私は、御曹司の忘れ物お届け係でございます。

たまる

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蓮司側のストーリー  子リスを見つけた日

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 <ギャグ度かなり低めです!>

 今日もいつもと変わらず残業になりそうだった。その日は関連会社の白石製作所のオフィスまで出向き、深夜遅くまでこの会社のメキシコの工場の生産管理の問題点について、現地のものとオンラインの会議で話し合っていた。論点は日本の工場に比べて製品の質がどうしても下になる点についてだった。品質的には合格ラインだかやはり日本のラインまで上げたいということになり、現地の工場長と改善点を徹底的に話し合う。ここには会長も社長も関係ない。職人のプロを交えた白熱した会議が現地時間に合わせて深夜まで続いてしまったのだ。

 幸い問題はそんなに深刻ではないことがわかりほっとする。

 最近、自分でもいうのもなんだが心にいつも虚無感が絶えない。仕事は充実している。総裁という責務を担ってからがむしゃらに突っ走ってきた。御曹司と言われるのが嫌で本当はこの家業を継ぎたくなかった俺だが、反抗したところでこの大原家から逃げられるものではないと気がつき、ある日から俺は決心を固める。もう心を鬼にしてこの家業を継いでやると……。

 会議の後半、そのミーティングをしている部屋のドアがいきなり開けられた。

 「ああ!! すみません! まだいらっしゃるとは知りませんでした。今日は夜のポリッシャーがけの日なんですが……」
 顔を真っ赤にさせた若い女がドアのところに呆然と立っていた。格好からみるとそれは清掃員だということがわかる。
 会議に参加していたここの白石製作の社長が、
「ああ、君ここはいいよ。悪いが隣からよろしく」
と、彼女に声をかけた。
 そのメガネをかけた小柄のいまどき珍しいほどの化粧っ気のない彼女が、体をまるで驚いたリスのようにビクっとさせたかと思うと今度は深くお辞儀をする。そして、瞬く間に特急列車のような早足で会議室から消えさった。

 俺はなぜか『ぷっ』と笑ってしまった。彼女のそのリスっぽい仕草がツボにハマったのかもしれない。でも、こんなに感情は久しぶりだ。

 もうリタイヤしているべきの年の白石社長は何気に言葉を言う。

 「若いのに偉いですよね。ああいう子には本当に成功してほしいです」

 実は、白石製作は関連企業といっても、大原財閥の傘下ではない。強いて言えば、パートナーシップの関係だ。この変わったオーナー社長は俺の数少ない腹を割って話せる相手だった。この白石製作は完全オーナーシップ型の会社で、この白石社長が自ら立ち上げ一代で築き上げた会社なのだ。なぜか俺は白石社長に気に入られ、こんな問題まで一緒に深夜まで会議してしまうような仲なのだ。まあ仕事中毒人間だな……お互い。

 「大原会長。僕はね、実は中卒なんです。ここまで来るまで相当なことがありました。失敗も何度ありました。いろいろな人に迷惑をかけ、またいろいろな人にお世話になりましたよ。でもね、何度も失敗して、もうやけくそになっていた時期がありましてね。そうしたら、ある事業をやっている社長さんが一言いってくれたんですよ」

 「なんて言ったんです?」

 『あんた……まさか金儲けのためだけに商売しているじゃないか?』
 『……。当たり前じゃーないですか。みんなお金がほしいからやるに決まっているではないんですか?』
 『……もちろん、そうだ。金がなければ生きていけないし、この社会はお金で動いているもの確かだ。でもな、会社をやるものはそうではいけない。なにか絶対に人のためになる事を考えないといけないんだ』
 『人のため……?』
 『そうだよ。白石さん。人のためだ。それを信念に持てば必ず成功する。なぜなら、一人ではダメでも必ず共鳴してくれる人が出てくるはずだ。その商品がどうやってお客さんのためになるか徹底的に考えるんだ。まあ、それでダメなら運がなかったってことだな……』

 「人のためですか……」と俺が声を漏らす。
 「まあ大原財閥の坊ちゃんにはちょっと大変な話かもしれませんね。あなたの立場は、どちらかというと人の管理ですよね。大きな組織なんだ。並大抵なことではない」
 「まあ……こうやって本音を語れる人は少ないですね」
 俺は苦笑する。
 「さっきの子ね。もうこのビルの清掃に入って結構経っているんですが、本当に丁寧に掃除をしてくれるんですよ。ピカピカに仕上げてくれる。お金のためだけじゃない何かを持っているのがよくわかりますよ。翌日に会社に出ると、『あーー、僕がいない間に、僕のためにこうやって働いてくれている人がいるんだ。今日も頑張ろう』って思うんです。僕、じつは掃除が苦手でね。いつも清掃に来てくれる方たちには頭が上がらないんですよ。本来なら清掃ぐらい社員がやるべきなんだと思うんですけどね。まあ時代の流れでしょうね。ああやって、清掃会社と契約するんですね。あの方たちは日本経済の縁の下の力持ちでしょうね」
 「そうですね……」
 俺はそう言って、この老人に対して微笑んだ。

 そして、それから数時間後。さっき言っていたはずの日本経済の縁の下の力もちの子リスがなぜか今、目の前のコンビニで働いている。しかも店長らしき男になにか怒られているようだ。深夜のコンビニには客がなく、その伽藍とした店内は蛍光灯の光がその二人の姿を浮きあがらさせていた。自分の目を疑う。同じ子リスなのか?

 多分ここは大手チェーン店のコンビニではなかったので窓ガラスの目隠しが甘い。外からよくあの少女の姿がよく見えた。

 蓮司は先ほどの会議をようやく終え、家路に着こうとしていたのだ。ちょうど赤信号で止まっている間、眠い目をこすって横見たら、なにかコンビニのレジが見えた。そうしたら、先ほどみたような若い女がコンビニの店内で働いているのが見えたのだ。 

 見間違えか? いや、いまどきあんな黒めがねのおかっぱの若い女はあんまりいないだろう。

 「伊勢崎。そこにちょっと止めてくれ……」

 コンビニの店内が見える道の端に車を一時停止させる。

 「こちらでよろしいでしょうか?」
 「ああ……悪いがちょっとここにいてくれ」
 車の窓越しから彼女を眺める。

 客があまりいない店内をあの子リスがパタパタと忙しく働いていた。ときどきくる客に親切に対応しているのが遠目でもよくわかる。

 やっぱり先ほどの彼女に違いない。
 しばらく車内からコンビニの中で働く彼女の姿をぼんやりと見ていた。心の中のぐちゃぐちゃしていたものが、なにか解毒剤を飲んだように融和していく。

 おれも働きすぎだが、あの子も相当に働いている。
 子リスのくせに……どんだけ支えてるんだ。日本経済?
 いつ寝てるんだ? 昼間は寝ているのだろうか? なにか俺の心の中でいままで感じたことのない感情が湧き上がってきた。

 電話を取って通信ボタンを押す。ワンコールであいつは必ず出る。たとえ、それが深夜3時だとしても。

 「はい。真田です。蓮司様、どういったご用件でしょうか?」
 「ああ、悪いな。至急調べてほしいことがある……」

 「わかりました。なんなりとおっしゃってください。」
 「真田。これは俺のプライベートな頼みだ。だから、組織とは関係ない」


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