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第3章 明日を願う「白氷」の絶唱
38.それはとても苦しげな
しおりを挟む『自己交渉』型の依頼は、ロビーのリクエストボードに貼り出され、条件を満たした登録戦闘員の手に取られるのを待っている。それが基本だ。
しかし、誰も受諾したいと思わず、ボードに長期間貼り出され続ける依頼も、中には存在する。
ギルド事務局はそれらの依頼者に対して、「受諾希望者が現れませんでした」と安易に突き返すような真似はしない。
では、どうするか?
単純明快。「推薦」する。
各登録戦闘員の適性情報から、事務局側で候補者を数名設定。候補者が次にロビーに現れたとき、あくまでも「オススメ」という形で、残された依頼を提示する。
そしてこのような場合、どうしても依頼を引き受けて欲しい依頼主は、直接交渉時に報酬額を上げてくれることが多い……らしい。
しかし「値上げ」を待つ登録戦闘員は少ない。依頼受諾は早い者勝ち、残っているものにはそれなりの理由があるのだ。
依頼内容を読み終えた俺は、その特異さについて考え込んでいた。
単純な魔物の討伐依頼ではなかった。この依頼書が求めるのは「原因不明の異常気象の調査、及びその解消」。
その異常気象とは、吹雪。
夏が迫り、日毎に「暖かい」が「暑い」へと移り変わっていくこの時期に、だ。
調査の指定地域は、王都を超えて更に東、グリーヌ領のオウゼという街の付近にある。
火山が多い環境ゆえに様々な効能を持つ温泉があちこちで沸き、「炎に愛されし地」と銘打って保養地として名を馳せている街……らしい。炎で客寄せするなど嘆かわしいと、ケラス教会からは距離を置かれているようだが。
とにかく。
この季節に、そんな場所で、吹雪。
依頼主は、オウゼの町長。
自治体の長が、グリーヌ領にある各ギルドだけではなく、遥か遠方のギルドに依頼を貼り出してでも解決したい問題だ。
この紙が大勢から視線を逸らされている間に、相当の被害が出ていてもおかしくはない。王国軍を頼った方が良いのでは? 最初はそう思ったのだが……事情は複雑なようで。
「異変が起こったとき、オウゼではまず『大禍』……『白氷の大禍』が起こったのではと疑ったそうです。何の前触れもなく、山が丸ごとひとつ真っ白に染まっちまったわけですから。
当然、ただちに王都に向けて国軍の派遣要請を打った。だが……実際に王国軍が到着してみれば、そこで起こっていることが『大禍』と別物の何かだということは一目瞭然だった」
その異常気象は、人間に対し「無害」だったのだ。
まず、魔物が現れない。
そして、犠牲が出ていない。巻き込まれた動植物を犠牲に数えたとすれば別だが、少なくとも犠牲者は一人も出ていない。
雪に白く染まったエリアが、時間経過によって広がっていくということもない。短期間に大雪が降れば雪崩等が起きそうなものだが、それさえも起こっていない。
そもそも、間近で目の当たりにした人々でも、その吹雪が現実に起こっているものなのかが解らないのだという。
顎の下に軽く握り込んだ左手を当て、既に二度読み返した一文に再度、視線を添わせる。
「……『侵入することができない』……」
「王国軍は撤退したが、警戒のために小隊を残している他、魔導学の学者連中を含む調査団を現地に派遣しています。で、雪がどかどか降り積もっていくエリアへ踏み入ろうと何度も試したそうです。
だが、誰一人として叶わなかった。前へ進んでいた筈が、気づけば滑稽にも、背後からそれを見守ってた連中と目が合っている。
生真面目揃いの小隊が健気にも試してみたそうなんですが、東西南北どこから侵入しようとしても同じ結果に終わったんだとか。それにそもそも……冷気を全く感じないそうなんですよ」
発生から12日が経つ。
特殊結界、それも広範囲に。
対結界の解除魔法も、炎魔法による突破も叶わず。
どれほどの炎で挑んだのか、詳細が書かれていないからわからないけれど。弱点属性を受け付けないほどの強度を維持しながら、雪を降らせ続けているのか。それが幻影でないのなら……
俺は、ぽつりと思った。
「とても、苦しいんじゃないだろうか」
「は?」
レインの声に顔を上げる。そして、思ったことをそのまま呟いてしまっていたことに気づいた。
「あっ、ええと……これだけの規模の魔法を維持し続けるのはとても苦しいだろうな、と! 氷魔法は『継続』を得意分野としているけれど、それでも……」
「アンタ……これが人間の仕業だと? しかも、たった一人の魔導士が引き起こした事態だと思ってるんですか?」
レインが驚く意味がわからないまま、
「断定はできないが、可能性はあると思う」
「その根拠は?」
「根拠? 根拠は……まあ出来るかな、と」
「へえ~なるほどね、アンタの怪物っぷりを一瞬でも失念してた自分の頬をぶっ叩きたい気分です」
「じ、自傷行為はいけない……!」
幸いと言うべきか、レインは扉の方へ視線を逃し、頬杖をついて長く溜息を吐いただけだった。俺は表現に迷いながら、
「……根拠と言えるのかはわからないんだが、疑問がある。仮にこれが天災、たとえば『大禍』とは異なるものの、魔糸障害によって起きた事象だとして……こんなにも『意図』を感じさせる結果になるものだろうか?」
「……意図」
「『大禍』と向かい合ってみて、わかった。天災は理不尽だ。大量の魔石を生むより他に、良いことなんて何一つもたらさない。理不尽に、奪ってばかりだ」
師匠の顔を思い浮かべていた。
師匠がいなくなってからも、俺は1人、変わらない場所で修行に励んでいる。時折、実戦形式の訓練相手を、フィーユが務めてくれるようになっていた。
「でも、この異常気象は違う。人間を拒む、というか……自分と他との間に境界線を引くような『意図』を感じる。それは……降り頻る雪の中に意思を持つ人間か、人間と同等の知性を持つ何かが身を潜ませているからだと思うんだ。それが独りなのか、複数なのかはわからないけれど」
レインの瞳に、俄かに雷のような閃きが走る。
「…………『白氷』が? 仮に可能だとしてもあの方は老いすぎている、10日以上保つわけがない。だが……もしも……」
レインは背凭れに背を預け、机上で組んだ両の指を黙って見つめていた。
やがて微かに肩を揺すって、にい、と。
ほぼ初対面のときに、ハーバルさんの喫茶店「鈴の小道」で見せた……とっておきの悪戯を思いついた少年のような笑みを浮かべた。
「素直に感謝させて貰いますよ、大将。どうやらオレは、想定外の当たりを引いたらしい。なるほど……こいつは『得意分野』だ」
「? ……あの、もう少しヒントを多めに呈示して貰えると助かる」
「いやあ~すみません、慎重な性格なもんで、確実じゃないことを言って惑わせるのはちょっと躊躇われちゃうなあ~」
「も、もう充分惑わされてるんだが!?」
「はは、野郎に言われても全っ然嬉しくねえ!
……で、どうします大将? この依頼、受けます? 国が派遣した調査団でさえお手上げの案件だ、アンタみたいな大物でさえ引き受けてくれなかったら、オウゼの民達はさぞかし困るだろうなあ~」
ううっ、何だろうこの感覚は? 必要なことに手を伸ばしている筈なのに、その腕に薄らと紫色の操り糸が見えるような……
「う、受け……るっ、その前に! 大変情けなくて申し訳ないんだが、フィーユに相談をさせてくれないか!?」
「あ。その必要はないですよ、オレからきっちり話しておいたんで。フィーユちゃんにも、それからアンタの右腕やってるティアちゃんにもね。今頃は、せっせと旅支度を進めてるんじゃないかな?」
あ、あれ?
脳内の魔糸がぐるぐると……俺は今、自分の意思を確認されたんだよな? 何故、この場にいないフィーユとティアが、既に旅支度を……いや、この場にいないのは旅支度のためなのか?
そもそもこの依頼、こんなにも異常で困難な内容なのに、条件に「六級以上」と書いてあるだけで他には何も……
「決まりですね、はい撤収。事務員目指して頑張りましょ~」
「えっ、いや待っ……!」
さっさと「撤収」しようとするレインを追うように、派手に椅子を鳴らして立ち上がった俺に……この優秀だが酷く厄介な軍師は、屈託のない微笑を見せるのだった。
「このオレが、男2人で温泉街に行きたがるわけ……ないでしょ?」
手が、わなわなと震え出す。
ま、護らなければ……
依頼の件についてしっかり調査して、俺に出来る務めをしっかり果たして! そして同じ男として、この男からフィーユとティアを護らなければ……!
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