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第41話 飛んで火に入るダブステップ 6

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 チンピラ狩りをしてる無謀な男が、友人にクスリを売ったチンピラに文句を言いに行こうとした無謀な女子高生を引き止めた。
 女子高生は簡単に人の話を聞くような人物ではなかったので、監視がてら強引にでも家に帰らせようと送ることにした。
 副案として警察への通報を薦める考えも浮かびはしたが、男の立場上それは男も逮捕となりかねない案だったので提案はしなかった。
 女子高生を連れて歩いたらチンピラに絡まれる率が高まった。
 倒したり追い返したり逃げたりしながら街中を走り回っていたら夜が深くなって、夜が明けて。
 辿り着いた女子高生の自宅にはヤクザが待っていた。
 というのがここまでの佐山勝のあらすじである。

「いつもああやってボディーガードが立ってんのか?」

「あれがボディーガードなら私はすんなりと家に帰ってるんだけど?」

「組のもんってなら問題はないだろ? 何で隠れてるんだよ?」

「私のためじゃなくて、勝のため!」

「は?」

 八重は手に持っていたスマートフォンの画面を勝に見せる。
 残り電池残量が15%になっている。

「なんだこれ? 森川八重が誘拐されました。赤いジャケットの二十歳ぐらいの男性の目撃情報プリーズ?」

 LINEのグループ機能の画面に書かれた文字を勝が読み上げる。
 メッセージの送り主の名はメイと表示されている。

「私、どうも誘拐されたことになってるみたい。あの人たちは誘拐された私を探しにマンションまで来てるんだよ」

「は? じゃあ、俺が誘拐犯ってこと? 冗談じゃねぇぞ」

 そう言って勝は先程ぶっ倒したチンピラが言っていた言葉を思い出す。
 てめぇも女拐ってるじゃねぇか? 
 勝は舌打ちをする。
 とっくに大勢に周知されてる話になってるらしい。

「誤解を解くしかねぇ」

「どうやって? あの人たち、話して聞く相手じゃないよ? 勝が出てったら話聞く前にボコボコにされちゃうって」

「なんだよそれ、千代田組のヤツら、馬鹿すぎんだろ?」

「馬鹿じゃないの、組長の娘を連れ去られたとなったら面子の問題とかあるでしょ」

 だから馬鹿なんじゃないか、と勝は思ったがそう言って八重が理解できるとは思えなかった。
 一日、いや半日程度男と連れ歩いてたぐらいで誘拐騒ぎなんて八重に将来彼氏なんかが出来た際はどうする気なのだろうか?
 組員総出で彼氏テストでもやる気なのか。 
 千代田組の組長がそこまで過保護だとは思ってもみなかった。
 どちらかと言えば家族など省みず組の存続に精を尽くしてる印象だった。
 しかし、女子高生の娘の一人暮らしにマンションを用意してるのだから、やはりあまあまな過保護なのかもしれない。

「森川、お前実は門限とかあるんじゃないのか?」

「何の話? 一人暮らしなんだから、そんなのあるわけないでしょ」

「親父への定時連絡とかは?」

「そういう娘の動向を気にする親じゃないの。むしろ自分の家業が家業だから気にしてる感じかな。だから、一人暮らししたいって言ったときも割とすんなり受け入れてくれたよ」

 すんなり受け入れて、セキュリティ万全のマンションを用意。
 金のある父親ってのはそういうものなのかと勝は首をかしげた。

「とにかくだ、誤解を解かないと俺はヤクザたちに袋叩きにされるか、騒ぎが広まって警察に捕まるか、同業と勘違いされてチンピラに襲われるかの、嫌な選択肢が待ってるわけだ」

 情報を頭で整理するに森川八重、千代田組の組長の娘を誘拐するのは誰だ選手権が行われてるようだ。
 それぞれのゴールが、誘拐して千代田組を脅して要求するのか、はたまたそうしようとするものに売り渡すのか、単なるお祭り便乗イカれ野郎かはわからないが、昨晩からの襲撃の数から言ってもうすでに結構な範囲で選手権は周知されてるようだ。
 勝の日頃の行いと、八重のやってるかもしれない無謀、その二つへの報いが来てるという下手な解釈が状況の理解を随分と遅らせてしまった。
 そして、もう一つ。
 夜通し街を走っていた二人の判断力は少しばかり鈍っていた。

 赤いジャケットの男はすっかり周知の情報であり、千代田組はそれを頼りに街を捜索してきたのである。
 八重が電信柱の影に身を潜めようとも、勝が大っぴらな場所で立っていたならば意味がない。
 マンションの入り口に立つ千代田組の三人は、監視カメラの動きのように首を横にゆっくりと動かし辺りを見回すと電信柱に向かって喋る赤いジャケットの男を見つけてしまった。

「いたぞ、赤いジャケットの男だ! 」

「しまった!?」

「勝、逃げて! 私、事情を説明してみるから」

「わかっ──」

 三人の厳つい男が走ってくる。
 八重が組員に話を通したなら勝への誤解が解けて、八重は保護されてこの誘拐争奪戦はおしまいだ。
 そう思い始めた瞬間だった。

「娘もいるはずだ、必ず捕まえろ!!」

 その台詞の違和感は強烈だった。

「森川、お前、あの三人の顔に見覚えは? なんで千代田組の組員だとわかった?」

「え? 顔は見たこと無いけど、でもほら襟元に紋章つけてるでしょ、千代田ってかかれてる金バッジ」

 八重の答えを聞いて、勝は八重の手を掴んで走り出した。

「はぁ? なんで私まで逃げんの? 事情を説明して来るって!」

「違う、アイツら偽物だ! ヤクザから服奪ったどっかのチンピラだ!! 俺じゃなくてお前を狙ってんだよ!!!」

 暴対法が厳しくなりつつある世の中で、治安が悪い羽音町なれどこれ見よがしに代紋を付けて歩き回るようなことはヤクザならしないだろう。
 威厳を振りかざすどころか肩身の狭い思いをするだけだ。
 追いかけてくる男たちが見せびらかすのは組の看板ではなくて、戦利品ということだ。
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