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第3章 明日を願う「白氷」の絶唱
39.手を、伸ばして
しおりを挟む【ティア】
あたしは今、とても緊張しています。
お仕事の最中では……いいえ、次のお仕事のための準備中ではありますが、魔物さんに立ち向かっていたりはしません。
でも、それと同じくらい緊張しています。だって、とても久しぶりなんです。
震える手で扉を開いて。もう片方の手のひらで、玄関を示して。そして、お買い物中から、心の中で何度も何度も練習していた言葉を!
「どっ、どどど、どうぞ! そのっ、お片付けとお掃除はしっかり終わらせておきましたのでっ、綺麗だと思います……た、多分! そっそれから、あまり大きなお部屋ではありませんがっ、どうぞお入りくだしゃっ」
うぅっ、あたしの馬鹿ぁぁあ!
噛んじゃったぁぁああ!
「それじゃ遠慮なく、お邪魔しま~す! 外観は見せてもらっていたけど、お招きされるのは初めて……あっ、早速可愛い子、発見!」
「ひゃあっ、そ、それは……!」
このお家をお借りしてから、初めてのお客様……フィーユちゃんが、その宝石みたいな翠色の瞳で見ているのは……一人暮らしが寂しくないようにお母さんが作ってくれた、うさぎのぬいぐるみさん!
お部屋を出るたびに「いってきます」と礼をして、帰ってくるたびに「ただいま」と礼をして……フィーユちゃんが来てくれるってわかってたのに、いつものように玄関の戸棚の上にお座りしてもらってたの、すっかり忘れちゃってましたぁあ!
「もしかして、このお部屋……ぬいぐるみが沢山お出迎えしてくれたり?」
「はうっ! い、いいえっ、他にはその……2羽だけ、なんですけど……ぎ、ギルドの職員なのにぬいぐるみさんと一緒に暮らしてるなんて、やっぱり、子供っぽいですよね……?」
「あら? 私の部屋にもぬいぐるみ、いるわよ。未だに小さい頃につけた名前で呼んでいるし。抱きしめて寝ることは、流石にできなくなっちゃったけど……」
「ふぃ、フィーユちゃんも……?」
それってつまり……あ、あたし、フィーユちゃんにも子供っぽいって言っちゃったぁあああ!?
どう謝れば良いのかなってあたふたしている間に、フィーユちゃんは前屈みになって、
「可愛いうさぎさん、きみのお名前は?」
声を低めて言いました。男の人の真似でしょうか? とても可愛いですし、それに……完璧なのは変わらないんですけど、ちょっとだけフィーユちゃんをおそばに感じるというか……
はっ! 考えている暇はないのでした、お返事をしなければっ! なるべくお声を変えて、
「あ、あたしはリマ、ですっ! え、ええっとぉ……ルヴァッサのお花のように、清らかでお綺麗なお嬢さん! お会いできて、とっても光栄ですっ!」
「ルヴァッサ……ふふっ、ありがとう! リマちゃんの方が、レインくんの真似が上手みたい!」
フィーユちゃんは、あたしを振り返ってにっこりしました。ピンク色のまっすぐつやつやな髪は、揺れるたびに良い香りが……
ドキドキするほど綺麗だけど、お日様みたいにあったかい笑顔です。お空の上からあたし達を見守ってくださる女神さまが、フィーユちゃんみたいな方なら良いのにな、そう思いました。
ちょっとだけ緊張がほぐれたあたしは、ちょっとだけある廊下を抜けて、フィーユちゃんをひとつだけのお部屋にご案内しました。
家賃のお安さと、たっぷり日差しを浴びられる、大きな窓があるという理由で選んだ、あたし独りのお部屋。
「わあ……可愛いお部屋ね! 窓辺にお花がたくさんあって癒されるし、家具のひとつひとつに木の温かさを感じるわ……!」
フィーユちゃんは、良いところを見つける天才さんなんだと思いました。お褒めいただいて嬉しいなって気持ちと、もったいないお言葉をいただいちゃって良いのかなって気持ちが、あたしの心の中でぎゅうぎゅう押し合っていました。
フィーユちゃんが貸してくれた、赤くて、大きくて、四角い鞄をベッドの上で開きます。
歯磨きや、耳と尻尾のお手入れ用具。あたしが故郷から持ってきたお洋服。それからフィーユちゃんと一緒に選んだ、防寒のための帽子や手袋、マフラー……フィーユちゃんは迷いなく、てきぱきと鞄に収めていきます。
見惚れてしまうほどにお見事な「荷造り」で、全ての荷物をご馳走様した鞄の姿は、きらきら輝いて見えました。
『お引越し』には慣れていますが、長旅は初めて。それに、夏と冬、両方のための準備が必要なのです。どう準備したら良いのか悩んでいたら、フィーユちゃんが手伝おうかと提案してくれて……頼ってばかりで申し訳ないのですが、お願いすることにしました。
あたしたちは、オウゼという街へお仕事に行きます。
相手は、理由のわからない吹雪さん。
レインさんから、フィーユちゃんと2人でギルドの2階にある会議室に呼ばれて、お話を伺ったとき……折角のお誘いではありますが、あたしが行っても、何のお役にも立てないような気がしました。
フィーユちゃんも最初は、お仕事を受ける気がなかったみたいでした。どうやらフィーユちゃんは、レインさんのことがあまりお好きではないようなのです。
でも、あたしとお顔を並べてご依頼の内容を読むうちに、表情が真剣なものに変わっていって……読み終えると溜息をついて、こう言ったのです。
『レインくん、これ。推薦というか、殆ど指名よね? こんなの、受けないわけにはいかないじゃない……本当の依頼主は誰なの?』
レインさんは、にこにこしていました。
笑っていても楽しそうじゃないときがあるレインさんですが、そのときは本当に楽しく思っているのがわかりました。
『依頼主はそこに書かれている通り、オウゼの町長さ。紙上の情報に偽りはないよ』
フィーユちゃんはもう一度溜息をついて、
『……わかったわ。きみの思惑通りになるのは嫌だけど、私を仲間外れにしなかったことに感謝して同行させて貰う。事務員としての業務については、どうにか都合をつけるわ……ティアちゃんは、どうする?』
『ふえっ!? あ、あたしは……』
あたしは俯いて、内容はもう全部覚えていたご依頼の紙を、もう一度見つめます。
クロさんの力に、なりたい。レインさんやフィーユちゃんと、また一緒にお仕事がしたい。
でも。「大禍」さんを「碧水」さまと一緒にやっつけてしまったクロさんの……元々、どうしようもなく遠くにいたのに、もっと、ずっとずっと遠くまで行ってしまったクロさんの力に、なれるのかな。
クロさん、レインさん、フィーユちゃん。みなさんのおかげで、入会したての頃より少しだけ前進できたけれど。お天気が相手、なんて……
『行きたくないかい?』
『行きたいです! あっ……で、でも……』
レインさんの問いかけに、思わずそうお返事してしまって……あたしは机の下で、膝をもじもじと擦り合わせました。
レインさんはくすりと笑い声を漏らして、
『オレは、あの人……君が一緒なら相当心強いと思うけどな。「紅炎」に「強い」と言わせる六級なんて、君以外に存在しないよ』
『え……』
『ティアちゃん。強いあなたがもっともっと強くなるためには、沢山経験を積まないと! 行きたいなら行きましょう、夢があるならちょっとくらい貪欲にならなきゃ……ね?』
あたしは、優しく微笑んでくれるフィーユちゃんを見つめ返して……「大禍」さんが現れたあの日の、フィーユちゃんの言葉を思い出しました。
『今の自分じゃ届かないって、痛いほどにわかっていても……それでも、手を伸ばして、いいかな』
あの日は、託した想い。
今度は……あたしが、自分の手で。
深く息を吸って。あたしが決断するまで見届けてくださった優しいお2人に言いました。
『お願い、しますっ……あたしにも、お手伝いさせてくださいっ!』
そして、ばっと頭を下げ……
い、痛ぁぁああい!! 机さんに、ゴチンと……!
『ティアちゃん!? 今めちゃくちゃ良い音、いや、やばい音がしたけど額、大丈夫か!?』
『大丈夫なわけないでしょ!? レインくん、早くティアちゃんを背負ってあげて! 医務室、行くわよ!』
……そうして、あたしは医務室で、一足先に氷のひんやりとした冷たさを感じるのでした。
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