転生済み最上級魔導士はギルドの事務職にジョブチェンジして平穏な日々を送りたい!

紫波すい

文字の大きさ
40 / 89
第3章 明日を願う「白氷」の絶唱

40.あなたの力になりたいから

しおりを挟む

【フィーユ・ドレスリート】


 強さ、というのは相対的なものだと思っていた。

 『一人の魔導士が立ち尽くしている』。それだけの状況で強さを測ることはできない。

 各職級の基準となる難易度の魔法を、特定の相手に対して成功させてみせること。基準となる相手を討ち倒してみせること。それらが、ギルドにおける強さの証明になる。

 けれど。一人と一人が優劣を競ったとき、職級は意味を成さない。相手の命という権利を奪い取ったものこそが、勝者となり、強者となる。だから、強さは相対的なもの。

 ……そう思っていた。

「はあッ!」

 横一閃。リーチというアドバンテージを活かし、間合いに入ってきた影を狙って、得物を振り抜く。

 魔物との戦闘時と変わらない速度、威力。わかっている、これは訓練。でも……出し切らなきゃ追い縋れない、彼にとっての訓練には到底ならない!

 当然、断ち切ったのは影だけだった。どこへ避けられたのか、風の微かな流れと熱から読み取って、

「ッ、せえぁあああっ!」

 先端で円を描くように、上から叩きつける。空を切って勢いのままに地面を打つ重い衝撃、ここにもいない!

 まだまだ逃がさない、素早く右へ払って、

「っ!」

 更なる重みに、腕がじんと痺れる。

 武器が、私の手を離れた。
 飛んでいき、跳ねて、転がって、止まる。

 浅く荒くなった呼吸と、どっどっと走る心臓が生存を主張している。これが訓練じゃなかったら、どちらもとうに止まっている。

 彼が、私の首筋に無骨な片手剣の鋒を当てないのは、敢えて宣言する必要がないからだ。

 対峙するたびに、思い知るの。
 絶対的な強さが、存在すると。

 圧倒的な敗北。私の……15敗目。

 雑に切り揃えた黒髪が、穏やかな風に揺れている。瞳の紅は艶やかで、縁取る睫毛も長く密生している。私の足元を見つめているようだけど、恐らくは私を見ていない。

 先程の一本を通して、見えたこと。殆ど条件反射で重ねていった情報を反復し、整理し、言語化しようとしている。

 やがて、彼は今度こそ私を……私の瞳を見た。
 準備が整った合図。

 私は、余韻でなお跳ねる胸に右手を当てて、最早癖みたいになった強がりで、笑う。

「聞かせて。今の私、どうだった?」

 『熟練の戦士はあらゆる戦いから学ぶ。その相手が、台所を駆け抜けるネズミ一匹であろうとも』。そう聞いたことがある。

 ようやく三級を掴み取った。それでも、私はきっと……ネズミにさえ、なれていない。





 よく陽の差し込む窓辺。綺麗に並べられた鉢の中で、うんと身体を伸ばした緑が、鮮やかな花を咲かせている。手入れがよく行き届いているのがわかる……オウゼに滞在している間は、大家さんにお世話をお願いするらしい。

 話題に出た2羽のうさぎのぬいぐるみは、ベッドに仲良く座っていた。

 荷造りのお手伝いは終了。これまた可愛い丸いテーブルに向かい合った椅子はひとつ。ティアちゃんは私にその椅子を譲ってくれて、自分はベッドの上で正座している。その後ろにうさぎさんがいるから、きょうだいみたいで微笑ましい。

 ふーふーしてから、橙色のどっしりとしたマグカップに口をつける。すっきりとした苦味と爽やかな香り……心の中に立ち込めていたもやもやを、そっと払ってくれるような。

 ほっと息を漏らすように、

「……美味しい」

「ほ、本当ですかっ!?」

「うん……とっても優しい味! ティアちゃんのお母さまは素晴らしい方ね、可愛いうさぎさんを作れるし、こんなに美味しいお茶を調合できるんだもの!」

「えへへ……ありがとうございますっ。お母さん、絶対に喜びます……」

 ティアちゃんは、ほっぺをふにゃーとさせて笑った。可愛い耳が前後にゆらゆらしてる。自分のことを褒められると戸惑っちゃうけれど、家族への賛辞はすごく嬉しそうだわ。

 マグカップを両手で包み込んで、尋ねてみる。

「一人暮らし、寂しい?」

「……はい、ちょっぴり。あうっ……でも、フィーユちゃんやクロさんやレインさんが仲良くしてくださるから、最近は寂しい気持ちが、本当に本当にちっちゃくなって!

 今回のお仕事は一緒に遠出ですしっ、皆さんの足を引っ張らないように頑張ろうって気持ちでいっぱいで! それに今は、フィーユちゃんがそばにいてくれてますし……えへへ」

「もう、そんな嬉しいこと言われちゃったら、またお邪魔しちゃうわよ? ふっふっふ~、しかも今度はレインくんのときみたいに突然!」

「ふえぇっ、お、お掃除のお時間がぁああっ!? で、でもでも、フィーユちゃんなら、いつでもようこそって言えちゃうかも……?」

 ティアちゃんはまた、ふにゃーと笑う。

 ティアちゃんはきっと、大切な誰かのためならどんな困難にも立ち向かえる人なんだわ。

 危機に直面したとき、その人達のことで思考が満たされるあまり、自分のことは後回しになっちゃう……そういうところが、クロに似ている。

 初めはライバルだと思っていた。
 今も……そうなんだと思う。

 でも、この子は私のことを無垢に慕ってくれている。そして私も、この子のことがすっかり大好きになってしまった。勝手に対抗心を燃やしていた自分が、何だか恥ずかしい。

 本当に、私は、幼馴染のことになると……

『フィーユ。訓練に付き合ってくれて、ありがとう。時間を割いてくれた分を無駄にはしない。
 ただ……無理は、しないで欲しい』

 水分を摂りながら、木陰の大岩に座っていたとき、同じ岩にもたれかかっていたクロがそう言った。

 感情の起伏はあまりない。けれど、幼馴染だからわかる。あの言葉に込められているのは、彼の純粋な優しさなんだ。

 ……紅炎で、零級で。痛いほど、わかっているのに。今回の依頼では隣にいられる、それなのに。

「……フィーユちゃん?」

 ティアちゃんが少し首を傾げて、琥珀色のつぶらな瞳で私を覗き込んでいた。

「ん、なあに? あっ……ごめんね、ちょっとだけぼんやりしちゃっていたかも知れないわ。あはは、ティアちゃんのお部屋、本当に可愛くて居心地が良いからつい、ね?」

「そ、そうなんですか? あの、そうだったら、それはすっごく嬉しくて、光栄なことで……でも、ティアなんかが、こんなこと言うのは恐れ多いんですけど……」

 自分なんか、なんて言わないで?

 いつもの私なら、そう笑うことができたと思う。だけどできなかった、全然余裕がなかった。澱みのないつぶらな瞳に、何もかも見透かされているようで。

 ティアちゃんは迷いながら、

「何か、悲しいことがあったのかなって……はわぁっ!?」

 取り柄の強がりが、剥がれて落ちた。
 もう。本当に、自分に腹が立つ……

「も、もしかして、やっぱりお茶、お口に合いませんでしたぁあ!? だから、我慢できなくて涙が……っ、ご、ごめんなさいぃぃ!」

「違う、違うの……! お茶が美味しくて、ほんの少し気が抜けちゃっただけ……本当にそれだけなの、何でもないのよ……びっくりさせちゃって、ごめんね…………っ、私らしく、ないよね……がっかり、させちゃうよね……!」

 笑えたのは口元だけ。だから、震える両手で顔を覆って俯いた。自分の弱さを、醜さを、これ以上曝け出したくなかった。

 明け方に雪のしんしんと積もるような、静けさ。

 やがて、ベッドが微かに軋む音がした。私の隣へ歩み寄ったティアちゃんは、恐らくは沢山迷った後に、小さな温もりで私を包み込んだ。

 これは、豊穣の香りだわ。
 草花の咲き乱れた大地の香りが、焦茶色のブラウスから漂っている。

「ご、ごめんなさいっ! フィーユちゃんを泣かせてる理由さんがわからなくて、ごめんなさい……いきなりぎゅってして、嫌だったらごめんなさい!」

「ティア、ちゃん……」

「頼りないかも、知れませんけど……その、ティアが、おそばにいますよ!? あたしがフィーユちゃんに、たくさんたくさん、支えてもらってるように……クロさんのお力になりたいって思うのと同じくらい、フィーユちゃんのお力にも、なりたくて……う、うぅぅ、お、おこがましくてごめんなさぁぁあい!」

 もう、もう、私の馬鹿……ティアちゃんまで泣かせちゃったじゃない!

「ありがと……」

 私は、ティアちゃんを抱き締め返した。今度は、無理矢理に口角を動かさなくたって笑うことができた。ううん……心の底から嬉しくて、思わず笑ってしまったの。

 それでも、涙は止まらなくて。

 どうするのよ、この状況! 収拾つかないわよ、何とかしなさいよ、『諍い起これば笑顔でとめる』カルカギルドの受付嬢でしょ!

 できないなら……
 ううん、今はできなくても。

 そうよ、自分で言ったんじゃない。
 貪欲に経験を積み重ねるのみ、だって。



 結局、やがてオウゼへと旅立つ2人の女性職員は、それからしばらくの間、2人して泣いていた。

 そして。真っ赤になったお互いの目を見て、白うさぎさんみたいねって笑い合った頃には……私の中のもやもやは、綺麗さっぱり消え去っていた。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

おっさん武闘家、幼女の教え子達と十年後に再会、実はそれぞれ炎・氷・雷の精霊の王女だった彼女達に言い寄られつつ世界を救い英雄になってしまう

お餅ミトコンドリア
ファンタジー
 パーチ、三十五歳。五歳の時から三十年間修行してきた武闘家。  だが、全くの無名。  彼は、とある村で武闘家の道場を経営しており、〝拳を使った戦い方〟を弟子たちに教えている。  若い時には「冒険者になって、有名になるんだ!」などと大きな夢を持っていたものだが、自分の道場に来る若者たちが全員〝天才〟で、自分との才能の差を感じて、もう諦めてしまった。  弟子たちとの、のんびりとした穏やかな日々。  独身の彼は、そんな彼ら彼女らのことを〝家族〟のように感じており、「こんな毎日も悪くない」と思っていた。  が、ある日。 「お久しぶりです、師匠!」  絶世の美少女が家を訪れた。  彼女は、十年前に、他の二人の幼い少女と一緒に山の中で獣(とパーチは思い込んでいるが、実はモンスター)に襲われていたところをパーチが助けて、その場で数時間ほど稽古をつけて、自分たちだけで戦える力をつけさせた、という女の子だった。 「私は今、アイスブラット王国の〝守護精霊〟をやっていまして」  精霊を自称する彼女は、「ちょ、ちょっと待ってくれ」と混乱するパーチに構わず、ニッコリ笑いながら畳み掛ける。 「そこで師匠には、私たちと一緒に〝魔王〟を倒して欲しいんです!」  これは、〝弟子たちがあっと言う間に強くなるのは、師匠である自分の特殊な力ゆえ〟であることに気付かず、〝実は最強の実力を持っている〟ことにも全く気付いていない男が、〝実は精霊だった美少女たち〟と再会し、言い寄られ、弟子たちに愛され、弟子以外の者たちからも尊敬され、世界を救って英雄になってしまう物語。 (※第18回ファンタジー小説大賞に参加しています。 もし宜しければ【お気に入り登録】で応援して頂けましたら嬉しいです! 何卒宜しくお願いいたします!)

【完結】幼馴染にフラれて異世界ハーレム風呂で優しく癒されてますが、好感度アップに未練タラタラなのが役立ってるとは気付かず、世界を救いました。

三矢さくら
ファンタジー
【本編完結】⭐︎気分どん底スタート、あとはアガるだけの異世界純情ハーレム&バトルファンタジー⭐︎ 長年思い続けた幼馴染にフラれたショックで目の前が全部真っ白になったと思ったら、これ異世界召喚ですか!? しかも、フラれたばかりのダダ凹みなのに、まさかのハーレム展開。まったくそんな気分じゃないのに、それが『シキタリ』と言われては断りにくい。毎日混浴ですか。そうですか。赤面しますよ。 ただ、召喚されたお城は、落城寸前の風前の灯火。伝説の『マレビト』として召喚された俺、百海勇吾(18)は、城主代行を任されて、城に襲い掛かる謎のバケモノたちに立ち向かうことに。 といっても、発現するらしいチートは使えないし、お城に唯一いた呪術師の第4王女様は召喚の呪術の影響で、眠りっ放し。 とにかく、俺を取り囲んでる女子たちと、お城の皆さんの気持ちをまとめて闘うしかない! フラれたばかりで、そんな気分じゃないんだけどなぁ!

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

ヤンデレ美少女転校生と共に体育倉庫に閉じ込められ、大問題になりましたが『結婚しています!』で乗り切った嘘のような本当の話

桜井正宗
青春
 ――結婚しています!  それは二人だけの秘密。  高校二年の遙と遥は結婚した。  近年法律が変わり、高校生(十六歳)からでも結婚できるようになっていた。だから、問題はなかった。  キッカケは、体育倉庫に閉じ込められた事件から始まった。校長先生に問い詰められ、とっさに誤魔化した。二人は退学の危機を乗り越える為に本当に結婚することにした。  ワケありヤンデレ美少女転校生の『小桜 遥』と”新婚生活”を開始する――。 *結婚要素あり *ヤンデレ要素あり

魔力ゼロの俺だけが、呪いの装備を『代償なし』で使い放題 ~命を削る魔剣も、俺が持てば『ただのよく切れる剣』~

仙道
ファンタジー
現代日本で天才研究者だった相模登(さがみ のぼる)は、ある日突然、異世界へ転移した。  そこは『スキル』と『魔力』が全てを決める世界。   しかし登には、ステータス画面もなければ、魔力も、スキルも一切存在しなかった。   ただの一般人として迷宮に放り出された彼は、瀕死の女騎士と出会う。彼女の前には、使う者の命を瞬時に吸い尽くす『呪いの魔剣』が落ちていた。   武器はそれしかない。女騎士は絶望していたが、登は平然と魔剣を握りしめる。 「なぜ……生きていられるの?」  登には、剣が対価として要求する魔力は存在しない。故に、魔剣はデメリットなしの『ただのよく切れる剣』として機能した。   これは、世界で唯一「対価」を支払う必要がない登が、呪われた武具を次々と使いこなし、その副作用に苦しむ女騎士やエルフ、聖女を救い出し、無自覚に溺愛されていく物語。

辺境領主は大貴族に成り上がる! チート知識でのびのび領地経営します

潮ノ海月@2025/11月新刊発売予定!
ファンタジー
旧題:転生貴族の領地経営~チート知識を活用して、辺境領主は成り上がる! トールデント帝国と国境を接していたフレンハイム子爵領の領主バルトハイドは、突如、侵攻を開始した帝国軍から領地を守るためにルッセン砦で迎撃に向かうが、守り切れず戦死してしまう。 領主バルトハイドが戦争で死亡した事で、唯一の後継者であったアクスが跡目を継ぐことになってしまう。 アクスの前世は日本人であり、争いごとが極端に苦手であったが、領民を守るために立ち上がることを決意する。 だが、兵士の証言からしてラッセル砦を陥落させた帝国軍の数は10倍以上であることが明らかになってしまう 完全に手詰まりの中で、アクスは日本人として暮らしてきた知識を活用し、さらには領都から避難してきた獣人や亜人を仲間に引き入れ秘策を練る。 果たしてアクスは帝国軍に勝利できるのか!? これは転生貴族アクスが領地経営に奮闘し、大貴族へ成りあがる物語。 《作者からのお知らせ!》 ※2025/11月中旬、  辺境領主の3巻が刊行となります。 今回は3巻はほぼ全編を書き下ろしとなっています。 【貧乏貴族の領地の話や魔導車オーディションなど、】連載にはないストーリーが盛りだくさん! ※また加筆によって新しい展開になったことに伴い、今まで投稿サイトに連載していた続話は、全て取り下げさせていただきます。何卒よろしくお願いいたします。

ブラック国家を制裁する方法は、性癖全開のハーレムを作ることでした。

タカハシヨウ
ファンタジー
ヴァン・スナキアはたった一人で世界を圧倒できる強さを誇り、母国ウィルクトリアを守る使命を背負っていた。 しかし国民たちはヴァンの威を借りて他国から財産を搾取し、その金でろくに働かずに暮らしている害悪ばかり。さらにはその歪んだ体制を維持するためにヴァンの魔力を受け継ぐ後継を求め、ヴァンに一夫多妻制まで用意する始末。 ヴァンは国を叩き直すため、あえてヴァンとは子どもを作れない異種族とばかり八人と結婚した。もし後継が生まれなければウィルクトリアは世界中から報復を受けて滅亡するだろう。生き残りたければ心を入れ替えてまともな国になるしかない。 激しく抵抗する国民を圧倒的な力でギャフンと言わせながら、ヴァンは愛する妻たちと甘々イチャイチャ暮らしていく。

エリクサーは不老不死の薬ではありません。~完成したエリクサーのせいで追放されましたが、隣国で色々助けてたら聖人に……ただの草使いですよ~

シロ鼬
ファンタジー
エリクサー……それは生命あるものすべてを癒し、治す薬――そう、それだけだ。 主人公、リッツはスキル『草』と持ち前の知識でついにエリクサーを完成させるが、なぜか王様に偽物と判断されてしまう。 追放され行く当てもなくなったリッツは、とりあえず大好きな草を集めていると怪我をした神獣の子に出会う。 さらには倒れた少女と出会い、疫病が発生したという隣国へ向かった。 疫病? これ飲めば治りますよ? これは自前の薬とエリクサーを使い、聖人と呼ばれてしまった男の物語。

処理中です...