神滅の翼カイルダイン

冴吹稔

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幕間1

戦雲

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「お帰りなさいませ、騎士アスター様」

 出迎えの下級神官が深々と頭を下げる前を、神殿騎士アスター・フォン・フォイエルバッハはわずかに黙礼を返して足早に横ぎった。

 古代帝国期の卓越した技で磨きあげられた、白嶺岩の床に靴音が響く。列柱の間からいま一人の騎士が現れ、アスターの左横やや後ろについて歩き始めた。

「報告がございます」

「聞こう。だが手短に頼む、ライダモン卿」

 はい、と一声応えた後、数歩の間ライダモンは黙したままだった。なにか言葉に尽くしがたいことがあったのだ、とアスターは悟った。

「五日前に、辺境ボルミから第一報が届きました。隣国ヤムサロを制圧、駐留していた妖魔王の軍勢が、ついに国境を越えた、と」

 ライダモンがようやくそれだけを報告する。アスターは声を殺してうなった。

 大陸の遥か北方、内海を隔てて横たわるカレニアの寒冷な高地。そこには人類とは創造主を異にする、異形の妖魔たちが住まうという。
 その妖魔を統べる王、モルコネイブなる者の軍がヤムサロを併呑して、すでに二か月が経過していた。

「……もう少し猶予があるかと、空頼みをしていたが――」

 王都から遥か東、ウルガンド公国との国境へ使者として赴き、同盟を締結してきたばかりだ。侵攻に備えて友邦との連携を強化する策だが、事態の進行は思いのほか早かったらしい。
 
「ボルミには確か、レンボスが赴任していたな?」

 遠縁の若武者を思い起こす。武芸に優れ忠義に篤く、渉猟械の操縦に卓越した技量を示す、騎士の模範のような男だった。アスターの胸の奥に熱いものがこみ上げた。

「はい。渉猟械ストラトヴァンダー『マクガヴァン』とともに。半年前のヤムサロ侵攻開始以来、かの地には辺境伯の『ベリリオン』をはじめ、選りすぐりの渉猟械、十械がその騎士とともに集められたと聞き及びます」

「ならば簡単には陥ちるまいが……いっそヴァルテインを出したものか」

 アスターは愛械の名を口にした。

 戦闘用護令械には二種類が存在する。その一つが比較的軽量で航続力に優れ、単独で、数械まとめて、と柔軟に運用できる渉猟械。そしてもう一つは重装甲と大出力を誇り、渉猟械を駆逐することを主目的に運用される闘将械ガングリフターだ。
 アスターの『ヴァルテイン』は王国に十二械を数える希少な闘将械の中でも、最強の名を冠されるものの一つだった。

「まさかそこまでの事態には……神殿の闘将械を辺境へ出す、などと」

「そう思うか?」

 わずかに苦いものを心中に含みながら、アスターはライダモンを横目で見た。アスターたちよりおよそ十年ほど年かさの世代に属する、謹厳で忠誠心溢れる神殿騎士だ。

 だが、老いた。いつしか思考が硬直し、前例にとらわれ、権威や利得に追従する傾向が強くなってきている。

「ヤムサロも数多くの優れた渉猟械と、五械もの闘将械を保有していた。だが、敗れた。必要ならば、出せる時には惜しみなく出すべきなのだ。危機を乗り切るためなら、闘将械を数械まとめて同時運用することも考慮に入れねばなるまい」

 はあ、と歯切れの悪い相槌を打つライダモンへの苛立ちを、アスターはひとまず飲み込んだ。王都へ帰還したからには、何よりも先に知りたいことがある。

「……姫様には、お変わりないか」

 アスターはてらいなく気がかりを口にした。だが、ライダモンはアスターの気持ちを知ってか知らずか、はぐらかすような返答を返した。

「三の姫様はご不在です。一日違いで西へ発たれました」

「そうではない。あのお方なら無論、この難局にあたるべく愛械とともに駆け巡っておられることだろうとも。それくらいはわかっている。私が知りたいのは、その――」

 わずかに頬が熱くなるのを感じた。

 この国の第二王女に、アスターは十年このかた密かに想いを寄せ続けていた。ヤムサロに嫁いだ彼女は、その王都が陥落する寸前に辛くも難を逃れてディアスポリアに落ち延びてきている。

「ああ……これは申し訳ありません、なんとも察しの悪いことでした。あのお方は、その――少々申しあげにくいことが」

「何だ、ライダモン卿。そなただけは私の心中を知っているだろうに。もったいぶらずに頼む……あのお気の毒な姫君に何が起きたのだ?」

 ライダモンがはたと立ち止る。その目の中に淀んだ困惑と不安の色は、アスターの心の中にまで食い入ってきて暗く染め上げるように思われた。

「お倒れに……なりました」 
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