運動部の私と文化部の彼女が、放課後の教室で見つけた“特別”な関係

清泪─せいな

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羽ばたくとき

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 冷たい風がグラウンドを駆け抜ける冬の放課後。
 女子バドミントン部のキャプテンである田中美咲たなか みさきは、シャトルの軌跡を目で追いながら、一瞬だけ手を止めた。
 コートの端で仲間たちが次の試合に向けた練習をしている中、美咲は不意に視線を校舎の窓に向ける。
 そこには、文化部の活動をしている生徒たちが見える教室があった。

 その窓際にいたのが、小説研究部の部員である佐々木凛ささき りんだった。
 美咲は彼女のことを知っていた。
 校内では『文芸の天才』と囁かれる凛は、儚げな美しさと落ち着いた雰囲気をまとっており、バドミントン一筋の美咲とは正反対の存在だ。
 華奢な体を椅子に預け、ノートにペンを走らせる姿。
 その透明感ある横顔に、美咲は目を奪われていた。
 窓越しにふと目が合うと、凛が小さく微笑む。
 その微笑みは、美咲の胸は不思議な高揚感に包み、グラウンドの寒さすら忘れさせるほどだった。

「まーたじっと見てるね、美咲」

 隣で練習していた部員が苦笑いを浮かべながら肩を叩いた。

「な、何が?」

「佐々木さんでしょ? 最近ずっと視線そっちじゃん。気になってるんでしょ?」

「そんなんじゃないし!」

 思わず声を張り上げたものの、赤くなる頬を隠しきれない。
 部員たちはからかうような笑みを浮かべながら、それ以上追及することはなかった。

 放課後、小説研究部の活動が終わった凛は一人、校庭を歩いていた。
 今日は気分転換にいつもとは違う道を通って帰ろうと思ったのだ。
 すると、ふとした拍子にバドミントン部の練習が視界に入る。
 シャトルが宙を舞い、美咲がそれを鋭いスマッシュで返す光景に目を奪われた。

「綺麗……」

 思わず呟いていた。
 その瞬間、彼女の視線に気づいた美咲が、シャトルを拾い上げながらこちらに向かって歩いてくる。
 凛の胸は鼓動を速めた。

「佐々木さん、だよね?」

「え、あ……はい。田中さん……」

「え、私の名前知ってたんだ!」

 驚いたように目を輝かせる美咲に、凛は微笑む。

「校内で有名だもの。バドミントン部のエースって」

「そっか……ありがとう。でも、佐々木さんこそ小説研究部で有名だよ。文学賞とか取ったことあるんでしょ?」

「まぁ、少しだけ」

 照れたように頬を紅潮させる凛を見て、美咲はなぜか安心した。
 華やかな才能を持つ凛も、自分と同じように照れるんだ――そう思うと、距離が少し縮まった気がした。

「ねえ、帰り道って一緒?」

「え?」

「良かったら、途中まで話さない?」

 突然の誘いに凛は驚きつつも、頷いた。

 二人は校門を出て、夕焼けに染まる道を並んで歩いた。
 最初はぎこちなかったが、話題が小説や趣味のことに移ると、自然と会話が弾んだ。

「羽、か……」

 ふと凛が呟いたのは、美咲が部活の話をしたときだった。

「バドミントンの羽根、私好きだな。飛んでる様子が、なんだか自由で……」

「自由、かぁ」

 美咲はシャトルを打つときの感覚を思い浮かべた。
 軽やかで、けれど力強い。
 自由に羽ばたく鳥のような気持ちを持つ一方で、試合のプレッシャーや責任に縛られる自分もいる。

「でも、佐々木さんの小説だって羽みたいだよね」

「え?」

「なんていうか、読んでるとどこか遠くに連れて行かれる感じがする。私、実は賞を取った作品読んだんだよ」

「本当に?」

 凛の目が見開かれる。
 その瞬間、彼女の中で何かが変わった。
 美咲が自分を理解してくれている――そう感じたのだ。

 夕焼けに染まる道を並んで歩く二人。
 会話はぎこちないけれど、時折笑い声が漏れる。
 ふとした瞬間、美咲が足を止め、真剣な表情で凛を見つめた。

「佐々木さん、手……繋いでみたいんだけど、いい?」

「えっ?」

 驚きながらも、美咲の真剣な瞳に凛は自然と頷いていた。
 美咲の温かい手が自分の手を包む瞬間、凛の胸の奥がじんわりと熱くなる。

「……美咲ちゃん、手、あったかいね」

「佐々木さんの手、すごく柔らかい」

 凛は美咲の言葉に照れながらも、嬉しさを隠せなかった。
 そのまま二人は手を繋いで歩き続けた。

 数日後、美咲は凛を体育館に呼び出した。
 誰もいないバドミントンコート。
 凛が戸惑いながらも中に入ると、美咲がシャトルを持って待っていた。

「佐々木さんにもバドミントンやってみてほしいんだ」

「私、運動苦手だよ?」

「大丈夫。私がちゃんと教えるから」

 美咲は凛の後ろに回り込み、ラケットの持ち方を教えるように手を重ねる。
 その瞬間、凛の耳元で美咲の声が聞こえた。

「こうやって持つと打ちやすいよ……ほら、力を抜いて」

 美咲の温かい体温が背中に伝わり、凛は思わず顔を赤くする。

「美咲ちゃん、近い……」

「えっ、ごめん!」

 慌てて距離を取る美咲だったが、凛はふっと笑った。

「……でも、嬉しかった」

 その言葉に美咲も赤くなりながら、凛を見つめた。

「佐々木さん、私……」

 言葉を紡ぎきれない美咲に、凛がそっと手を伸ばし、美咲の頬に触れる。
 そして、自然に二人の顔が近づき、凛の唇が美咲の額に触れた。

「これ、今の気持ちの……お礼」

 凛の言葉に、美咲は胸が熱くなるのを感じた。

 それから二人は放課後のたびに話すようになった。
 体育館の片隅で、凛が美咲に小説の話をする。
 グラウンドの端で、美咲が凛にシャトルの軌跡を教える。
 お互いに違う世界を持つ二人が、少しずつ交わっていく。

 ある日のこと、美咲は凛に一冊のノートを差し出した。

「これ、何?」

「私が考えたストーリーのアイデア。あんまり得意じゃないけど、羽をテーマにしたの」

「……読んでいい?」

 凛がページを開くと、そこにはバドミントンの試合を通じて成長する少女の物語が書かれていた。
 拙い文字で綴られていたが、その一つひとつに美咲の思いが込められている。

「すごい……美咲ちゃん、こんなに素敵なこと考えられるんだ」

「へ、下手くそだって笑うと思ったのに」

「笑うわけない。これ、私に書かせてくれない?」

「え?」

「私が小説にする。二人で一つの作品を作ろう?」

 美咲は驚きながらも、凛の真剣な瞳に頷いた。
 二人で一つの作品、その言葉が二人の仲をより深く繋ぎとめていく。

 数日後、文化祭の準備を終えた美咲と凛は、誰もいない教室で一息ついていた。
 窓の外には雪がちらつき始め、二人だけの静かな空間が広がっている。

「今日は疲れたね……」

 凛がポツリと呟き、美咲の隣に腰を下ろした。
 肩と肩がわずかに触れ合い、その温かさに美咲は自分の鼓動が速くなるのを感じた。

「……佐々木さんって、普段こんな風にリラックスしてるんだね」

「そうかな? 美咲ちゃんが隣にいるから、かもしれない」

 その言葉に美咲は思わず凛の顔を見る。
 穏やかな微笑みを浮かべる凛の表情は柔らかく、夜の薄明かりに照らされてどこか幻想的だった。

「……綺麗だな」

 美咲の口から思わず零れた言葉に、凛が少し驚いたように目を見開いた。

「え……?」

「いや、なんでも……」

 慌てて言葉を飲み込む美咲。
 しかし凛は微笑んだまま、美咲の頬にそっと手を伸ばす。
 その指先が触れた瞬間、美咲の全身がビクッと震えた。

「嘘はつかないで。美咲ちゃんの目、ずっと私を見てる……」

 静かな声でそう囁くと、凛の顔が少しずつ近づいてくる。
 美咲は目を閉じることもできず、ただその瞳に吸い込まれるようにじっと見つめ返した。
 そして、凛の唇がほんの一瞬、美咲の唇に触れた。

 触れたのは一瞬のはずだった。
 けれど、美咲が息を吸い込むよりも早く、凛の指が美咲の首筋にそっと滑り、距離が再び縮まる。

「……ダメ?」

 囁くような凛の声に、美咲は言葉を失った。
 ただ首を横に振り、静かに目を閉じる。
 それを合図にしたかのように、凛の唇が再び美咲を包む。
 今度は少しだけ深く。

 美咲は、自分の心臓の鼓動が耳鳴りのように響くのを感じた。
 首筋に触れる凛の指が滑らかに動き、腕へと伝う。
 その感触に、全身がじんわりと熱を帯びていく。

 二人の間に漂う静寂の中、雪の音だけが微かに聞こえる。

「……美咲ちゃん、温かい」

「佐々木さんだって……」

 繋がれた手の指先が、凛の背中へと滑り込む。
 その瞬間、二人の距離がさらに近づいた。
 肩と肩が、胸と胸が触れ合い、どちらからともなく小さな吐息が漏れる。

「……ねえ、もう少しだけ、このままでいていい?」

 凛がそう囁いたとき、美咲は言葉ではなく、静かに頭を頷かせた。
 そして、二人は再び深く唇を重ね、時間が止まったかのような夜の中に溶けていった。


 卒業式の日、二人の合作小説は校内文芸コンテストで最優秀賞を取った。
 羽ばたく鳥のように自由な美咲と、言葉で世界を広げる凛。
 違う空を飛ぶ二人は、いつしか同じ風を感じていた。

「ねえ、美咲ちゃん」

「ん?」

「これからも、ずっと一緒に羽ばたいていこうね」

「……もちろん!」

 校門を出て、二人は光の射す道を歩き出した。
 その背中には、見えない羽が確かに広がっていた。
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