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本編
第1話 婚約破棄を言い渡され、追放されました。
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聖女の勤め——治癒や悪魔払い——を聖堂で行っていた聖女ミーナ。
一日の仕事が終わった彼女に対し、婚約相手のコリン伯爵が声を掛ける。
「ミーナ。君は私が知らないところで悪辣なイタズラやイジメをしていたんだね。カミラから全て聞いたぞ」
コリン伯爵の傍らに、小柄な少女が涙を浮かべて寄り添っていた。
身につけている赤いドレスは妙に立派なもので、金銀に輝く派手なアクセサリーをいくつも身につけている。
「コリン様、ミーナ様に私は散々いびられたのです。先日などは、暴漢に私を襲わせようと企てて……」
カミラの発言は、全て嘘であり聖女ミーナにとって濡れ衣だ。
喉元まで、身の潔白を訴える言葉がせりあがって来る。
最近、やけにコリン伯爵とカミラが一緒に聖堂にやってくることが多いと、聖女ミーナは思っていた。
この二人が人目をはばかるような仲になっていようとは……聖女ミーナは婚約相手をキッと見据えた。
「まったく、身に覚えはありません」
「ふん、盗っ人猛々しいとはこのことか。カミラ……大変だったね。私は味方だ。もう大丈夫だよ」
「ああ……コリン。早くこの女を私の聖堂から追い出して!」
芝居かかったカミラの白々しい言葉。
にもかかわらず、うっとりとしたコリン伯爵が、ああ、わかったと頷いた。
カミラの瞳が妖艶な光を放っている。
コリン伯爵の様子に聖女ミーナは愕然とした。
そもそも、この聖堂は私のために作られたものだ。
いつからカミラのものになったのか……。
「傷物のお前を拾ってやったうえ、身寄りがなくなったというからお前の専用の聖堂まで用意したというのに……婚約破棄だ。今すぐ、ここから出て行け!」
「そんな……」
確かに聖女ミーナは、傷物と言われても仕方が無かった。
幼い頃、王子との婚約が決まっていたが、それを一方的に破棄されていたのだ。
これを、と、カミラが剣を伯爵に差し出す。
コリン伯爵は受け取り、その切っ先を聖女ミーナの首元に当てる。
「ほら……どうした?」
彼の見たことがない暴力的な行動に、聖女ミーナは戦慄する。
今まで、コリン伯爵の様々な要求に聖女ミーナは応えてきた。
自分の気持ちを抑えて従ってきたのに、その仕打ちがこれか……。
聖女ミーナは、慣れない抵抗を始める。
「彼女の言っていることは全て嘘です……婚約相手の私より、カミラ様のことを信じるのですか?」
勇気を振り絞って言った。しかし……。
「公爵令嬢とあろう者が……先日街に出かけたのは、カミラを陥れる算段をつけるためだったのだろう?」
「カミラは、身寄りが無かったので、お前と同じように引き取ったのに……。この悪魔め! 本当の聖女はカミラこそ相応しい」
ああ……これはダメだ。コリン伯爵の顔を見て聖女ミーナは確信する。
どんな言葉も聞くつもりはない、と表明するような真っ黒な瞳。
その横にいるカミラが、金色に輝く瞳でコリン伯爵を見つめていた。
口元に、歪んだ笑みを浮かべて。
「出ていくのが嫌なら、そうだな……妾としてなら置いてやらんでもないが……許しを請えば、受け入れる余地はあるぞ? 今すぐにでも抱いてやろう。どうする?」
渋々でも、妾という立場を受け入れるとコリン伯爵は思っていた。
こんな状況なら、刃向かったりせず従うだろうと。
清楚な初物の聖女ミーナをこれでやっと抱ける……。
今まで抑えていた感情が、枷をはずされたようにコリン伯爵の中に渦巻いた。
さらに突き出された剣の切っ先。
剣の先端が聖女ミーナの首元の碧い宝石に触れ、カチリと音を立てる。
刹那——。
聖女ミーナの全身の毛が逆立ち、彼女の心中に炎が燃え上がる。
その正体は、彼女が今までに感じたことのない強い怒りだ。
「そう……分かった。分かったわ!」
腸が煮えくりかえるのを強い精神力で押さえ、聖女ミーナは低い声で唸るように言葉を放つ。
散々に罵られ、その上で許しを請うなどあんまりではないか。
彼女は初めて——仕方ないと頷くだけの人生に疑問を持つ。
聖堂の外は深い闇に覆われている。
でも、どんな結果になろうとも、ここに留まるよりマシだと聖女ミーナは思う。
聖堂の玄関から飛び出すと、日が暮れ真っ暗になっていた。
星や月は不吉な黒雲に姿を隠し、冷たい雨がしとしとと降っている。
「……行こう」
婚約破棄と追放を言い渡された聖女は、目を閉じ、降りしきる雨の中に飛び込んだのだった。
一日の仕事が終わった彼女に対し、婚約相手のコリン伯爵が声を掛ける。
「ミーナ。君は私が知らないところで悪辣なイタズラやイジメをしていたんだね。カミラから全て聞いたぞ」
コリン伯爵の傍らに、小柄な少女が涙を浮かべて寄り添っていた。
身につけている赤いドレスは妙に立派なもので、金銀に輝く派手なアクセサリーをいくつも身につけている。
「コリン様、ミーナ様に私は散々いびられたのです。先日などは、暴漢に私を襲わせようと企てて……」
カミラの発言は、全て嘘であり聖女ミーナにとって濡れ衣だ。
喉元まで、身の潔白を訴える言葉がせりあがって来る。
最近、やけにコリン伯爵とカミラが一緒に聖堂にやってくることが多いと、聖女ミーナは思っていた。
この二人が人目をはばかるような仲になっていようとは……聖女ミーナは婚約相手をキッと見据えた。
「まったく、身に覚えはありません」
「ふん、盗っ人猛々しいとはこのことか。カミラ……大変だったね。私は味方だ。もう大丈夫だよ」
「ああ……コリン。早くこの女を私の聖堂から追い出して!」
芝居かかったカミラの白々しい言葉。
にもかかわらず、うっとりとしたコリン伯爵が、ああ、わかったと頷いた。
カミラの瞳が妖艶な光を放っている。
コリン伯爵の様子に聖女ミーナは愕然とした。
そもそも、この聖堂は私のために作られたものだ。
いつからカミラのものになったのか……。
「傷物のお前を拾ってやったうえ、身寄りがなくなったというからお前の専用の聖堂まで用意したというのに……婚約破棄だ。今すぐ、ここから出て行け!」
「そんな……」
確かに聖女ミーナは、傷物と言われても仕方が無かった。
幼い頃、王子との婚約が決まっていたが、それを一方的に破棄されていたのだ。
これを、と、カミラが剣を伯爵に差し出す。
コリン伯爵は受け取り、その切っ先を聖女ミーナの首元に当てる。
「ほら……どうした?」
彼の見たことがない暴力的な行動に、聖女ミーナは戦慄する。
今まで、コリン伯爵の様々な要求に聖女ミーナは応えてきた。
自分の気持ちを抑えて従ってきたのに、その仕打ちがこれか……。
聖女ミーナは、慣れない抵抗を始める。
「彼女の言っていることは全て嘘です……婚約相手の私より、カミラ様のことを信じるのですか?」
勇気を振り絞って言った。しかし……。
「公爵令嬢とあろう者が……先日街に出かけたのは、カミラを陥れる算段をつけるためだったのだろう?」
「カミラは、身寄りが無かったので、お前と同じように引き取ったのに……。この悪魔め! 本当の聖女はカミラこそ相応しい」
ああ……これはダメだ。コリン伯爵の顔を見て聖女ミーナは確信する。
どんな言葉も聞くつもりはない、と表明するような真っ黒な瞳。
その横にいるカミラが、金色に輝く瞳でコリン伯爵を見つめていた。
口元に、歪んだ笑みを浮かべて。
「出ていくのが嫌なら、そうだな……妾としてなら置いてやらんでもないが……許しを請えば、受け入れる余地はあるぞ? 今すぐにでも抱いてやろう。どうする?」
渋々でも、妾という立場を受け入れるとコリン伯爵は思っていた。
こんな状況なら、刃向かったりせず従うだろうと。
清楚な初物の聖女ミーナをこれでやっと抱ける……。
今まで抑えていた感情が、枷をはずされたようにコリン伯爵の中に渦巻いた。
さらに突き出された剣の切っ先。
剣の先端が聖女ミーナの首元の碧い宝石に触れ、カチリと音を立てる。
刹那——。
聖女ミーナの全身の毛が逆立ち、彼女の心中に炎が燃え上がる。
その正体は、彼女が今までに感じたことのない強い怒りだ。
「そう……分かった。分かったわ!」
腸が煮えくりかえるのを強い精神力で押さえ、聖女ミーナは低い声で唸るように言葉を放つ。
散々に罵られ、その上で許しを請うなどあんまりではないか。
彼女は初めて——仕方ないと頷くだけの人生に疑問を持つ。
聖堂の外は深い闇に覆われている。
でも、どんな結果になろうとも、ここに留まるよりマシだと聖女ミーナは思う。
聖堂の玄関から飛び出すと、日が暮れ真っ暗になっていた。
星や月は不吉な黒雲に姿を隠し、冷たい雨がしとしとと降っている。
「……行こう」
婚約破棄と追放を言い渡された聖女は、目を閉じ、降りしきる雨の中に飛び込んだのだった。
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