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第5章 照り輝く「橙地」の涙雨

86.嵐のようなデート「選択」

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「考えたのよ。全身コーディネートは絶対に時間がかかるから、次の予定の為にも、お店は厳選に厳選を重ねて一軒に絞ろうって。
 だけど……どうやら、私の読みが甘かったみたいね」

 フィーユが腕組みをし、俺を見つめる。

 店主さんが設置してくれた2つの木椅子、その上に丁寧に畳まれて高く高く積み重なり、絶妙なバランスを保っている服の数々。全て、俺が試着室で実際に纏わせて貰ったものだ。

「まさか、私達にピキーンと来たものが、全て似合うなんて……」

 流石にそんなことはないと思うのだが……お洒落に疎い上、選択権は完全にフィーユとティアに委ねているので、口を出せない……。

「予算が潤沢とは言え、全て買わせるわけにはいかない。季節のことも考えると、2揃え程度に絞るべきかも知れない。でも、そうなると……う~ん、迷う、実に迷うわ……!」

「あ、あたしもですぅ……張り切っていっぱい候補を出しちゃいましたけど、どれも本当に本当にお似合いで……ど、どうしましょうぅぅ……!?」

 ティアが頭をふらふらさせている。耳も大きくゆらゆらと揺れて……だ、大丈夫だろうか?

 一生懸命に選んでくれて嬉しい。だが行き詰まっているのなら、候補を絞る為に俺からも意見を出した方が良いのでは? 「生地が上手で動きやすいものが良い」としか、言えそうにないのだけれど……。

 悩む俺達の元に、店主さんが歩み寄ってきた。彼女はそれまでも、魔導具を自分の手足のように華麗に扱って針仕事を進めながら、俺達を見守ってくれていた。

 椅子の上に積み重ねられた作品達を優しい瞳で眺め、

「あらあらまあまあ、こんなに沢山気に入っていただけて嬉しいわ! 二揃い選んでいただけるってことなら、2人のお嬢さんが一揃いずつ選ぶっていうのはいかがでしょう?」

「ほ、ほえ? あたしとフィーユちゃんが、一揃いずつ……ですか?」

 ティアが小さく首を傾げる。店主さんは、目尻の笑い皺を深くして頷いた。

「お二人はどうやら、この中のどの服もお兄さんに似合うっていう、おんなじ意見を持っているみたい。けど同時に、フィーユお嬢様が選んだものと、ティアお嬢さんが選んだものからは、それぞれの感性を感じてねぇ」

「成る程! つまり、私が独断で選んだ一揃いであっても、この中からの選択であれば、ティアちゃんも『良い』って思える可能性が高いってことですね?」

「ええ。この中から二揃いをお二人で決めるよりも、いっちばん好きな一揃いをお一人ずつ選ぶ方が、迷わずに済むんじゃないかしら?」

 店主さんの提案は灯火となり、2人の女性の瞳を煌めかせた。

 2人にとっての一番が決まるまで、やっぱりそこそこの時間はかかったけれど、互いに納得がいく決断ができたようだった。

 サイズが微妙に合わなかったのでオーダーメイドという形にし、後日受け取りに来ることにした。こっそり生地の質感を確かめてみたが……流石は戦闘職員の選択だ、どちらも丈夫そうでほっとした。





 ティアの言った通り、服を選んでいるときの幼馴染は待望の笑顔で。
 それに、

「ふふ、ふふふ、ふふふっ……素晴らしい買い物ができたわ、私の目に狂いはなかった……!」

 お店を出た今も笑っているようだ。背中を向けているからどんな笑顔かは分からない。少しだけ、怖い雰囲気だ。

 くるりと振り返った彼女は、不気味さの欠片もない朗らかな表情をしていた。腰に両手を当てて、踏ん反り返る。

「さあ、まだまだデートは続くわよっ! ティアちゃん、次の予定を発表しましょう!」

 ティアがわたわたとフィーユの隣に並んだ。フィーユと全く同じポーズを取って、

「つ、次はぁ~? じゃかじゃかじゃか、じゃ~ん!」

 何だか……「学芸会」を見ているようで微笑ましい。きっと、2人で書いた台本通りの台詞なんだろうな。

「うん、次はどこへ?」

「は、はわっ!? クロさんのえ、ええっ、笑顔がぁぁあ……!?
 じゃなくてっ、早めのランチでのんびりまったり、ですっ!」

 早め……の予定だったのだろう。けれど服選びにかなり時間がかかったので、丁度良いくらいの時間帯になっていた。

 昼食、か。
 最近は、朝食と夕食のみの生活だった。

 ……大丈夫。神経質になり過ぎていただけだ、食事をしたところで増える魔力は微々たるもの。それくらいならば軽く宥めてやれる……自分の積み重ねてきたものを信じる。

 喉の奥で自分に言い聞かせ、場所の発表を待っていたのだが……
 フィーユは、意外な発言をした。

「お洋服については私達が選ばせて貰ったから、次の選択権はクロにあげるわ。まあ、私達が考えた2つの候補からではあるけれど」

「……俺が、選択を?」

「はいっ! 『のんびり』か『まったり』か、どちらかお好きな方をお選びくだしゃっ」

 舌を噛んで涙目になったティアの頭を、フィーユはよしよしと、俺は控えめに、2人がかりで撫でる。

 心中、俺は戸惑っていた。

 「のんびり」と「まったり」……「早めのランチでのんびりまったり」とはそういうことだったのか。抽象的な上に、あまり違いを感じられない2択だ。
 ……ここは、語感で選ぼう!

「『のんびり』がいい、かな」

「『のんびり』ね、早速向かいましょう!」

 フィーユの手が動いた。恐らくは、俺の手を掬い上げようとして。けれど、黒手袋をはめた指先に触れる間際に、フィーユはその手を引っ込めた。

「ご、ごめんなさい。つい……」

 笑顔のままに、表情が翳る。

 きっとフィーユは、俺の恐れを見抜いたんだろう。それは彼女なりの優しさで……俺は、彼女の笑顔を護りたいと思った。

 深呼吸して、手袋を外す。驚いたように見開かれた翡翠色の瞳をまっすぐ見つめ、こちらから手を差し出した。

「つまらない、ものですが」

 ……傷つけない。自分を、信じる。

「……~~っ、ばか! 全然珍しくないし、全然ドキドキなんてしないわよ!? そっ、それに……今日は共同戦線なんだから、私と手を繋いだ分だけ、ティアちゃんとも繋ぐことっ」

 共同戦線。やっぱり、物騒だ。

 神格に昇った夜明けから、初めて手を繋ぐ。フィーユの頬の赤が、恐らく俺の頬にも伝染している。

 この時間に3人並んで歩くのは、流石に躊躇われる。仲間外れにしてしまったティアは少しだけ寂しげで……その感情を払拭するように、顔をふるふると左右に振った。

 くるりと背を向け、元気を出すように右手を突き上げて、

「それでは、まずがティアがガイドさんになりますっ! お2人とも、ティアにのんびりついてきてくださいねっ!」

 尻尾を上下に揺らしながら、歩き始めた。





 フィーユの言葉通り、途中で「俺と手を繋ぐ役」と「前を歩くガイド役」が交代した。ティアがふにゃーと嬉しそうな笑顔を浮かべてくれて、俺は安堵した。

 到着したのは、青屋根と白壁がお洒落な喫茶店だった。店内は勿論、建物の横に広がる庭園内にも、客席が用意されているようだ。

 女性達が選んだのは庭園の方だった。成る程、秋の訪れまで凛と顔を上げ続ける花々を眺めながら、のんびりできそうだ……と思ったら。

「な、っ……!?」

 思わず声を漏らした。

 何という偶然なのか。三角を描くように置かれたテーブル席のうちのひとつに、俺のよく知る人物が座っていた。俺の全く知らない女性と一緒に。
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