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Op
.2 首筋の痣
しおりを挟むヒーロー・チェーン。
テレビの特撮ヒーローを、チェーンメールにしたようなもの。
選ばれた人間が、心から愛している人をモンスターから守るために変身しなければならないというもの。
そして、それが不規則に無秩序に他人に受け継がれていくという都市伝説。
彼女は、そう簡単に説明した。
別段、怖い話ではない。
なんなら、子供心に憧れていたヒーローになるチャンスが突然訪れるだけの話だ。
気になる部分は多々あるが、あまりに突飛すぎて質問する気も失せる。
よくこんなのが女子高生に流行るもんだな。
都市伝説としては結構平和な部類に入るんじゃないだろうか。
「平和じゃないよ、ちっとも。こういうのって中途半端だと流行らないんだよ、知ってた?」
そうだろうな、と僕は頷いた。
ということは、倒すべきモンスターが凶悪で、最愛の人を守りきることがほとんど不可能……そんな類の話なのだろうか?
都市伝説に“モンスター”なんて単語が絡んでくるのがなんとも今のゲーム世代らしい。
お化けも、妖怪も、怪人も。
そんな言葉は古くさいからな。
そのうち、モンスターって言葉も古くさいと思ってしまうんだろうか。
「ヒーローに変身したらその人は戦い終わったら死んじゃうんだって」
だからチェーンメールみたいなもんなんだよ、と彼女は続けた。
送られてきた時点で、不幸を運ぶもの。
それがチェーンメール。
順番が回ってきた時点で生死の天秤にかけられるヒーロー・チェーン。
もちろんヒーローに変身しなければ、最愛の人はモンスターに殺されてしまう。
モンスターは標的を殺した時点で消えていくらしいので、見殺しにして自分が助かるという選択肢が生まれる。
「最愛の人、ってやっぱり自分の命とだったら天秤にかけちゃうのかな」
どう思う?、と彼女に問われ、僕は首を横に振った。
女子高生に受ける都市伝説ってのは、思ってたよりも救いが無い。
信じないタイプと聞かれ頷いて正解だった。
僕はこんな話を信じたくはない。
僕は彼女を見てるのも辛くなって、視線を時計にやった。
休憩時間が過ぎている。
「ヤバい、戻らないと」
彼女は慌てて立ち上がり、手に持った空き缶をゴミ箱に入れる。
僕も残ったコーヒーを飲みほして、続いてゴミ箱に入れる。
最後に休憩室のドアを開けて部屋を出ようとした彼女は、振り返りこう言った。
「あ、そうだ、ヒーローになる人にはね……」
仕事が終わって家に帰る。
高校を卒業してそのまま今の会社に入社して、二十歳になって一人暮らしを始めた。
部屋は、僕が朝出ていったそのままで真っ暗だ。
玄関の壁のスイッチを押し、照明をつける。
家賃の安いアパートの狭い部屋だ、数歩歩くとリビング。
首を締めつけるネクタイを外して上着を脱ぎ捨て、ほとんどベッド代わりのソファーに倒れ込むように座った。
小さな部屋。
ただ、それだけの空間。
入社四年目。
システムエンジニアという肩書きを持っていて、工場用の機械の設計をしている。
日々を納期と苦情との戦いで消化していく。
家賃と生活費を支払えば余裕がなくなる程度の安い給料で、早朝から深夜まで働かされる。
体重は入社当時から大分と減って、入社当時に買った背広がぶかぶかで着られなくなってしまった。
玄関の電灯と、カーテンを開けたままの窓から差す月明かりで意外と明るいものだと思い、僕は部屋の電灯をつけずにいた。
薄暗い部屋はわりと好きだ、考え事がスムーズにできる。
これが真っ暗だと暗闇に飲み込まれそうで不安で堪らなく考えを整理できないし、明るいと散漫としてこれもまとまらない。
休憩室での彼女との会話を思い出す。
ヒーロー・チェーン。
ヒーローになって最愛の人を守るという都市伝説。
ヒーローになった者は死に、しかしヒーローにならなかったら最愛の人は殺される救いが無い話。
ソファーに崩れた身体を起こす。
月明かりに照らされて、鏡の様にテレビに僕がくっきりと映っている。
外に出ることが少なくなったせいで、色白になった肌。
その顔にはっきりと見える目の下のクマ。
伸ばしっぱなしの髪。
生気の無いその僕はまるで、不審者のようだ。
髪は大分伸びていて後ろでくくれそうだった。
晩飯にと買ってきた弁当屋の袋を漁る。
弁当から輪ゴムを取り髪を後ろで束ねる。
首の右側に、黒く細長い痣が浮かんでいた。
彼女は言っていた。
「あ、そうだ。ヒーローになる人にはね、痣ができるんだって。首に、火傷の痕みたいな」
数日前に突然できた痣。
痛みも記憶もない、突然できた痣。
僕はそれを指でなぞった。
仄かに、冷たかった。
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