転生済み最上級魔導士はギルドの事務職にジョブチェンジして平穏な日々を送りたい!

紫波すい

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第5章 照り輝く「橙地」の涙雨

82.教えて、雷霆先生

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 居住区の狭間、小さな坂道を登った先に、ハーバルさんが営む喫茶店「鈴の小道」がある。京の母国語で表すならば「隠れ家的名店」、だと思う。

 男2人で入店するにはあまりにも内装が可愛らしく、コーヒーの芳ばしい香りがふわふわと漂っている。

 ただ、京と統合した今は、コーヒーに対する苦手意識はかなり減った。紅茶やお菓子もとても美味しいし、店主のハーバルさんが醸し出す、おっとりとした雰囲気は居心地が良い……レインが「とっておき癒され空間」と言っていたのも頷ける。



 ここへ辿り着くまでの間に、事情は詳しく説明しておいた。

 レインはどうやら、俺が女性と前向きにデートしたがっている、という事実に物凄く驚いたらしかった。けれど、フィーユとティアの名前を出すと拍子抜けしたようで。

「成る程ね、あのチケットはその為に。いやあ、羨ましいなあ~。
 で、率直な意見を言わせてもらいますけど、あの2人ならいつものアンタのままでいた方が喜ぶと思いますよ」

「そう、だろうか? デートという特別な行為だから、少々その……こう、頑張らないといけないような気がして」

「へえ、参考までに教えてくれます? 一体何を頑張りたいんですか?」

「え? ええと、例えば、その……普段より、笑顔になる頻度を増やしてもらえるように、とか?」

 レインは、ゆったりと歩く。

 正確に言えば、ゆったりと歩いているように見える。脚の長さも歩く速度も、俺とほぼ同じなのに不思議だ……常に優雅な雰囲気を纏っているから、なのかな? 身分の高貴さが滲み出ている、と言うか。

「ふ~ん、意外にちゃんとした返答ですね。脳筋丸出しだったら適当にあしらおうかと思ってたんだが、2人の健気な美少女の為にも、そこそこしっかり教えることにするか……」

 どうやら俺は合格できたらしい。どんな返答をしていたら、脳筋丸出しと判断されていたんだろうか。

 「鈴の小道」の扉をレインが開いた。

 カロローンと響くドアベル。カウンター越しに立っていた、純白のフリルエプロンが似合うハーバルさんが顔を上げた。その途端に、

「ハーバルさぁ~ん! どうか『ただいま』と言わせてください、貴女にお会いできなかった日々は大禍の後のように灰色で……! だがそれも、2人の目と目が合った瞬間、薔薇色に! ああっ、見える、百花繚乱が……ここはやっぱりオレの、花園だ!」

「あら~レインくん。ふふふ、相変わらず面白い子ねえ~。いらっしゃい~……いいえ、ただいまと言われたら、おかえりなさいと返さないといけないわね~」

「お、か、え、り、な、さ、い……!!
 くぅ~、沁みる、沁み渡る……!」

「…………」

 天を仰ぎ、胸を押さえながらハーバルさんの言葉を噛み締めるその姿に、俺は一瞬だけこう思った。

 やっぱり、母さんに教えを乞うべきだったかな、と。




「女性と出掛ける際に最も重要なのは、『気づく』ことだとオレは考えてます」

 レインの前にはコーヒーの黒い水面、俺の前には紅茶の紅く透き通った水面がある。

 先程、緩んだ表情をしていたのは別人だったのかも知れない。そう薄らと思いながら、両手を膝の上に置いて耳を傾ける。

「デートと宣言して誘ってきているわけですから、その髪型、服装、メイクに至るまでが、アンタのことを考え抜いて選び抜いたものになります。まずは、その意図に気づくこと」

「意図に、気づく……」

「そして、具体的に褒める。ただ『可愛い』『綺麗だ』と言うだけじゃ誠意が足りません、気づいたことを的確に褒めてください」

「的確に、褒める……」

 想像以上に、困難な任務だ。

 俺はファッションのことに疎い。戦闘における動きやすさを重視している以外、身にまとうものに対するこだわりは殆どない。強いて言えば、派手な色合いが苦手だけれど……着るのに抵抗があるというだけで、他の人が着ている分には気にならない。

 良し悪しがわからない以上は、直感に従うべきなのか? だが、直感的な判断が果たして的確と言えるのか……ううん……

「気づかないといけねえのは、外見のことだけじゃありません。向こうがプランを考えてきてくれているなら、その意図に気づいて全力で楽しむ。仕草や言葉のひとつひとつから気づきを得て、好意的な反応を返す……、
 クロさん? 大丈夫ですか?」

「~っ、大丈夫だ、続きを頼む……!」

「そうですか、わかりました。
 更に配慮すべき点は、失礼にあたる言動を避けることです。人間は完璧にはなれない、観察して気づくことの中には、褒めるべき長所もあれば短所もあるでしょう。いいですか、短所は見なかったフリをするのではなく、きっちり把握してください。そうすることで、その場においては不快な思いを与えるリスクを回避できますし、その先の関係を『補い合う』というより深いステージに発展させることにも繋がって……
 クロさん? 頭フラフラしてますけど、本当に大丈夫ですか?」

「だ、だいじょ……」

 こ、高等テクニックすぎて、眩暈が……!

 一旦落ち着かなければと、紅茶を飲む。心地良い熱と華やかな香りが口内にじんわりと広がり、ようやく教師の表情を見る余裕が……ん?

 紫色の瞳を半目にした、悪戯っぽい微笑。

「ふふっ、なーんてね。
 わかってますよ。相手がフィーユちゃんとティアちゃん……戦場で背中を預け合う仲だろうと、今話したようなことを明日実践するのは、内向的なアンタには無理……とは言いませんが、相当な難題ではあるだろうな」

「む……!」

 どうやら、からかわれていたらしい。真剣そのものな表情に騙された……いや、物凄く勉強になる内容ではあったけれど!

 レインは口元に微笑を浮かべたまま、コーヒーを一口飲んだ。その姿を見ていると、コーヒーを……京だった頃のようにブラックのままで摂取すれば、少しはこの人と思考面で張り合えるようになるのかな、とか思ってしまう。

 2人分でも、足下にも及ばない、なんて。

「じゃ、実現可能な話をしましょう。
 明日、アンタが絶対に気をつけなきゃならないことが、ひとつだけあります」

 ひとつ、と言いながら、レインは指輪を嵌めた人差し指を一本だけ立てて左右に振った。

 俺は首を傾げる。

「……ひとつ?」

「ええ、たったひとつだけ、です」

 レインは片肘をついた。
 何もかもを見通すような眼差しで、俺を見る。

「アンタ、笑うのが上手くなりましたよね?」

 すっ、と。
 思わず、短く息を吸い込んだ。3人だけの空間に、その音は思いの外よく響いた。

「それ自体は悪いことじゃありません。だが、オレはその弊害をよーく知ってます。笑顔を作るのが上手くなると、その分、沢山のことを隠すことができるようになるんです」

 レインは、俺よりずっと上手に笑って、言った。

「自分を、蔑ろにしないでください」
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