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episode2:R.A.T.s期待の新人リガー、その名は!
第8話 自警団生活一日目 ①
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特に夢を見ることもなく、フラットな目覚め。
眠い目をこすりながらトイレに立とうとして、そこが畳敷きのアパートの部屋でなく、木材に似せた外観の壁紙を貼った、見慣れない部屋だと気づく。
おまけに足元はベッドのヘリから一気に四十センチばかりも落ち込んでいて、すんでの所で足を踏み外しかけた。
「くっそ、危ねえ!」
そうだ、もうここは日本の首都圏ではなく、未来のどこか場所もはっきりしない半地下都市の一隅なのだった。落ち着いて足をベッドの外へ振り出し、スニーカーを探り当てる。今日からは、ここの自警団――R.A.T.sの一員としての生活が始まるのだ。
「おはようございます、おじさん」
ダイニングからニコルが顔を覗かせた。栗色の綺麗な髪がまぶしい。彼女は俺が成り行きで巨大ロボットの襲撃から守ったあげく同居する羽目になった、出自の不明な十代入り口の少女だ。
「よぅ。昨夜は眠れたか?」
「はい、今まで生きてきて、一番気持ちよく眠れたかもです」
「そりゃあ良かった」
前にいたどこかの訳の分からん施設では、三段くらいの寝棚の並んだ兵舎のような場所で寝ていたらしい。毛布はせいぜい一枚かそこら。
それがここでは二枚の毛布と少し古ぼけてはいるがふかふかした掛布団付き。かえって体調を崩さないか、少し心配する。
「食べ物が届いたんで、温めておきました」
「ありがとう。気が利くな」
トレイの上には短く刻んだスパゲティのような麺を煮たか蒸したかした、ターメリックライスのまがい物のような黄色いものと、昨日も食ったキューブ状の肉っぽい謎の塊。それにこっちは天然物の、野菜スープが添えられている。スパイスの類が希少と見えて、今一つパンチの効かない味だが――栄養は申し分なさそうだ。
「美味しいです……」
昨日も出された食事パックをもりもり平らげていたし、ニコルは俺よりも食い物の味の基準が緩いようだった。ともあれ、ここでは最低限この程度の食事は配給してくれるということらしい。それに、野菜が食えるというのはこの街が他所より恵まれている点だ。
(まあ、もう少し美味いものを食おうと思ったら……稼がなきゃならんのだろうな)
昨日出会ったロボ持ち傭兵のレダ・ハーケンの姿がまぶたに浮かぶ。言葉遣いはぞんざいで柄が悪いが、彼女が見せたニコルへの気遣いや包容力、聞きだした話から裏の事情まで思いめぐらす頭脳の冴えは、なるほどその道のプロだと感じられるものだった。
一足飛びにあんな風にはなれない。まずは今度の職場に慣れて――
俺は視線を落として自分の腹回りを見つめた。肥満、というほどではないが特にスポーツをたしなむわけでもなし、年相応に見苦しくたるんでいる。
(よし、少し鍛えよう)
レダもここの自警団から、腕を磨き資格を認められてあの境遇にたどり着いたらしい。俺の目標はラーメンではあるが、仄めかされたような逢瀬の機会があった時に裸身を蔑まれないようにしたい、と思うのは、卑しい想いではないはずだ。
食事を終えると俺は辛うじて覚えていたラジオ体操で体をほぐし、ニコルに留守を頼んで自警団の詰め所へ向かった――せいぜい歩いて二分程度の距離なのだが。
「新人を紹介するぞ。昨日の襲撃で殉職したサクラギに代わって、今日からこのサルワタリが隊に加わることになった」
整列した十人ほどの隊員を前に、トマツリが俺を紹介してくれた。
「み、ミキオ・サルワタリです。よろしくお願いします」
――えらく年食ったおっさんだな。
――足手まといになるなよ。
何人かが陽気なトーンでそんなヤジを飛ばす。
「お前ら、侮ると足元をすくわれるぞ。彼はいろいろあったショックで記憶がはっきりしないみたいなんだが、既にランベルト一機を撃墜の実績もちだ。それもメットなしの予備システムでな」
――マジか。
――俺、使ったことねえぞアレ。
そんな声がざわざわと飛び交い、トマツリはぱしぱしと手を叩いて彼らを静まらせた。
「まだまぐれの部類だが、このサルワタリは間違いなく『持ってる』男だ。本物の凄腕になってくれればみんなも助かるだろう、惜しまず色々教えてやってくれ!」
「よし、おっさん、こっちに来いよ! メットの使い方レクチャーすっから」
一人の隊員が手を挙げて俺を呼ぶ。俺はぺこりと朴訥な風に頭を下げ、男の方に歩み寄った。
「どうぞ、お手柔らかに」
「おう、俺はゴードン・マンセルだ。ゴードンでいい。あんたは……ミックでいいか? それとも……サリーと呼ぼうか」
予想もしないあだ名をつけられそうな気配に、俺のかぶっていた猫は背中の毛を逆立ててどこかへ走り去った。
「さ、サリーはちょっとな……ミックって柄でもない気がするんだが、サルワタリじゃあ、呼びにくいか?」
「うん、呼びにくい。サクラギはまだ四文字で、辛うじて許容範囲だった」
よく分からん基準だ。四文字も五文字もほどの違いはあるまいに。
「そういえば、宿舎にちっちゃな女の子を同居させてるって?」
こめかみのあたりがキリキリ痛む気がした。いくら何でも耳が早すぎる。
「誰から聞いたんだ」
「トマツリから聞いたよ。というわけであんたのニックネームだが。どうだ、『ロリコン』で手を打たないか?」
ふざけんな。よりにもよってそれはなんぼなんでもあり得ない。ショックと危機感のあまり、俺はその瞬間に思い浮かべたろくでもない単語を口にしていた。
「……せめて『とんこつ』とかにしてくれ」
「じゃ、それで」
「あっさり!?」
そんなわけで俺のニックネームは「トンコツ」になってしまった。
TACネームも同じでがっくり来るが、ロリコンよりはましだ。肝心のヘルメットの方だが、こちらはごく順調に進み、おおよそ三時間ほどでほとんどの機能を頭に入れられた。
眠い目をこすりながらトイレに立とうとして、そこが畳敷きのアパートの部屋でなく、木材に似せた外観の壁紙を貼った、見慣れない部屋だと気づく。
おまけに足元はベッドのヘリから一気に四十センチばかりも落ち込んでいて、すんでの所で足を踏み外しかけた。
「くっそ、危ねえ!」
そうだ、もうここは日本の首都圏ではなく、未来のどこか場所もはっきりしない半地下都市の一隅なのだった。落ち着いて足をベッドの外へ振り出し、スニーカーを探り当てる。今日からは、ここの自警団――R.A.T.sの一員としての生活が始まるのだ。
「おはようございます、おじさん」
ダイニングからニコルが顔を覗かせた。栗色の綺麗な髪がまぶしい。彼女は俺が成り行きで巨大ロボットの襲撃から守ったあげく同居する羽目になった、出自の不明な十代入り口の少女だ。
「よぅ。昨夜は眠れたか?」
「はい、今まで生きてきて、一番気持ちよく眠れたかもです」
「そりゃあ良かった」
前にいたどこかの訳の分からん施設では、三段くらいの寝棚の並んだ兵舎のような場所で寝ていたらしい。毛布はせいぜい一枚かそこら。
それがここでは二枚の毛布と少し古ぼけてはいるがふかふかした掛布団付き。かえって体調を崩さないか、少し心配する。
「食べ物が届いたんで、温めておきました」
「ありがとう。気が利くな」
トレイの上には短く刻んだスパゲティのような麺を煮たか蒸したかした、ターメリックライスのまがい物のような黄色いものと、昨日も食ったキューブ状の肉っぽい謎の塊。それにこっちは天然物の、野菜スープが添えられている。スパイスの類が希少と見えて、今一つパンチの効かない味だが――栄養は申し分なさそうだ。
「美味しいです……」
昨日も出された食事パックをもりもり平らげていたし、ニコルは俺よりも食い物の味の基準が緩いようだった。ともあれ、ここでは最低限この程度の食事は配給してくれるということらしい。それに、野菜が食えるというのはこの街が他所より恵まれている点だ。
(まあ、もう少し美味いものを食おうと思ったら……稼がなきゃならんのだろうな)
昨日出会ったロボ持ち傭兵のレダ・ハーケンの姿がまぶたに浮かぶ。言葉遣いはぞんざいで柄が悪いが、彼女が見せたニコルへの気遣いや包容力、聞きだした話から裏の事情まで思いめぐらす頭脳の冴えは、なるほどその道のプロだと感じられるものだった。
一足飛びにあんな風にはなれない。まずは今度の職場に慣れて――
俺は視線を落として自分の腹回りを見つめた。肥満、というほどではないが特にスポーツをたしなむわけでもなし、年相応に見苦しくたるんでいる。
(よし、少し鍛えよう)
レダもここの自警団から、腕を磨き資格を認められてあの境遇にたどり着いたらしい。俺の目標はラーメンではあるが、仄めかされたような逢瀬の機会があった時に裸身を蔑まれないようにしたい、と思うのは、卑しい想いではないはずだ。
食事を終えると俺は辛うじて覚えていたラジオ体操で体をほぐし、ニコルに留守を頼んで自警団の詰め所へ向かった――せいぜい歩いて二分程度の距離なのだが。
「新人を紹介するぞ。昨日の襲撃で殉職したサクラギに代わって、今日からこのサルワタリが隊に加わることになった」
整列した十人ほどの隊員を前に、トマツリが俺を紹介してくれた。
「み、ミキオ・サルワタリです。よろしくお願いします」
――えらく年食ったおっさんだな。
――足手まといになるなよ。
何人かが陽気なトーンでそんなヤジを飛ばす。
「お前ら、侮ると足元をすくわれるぞ。彼はいろいろあったショックで記憶がはっきりしないみたいなんだが、既にランベルト一機を撃墜の実績もちだ。それもメットなしの予備システムでな」
――マジか。
――俺、使ったことねえぞアレ。
そんな声がざわざわと飛び交い、トマツリはぱしぱしと手を叩いて彼らを静まらせた。
「まだまぐれの部類だが、このサルワタリは間違いなく『持ってる』男だ。本物の凄腕になってくれればみんなも助かるだろう、惜しまず色々教えてやってくれ!」
「よし、おっさん、こっちに来いよ! メットの使い方レクチャーすっから」
一人の隊員が手を挙げて俺を呼ぶ。俺はぺこりと朴訥な風に頭を下げ、男の方に歩み寄った。
「どうぞ、お手柔らかに」
「おう、俺はゴードン・マンセルだ。ゴードンでいい。あんたは……ミックでいいか? それとも……サリーと呼ぼうか」
予想もしないあだ名をつけられそうな気配に、俺のかぶっていた猫は背中の毛を逆立ててどこかへ走り去った。
「さ、サリーはちょっとな……ミックって柄でもない気がするんだが、サルワタリじゃあ、呼びにくいか?」
「うん、呼びにくい。サクラギはまだ四文字で、辛うじて許容範囲だった」
よく分からん基準だ。四文字も五文字もほどの違いはあるまいに。
「そういえば、宿舎にちっちゃな女の子を同居させてるって?」
こめかみのあたりがキリキリ痛む気がした。いくら何でも耳が早すぎる。
「誰から聞いたんだ」
「トマツリから聞いたよ。というわけであんたのニックネームだが。どうだ、『ロリコン』で手を打たないか?」
ふざけんな。よりにもよってそれはなんぼなんでもあり得ない。ショックと危機感のあまり、俺はその瞬間に思い浮かべたろくでもない単語を口にしていた。
「……せめて『とんこつ』とかにしてくれ」
「じゃ、それで」
「あっさり!?」
そんなわけで俺のニックネームは「トンコツ」になってしまった。
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