
お父さま、お母さま、ごめんなさい。
もう、この部屋には戻らないから。
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