神滅の翼カイルダイン

冴吹稔

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tutrial:来たりて、また還らず

修道僧

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 ドスッ!

 声のほうを振り返った瞬間、左腰のあたりにひどい衝撃が加わり、俺はよろけて数mの距離を突き飛ばされ、押し倒されていた。背負子が邪魔だったが辛うじて受け身をとる。

「く、痛ってえ……」

 腰のあたりに柔らかく温かな重みを感じて上体を起こすと、そこに悲鳴の主がいた。
 上半身を覆う黒いジレと小さな腰布の他は、ほぼ裸。小麦色に日焼けした滑らかな肌が目を引く。
 やたらとボリュームのある長い髪は赤みがかった金色で、ひざ裏少し上まで達していた。高めの頬骨が細くきゃしゃなあごのラインと対照をなしている。



 エキゾチックだが子供っぽい顔立ちだ。多分実際にまだ、ごく幼いのだろう。

「い、痛たた……ケホ、ケホッ」

 胸か喉を圧迫したらしくひどく咳き込んでいる。俺は立ち上がりながら彼女に声をかけた。

「大丈夫か?」

 少女は肩で息をつきながら、涙目でこっちを見上げる。ハシバミ色の瞳が印象的だった。

「大丈夫だけど……大丈夫じゃないわ! 追いつかれちゃった。お兄さんがどいてくれないから――」

「……追いつかれた?」

 何のことかと、少女が走ってきた方向を見る。 
 そこにはおかしな生き物がいた。がっしりした体つきをした、ダチョウのようなキジのような鳥――およそ小馬ポニー程のサイズに見えるそれが三頭ほど、それぞれの背中に一様に人相の悪い男を乗せ、こちらへ向かってくる。後ろには徒歩の男たちも五人ほど続いていた。

(チョコ……いや、トリウ……)
 アニメやゲームなどの創作物の中で時折お目にかかる、騎乗動物として使用される地上性の大型鳥類だった。もちろん現実に目にするのは初めてだ。
 
 その一隊は俺と少女から5mほどの地点で足を停めた。

「パキラ! 面倒をかけてくれたな。さあ、大人しく俺たちと一緒に来るんだ」

 リーダー格らしい、筋肉質の上半身を露わにしたひげ面の男が、少女の方へ顎をしゃくって叫んだ。

「嫌よ! あんた達のガラクタみたいな護令械ルーティンブラスを弄るのも、あんた達に弄りまわされるのも!」
 少女はそういい返しながら、わずかに俺の体の陰に隠れるように動いた。

(……おい)

 俺は『パキラ』と呼ばれたその少女にだけ聞こえる小声で、巻き込まれそうな状況に対して抗議した。だが彼女はどう受け取ったのか、身をかがめて俺の服の布地にしがみ付いて来た。

(なんなんだ、こいつらは?)

(このあたりを荒らし回ってる流賊よ)

(流賊?) 

 何の冗談か。いきなり放り出された勝手も何もわからない世界で、いかにも素行の悪そうな男たちに囲まれ、女の子に頼られるとは。状況についていけないにもほどがある。

「身の程をわきまえろよ、パキラ。お前みたいな半人前の械匠かいしょういや、械匠見習ふぜいを引き取って面倒見るやつが、他所にいるとでもいうのか。ギルドの認可状もないくせに」

 頭にターバン風の布を巻いた、狐のような目つきの若い男が、ねっとりとした調子で彼女を揶揄した。

「は……半人前じゃないわよ! 親方が帰ってきたら、ダンバーの街まで一緒に申請に行くんだから!」

 少女の顔はわずかに青ざめ、引き結んだ唇は色が白くなるほどに噛みしめられていた。目元には先程とはまた別の涙が浮かんでいる。

 それを見たとき、俺は直感していた。この少女の『親方』――おそらくは保護者を兼ねる誰かは、もう帰ることはないのではないか。

 現在の『俺』を構成する記憶のもう半分、恐らくはこの肉体の本来の持ち主に由来する『心』――そいつが、ぶるりと身震いをしたように感じた。

 口が半ば勝手に動く。「井手川准いでかわじゅん」が言うはずのない言葉。だが、「俺」の言葉だ。

「事情はよくわからないが、この娘は嫌がっている。武装した大の男が大勢でこんな場所まで若い娘を追ってくる……まともな動機ではあるまい」

(うわあ。何言いだしちゃってんだ俺! こんな物騒げなやつらを煽るようなことを!)

 ゲーム中では似たような口上を、対立陣営のプレイヤー相手に吐いたこともある。テキストでのやり取りの陰で、音声メッセンジャーで密談していたギルドメンバーから失笑を買ったことも一度ならずあった。だがこの状況でこんな挑戦的なセリフがすらすら出てくるのはどう考えてもおかしい。

 そして、先ほどからなんとなく感じていた違和感の正体が、この時一つ判明した。

 この体は『井出川准』のものではない。だから、声が違う。興奮するとすぐに裏返る、聞き慣れた甲高い声ではなく、深く張りのあるバリトンだった。

 そして、俺が発した言葉も、先程から少女やこの男たちが発する言葉も、日本語ではない。にもかかわらず、俺の頭はその響きをすんなりと聞き取り、意味とニュアンスを理解していた。

(……言語チートとは、こういうものか)

 数多のweb小説で当然のように主人公たちに与えられてきた異常チート能力が、いかに常軌を逸したものであるかが理解された。

「何だ、貴様。見たところ剣の一本も帯びてないようだが、まさか俺たちに刃向う気か?」

 半裸の筋肉男が俺を一瞥して鼻で笑ったあとで、なにか悪らつな侮辱を受けたとでもいうような、不快そうな顔になった。

「兄貴! 気を付けて下せえ。こいつァ、メレグの修道僧だ。奴らはおかしな拳法を使いますぜ!」

 徒歩の男の一人が叫んだ。そのとたんに俺たちを囲んだまばらな輪が一歩分拡がった。「メレグの修道僧」というのはよほど恐れられているらしい。好都合だ。

 左足を一歩後ろに下げ、わずかに腰を落とした。もっともらしく見えそうな構えをとり、喉を鳴らして息を吐く。

「フォオオオオオオオオオオ……!」

 ハッタリのつもりだった。彼らが気圧されて防御の構えをとった瞬間を何とかとらえ、少女の腕を掴んで逃げる――そのはずだった。
 だが、吐く息が何かに変換されたような感覚とともに、背中をなにか熱いものが駆け上がる。先ほどとった構えが自然に修正され、両腕が甲側を前方に向けて胸の前へ、肩の高さに掲げられた。

 俺の動作を見たキツネ目の若者が号令を飛ばす。

り終えさせると面倒だ、とっとと殺ッちまえ!」
「おう!」
 顔面を朱に染め、一人の男が幅広の湾刀を片手に踏み込んできた。その重そうな刃が頭上へ振り下ろされる。

「うわあッ!?」

 悲鳴を上げつつも、俺の体はその打ち込みのタイミングに合わせて一歩前に出ていた。左腕が肘のひねりを伴って跳ね上がり、攻撃者の右腕を下から受ける。

 そのまま外回しに腕を巻き取り、刀ごと左わきに挟み込んだ。同時に右足が前に進み、相手の顔面に右裏拳。そこまでの動作はほぼ一瞬で終わった。

 右後方から駆け込んでくる足音。最初の男の腕をわきに挟んだまま、足の位置を踏みかえてそちらへ正対する。めき、と鈍い音が響いて巻き取ったその男の右肘が外れた。

 そのまま地面に打ち捨て、突き出された短めの槍を跳躍してかわす。信じがたいことに俺の体は次の瞬間、その槍の上に立っていた。

(何だこりゃ! 俺はどうなってるんだ!?)

 自問に答える暇もなく、槍の上を男のほうへ一歩進む。こちらのバランスを崩そうと槍の柄がひねられたが、その前に俺の重心は踏み出した前足に移動していた。かかとが男の鎖骨にかかり、そのまま踏み砕く。

「ぐわあッ!」

 悲鳴が上がった。うずくまってもがく男をしり目に、少女の手を取って駆け出す。

「逃げるぞ!」

「えっ、ちょ、ちょっと!」

「俺はこのあたりに詳しくない。道を教えてくれ!」

 廃墟の中を走って、物騒な連中を撒くための逃げ道、そう言ったつもりだった。だが、少女には微妙に伝わっていなかった。
「メレグの修道僧に『道』を教えられるような俗人なんているわけないでしょ」

「そういう意味じゃない!」

 半壊してスロープになった壁を駆け上がり、倒れた柱を飛び越えて走る。なぜか後方に追手の気配はなかった。壁で区切られたいくつかのエリアをぐるぐると回った果てに、俺たちは地下への階段らしきものを見つけ、その暗がりに駆け込んだ。
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