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愛の逃避行

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 「ねえ、何でこれなの?」

 目の前のオートバイを見て歩美が唖然としている。
 今大原邸の玄関口に居る。

 「愛の逃避行に相応しくないですか?」
 
 真田は全身黒尽くめの装いで身を包み、ちょっとドキっとしてしまう。
 サングラスまでしていた。歩美はヘルメットを着用する。

 「歩美さん、ちょっと後ろに乗ってみてください……」

 真田は歩美を後ろに乗せた。

 「うん、やっぱりそのヒラヒラのスカートは無理ですね。違うものに着替えてください……」
 「な、先に言ってくれればいいのに! 今、着替えます」

 その後、二人組が愛の逃避行という名の元、大原邸を後にした。


 バイクは深夜から朝方にかけて日本を南下した。
 栗色の髪の毛の女はしっかりと前を運転する男を抱きしめていた。春先といっても夜はかなり冷え込む。
 その後を大原のものでは無い何台かの乗用車がついていく。
 アベルがよこしたの一団だった。
 その警備のチームのチーフ、グレンは、舌打ちをした。
 まだアベルと日本に到着してから、一度しか連絡が取れないのだ。
 歩美の回収は一時保留になっていたからだ。
 大原邸に入ってから、手出しは出来ないし、アベルは保留と命令していた。

 その様子をもちろん、グレンとその手下が見張っていた。
 歩美とその隣に行動する男を居場所を確認したっとグレンは、アベルに連絡しようとしていた。
 だが、どうしても繋がらない。
 秘書たちや付き人には連絡できたが、アベルには直接、連絡が出来ないという。
 
 電波障害なのかわからないが、グレン隊長はため息をついた。
 アベルに言われる前に、この二人を追いかけないといけないと決心する。

 歩美とそれにつきそう男はヘルメットさえ取らず、明らかに警戒しながら、移動していた。
 高速の休憩所でも、なかなか二人は隙を作らない。人混みに必ず紛れていた。
 人が意外に多いため、攫うことも出来ずにいた。

 すると、突然の事態が起きた。
 グレンが至急、部下達を分散させる命令を出した。
 なぜなら、その休憩所で同じようなの二人組がもう一組、現れたからだ。

 「追手がいるのがもうバレているのか?」
 
 グレンは呟いた。
 どちらが囮だかわからないが、仕方がない、二手に分けさせるしかなかった。

 一組のバイクの二人組は途中何度か休みながらも、南下していく。
 もう一組はなんと、北方向に帰って行く。
 グレンは悩んだ挙句、南下するカップルの後をつけた。
 とうとう二人は瀬戸大橋を渡っていく。どうやら、徳島のあるお寺が目的地だったようだ。
 徳島市のシンボル的な山、眉山を後ろに抱えた静かな寺町の中のお寺に歩美たちは身を潜めたようだった。

 すでに空が白んできた。
 やっと連絡がついたアベルが聞いてきた。
 自分の雇い主の声が静かなのだが、かなり気迫に迫るものがあった。

 『グレン、アユミの場所はわかるか?』
 『はい、今に分かれているようですが、いまこちらにその一手が来ております』

 アベルに状況を説明する。静かに自分の雇い主は聞いていた。
 話をしている間にもう一組を追っているグループから連絡があった。
 どうやら東京のど真ん中でその二人組は人混みに紛れたらしく、いま追跡中だという。
 そちらは、そのまま追跡をしてもらう。
 だが、グレンの思惑では、このお寺の中に匿われているしかなかった。
 同じバイクの形なのだが、微妙なエンジンの音が、こちらの方が大原家を出た時のに近いと思ったからだ。
 また背格好も遠目だが、こちらの方があの時の見た時と似ていた。
 それを踏まえた上で、アベルに報告する。
 
 『アユミと連れの男がいるか?』
 『います。オオハラの補佐らしき男ですが、一緒です……』
 『……補佐……』

 なるほど、そういうことか……とアベルはわかってきた。

 『中はお寺ですので、無理には入れません。一度、確認を取ろうと思い、接触を試みましたが、寺の人に、親戚以外は会えないと面会遮断です。申し訳ありません……』

 ヘリコプターが嫌いなアベルは新幹線で新神戸まで行き、そこからわざわざ車で徳島までやってきたようだった。
 飛行機も考えたが、プライベートジェットには、二十四時間前からの申請がいる。しかも、地方の空港は小さい為、許可がおりないことも考慮した。また、わざわざ羽田に行ってコマーシャルエアラインを使うことも考えたが、定期便の時刻と待ち時間などを考えると、日本の新幹線を使ったほうがよいと考えていたが、考えている途中に、システム障害で飛行機の便がキャンセルが相次いでいることが発覚する。これは陸路で行くしかないと決断する。

 こうして、ようやくここまで来たのだ。
 小さいながらも門構えが格式高い寺だと感じさせた。
 ベルを鳴らすと、朝早くにもかかわらず、お寺の住職の奥さんが「はーいっ」と元気よく玄関に出て来た。

 「ごめんなさい。私は、自分のしんせき、探してます。ここにいますか?」

 アベルが、たどたどしい日本語で話した。
 彼はフランス人であったが、簡単な日本語は話せた。

 「あ、貴方ですか、従兄弟の方? そうそう許してあげてくださいな……。結婚を許してくれない親戚の方がいらっしゃるんでしょう? もう、今時、いろいろあるから……。その双方でお話し合いされたらいいんじゃないですか? わかりました。ちょっと起こして来ますね」

 そう言って住職の妻のような人は中に消えた。
 すると、アベルは無線で裏口などを固めろと指示する。

 案外早く捕まった。

 アベルはホッとする。あのオオハラは本当に策士だと思った。
 あの宣戦布告の手紙を出した後に、奴はこう付け加えやがった。

 『あ、悪いな。それすでに昨日の12時からの執行だ。渡すのを
とまで言いやがった。
 ふざけるなっと思ったが、お互いの顔がニヤリとその顔が笑っていたのは、忘れられない。
 好敵手なのだ。お互いに……。

 無線がまた入る。

 『アベル様! 裏口から逃走しようとした二人組みを捕まえたんですが、それが………』

 無線機から出てくるグレンの声が焦っていた。

 『どうした……。アユミは無事か?』
 
 無言が気になり、裏口へすぐさま回る。

 歩美と補佐と思われる二人のヘルメットをグレンとその部下が持っていた。
 振り向いた二人の顔を見て驚いた。
 そこにはニンマリとした顔の男と、栗毛色のカツラを被ったこれまた細身の男がいた。

 そこへ急いで駆けつけた住職の奥さんが「ああ!」と声を上げていた。
 「もう、逃げないの! きちんとお話し合いしなさい。今時ゲイのカップルなんて、そんなに珍しいことじゃないから。まあ結婚っいうのは、法律的に難しいかもしれないけど、まあお互いの気持ちが一番だからね………」

 「そうですよ。でも、たちの付き合いになんか文句あるんですか? ほら、光樹もなんか言えよ」
 意味深な笑顔で長谷川が微笑んだ。もう一人の男性も答える。

 「認めてください! 俺たちの交際を!」

 それを聞いて意外と隠れBLファンの住職の奥さんは目をウルウルさせてみている。
 しまいには、「そうよ、認めて上げなさいよ」とまで、言い出した。
 アベルは、はーっとため息をついた。
 かなり簡単な罠にかかってしまったらしい。

 ここは諦めて、撤収しようとする。
 連絡が入る。
 他のチームからだった。

 「すいません、昨日の歩美様ともう一人の男らしき人が街中にあふれている」という話だった。

 ますます混乱した。

 そんなに協力者がいるのか?
 アベルはますます頭が混乱する。
 実は、真田はフォロワーがものすごい数のブロガーだった。
 昨日、彼は呟いた。

 
 「協力者求む。こんな感じの格好で、**駅付近歩き回ってくれる人、募集中」


 真田の隠れブログ『執事の気まぐれ日記』は、妄想系女子には絶大かつカリスマ的な人気があり、その具体的な表現は、本当に実在の人物がいるのでは……といつも噂が飛び交っていた。
 そのほかに、『紳士、淑女のマナー講座』、『少女漫画に学ぶ恋愛講座』など、かなり実用的かつ、専門的な内容はいつも殿堂入りをしていた。
 最近は『ツンデレ彼女に対する対処法』を始めたようだったが、それは瞬く間にかなりの人気を集めていた。

 アベルがまた情報を洗い直した。
 全てバイクは囮だったのかもしれない。
 アベルの部下が探した日本発のコマーシャルエアラインにはそれらしき名前は搭乗者になかった。成田発のプライベートジェットにも、大原所有の飛行機が出たという情報はない。

 船?
 いや、それはないかと見る。
 一応、蓮司所有らしきものもチェックさせるが、なにも動きがないということだった。

 では、一体どこにいるのだ。
 
 焦りとともに、嬉しさもこみ上げて来た。
 
 すでにかなりの時間を消耗していた。
 あとわずか数時間だ。

 焦った叔父や叔母、祖母、役員の催促の電話はやまない。
 まさか大原邸から出ていないのか?   
 まだ大原邸に張り込んでいるものに連絡する。
 あれから誰が出入りしたかということだが、どうもあのバイクしかない。

 待て、あっちはもしかして、あのまま館にいるのか? 
 それとも?
 至急違う部隊を大原邸に向かわせる。

 本当にあのバイク以外は出入りがなかったのかと聞いてみた。
 すると、何人かは出入りはしていると言われた。だが、歩美らしきはいないと言われる。
 
 『あ、クリーニング屋ならきましたよ。もしかして……』

 それを横で聞いていたグレン唸っている。
 至急その業者を調べろと横で指示している。

 かくれんぼはもう終わりだ。
 正直、時間は間に合わないかもしれないが見つけてやろうと思っていた。
 知らない男に歩美をさらわれたままにされるにが癪だったからかもしれない。

 そんな中、自分の電話が鳴った。
 また祖母からかと思い出てみると、その低い声色にアベルは驚きを隠せなかった。


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