転生済み最上級魔導士はギルドの事務職にジョブチェンジして平穏な日々を送りたい!

紫波すい

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第5章 照り輝く「橙地」の涙雨

81.太陽みたいに目映い人

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 俺は、激しく動揺した。

 3つほど周囲に火球を生み出してしまったが、幸いフィーユを傷つけることも、母さんが大切に育てている草花を燃やしてしまうこともなかった。

 京だった頃の記憶が教えてくれた。

 デートとは、本来は恋人同士の逢瀬を示す言葉。だが、京の母国ではその意味が急拡大し、親しい同性の友人同士が行うこともあるという。

 フィーユとティアの女性2人に対し、男性は俺だけだ。その時点で「2人で行うもの」という定義は破綻している。

 俺達は仲間なのだから、礼儀作法をかっちり身につけて挑む必要はないのかも知れないが……クロニアにとっても、人生経験が少し長い京にとっても、デートですと宣言されて行うのは、間違いなく初めての経験だ……。

 プランについては、既にフィーユとティアが2人で相談し、丸一日分が定まっているらしい。唯一明かしてくれたプランは、俺の服を新調することだった。

 『黒虚』が現れなければ達成できていた筈の目的だ。必ず叶えなければならない。

 それに、折角誘ってくれたのだから俺も、可能な限り能動的に参加し、2人に楽しい時間を過ごしてもらいたい!
 勿論、魔力を抑え込むことを大前提として。

 早急に、デートの心得を知る必要がある。

 母さんから教授して貰えないだろうかと、朝食の蜂蜜トーストを齧っている間に何度も切り出そうとしたのだが、何となくむず痒くて断念した。

 こうなったら……頼れる存在は、1人だけ。

 プライバシーの侵害をしているようで申し訳ないけれど……自室の扉に背をつけた俺は、目蓋を閉じて集中。上空からカルカ全体を俯瞰し、ギルド周辺へと情報の収集範囲を絞っていった。

 一般書庫に、見つけた。
 人の多いところへ行くのは、緊張するな……。

 しかし緊急事態なのだ、あのチケットは俺にとって最優先事項。唯一行き先の決まっている服屋も賑やかな通りに面しているのだから、練習も兼ねて。

 急いでネイビーの上下へと着替え、夜明けまで読んでいた本を携えた。

 そして念の為……深呼吸を3度重ねてから、父さんの形見の片手剣を帯びた。重さが身体によく馴染む。抜き身を見なければ大丈夫……大丈夫だ。

 瞬間移動した方が都合は良いけれど、構築理論を正しく理解し、確実に目的地に転移できるようになるまでは控えたい。母さんに「行ってきます」と告げて、通勤ルートを足早に辿った。



 カルカギルド、正面玄関。
 両開きの大扉の傍ら、開閉の邪魔にならない壁際に立ち、俺は再び目蓋を閉じた。

 均衡を保つ3色の魔糸。レインはロビーに移動していた。そのすぐ側には、紅色の魔糸の持ち主……俺にとって初対面の人物がいるようだ。魔力量の少なさから考えて、武器の扱いに長けた戦士か、それとも事務職員か。

 もしかして、女性だろうか?
 ここは職場だが、今まさにデートを?

 だとしたら、約束も取りつけていないのだから話しかけるべきではない。ただ、もしデートだとしたら、観察させてもらえれば明日の参考になるかも知れない。でも、それこそプライバシーの侵害になるのでは……!?

 思考がぐるぐる回り、眩暈がしてきた。

 そのせいで……何という失態だろう。レイン達が正面扉から出てくるまで、全く気づかなかった。慌てて壁に擬態を試みたがネイビーの制服でできるはずもなく、

「……壁とキスでもするつもりですか?」

 レインから思い切り不審者扱いを受けた。
 羞恥に耳までかあっと熱くなり、どっどっと鼓動が高鳴る……ような錯覚。

 レインは溜息を吐き、

「ま、思いの外簡単に捕まって助かりました。この方がアンタと顔見知りになりたいそうなんですよ」

 この方?

 俺は恐る恐る、レインと一緒にいる人物を窺った。3歩進み出たその方は、俺より少し小柄で、少し歳上らしい男性、だったのだが。

「……っ!?」

 撫子色の瞳が、煌々と輝いて見える!

 宿っているのは感動だった。朗らかな歓喜、清らかな憧憬、温かな希望……正の感情しか存在せず、幼子のように無垢だった。

 短く切り揃えた、癖のないダークブラウンの髪。無地の白いシャツとブルーのロングパンツを合わせている。茶革の靴は年季が入っていて、丁寧に手入れを重ねてきたことを黙して語っていた。

「はじめまして、『紅炎』クロニア・アルテドット様! 俺は事務職員としてこちらに勤めております、ジーク・ルグレスと申します! お会いすることが叶い、光栄です……!」

 くう……な、なんて明るい弁舌!
 絶対に、コミュニケーション能力が高い!

 滑らかな流れで、しかし熱量を込めて、握手を求めるジークさん。

 おずおずと伸ばしかけた手を、一度引っ込める。失礼に値するのではと思ったので、手袋を外し……

「……、」

 流れ出そうとする魔糸。悪影響を与えないよう、その向きを内側へと整えてから、改めて握手に応じた。

「……?」

 剣ダコがあることに気づき、顔を上げる。

 ううっ! にっと白く並びのいい歯を見せるところはレインと同じなのに、ジークさんの笑顔はひたすらに明朗かつ純粋……駄目だっ、眩しすぎて直視できない!

「……っ、は、はっ、はじめまして……俺、いや私は、仰る通りクロニアです……こちらこそ、お会いできて、大変嬉しく……ええと、ええと……っ、良い天気ですね……!!」

「天気、ですか? ああ、本当だ……雲の影さえも明るい、麗しい晴天ですね! 祭りの夜も、こんな風に晴れてくれれば良いなあ」

 天気の話題が通じた!? いや、これは俺の会話能力が向上したわけではなく、ジークさんが不足を補ってくれているだけだ……!

 ……ん? 祭り?

 ジークさんは俺と握手した自分の手のひらをキラキラした瞳で見つめていたが、やがてはっと我に返ったように姿勢を正し、表情を引き締めた。

「クロニア様!」

 ひっ、と声が出そうになるのを堪え、

「な、何か……」

「俺は本年の収穫祭の、ギルド側における担当責任者を務めさせていただくことになっております。若輩者には重責ですが、事務局長からご指名いただいたことは大変な名誉でもあり……いいえ、」

 ジークさんは首を左右に振り、キラキラ光線の照準を改めて俺に定め、発射を再開した。

「その収穫祭において、クロニア様のお力をお借りしたいことがあるのです! 本日とは申しませんが、お話しする機会を作っていただけないでしょうか!?
 どうか! 是非とも! 何卒!!」

 す、既に距離が近いのに、更に縮めようと前へ前へと……! この方は、もしかすると竜よりも遥かに恐ろしいかも知れない……!

 堪らず、俺は後退しながら両手を胸の前で広げ、

「わ、わかりました……! 俺に出来ることがあるのなら、お、お手伝いを……!」

 ジークさんは瞳を一際きらりとさせ、一歩分を退き、深々と腰を折った。

「ありがとうございますっ!!」

「あー、マジでチョロい……」

 いつの間にか壁に凭れていたレインが、頭痛を堪えるような表情で、溜息混じりに呟いた。3色の魔糸は乱れていないようだが、チョロい……?

 ジークさんはロングパンツの後ろポケットから手帳を取り出し、俺の予定を確認した。明日以外はまだ空白だと言うと、素早く日時を提案してくれたので、俺はそれを受け入れた。

 ジークさんは手帳に新たな予定を書き記し、

「本当に本当に、ありがとうございます! お忙しい中大変恐縮ですが、何卒よろしくお願い致しますっ! レインさんも、ありがとうございました!

 ああ、『紅炎』様と話をしてしまった……! 夢みたいだ、夢じゃないよな……!?」

 俺とレインにきっちり一礼ずつしてから、ジークさんは背を向けた。扉の向こう側へ去る直前に残した、小さくも興奮に満ちた言葉は、恐らく独り言だったのだろう。

「夢……」

 俺と話をすることが、夢だったのか。

 ギルド職員同士なのだから、いつでも……いや、確かにいきなり話しかけられるのは凄く困る。でも困るのは初めの数回だけで、俺だって繰り返し話をすれば、慣れていく筈だから……

 ……収穫祭。カルカで秋に行われるお祭りだ。母さんがお祝いの為の料理を作ってくれて、豊穣に感謝しながら食べる……前世の記憶の再得後は、俺にとってはそれだけの行事になっていた。

 俺に出来ることって、何だろう。
 どこかの警備、だろうか。

「……ったく、オレじゃなくフィーユちゃんの方がよっぽど詳しいっての。
 で? アンタはギルドに何をしに? オレの方はアンタが今日も無事だとわかって、安心してお腹いっぱいになったんで、用事があるわけじゃないならこれで失礼しますけど」

 レインの言葉に、思考に沈んでいた俺ははっと、

「待ってくれ! あまりギルドに顔を出さず、すまない……今日はレインにとても大切なお願いがあるんだ、試験のことではないんだが……」

「試験以外のこと、ですか? まさか、女の子とのデートの仕方がわからないから教えてくれ、なんて言い出しませんよね?」

「なっ……」

 本当に、レインには敵わない……!

 虚属性魔法も使わずに、俺の心の内をずばりと言い当ててしまうなんて……8割はレインの観察眼が優れている為だろうけれど、残りの2割は俺の表情は雄弁だからなのだろう……。

 俺は情けないあまりに肩を落とし、

「……そ、その通りだ。
 デートの心得をご教授願いたくて、ここに……」

 そう白状すると、レインは意外なことに、雷霆の色をした瞳を微かに見開いた。

「は? ……え、本気で?」
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