転生済み最上級魔導士はギルドの事務職にジョブチェンジして平穏な日々を送りたい!

紫波すい

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第5章 照り輝く「橙地」の涙雨

84.曇りときどき待ち合わせ

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 待ち合わせ場所は、我が家の石造の門柱の前だった。隣家に住むフィーユだけではなく、ティアまでわざわざ足を運んでくれると言うのだから、何というか……情けない。

 いつも通り鍛錬を積んで、シャワーを浴びて朝食を食べて、約束の時刻の30分前に服を着替えた。

「…………、」

 全身鏡が映し出した自分は、思い切り困惑の表情を浮かべていた。

 薄い生地のジャケットとロングパンツはグレー。それに合わせているのは、さらりとした着心地をした夕焼け色の……ええと、「Vネック」のシャツ。丸くて光沢のあるボタンは、夜空を閉じ込めたような群青色をしている。

 サイズはオーダーメイドのようにぴったりだ。服屋の店主さんが貴重な時間を割いて選んでくれたものだし、俺が選ぶよりは遥かに、その……お洒落な組み合わせなんだと思う。

 けれど長年、ギルドの制服でさえ些か窮屈に思うくらいに、ラフな訓練着で近所をうろうろしていた身としては、

「……少しだけ、動きにくい……」

 そわそわと落ち着かない様子の俺を見守っていた母さんが、鏡に左からひょこりと、俺とよく似た顔を映り込ませた。

「びっくり。まさかこの子が、こんな垢抜けたお洋服を着るようになるだなんて……!」

 ……どうしよう、物凄く恥ずかしい。

 うう……そもそも俺の服装について「機能性重視、デザイン性皆無」と評していたのはフィーユだ。こんな「らしくない」格好をして現れても驚かせてしまうだけなのでは……?

 目を回しそうになっている俺の両肩に、母さんはそっと手を乗せた。昨日夢に見た、父さんの手の感触を思い出す。

「大丈夫。とっても素敵よ、可愛くて綺麗で、かっこいいわ。記念写真を撮ってあげたいくらいに」

「記念写真!? さ、流石にそれは……!」

 恥ずかし過ぎる。

 それに。かっこいいと言ってもらえたのは嬉しいけれど、その前についていた「可愛い」と「綺麗」が、心境をなかなか複雑なものに……

「ふふっ、冗談よ。本当に……硬派なところは、あの人にそっくりなんだから。
 肩の力を抜いて。自信を持って」

 母さんはそう囁いて、肩を優しくさすってくれた。目蓋を閉じて、深呼吸。言われた通りに力を抜く。

 父さんの部屋に残された、若かった頃の両親のツーショットを思い出す。あの笑顔のぎこちなさ……父さんも、母さんと初めてデートした時は、こんな感じだったのかな?

 緊張して自然と身体が強張るし、黒手袋を置いて出掛けることは出来そうにない……本当に、どこまでも未熟で脆い。でも、今日だけは大目に見てあげようと思う。

 約束の時刻の15分前。

 アルテドット家周辺の魔糸を見る。フィーユもティアもまだ到着していないみたいだ。よし、今日は俺が門柱に凭れかかっていよう!

 これまた落ち着かないけれど、帯剣はなしで。

「母さん、行ってきます。
 ……と言っても、2人が来るまでは、家のすぐ前にいるんだけれど」

 何となく気まずくて、左頬を人差し指で掻く。母さんは、少女のように口元を手のひらで隠して微笑し、

「行ってらっしゃい、仲良くね。今度こそ、新しいお洋服、楽しみにしているわ」

 ……母さんには偽りの説明をしていた。前回フィーユとともに服を新調できなかったのは、ギルドで臨時の仕事が入った為だと。

 近いうちに、ちゃんと真実を。
 俺は右手を胸の前でぎゅっと握りしめて、

「頑張る!」

 自分自身にも言い聞かせ、外へ出た。






 誰かを待つのって、本当に大変だ。

 『黒虚』との一件では、京が待たせる側で、クロニアが待つ側だった。クロニアは『黒虚』が人質を殺害する気だと思い込んで、京達がゲームに勝利するのを待っていた。「大いなる意志」との統合に抗いながら。

 あの悪意の塊のような特殊結界内で過ごした時間が「9日間」だったと知ったとき、正直なところ、こんなに短かったのかと思った。ひたすらに意識を繋ぎ止め、定められていない終わりの時を、来て欲しいとも来ないで欲しいとも願いながら待ち続けるのは……大変、だった。

 通信機の内部構造を破壊し、弁償したことで、シンプルな機能の魔導具ならば驚くほどの安価で取引されていると知った。それでもここは田舎街で、通信手段は発達していない。最後に顔を合わせたのが昨日のことだったとしても、呑気に待つことはできない……

 門柱に凭れかかってみてから、何分が経ったのだろう。
 見上げれば、澄んだ蒼と、綿雲の白とが同程度を占める空。

 雨は降らないだろうけれど、あまり縁起がいいとは……うう、なんだか無性にドキドキしてきた! 気を紛らわせる為に素振りを……駄目だ、剣は置いてきてしまったんだ。5秒あれば取りに戻れるけど、どんな顔をして母さんに会えば……それに、素振りなんてして服が破れでもしたら……!?

「そ、そんな……何てことなの……ッ!?」

 遠くから馴染みのある……受付業で鍛え上げた、美しい声が聞こえた。
 よ、良かった。何故かドレスリート邸の鉄柵の前で立ち止まっているけれど、確かにフィーユとティアだ。ここで待っている必要はもうない、早く駆け寄ろう!

 服を気遣ったスピードで、俺は走り出した。
 ……のだが。

「う、嘘でしょ……!? 待って、クロ! お願いだからそこで止まって!」

 フィーユに全力で制されてしまった。

「く、クロさん……はわわ、はわわわわわぁ……!?」

 ティアも酷く怯えているようだ。ど、どうして?

 まさか、2人と合流できたことに安堵するあまり、紅色の魔糸が背後で踊って? いいや、念の為振り返って確認してみたがそんなことはない、しっかり制御できている。だとしたら、他の可能性は……

「や、やっぱり、こういう服をまとった俺は、見るに耐えないということか……!?」

 あまり鍛えていない声帯を駆使して、恐る恐る尋ねてみた。すると、

「そんなわけないでしょ!? ただ、きみはいつもの服装で待っていると思っていたから……ちょっと、その、びっくりしただけよ! 別に、あまりにも唐突な眩しさに、至近距離で見たら心臓が保たないかも知れない、とかじゃないから!」

「あまりにも唐突な眩しさに、至近距離で見たら心臓が保たない……?」

 言葉を小さく繰り返してみても、幼馴染が何を言っているのかよく理解できなかった。ティアだって、完全に両手で双眸を塞いでしまっているし……

「ふ、ふええ、素敵すぎますぅ……やっぱり、ティアなんかがお隣に立ったら駄目なのかも……お綺麗なフィーユちゃんと2人の方が……で、でもでも、それはちょっぴり寂しいですし……!」

「もう、ティアちゃん! 『ティアなんか』は今日は禁止するって約束したでしょ? 想像以上に嬉し、いいえ、険しい道のりになるわ。一緒に立ち向かい、攻略していかないと……!」

 穏やかじゃない単語がちらほらと。デートの定義を誤って認識していたのだろうか。

 統合した筈の京の声で、そんなことないよ、と聞こえたような気がした。
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