84 / 89
第5章 照り輝く「橙地」の涙雨
84.曇りときどき待ち合わせ
しおりを挟む待ち合わせ場所は、我が家の石造の門柱の前だった。隣家に住むフィーユだけではなく、ティアまでわざわざ足を運んでくれると言うのだから、何というか……情けない。
いつも通り鍛錬を積んで、シャワーを浴びて朝食を食べて、約束の時刻の30分前に服を着替えた。
「…………、」
全身鏡が映し出した自分は、思い切り困惑の表情を浮かべていた。
薄い生地のジャケットとロングパンツはグレー。それに合わせているのは、さらりとした着心地をした夕焼け色の……ええと、「Vネック」のシャツ。丸くて光沢のあるボタンは、夜空を閉じ込めたような群青色をしている。
サイズはオーダーメイドのようにぴったりだ。服屋の店主さんが貴重な時間を割いて選んでくれたものだし、俺が選ぶよりは遥かに、その……お洒落な組み合わせなんだと思う。
けれど長年、ギルドの制服でさえ些か窮屈に思うくらいに、ラフな訓練着で近所をうろうろしていた身としては、
「……少しだけ、動きにくい……」
そわそわと落ち着かない様子の俺を見守っていた母さんが、鏡に左からひょこりと、俺とよく似た顔を映り込ませた。
「びっくり。まさかこの子が、こんな垢抜けたお洋服を着るようになるだなんて……!」
……どうしよう、物凄く恥ずかしい。
うう……そもそも俺の服装について「機能性重視、デザイン性皆無」と評していたのはフィーユだ。こんな「らしくない」格好をして現れても驚かせてしまうだけなのでは……?
目を回しそうになっている俺の両肩に、母さんはそっと手を乗せた。昨日夢に見た、父さんの手の感触を思い出す。
「大丈夫。とっても素敵よ、可愛くて綺麗で、かっこいいわ。記念写真を撮ってあげたいくらいに」
「記念写真!? さ、流石にそれは……!」
恥ずかし過ぎる。
それに。かっこいいと言ってもらえたのは嬉しいけれど、その前についていた「可愛い」と「綺麗」が、心境をなかなか複雑なものに……
「ふふっ、冗談よ。本当に……硬派なところは、あの人にそっくりなんだから。
肩の力を抜いて。自信を持って」
母さんはそう囁いて、肩を優しくさすってくれた。目蓋を閉じて、深呼吸。言われた通りに力を抜く。
父さんの部屋に残された、若かった頃の両親のツーショットを思い出す。あの笑顔のぎこちなさ……父さんも、母さんと初めてデートした時は、こんな感じだったのかな?
緊張して自然と身体が強張るし、黒手袋を置いて出掛けることは出来そうにない……本当に、どこまでも未熟で脆い。でも、今日だけは大目に見てあげようと思う。
約束の時刻の15分前。
アルテドット家周辺の魔糸を見る。フィーユもティアもまだ到着していないみたいだ。よし、今日は俺が門柱に凭れかかっていよう!
これまた落ち着かないけれど、帯剣はなしで。
「母さん、行ってきます。
……と言っても、2人が来るまでは、家のすぐ前にいるんだけれど」
何となく気まずくて、左頬を人差し指で掻く。母さんは、少女のように口元を手のひらで隠して微笑し、
「行ってらっしゃい、仲良くね。今度こそ、新しいお洋服、楽しみにしているわ」
……母さんには偽りの説明をしていた。前回フィーユとともに服を新調できなかったのは、ギルドで臨時の仕事が入った為だと。
近いうちに、ちゃんと真実を。
俺は右手を胸の前でぎゅっと握りしめて、
「頑張る!」
自分自身にも言い聞かせ、外へ出た。
誰かを待つのって、本当に大変だ。
『黒虚』との一件では、京が待たせる側で、クロニアが待つ側だった。クロニアは『黒虚』が人質を殺害する気だと思い込んで、京達がゲームに勝利するのを待っていた。「大いなる意志」との統合に抗いながら。
あの悪意の塊のような特殊結界内で過ごした時間が「9日間」だったと知ったとき、正直なところ、こんなに短かったのかと思った。ひたすらに意識を繋ぎ止め、定められていない終わりの時を、来て欲しいとも来ないで欲しいとも願いながら待ち続けるのは……大変、だった。
通信機の内部構造を破壊し、弁償したことで、シンプルな機能の魔導具ならば驚くほどの安価で取引されていると知った。それでもここは田舎街で、通信手段は発達していない。最後に顔を合わせたのが昨日のことだったとしても、呑気に待つことはできない……
門柱に凭れかかってみてから、何分が経ったのだろう。
見上げれば、澄んだ蒼と、綿雲の白とが同程度を占める空。
雨は降らないだろうけれど、あまり縁起がいいとは……うう、なんだか無性にドキドキしてきた! 気を紛らわせる為に素振りを……駄目だ、剣は置いてきてしまったんだ。5秒あれば取りに戻れるけど、どんな顔をして母さんに会えば……それに、素振りなんてして服が破れでもしたら……!?
「そ、そんな……何てことなの……ッ!?」
遠くから馴染みのある……受付業で鍛え上げた、美しい声が聞こえた。
よ、良かった。何故かドレスリート邸の鉄柵の前で立ち止まっているけれど、確かにフィーユとティアだ。ここで待っている必要はもうない、早く駆け寄ろう!
服を気遣ったスピードで、俺は走り出した。
……のだが。
「う、嘘でしょ……!? 待って、クロ! お願いだからそこで止まって!」
フィーユに全力で制されてしまった。
「く、クロさん……はわわ、はわわわわわぁ……!?」
ティアも酷く怯えているようだ。ど、どうして?
まさか、2人と合流できたことに安堵するあまり、紅色の魔糸が背後で踊って? いいや、念の為振り返って確認してみたがそんなことはない、しっかり制御できている。だとしたら、他の可能性は……
「や、やっぱり、こういう服をまとった俺は、見るに耐えないということか……!?」
あまり鍛えていない声帯を駆使して、恐る恐る尋ねてみた。すると、
「そんなわけないでしょ!? ただ、きみはいつもの服装で待っていると思っていたから……ちょっと、その、びっくりしただけよ! 別に、あまりにも唐突な眩しさに、至近距離で見たら心臓が保たないかも知れない、とかじゃないから!」
「あまりにも唐突な眩しさに、至近距離で見たら心臓が保たない……?」
言葉を小さく繰り返してみても、幼馴染が何を言っているのかよく理解できなかった。ティアだって、完全に両手で双眸を塞いでしまっているし……
「ふ、ふええ、素敵すぎますぅ……やっぱり、ティアなんかがお隣に立ったら駄目なのかも……お綺麗なフィーユちゃんと2人の方が……で、でもでも、それはちょっぴり寂しいですし……!」
「もう、ティアちゃん! 『ティアなんか』は今日は禁止するって約束したでしょ? 想像以上に嬉し、いいえ、険しい道のりになるわ。一緒に立ち向かい、攻略していかないと……!」
穏やかじゃない単語がちらほらと。デートの定義を誤って認識していたのだろうか。
統合した筈の京の声で、そんなことないよ、と聞こえたような気がした。
0
あなたにおすすめの小説
【完結】幼馴染にフラれて異世界ハーレム風呂で優しく癒されてますが、好感度アップに未練タラタラなのが役立ってるとは気付かず、世界を救いました。
三矢さくら
ファンタジー
【本編完結】⭐︎気分どん底スタート、あとはアガるだけの異世界純情ハーレム&バトルファンタジー⭐︎
長年思い続けた幼馴染にフラれたショックで目の前が全部真っ白になったと思ったら、これ異世界召喚ですか!?
しかも、フラれたばかりのダダ凹みなのに、まさかのハーレム展開。まったくそんな気分じゃないのに、それが『シキタリ』と言われては断りにくい。毎日混浴ですか。そうですか。赤面しますよ。
ただ、召喚されたお城は、落城寸前の風前の灯火。伝説の『マレビト』として召喚された俺、百海勇吾(18)は、城主代行を任されて、城に襲い掛かる謎のバケモノたちに立ち向かうことに。
といっても、発現するらしいチートは使えないし、お城に唯一いた呪術師の第4王女様は召喚の呪術の影響で、眠りっ放し。
とにかく、俺を取り囲んでる女子たちと、お城の皆さんの気持ちをまとめて闘うしかない!
フラれたばかりで、そんな気分じゃないんだけどなぁ!
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
魔力ゼロの俺だけが、呪いの装備を『代償なし』で使い放題 ~命を削る魔剣も、俺が持てば『ただのよく切れる剣』~
仙道
ファンタジー
現代日本で天才研究者だった相模登(さがみ のぼる)は、ある日突然、異世界へ転移した。 そこは『スキル』と『魔力』が全てを決める世界。
しかし登には、ステータス画面もなければ、魔力も、スキルも一切存在しなかった。
ただの一般人として迷宮に放り出された彼は、瀕死の女騎士と出会う。彼女の前には、使う者の命を瞬時に吸い尽くす『呪いの魔剣』が落ちていた。
武器はそれしかない。女騎士は絶望していたが、登は平然と魔剣を握りしめる。 「なぜ……生きていられるの?」 登には、剣が対価として要求する魔力は存在しない。故に、魔剣はデメリットなしの『ただのよく切れる剣』として機能した。
これは、世界で唯一「対価」を支払う必要がない登が、呪われた武具を次々と使いこなし、その副作用に苦しむ女騎士やエルフ、聖女を救い出し、無自覚に溺愛されていく物語。
辺境領主は大貴族に成り上がる! チート知識でのびのび領地経営します
潮ノ海月@2025/11月新刊発売予定!
ファンタジー
旧題:転生貴族の領地経営~チート知識を活用して、辺境領主は成り上がる!
トールデント帝国と国境を接していたフレンハイム子爵領の領主バルトハイドは、突如、侵攻を開始した帝国軍から領地を守るためにルッセン砦で迎撃に向かうが、守り切れず戦死してしまう。
領主バルトハイドが戦争で死亡した事で、唯一の後継者であったアクスが跡目を継ぐことになってしまう。
アクスの前世は日本人であり、争いごとが極端に苦手であったが、領民を守るために立ち上がることを決意する。
だが、兵士の証言からしてラッセル砦を陥落させた帝国軍の数は10倍以上であることが明らかになってしまう
完全に手詰まりの中で、アクスは日本人として暮らしてきた知識を活用し、さらには領都から避難してきた獣人や亜人を仲間に引き入れ秘策を練る。
果たしてアクスは帝国軍に勝利できるのか!?
これは転生貴族アクスが領地経営に奮闘し、大貴族へ成りあがる物語。
《作者からのお知らせ!》
※2025/11月中旬、 辺境領主の3巻が刊行となります。
今回は3巻はほぼ全編を書き下ろしとなっています。
【貧乏貴族の領地の話や魔導車オーディションなど、】連載にはないストーリーが盛りだくさん!
※また加筆によって新しい展開になったことに伴い、今まで投稿サイトに連載していた続話は、全て取り下げさせていただきます。何卒よろしくお願いいたします。
落ちこぼれの貴族、現地の人達を味方に付けて頑張ります!
ユーリ
ファンタジー
気がつくと、見知らぬ部屋のベッドの上で、状況が理解できず混乱していた僕は、鏡の前に立って、あることを思い出した。
ここはリュカとして生きてきた異世界で、僕は“落ちこぼれ貴族の息子”だった。しかも最悪なことに、さっき行われた絶対失敗出来ない召喚の儀で、僕だけが失敗した。
そのせいで、貴族としての評価は確実に地に落ちる。けれど、両親は超が付くほど過保護だから、家から追い出される心配は……たぶん無い。
問題は一つ。
兄様との関係が、どうしようもなく悪い。
僕は両親に甘やかされ、勉強もサボり放題。その積み重ねのせいで、兄様との距離は遠く、話しかけるだけで気まずい空気に。
このまま兄様が家督を継いだら、屋敷から追い出されるかもしれない!
追い出されないように兄様との関係を改善し、いざ追い出されても生きていけるように勉強して強くなる!……のはずが、勉強をサボっていたせいで、一般常識すら分からないところからのスタートだった。
それでも、兄様との距離を縮めようと努力しているのに、なかなか縮まらない! むしろ避けられてる気さえする!!
それでもめげずに、今日も兄様との関係修復、頑張ります!
5/9から小説になろうでも掲載中
ブラック国家を制裁する方法は、性癖全開のハーレムを作ることでした。
タカハシヨウ
ファンタジー
ヴァン・スナキアはたった一人で世界を圧倒できる強さを誇り、母国ウィルクトリアを守る使命を背負っていた。
しかし国民たちはヴァンの威を借りて他国から財産を搾取し、その金でろくに働かずに暮らしている害悪ばかり。さらにはその歪んだ体制を維持するためにヴァンの魔力を受け継ぐ後継を求め、ヴァンに一夫多妻制まで用意する始末。
ヴァンは国を叩き直すため、あえてヴァンとは子どもを作れない異種族とばかり八人と結婚した。もし後継が生まれなければウィルクトリアは世界中から報復を受けて滅亡するだろう。生き残りたければ心を入れ替えてまともな国になるしかない。
激しく抵抗する国民を圧倒的な力でギャフンと言わせながら、ヴァンは愛する妻たちと甘々イチャイチャ暮らしていく。
エリクサーは不老不死の薬ではありません。~完成したエリクサーのせいで追放されましたが、隣国で色々助けてたら聖人に……ただの草使いですよ~
シロ鼬
ファンタジー
エリクサー……それは生命あるものすべてを癒し、治す薬――そう、それだけだ。
主人公、リッツはスキル『草』と持ち前の知識でついにエリクサーを完成させるが、なぜか王様に偽物と判断されてしまう。
追放され行く当てもなくなったリッツは、とりあえず大好きな草を集めていると怪我をした神獣の子に出会う。
さらには倒れた少女と出会い、疫病が発生したという隣国へ向かった。
疫病? これ飲めば治りますよ?
これは自前の薬とエリクサーを使い、聖人と呼ばれてしまった男の物語。
むっつり金持ち高校生、巨乳美少女たちに囲まれて学園ハーレム
ピコサイクス
青春
顔は普通、性格も地味。
けれど実は金持ちな高校一年生――俺、朝倉健斗。
学校では埋もれキャラのはずなのに、なぜか周りは巨乳美女ばかり!?
大学生の家庭教師、年上メイド、同級生ギャルに清楚系美少女……。
真面目な御曹司を演じつつ、内心はむっつりスケベ。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる