私は、御曹司の忘れ物お届け係でございます。

たまる

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<閑話2> 真田が行く

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 水野社長令嬢、水野安江やすえはいつものように夜の街を彼を歩いていた。彼氏の沖田は、彼女のお財布に甘え、食べたい物、買いたい物、全てを彼女に払わせていた。それでも、水野社長令嬢安江は、愛があるからいいと思っていた。
 真田はこれさえ潰せばいいのだと思う。
 調べ上げた資料から本人達のプロファイルを作り上げる。
 単細胞的な男と、強い推しに弱い令嬢か……。プランは決まる。
 二人のカップルが六本木の華やかな通りを歩いていた。ネオンが輝きが昼間のようだ。
 だが、近道のため、人気のない路地に曲がり、違うバーにでも行こうとした瞬間、誰かが水野の彼氏、沖田にぶつかる。
 沖田が頭に来て、唸る。
 『痛ぇーーじゃねぇか? テメェーー!』
 『………なんだ? てめえだと? 柄が悪いな。一体、誰に口聞いてんだ?』
 沖田は自分がぶつかった相手がかなりやばい系の人だと気がついた。
 全身黒ずくめの大人の男だ。黒のスーツに黒のコート。髪はちょっと前にさりげなく垂れ下がりハッキリと顔が見えない。でも、そこから見える豹のような目つきが男相手ながらにぞくっとするものだった。
 な、何者だよ……こいつ……。怖さが先に来てすぐに態度を改めた。
 『え、あの、すいません……』
 強いものには巻かれろ主義の沖田はここは逃げるしかないと感じた。
 殺気しか感じない危ない雰囲気の男は唸る。
 『おい、謝るだけで、こっちは納得できないな……久しぶりに言われたな、なんて言葉……』
 途中からその男の子分こぶんらしきものが来た。
 『兄貴、大丈夫ですか? な、なんだ、お前、うちの兄貴が誰かと知ってのその態度なんかぁ~?』
 ひぃっと安江がチンピラのなりをした筋肉質の男に対して、怖さのあまりに身体が引いていた。
 『す、すみませんでした。いや、なんというか口がすべって……』
 沖田がまた謝る。
 『ちょっと、あなた達、こっちは謝っているのにどうしてそんな態度なの?』
 水野安江が途中で入ってくる。
 食いついた! 
 予想通りの反応で、悪い男役に徹している真田は思わずニヤっと笑ってしまう。
 今までわざと隠してきたかのように、ネクタイを緩めた。
 そこから見える男らしい首筋がなぜか最高にいやらしい。
 『あれ、お嬢さん、イキがいいね。好きだよ、俺、そういうの……』
 その怪しげな瞳と色気が水野安江を襲う。
 安江は身体の芯が熱くなるような感覚を覚えて、自分の意思とは関係なく顔が赤面してしまった。
--ああ、こういうプライド高いお嬢さんは、少し強引で、悪さが引き立つ男に惚れやすいんだ。今の男を切らせるにはそれ以上の男を見せれば、ただそれだけでいい……俺がそれを演じれば……。
 『おまえの彼氏、そんなにいいのか? そんな男より、俺みたいな男の方が、お前に相応しくないか?』
 また前髪の間から見え隠れする男の目が安江を魅了する。
 そして、隣の彼氏である沖田に対してはわざとニコリと笑顔で語りかけた。
 『どうなんだ? 彼氏さん? どっちが相応しいんだ?』
 『ああ、その、それは……』
 沖田はここでこの男に逆らったら、かなりの確率であの世行きかもしれないと思う。
 『ターちゃん! なんとか言ってよ。はっきり断ってよ!』
 どうやらこのだらしがない男、ターちゃんというあだ名らしい。
 『でも、安江……なんていうか……よ、良ければこの女、あげますよ。俺はもういいです』
 『な、何言ってんの! ターちゃん?』
 ふっと悪役の真田が微笑む。この微笑みの仕方は蓮司から盗みとったものだ。正直、毎日鏡の前で練習してようやく取得できた訓練の賜物だった。
 あまり真の漢を見慣れない安江は、今まで見たことがないタイプ、つまりすごい危険な香りをまとう男を目の前に、そのなんとも言えないほどのエロく、かつ危ない微笑みに心を奪われた。
 筋肉体質のような子分もそこへ加勢する。
 『ああ、こんな頼りない彼氏、俺が東京湾に沈めてやりますよ……』
 真田が思いっきりボディブローをその子分に食わす。子分が倒れないように、その男は子分を支えていた。
 周りの雰囲気が一瞬で凍る。
 『ああ、すいません。みなさん、遊びですから……』
 通行人に説明する。そして、沖田と安江だけに聞こえるように話す。
 『おい、このお嬢さんを怖がらしてどうする? かわいそうだろ? こんな可愛らしいのに……』
 沖田はその真田のボディブロウの威力を見て震えていた。
 安江も驚きながらも、少しだけ、この悪のイケメン、黒ずくめ男から目が離せない。
 すると、通行人の女性が、
 『あれ、もしかして……黒豹?』
 『いないよ、何年もいないって、いや、あの後ろ姿……やば、まじ、そうじゃん』
 『いや、都市伝説だと思ってた!』
 『おねーちゃんに、連絡する』
 『きゃーー、抱いて、黒豹!』
と騒ぎ始めてきた。
 真田はそのような悲鳴を無視し、何が起きているかわからない驚きを顔に現している二人をまた見つめた。そして、問題の沖田に話しかける。
 『……ああ、思い出したわ……。お前、沖田って野郎だろ? 俺の縄張りを荒らして、派手に色々この辺の女、はべらかしているみたいじゃないか……しかも借金が膨らんで、一人の女、お前のために身売りするって聞いたな。その辺のこと、このお嬢さんに説明してんのか?』
 『な、なんでそんなこと………知ってるんだ!?』
 その返答自体が墓穴を掘っているということに、沖田というアホな彼氏は全く気がついていない。
 『え、ターちゃん、借金とか別の女ってどういう意味?』
 『ご、ごめん安江、俺……』
 『なんなの? ターちゃん、私に一筋だ思って、私……お父さんと喧嘩までして……』
 真田が、ぐいっと沖田の襟元を掴んで、奴の耳元に何か囁いた。
 聞いているうちに沖田という男の顔が青ざめていく。そして、また新たに話しかけた。
 『おい、沖田、お前の選択はまだある。この可愛い彼女のために己の体は張ってだな、全部捨てて戦う決意見せてもらおうか? それか、ここに彼女を置いていくか?……もし置いて行くんだったら、もしお前をこの辺りかこの女の近くで見たら、お前はこの街と俺を敵に回す……』
 真田は、正直こんなプランで上手くいくかなっとだんだん不安になってきていた。単細胞と仮定して、このプランだが、やっぱりちょっと安易すぎたか?と反省してきた。
 もう次のプランが必要かっと思ったら、いきなり沖田が、
 『安江、お前とは、金輪際、終わりだ。潮時だと思っていた! お前のために全ては捨てられん』
 沖田はそのまま風のように素早く消え去った。
 残された安江はあっけにとられた。
 そして、何が起きたか分かって憤慨した安江が叫ぶ。
『なんなの? 何にも持っていないヒモ男のくせに! 何が捨てられないのよ? 捨てられるものなんて、そんなもん、何にも持ってないじゃん!』
 水野安江がやっと現実に気がついた発言をし、真田もホッとする。そして、冷静になった安江が気がつくと、悪役の真田も、チンピラ役の山川も跡形なく消えていた。自分のバックにA4サイズの封筒が入っていた。
 そこには沖田の数々の浮気や借金について書かれており、最後には一言、手書きでコメントが載せられていた。
 『安江様、驚かして申し訳ありません。でも、貴方には彼のような男は似合わない。もっとご自分を大切に……』
とだけ書かれていた。
 安江は、封筒を手にしたまま立ちすくし、今いなくなってしまった黒い人を求めて、目をネオン街に走らせた。
 『黒豹……』

 回想からふと意識が戻る。
 水野社長もニコニコ顔で真田を見ていた。
 「でも、真田さんがおっしゃってた通りに、あの後で、違う男に熱を上げそうになってね、あまりの早変わりに驚きましたが、なんでも【黒豹】って男の人っていうんですよ。困りましてね。真田さんのアドバイス通り、一切、その名前を探ることには協力はしませんでした。でも、時間が解決してくれたようで、ようやくその男の人を諦めて、お見合いで知り合った方と上手く結婚することになりました。本人いわく、どうも理想と現実は違うって言ってますが、あいつの場合、なんとも惚れやすい性質なんですかね。でも本人は今、幸せそうなんです。そうだ、よかったら結婚式に来ていただけないですか? あと、その黒豹さんって本当にそれ系の方なんですか? いや、きっとオタクの俳優さんの卵なんでしょうね。わざわざありがとうございました」
 機関銃のように水野社長は話しまくり、何度もお礼を言って退出した。
 「もう、大原さんには借りが大きすぎて頭が上がらないです」
と、最後にはそう言葉を残して言った。
 いやいや、結婚式には流石に出られないだろうと真田は自答する。
 だが、こうやって地道にお金には換算できない裏の人脈作りに真田は力を注いできた。
 それが真田家が存在する理由。
 裏方サポートの極意なのだ。
 信頼関係、これがいざという時のビジネスにとって重要なことだと真田も蓮司も深く知り尽くしていた。
 そして、あの時、水野社長に言った自分の言葉を思い出す。
 「決して今回のお芝居も、また芝居に出てくる人達について、娘さんが知りたいと言っても絶対に、協力しないでください。それだと、またお嬢さんはろくでもない男に引っかかりますからね。今から次の方のお見合いでも準備された方が得策ですよ」
と、言ったのだ。
 黒豹なんておかしなあだ名、誰がつけたんだろうと思う。だが、その正体は誰も知らないはずだ。蓮司会長と数名以外……。
 私は本当に見せかけだけの男だなっと自分のことを真田は省みる。あんな悪の真似なんて、みっともないが、まあいつもの鬼の蓮司を真似したら、あんな風になってしまった。年下なのに、自分の理想の漢、蓮司を想い、多少癖のある主人だが、彼のために今の仕事をこなしていこうと思うのだった。

おまけ
 水野令嬢から消えた後の話。

 六本木の裏路地を一気にダッシュして男の二人は、急いで、長谷川の運転する車に乗り込んだ。
 お互いに大きな深呼吸を席に座った瞬間にした。
 「ふーっ、まあ、やばかったですね。黒豹って言われた時、どうしようかとビビってしまいました」
 真田が興奮気味に話す。すでに先ほど、道で殺意を振りまいていた男の影はどこにもなかった。
 「でも、機転が効いたと思いません? 俺の縄張りって変更したんですから」
 「ばっか、お前、臭すぎるぞ。俺は何時代だよーって思って笑いそうだったよ。ああ、腹がいてーーっ」
 山川が真田にパンチを入れられた腹を抑えた。
 「そ、そんなー、せっかく決め台詞セリフを!!」
 「やっぱ、お前のカウンターブロー、効いたぞ! まじ、もうちょっと手加減してくれてもいいんじゃなかったか?」
 「え? そうですか? すみませんでした。でも、あれくらいやらないと相手がビビらないかと思って……。しかも、ちょっと今の山川さんのパンチを受けられるだけの余裕、ないですよ」
 「おい、真田、昔、蓮司会長の喧嘩相手だろ? それくらいできるだろうよ……」
 「いやーー、最近は運動不足で……。でも今回を境にまた鍛錬し直しますよ」
 「あーーでも、あの沖田ってのが単細胞で助かったな……」
 「そうでね~。水野社長の前で大口叩いてしまいましたので、山川さんのご協力があったから、助かりました」
 「でも、お前の昔のあだ名知られて大丈夫かよ……」
 「あ、それに関しては万が一を考えて対策を練っています」
 「そっかその辺は抜かりがないな。さすが真田だな」

 じゃー今晩は終わりで、これで解散だということになる。
 明日が非番な山川は、俺はちょっと飲んでいくよっと言って、運転手の長谷川に頼んで、途中の駅の近くの飲み屋街で降ろしてもらう。
 夜空を見上げ、あまり見えない星をさがしながら、山川はボソッと呟いた。
 「あいつ、アレが演技って、マジこえーっ」
 真田だけには、彼女とか出来ても見せないようにしようと、山川はそう思いながら、馴染みの店に向かって歩き始めた。





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