神滅の翼カイルダイン

冴吹稔

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tutrial:来たりて、また還らず

遭遇

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 パニックは思いのほか早く収まった。空腹と喉の渇き――生理的欲求が哲学的な疑問を圧倒した。そういうことだ。

 背負子の皮バッグをあさると、穀物の粉を練って蒸し固めた団子状のものが六個ほどと、干し肉。それにでこぼこした殻に覆われた果物らしきものがあった。
 皮袋の中身は想像通り、水だった。皮の匂いが移ってしまっているが、飲めないことはない。俺は注意深くそれらに口を付けた。
 団子にどれほどのカロリーがあるかが判別できないので、まずは一個。黒砂糖に近い甘さともっちりした植物性たんぱく質の歯ごたえ。

「うん、こいつはかなり高カロリーだな」

 うなずきながらゆっくり噛んで味わう。恐らく、これはある程度の距離を旅する際に持ち歩く携行食料なのだろう。慌てて一気に食べるようなことをしなくて賢明だった。

「ルーン・ダイアスパー」で最初のログイン直後、インベントリに入れられていた、わずかな飲み薬ポーションと装備品を思い出す。ゲームなら初期配布品を後生大事に持っていることにあまりメリットはない。だがこの世界の様相がはっきりつかめないうちは、これらの食糧や水は大切に扱ったほうがよさそうだ。

「これはつまり、チュートリアル、といったところかな」

 自嘲の笑いが漏れる。

 見た限り皮バッグは粗末で不揃いな手縫い製品だった。つまり、ここは皮革用ミシンが存在しないか普及していない程度には原始的な世界なのだ。うかつにゲーム気分など持ち込むと、なけなしの命をあっけなく失うことになりかねない。
 フィクションでおなじみのVRMMOは、まだまだフィクションだけの話。ということは、今ここにある俺の肉体と生命は厳然として一回限りのものと考えるべきだ。

 皮バッグの中にはもう一つ、目を引くものがあった。植物の繊維を固めた紙らしきものに、青い顔料で文字が記された物体だ。
 手紙か、あるいはメモのようなものだろうか。文字は先程の砂上のメッセージと同じもので、すんなりと読むことができた。

===================================

  これを読む時、君は非常に戸惑っていることだろう。恐らく記憶の
  混乱と肉体の違和感を抱えているはずだ。
  だがあまり時間はない。君の運命は過酷なものになる可能性が高いが
  受け入れるにもはねのけるにも、まずは戦い、生き延びる必要がある。
  その手段は、この廃墟にある。

  君はカイルダインを引き継がねばならない。あれは危険なものだが、
  多くの可能性をもたらす『力』だ。幸運を祈る。

=================================== 
                                 
 署名はなかった。
                     
「ふむ……」

 目覚める前に感じた人の気配を思い起こす。あれは夢ではなかったのではないか。あの時の何者かがこのバッグを開け、手紙を忍ばせた、ということだろうか。
 時間がない、というのはどういう意味か分からなかったが、俺は気温がかなり上昇してきているのを感じていた。かなり低緯度らしく太陽は頭上80度ほどの角度。ほぼ真上にある。

 身に着けているものを改めて確認してみる。ふんどし風に締められた白い腰布。格闘技で用いるファウルカップに似た、煮固めた革の防具が、股間に紐でくくりつけられている。

 へその高さには幅広い革ベルトが締められ、それはX字に交差した同様のベルトで、分厚い肩パッドと繋げられていた。手首と膝にも分厚い革製の防具がつけられている。

 ベルトから下には黄褐色の布が巻きスカート風に垂れさがり、右足は動きを妨げないようにほぼむき出しになっていた。

(ゲーム内で装備してたものに、似てなくもないな……)

 一口にいえば、格闘家風。それも暑く乾燥した気候帯の文化に基づくスタイルのようだ。
 バッグの中には体をすっぽり覆う大きさの、ポンチョに近い形に仕立てられた白い布もあった。おそらくこの強烈な日光を防ぐためのものだろう。

 手紙の意味を解釈するに、俺に課された「過酷な」運命とはここで死ぬことではなく、生き延びたその先にあるらしい。俺は目を覚ました場所を離れ、荷物を背に廃墟の中を歩き出した。


 崩れかけた彩色レンガの壁にそって通路を通り抜け、俺は廃墟を見下ろせるような小高い場所を探した。
 レンガの多くは風化したように丸みがつき、表面の彩色もずいぶんと色あせて見える。かなり古いもののようだ。
 ここまで歩き回ってきた区画は、もともと大きな建物の中だったらしい。南側と思われる部分の壁の切れ目から一歩踏み出すと、急に視界が開けた。

 緑がかった空の下に赤い台地が広がり、灰白色の石材で築かれた列柱と石畳が東西に延びている。
 少し西のほうには黒ずんだ岩塊が幾重にも折り重なった、奇怪な形の丘が見えた。それらの岩塊はどこか人工的なフォルムを持ち、陶芸工房の裏手などにある廃棄品の山を連想させた。

 その眺めに見とれて気が緩んだその時――

「いやあっ! ちょっと、どいてどいてお兄さん!!」

 叫び声が耳を突き抜ける。場違いなまでにハイトーンな、少女の悲鳴。同時に、緩んだ石畳を踏み鳴らして走る足音がすぐそばに近づいて来ていた。

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