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何気ない日常が一番幸せってよく言うよね
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『ほら、ちゃっちゃと食べちゃいなさい。こらっ、お兄ちゃん、ほうれん草もちゃんと食べなさい!』
鯵の開きの骨を抜いてやっていると言うのに、皿の端に集めた骨をつついて邪魔をする娘と攻防戦を繰り広げる。もくもくと食べるお兄ちゃんはこのまま置いておいても大丈夫かと思えば、こっそりほうれん草を私用の器に移している。
お風呂へ放り込んで洗ってやって、寝支度をしているところへ夫が帰宅してーーー
何て事ない日常風景。かと思えば、物心ついた頃から、学生時代、夫と出会って結婚して、子どもが産まれて…初めて寝返り…歩いて…幼稚園…二人目も生まれて…小学校の入学式…
一気に場面が変わり、ベッドの上の老女と、その側にいる老人と壮年の男女。
それ以外の記憶は、無い。空白の時間は埋まらない。
これからも、永遠にーーー
ふわりと意識が浮上する。
今度はそこまで目が開けづらいと言うこともなく。周りに樹木も無く。
相変わらず白い空間で、すぐ横にイケメンが何とも言えない表情を浮かべている。
「…目が…覚めたんですね…」
複雑そうな声音に、覚めない方が良かったんかい、と思わずツッコミそうになりながら起き上がった。
「どこか…不具合はありませんか?」
「…いえ…特には…」
『不具合』て私ゃ家電か、とこれまたツッコミそうになる。
軽く首を動かしたり、手を握ったり開いたりしてみるが、しんどさや痛みは感じない。
ただ…無性に虚しさを感じるだけだ。
胸にぽっかりと穴が空いたような、と言う表現をリアルでするハメになろうとは…。
胸元を押さえて座り込む私に、微妙な顔を崩さないお兄さん。
「…何か…私…目覚めない方が良かったんですか?」
思わず口をついて出た。
「いえっ…そう言うわけでは…無く…。その…僕自身もどうしたらいいのかと…」
急にあわあわし始めるお兄さんに、事情を聞こうとしたその時ーーー
「あら? 結局消えなかったの? なぁんだ、じゃぁ慌てる必要なんて無かったのね。結構苦労したのに、損しちゃった気分だわ」
鈴を転がすような…とリアルで表現したくなるような綺麗な声が白い空間内に落ちてきた。
そして、その素晴らしい声と吐かれた内容のギャップに脳が意味を理解するのを一瞬拒否した気がする。まぁ一瞬だけど。
「またあなたはそう言う事をっ…! 『今』だからこの方が残ったのかもしれないでしょう?! そもそもあなたがっ…!」
「あーもぅ、うるさいわねぇ。どうせあんたは何も出来ないんだから黙ってなさいよ。それより、こいつどうしようかしら。あ、でももう『本体』は死んだんだし、『カケラ』がどうなろうと『あっちの世界』に影響無いわよね。じゃぁ手っ取り早く消しちゃおっかな」
声だけで無く、見た目も凄まじく美しい…正に『女神』と崇めたくなるような美女がそこに居た。だが、その形のいい唇から吐き出される言葉は、目には見えないが毒を含んでいるのを感じる。
彼らが話している内容はよくわからない。だが、『私』の処遇について話していることはわかる。
そして…
『私』が『こうなった』のが、あの女のせいであるという事もーーー
目を落とせば見える、小さな手足。お兄さんを見上げるのは、相手が男性だし何とも思わなかったが、あの女を、見上げなければ顔が見えないとわかった時…
『私』が『私』ではないと、強く突きつけられた気がした。
『私』は女性にしてはそこそこ背が高かったのだ。同じ『女性』を見上げる事など成長してからは無かった。
認識した途端、ほぼ無意識に身体が動いた。未だごちゃごちゃと言い合っている二人の方へと歩み寄り…
思い切り、彼女の脚を蹴り付けた。
いきなりの強襲に驚きで目を見開いたままバランスを崩し座り飛んだ彼女の頬を張る。いい音がした。
「…なっ…! なっ、何をするの?!」
何をされたのかわからなかったのだろう。一瞬唖然とした顔で私を見て、そして、理解して…怒りに満ちた目を向けてきた。
私は無言でさらに攻撃にうつる。
何で、どうしてと喚きながら腕で防御する女。呆然としていたが状況を把握して私を捕まえようとするお兄さん。
「何するのよ!! 何でこんな事っ…この私にっ…女神である私にたかが人間ごときが危害を加えるなんてっ! 消してやるっ!!」
そう叫んだ女神の右手が光り…私に向けられ…
「うるっさいっ!!」
る、前に、私の腹パンがキマッた。それは見事に。「ぐっ!」って言うくぐもった悲鳴が聞こえた。だがそんなの関係ねぇ。
ぎゃーぎゃー騒ぐ『自称女神』なんざどうでもいい。あわあわしてるだけのお兄さんもどうでもいい。
「お前がっ! 『誰か』なんて、どうでもいい!! だけど…だけどな!」
『私』が、当たり前に享受出来るはずの…『幸せ』を、奪う権利なんて、無かっただろうが!!
「あの子たちの成長を見守る幸せもっ…! ケンカする幸せもっ! 夫と二人でお茶を飲む幸せも! 『私』が『私』として体験すべき経験をっ! お前さえいなければっ! 『私』はこんな風にならなかった!!」
幸せだったのだ。
毎日子育てに追われるように生活していたけど、それでも…いや、それが、幸せだったのだ。
小生意気な子どもたちに翻弄され、家事はほとんど手伝わない夫に内心不満を抱きつつ、あまり代わり映えのしない毎日を過ごしていたが、そのなんて事ない『日常』が大切だったのだ。
「許さないっ! 許さない! 今すぐ返せ戻せ帰らせろーー!!!」
ゴォッ!! と強風が私を包むように吹いた。目を開けられない程の風は、聴覚も鈍らせる。騒いでいる女神の声も、お兄さんの声も遠く、不明瞭だ。
叫び声が聞こえる気がする。
でも、もしかしたら私の声かもしれない。
一気に身体から何かが抜けるような感覚がしたかと思うと…
視界が真っ白に染まり…また、私の意識は呑み込まれた。
何回気を失えば…この夢は覚めるんだろう。
…覚めて…くれるんだろうーーー
鯵の開きの骨を抜いてやっていると言うのに、皿の端に集めた骨をつついて邪魔をする娘と攻防戦を繰り広げる。もくもくと食べるお兄ちゃんはこのまま置いておいても大丈夫かと思えば、こっそりほうれん草を私用の器に移している。
お風呂へ放り込んで洗ってやって、寝支度をしているところへ夫が帰宅してーーー
何て事ない日常風景。かと思えば、物心ついた頃から、学生時代、夫と出会って結婚して、子どもが産まれて…初めて寝返り…歩いて…幼稚園…二人目も生まれて…小学校の入学式…
一気に場面が変わり、ベッドの上の老女と、その側にいる老人と壮年の男女。
それ以外の記憶は、無い。空白の時間は埋まらない。
これからも、永遠にーーー
ふわりと意識が浮上する。
今度はそこまで目が開けづらいと言うこともなく。周りに樹木も無く。
相変わらず白い空間で、すぐ横にイケメンが何とも言えない表情を浮かべている。
「…目が…覚めたんですね…」
複雑そうな声音に、覚めない方が良かったんかい、と思わずツッコミそうになりながら起き上がった。
「どこか…不具合はありませんか?」
「…いえ…特には…」
『不具合』て私ゃ家電か、とこれまたツッコミそうになる。
軽く首を動かしたり、手を握ったり開いたりしてみるが、しんどさや痛みは感じない。
ただ…無性に虚しさを感じるだけだ。
胸にぽっかりと穴が空いたような、と言う表現をリアルでするハメになろうとは…。
胸元を押さえて座り込む私に、微妙な顔を崩さないお兄さん。
「…何か…私…目覚めない方が良かったんですか?」
思わず口をついて出た。
「いえっ…そう言うわけでは…無く…。その…僕自身もどうしたらいいのかと…」
急にあわあわし始めるお兄さんに、事情を聞こうとしたその時ーーー
「あら? 結局消えなかったの? なぁんだ、じゃぁ慌てる必要なんて無かったのね。結構苦労したのに、損しちゃった気分だわ」
鈴を転がすような…とリアルで表現したくなるような綺麗な声が白い空間内に落ちてきた。
そして、その素晴らしい声と吐かれた内容のギャップに脳が意味を理解するのを一瞬拒否した気がする。まぁ一瞬だけど。
「またあなたはそう言う事をっ…! 『今』だからこの方が残ったのかもしれないでしょう?! そもそもあなたがっ…!」
「あーもぅ、うるさいわねぇ。どうせあんたは何も出来ないんだから黙ってなさいよ。それより、こいつどうしようかしら。あ、でももう『本体』は死んだんだし、『カケラ』がどうなろうと『あっちの世界』に影響無いわよね。じゃぁ手っ取り早く消しちゃおっかな」
声だけで無く、見た目も凄まじく美しい…正に『女神』と崇めたくなるような美女がそこに居た。だが、その形のいい唇から吐き出される言葉は、目には見えないが毒を含んでいるのを感じる。
彼らが話している内容はよくわからない。だが、『私』の処遇について話していることはわかる。
そして…
『私』が『こうなった』のが、あの女のせいであるという事もーーー
目を落とせば見える、小さな手足。お兄さんを見上げるのは、相手が男性だし何とも思わなかったが、あの女を、見上げなければ顔が見えないとわかった時…
『私』が『私』ではないと、強く突きつけられた気がした。
『私』は女性にしてはそこそこ背が高かったのだ。同じ『女性』を見上げる事など成長してからは無かった。
認識した途端、ほぼ無意識に身体が動いた。未だごちゃごちゃと言い合っている二人の方へと歩み寄り…
思い切り、彼女の脚を蹴り付けた。
いきなりの強襲に驚きで目を見開いたままバランスを崩し座り飛んだ彼女の頬を張る。いい音がした。
「…なっ…! なっ、何をするの?!」
何をされたのかわからなかったのだろう。一瞬唖然とした顔で私を見て、そして、理解して…怒りに満ちた目を向けてきた。
私は無言でさらに攻撃にうつる。
何で、どうしてと喚きながら腕で防御する女。呆然としていたが状況を把握して私を捕まえようとするお兄さん。
「何するのよ!! 何でこんな事っ…この私にっ…女神である私にたかが人間ごときが危害を加えるなんてっ! 消してやるっ!!」
そう叫んだ女神の右手が光り…私に向けられ…
「うるっさいっ!!」
る、前に、私の腹パンがキマッた。それは見事に。「ぐっ!」って言うくぐもった悲鳴が聞こえた。だがそんなの関係ねぇ。
ぎゃーぎゃー騒ぐ『自称女神』なんざどうでもいい。あわあわしてるだけのお兄さんもどうでもいい。
「お前がっ! 『誰か』なんて、どうでもいい!! だけど…だけどな!」
『私』が、当たり前に享受出来るはずの…『幸せ』を、奪う権利なんて、無かっただろうが!!
「あの子たちの成長を見守る幸せもっ…! ケンカする幸せもっ! 夫と二人でお茶を飲む幸せも! 『私』が『私』として体験すべき経験をっ! お前さえいなければっ! 『私』はこんな風にならなかった!!」
幸せだったのだ。
毎日子育てに追われるように生活していたけど、それでも…いや、それが、幸せだったのだ。
小生意気な子どもたちに翻弄され、家事はほとんど手伝わない夫に内心不満を抱きつつ、あまり代わり映えのしない毎日を過ごしていたが、そのなんて事ない『日常』が大切だったのだ。
「許さないっ! 許さない! 今すぐ返せ戻せ帰らせろーー!!!」
ゴォッ!! と強風が私を包むように吹いた。目を開けられない程の風は、聴覚も鈍らせる。騒いでいる女神の声も、お兄さんの声も遠く、不明瞭だ。
叫び声が聞こえる気がする。
でも、もしかしたら私の声かもしれない。
一気に身体から何かが抜けるような感覚がしたかと思うと…
視界が真っ白に染まり…また、私の意識は呑み込まれた。
何回気を失えば…この夢は覚めるんだろう。
…覚めて…くれるんだろうーーー
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