何ちゃって神の望まぬ異世界生活

鳥類

文字の大きさ
5 / 31

何気ない日常が一番幸せってよく言うよね

しおりを挟む
『ほら、ちゃっちゃと食べちゃいなさい。こらっ、お兄ちゃん、ほうれん草もちゃんと食べなさい!』

 鯵の開きの骨を抜いてやっていると言うのに、皿の端に集めた骨をつついて邪魔をする娘と攻防戦を繰り広げる。もくもくと食べるお兄ちゃんはこのまま置いておいても大丈夫かと思えば、こっそりほうれん草を私用の器に移している。
 お風呂へ放り込んで洗ってやって、寝支度をしているところへ夫が帰宅してーーー

 何て事ない日常風景。かと思えば、物心ついた頃から、学生時代、夫と出会って結婚して、子どもが産まれて…初めて寝返り…歩いて…幼稚園…二人目も生まれて…小学校の入学式…


 一気に場面が変わり、ベッドの上の老女と、その側にいる老人と壮年の男女。


 それ以外の記憶は、無い。空白の時間は埋まらない。

 これからも、永遠にーーー






 ふわりと意識が浮上する。
 今度はそこまで目が開けづらいと言うこともなく。周りに樹木も無く。
 相変わらず白い空間で、すぐ横にイケメンが何とも言えない表情を浮かべている。

「…目が…覚めたんですね…」

 複雑そうな声音に、覚めない方が良かったんかい、と思わずツッコミそうになりながら起き上がった。

「どこか…不具合はありませんか?」
「…いえ…特には…」

 『不具合』て私ゃ家電か、とこれまたツッコミそうになる。
 軽く首を動かしたり、手を握ったり開いたりしてみるが、しんどさや痛みは感じない。

 ただ…無性に虚しさを感じるだけだ。
 胸にぽっかりと穴が空いたような、と言う表現をリアルでするハメになろうとは…。

 胸元を押さえて座り込む私に、微妙な顔を崩さないお兄さん。

「…何か…私…目覚めない方が良かったんですか?」

 思わず口をついて出た。

「いえっ…そう言うわけでは…無く…。その…僕自身もどうしたらいいのかと…」

 急にあわあわし始めるお兄さんに、事情を聞こうとしたその時ーーー


「あら? 結局消えなかったの? なぁんだ、じゃぁ慌てる必要なんて無かったのね。結構苦労したのに、損しちゃった気分だわ」


 鈴を転がすような…とリアルで表現したくなるような綺麗な声が白い空間内に落ちてきた。
 そして、その素晴らしい声と吐かれた内容のギャップに脳が意味を理解するのを一瞬拒否した気がする。まぁ一瞬だけど。

「またあなたはそう言う事をっ…! 『今』だからこの方が残ったのかもしれないでしょう?! そもそもあなたがっ…!」
「あーもぅ、うるさいわねぇ。どうせあんたは何も出来ないんだから黙ってなさいよ。それより、こいつどうしようかしら。あ、でももう『本体』は死んだんだし、『カケラ』がどうなろうと『あっちの世界』に影響無いわよね。じゃぁ手っ取り早く消しちゃおっかな」


 声だけで無く、見た目も凄まじく美しい…正に『女神』と崇めたくなるような美女がそこに居た。だが、その形のいい唇から吐き出される言葉は、目には見えないが毒を含んでいるのを感じる。
 彼らが話している内容はよくわからない。だが、『私』の処遇について話していることはわかる。
 そして…


 『私』が『こうなった』のが、あの女のせいであるという事もーーー


 目を落とせば見える、小さな手足。お兄さんを見上げるのは、相手が男性だし何とも思わなかったが、あの女を、見上げなければ顔が見えないとわかった時…

 『私』が『私』ではないと、強く突きつけられた気がした。

 『私』は女性にしてはそこそこ背が高かったのだ。同じ『女性』を見上げる事など成長してからは無かった。
 認識した途端、ほぼ無意識に身体が動いた。未だごちゃごちゃと言い合っている二人の方へと歩み寄り…

 思い切り、彼女の脚を蹴り付けた。

 いきなりの強襲に驚きで目を見開いたままバランスを崩し座り飛んだ彼女の頬を張る。いい音がした。

「…なっ…! なっ、何をするの?!」

 何をされたのかわからなかったのだろう。一瞬唖然とした顔で私を見て、そして、理解して…怒りに満ちた目を向けてきた。
 私は無言でさらに攻撃にうつる。
 何で、どうしてと喚きながら腕で防御する女。呆然としていたが状況を把握して私を捕まえようとするお兄さん。

「何するのよ!! 何でこんな事っ…この私にっ…女神である私にたかが人間ごときが危害を加えるなんてっ! 消してやるっ!!」

 そう叫んだ女神の右手が光り…私に向けられ…


「うるっさいっ!!」


 る、前に、私の腹パンがキマッた。それは見事に。「ぐっ!」って言うくぐもった悲鳴が聞こえた。だがそんなの関係ねぇ。
 ぎゃーぎゃー騒ぐ『自称女神』なんざどうでもいい。あわあわしてるだけのお兄さんもどうでもいい。

「お前がっ! 『誰か』なんて、どうでもいい!! だけど…だけどな!」


 『私』が、当たり前に享受出来るはずの…『幸せ』を、奪う権利なんて、無かっただろうが!!


「あの子たちの成長を見守る幸せもっ…! ケンカする幸せもっ! 夫と二人でお茶を飲む幸せも! 『私』が『私』として体験すべき経験をっ! お前さえいなければっ! 『私』はこんな風にならなかった!!」


 幸せだったのだ。
 毎日子育てに追われるように生活していたけど、それでも…いや、それが、幸せだったのだ。
 小生意気な子どもたちに翻弄され、家事はほとんど手伝わない夫に内心不満を抱きつつ、あまり代わり映えのしない毎日を過ごしていたが、そのなんて事ない『日常』が大切だったのだ。

「許さないっ! 許さない! 今すぐ返せ戻せ帰らせろーー!!!」


 ゴォッ!! と強風が私を包むように吹いた。目を開けられない程の風は、聴覚も鈍らせる。騒いでいる女神の声も、お兄さんの声も遠く、不明瞭だ。

 叫び声が聞こえる気がする。
 でも、もしかしたら私の声かもしれない。

 一気に身体から何かが抜けるような感覚がしたかと思うと…


 視界が真っ白に染まり…また、私の意識は呑み込まれた。



 何回気を失えば…この夢は覚めるんだろう。
 …覚めて…くれるんだろうーーー
しおりを挟む
感想 2

あなたにおすすめの小説

勝手に召喚され捨てられた聖女さま。~よっしゃここから本当のセカンドライフの始まりだ!~

楠ノ木雫
ファンタジー
 IT企業に勤めていた25歳独身彼氏無しの立花菫は、勝手に異世界に召喚され勝手に聖女として称えられた。確かにステータスには一応〈聖女〉と記されているのだが、しばらくして偽物扱いされ国を追放される。まぁ仕方ない、と森に移り住み神様の助けの元セカンドライフを満喫するのだった。だが、彼女を追いだした国はその日を境に天気が大荒れになり始めていき…… ※他の投稿サイトにも掲載しています。

【完結】使えない令嬢として一家から追放されたけど、あまりにも領民からの信頼が厚かったので逆転してざまぁしちゃいます

腕押のれん
ファンタジー
アメリスはマハス公国の八大領主の一つであるロナデシア家の三姉妹の次女として生まれるが、頭脳明晰な長女と愛想の上手い三女と比較されて母親から疎まれており、ついに追放されてしまう。しかしアメリスは取り柄のない自分にもできることをしなければならないという一心で領民たちに対し援助を熱心に行っていたので、領民からは非常に好かれていた。そのため追放された後に他国に置き去りにされてしまうものの、偶然以前助けたマハス公国出身のヨーデルと出会い助けられる。ここから彼女の逆転人生が始まっていくのであった! 私が死ぬまでには完結させます。 追記:最後まで書き終わったので、ここからはペース上げて投稿します。 追記2:ひとまず完結しました!

辺境のスローライフを満喫したいのに、料理が絶品すぎて冷酷騎士団長に囲い込まれました

腐ったバナナ
恋愛
異世界に転移した元会社員のミサキは、現代の調味料と調理技術というチート能力を駆使し、辺境の森で誰にも邪魔されない静かなスローライフを送ることを目指していた。 しかし、彼女の作る絶品の料理の香りは、辺境を守る冷酷な「鉄血」騎士団長ガイウスを引き寄せてしまった。

クラス転移したけど、皆さん勘違いしてません?

青いウーパーと山椒魚
ファンタジー
加藤あいは高校2年生。 最近ネット小説にハマりまくっているごく普通の高校生である。 普通に過ごしていたら異世界転移に巻き込まれた? しかも弱いからと森に捨てられた。 いやちょっとまてよ? 皆さん勘違いしてません? これはあいの不思議な日常を書いた物語である。 本編完結しました! 相変わらず話ごちゃごちゃしていると思いますが、楽しんでいただけると嬉しいです! 1話は1000字くらいなのでササッと読めるはず…

【改訂版アップ】10日間の異世界旅行~帰れなくなった二人の異世界冒険譚~

ばいむ
ファンタジー
10日間の異世界旅行~帰れなくなった二人の異世界冒険譚~ 大筋は変わっていませんが、内容を見直したバージョンを追加でアップしています。単なる自己満足の書き直しですのでオリジナルを読んでいる人は見直さなくてもよいかと思います。主な変更点は以下の通りです。 話数を半分以下に統合。このため1話辺りの文字数が倍増しています。 説明口調から対話形式を増加。 伏線を考えていたが使用しなかった内容について削除。(龍、人種など) 別視点内容の追加。 剣と魔法の世界であるライハンドリア・・・。魔獣と言われるモンスターがおり、剣と魔法でそれを倒す冒険者と言われる人達がいる世界。 高校の休み時間に突然その世界に行くことになってしまった。この世界での生活は10日間と言われ、混乱しながらも楽しむことにしたが、なぜか戻ることができなかった。 特殊な能力を授かるわけでもなく、生きるための力をつけるには自ら鍛錬しなければならなかった。魔獣を狩り、いろいろな遺跡を訪ね、いろいろな人と出会った。何度か死にそうになったこともあったが、多くの人に助けられながらも少しずつ成長し、なんとか生き抜いた。 冒険をともにするのは同じく異世界に転移してきた女性・ジェニファー。彼女と出会い、ともに生き抜き、そして別れることとなった。 2021/06/27 無事に完結しました。 2021/09/10 後日談の追加を開始 2022/02/18 後日談完結しました。 2025/03/23 自己満足の改訂版をアップしました。

聖女が降臨した日が、運命の分かれ目でした

猫乃真鶴
ファンタジー
女神に供物と祈りを捧げ、豊穣を願う祭事の最中、聖女が降臨した。 聖女とは女神の力が顕現した存在。居るだけで豊穣が約束されるのだとそう言われている。 思ってもみない奇跡に一同が驚愕する中、第一王子のロイドだけはただ一人、皆とは違った視線を聖女に向けていた。 彼の婚約者であるレイアだけがそれに気付いた。 それが良いことなのかどうなのか、レイアには分からない。 けれども、なにかが胸の内に燻っている。 聖女が降臨したその日、それが大きくなったのだった。 ※このお話は、小説家になろう様にも掲載しています

神の加護を受けて異世界に

モンド
ファンタジー
親に言われるまま学校や塾に通い、卒業後は親の進める親族の会社に入り、上司や親の進める相手と見合いし、結婚。 その後馬車馬のように働き、特別好きな事をした覚えもないまま定年を迎えようとしている主人公、あとわずか数日の会社員生活でふと、何かに誘われるように会社を無断で休み、海の見える高台にある、神社に立ち寄った。 そこで野良犬に噛み殺されそうになっていた狐を助けたがその際、野良犬に喉笛を噛み切られその命を終えてしまうがその時、神社から不思議な光が放たれ新たな世界に生まれ変わる、そこでは自分の意思で何もかもしなければ生きてはいけない厳しい世界しかし、生きているという実感に震える主人公が、力強く生きるながら信仰と奇跡にに導かれて神に至る物語。

父が再婚しました

Ruhuna
ファンタジー
母が亡くなって1ヶ月後に 父が再婚しました

処理中です...