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ACT2:妖魔王の旌旗
死線
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ボルミ陥落のその日。圧倒的な物量をもって押し寄せた妖魔王の軍勢の前に、騎士レンボスが所属する戦闘団は瞬く間にすりつぶされた。わずか三械を数えるばかりになった彼らの渉猟械は、いまや敵の包囲の中に取り残されていた。
戦闘が途切れ、一息つけるかと思えたその刹那。
重量のある金属がこすれ合う、不吉な物音が騎士たちの耳を打った。前方に巻き起こった砂煙の中から、巨大な人型の影が横に並んだ隊列を組んで現れる――その数、およそ三十。それは人類の古い朋輩たる護令械と外見こそ似ていてもその実全く異なる存在だった。
『魔甲兵』。灰白色の柔らかな金属を触媒に、魔力によって生み出される、強靭な装甲を持つ巨人傀儡。
中枢部に存在する核(コア)を砕かぬ限り稼働し損傷部を自動修復し続けるそれは、妖魔王モルコネイヴが渉猟械に対抗するために生み出した破壊兵器だ。ヤムサロが壊滅したのも、この兵器によるものと伝えられていた。
「魔甲兵……まだこれほどの数が温存されていたか」
レンボスは目の前で起きていることの意味を測りかねていた。
(わからん。辺境の城塞一つにこれほどの兵力を投入して、妖魔王は一体何を手に入れようというのだ?)
械体の伝声管を通して、騎士コーランドの声がひどく明るく響いた。
――どうやらここが散り際。闘将械ならいざ知らず、我らの乗械と魔甲兵にはさしたる優劣なし……それぞれ何体かを道連れにするのが精いっぱいでありましょう。
レンボスも死を覚悟していた。だがボルミ辺境伯ガザルは、彼に玉砕を許さなかった。
――レンボスよ。半月盾を持たぬマクガヴァンでは、あれら傀儡どもの攻撃をしのぐことはできまい。ここは我らが引き受けた、お主は敵の囲みのすきをついて脱出せよ。
辺境伯の乗械ベリリオンから、伝声管を通してガザルの穏やかな声が響いた。
無論、レンボスはその命に抗った。ボルミ防衛戦の二日目に手首を失ったマクガヴァンは修理が間に合わず、本来左腕に装備すべき半月盾を持たずに戦い続けて来た。
そして、盾を欠いたマクガヴァンを終始かばい続けたのは、こともあろうに辺境伯のベリリオンだったのだ。
「何を仰せられます! 伯こそ、ここは我らに」
――よいかレンボス。お主は我らの中で最も若い。此度の無念を乗り越え、さらに精進をつくすのだ。さすればあの魂なき傀儡どもを平らげる力を、その身に備える明日もあろうぞ。そして、落ち延びる者たちには心のよりどころが、守護者が必要だ。
「そんな……」
ベリリオンの隣に立つもう一械、騎士コーランドの乗械メイベリンもうなずくように上体を揺らし、その腕で城塞の方角を指し示した。
――行け、レンボス。殿のおそばを守る栄誉はわしが独占させてもらう。勘違いをするでないぞ、お主に負わせるのは最も重く辛い責務なのだからな。
辺境伯が言葉を継いだ。
――生き延びて民を守れ、レンボス。そして叶うことならばマクガヴァンを後に続く有為の騎士に託せ――それまでは死んではならぬ!
レンボスは震えた。それは、この国で騎士に対して下される最も重い、そして至上の命令なのだ。
「……ははっ!」
もはや抗うことはできなかった。まぶたに溢れるものを必死に拭い、レンボスはマクガヴァンを駆って、戦塵を背に駆けだした。
* * * * * * *
目を見開いてなおありありと浮かぶ、その日の光景。彼方から関所に迫る追手の姿を見据えて、レンボスは口元をゆがめて笑っていた。
「マクガヴァンを継ぐ者には出会えまいが……死に場所としては悪くない!」
巨大な鉄剣が衝撃音とともに振るわれる。
敵軍の先頭を駆けてきた、岩山のような擬竜がその一閃で大地に崩れ落ちた。だが擬竜の体重を利した突進は、勝者である渉猟械にも重大な損傷を与えていた。
騎士レンボスの心臓が三度脈打ったあと、渉猟械マクガヴァンの折れた左腕はついに肘の少し上から脱落し、けたたましい金属音を立てて地面に転がった。
破損部から熱湯が血液のように脈打って噴きだし、やがて止まる。熱水管の自動閉鎖弁が作動したのだ。
「――まだだ、まだやれる……そうだな、マクガヴァン? 」
レンボスは操縦籠から物言わぬ愛械に呼びかけた。腕が一本なくなった処で、もはや大した違いはない。地に落ちた腕にはもう長いこと、手首から先がなかったのだから。
前方には、嘲笑うように追いすがる妖魔王軍の戦闘魔獣部隊が見えた。細長く伸びて途切れがちな長蛇の陣形をとっている。
マクガヴァンの背後には王国の枢要部へとつながる街道の要衝、トラスカン峠があった。レンボスはわずかに首を巡らせ、峠の方角を心の目でふり仰いだ。
(ボルミの避難民はそろそろ峠を越え、関所を抜けたところであろうか――)
ここまでの道のりを思い起こしていた。辺境を固める城塞が陥落してほぼ一か月。マクガヴァンの械体はいくつもの新しい傷と泥汚れに飾られ、彼自身も絶え間ない負傷と深い疲労にあえいでいた。食事や睡眠をとった回数は、その一つ一つを指折り数えられるほどに少ない。
避難民を守って城塞を脱出した兵士たちも次々と敵の刃に倒れ、ここまでにその六割を失っている。だが、とにもかくにも兵を除いて二千人をこの峠まで送り届けたのだ。
「辺境伯殿……どうやらご下命の半分は、曲がりなりにも果たすことができそうです」
レンボスは再び正面に向き直って微笑んだ。
戦闘が途切れ、一息つけるかと思えたその刹那。
重量のある金属がこすれ合う、不吉な物音が騎士たちの耳を打った。前方に巻き起こった砂煙の中から、巨大な人型の影が横に並んだ隊列を組んで現れる――その数、およそ三十。それは人類の古い朋輩たる護令械と外見こそ似ていてもその実全く異なる存在だった。
『魔甲兵』。灰白色の柔らかな金属を触媒に、魔力によって生み出される、強靭な装甲を持つ巨人傀儡。
中枢部に存在する核(コア)を砕かぬ限り稼働し損傷部を自動修復し続けるそれは、妖魔王モルコネイヴが渉猟械に対抗するために生み出した破壊兵器だ。ヤムサロが壊滅したのも、この兵器によるものと伝えられていた。
「魔甲兵……まだこれほどの数が温存されていたか」
レンボスは目の前で起きていることの意味を測りかねていた。
(わからん。辺境の城塞一つにこれほどの兵力を投入して、妖魔王は一体何を手に入れようというのだ?)
械体の伝声管を通して、騎士コーランドの声がひどく明るく響いた。
――どうやらここが散り際。闘将械ならいざ知らず、我らの乗械と魔甲兵にはさしたる優劣なし……それぞれ何体かを道連れにするのが精いっぱいでありましょう。
レンボスも死を覚悟していた。だがボルミ辺境伯ガザルは、彼に玉砕を許さなかった。
――レンボスよ。半月盾を持たぬマクガヴァンでは、あれら傀儡どもの攻撃をしのぐことはできまい。ここは我らが引き受けた、お主は敵の囲みのすきをついて脱出せよ。
辺境伯の乗械ベリリオンから、伝声管を通してガザルの穏やかな声が響いた。
無論、レンボスはその命に抗った。ボルミ防衛戦の二日目に手首を失ったマクガヴァンは修理が間に合わず、本来左腕に装備すべき半月盾を持たずに戦い続けて来た。
そして、盾を欠いたマクガヴァンを終始かばい続けたのは、こともあろうに辺境伯のベリリオンだったのだ。
「何を仰せられます! 伯こそ、ここは我らに」
――よいかレンボス。お主は我らの中で最も若い。此度の無念を乗り越え、さらに精進をつくすのだ。さすればあの魂なき傀儡どもを平らげる力を、その身に備える明日もあろうぞ。そして、落ち延びる者たちには心のよりどころが、守護者が必要だ。
「そんな……」
ベリリオンの隣に立つもう一械、騎士コーランドの乗械メイベリンもうなずくように上体を揺らし、その腕で城塞の方角を指し示した。
――行け、レンボス。殿のおそばを守る栄誉はわしが独占させてもらう。勘違いをするでないぞ、お主に負わせるのは最も重く辛い責務なのだからな。
辺境伯が言葉を継いだ。
――生き延びて民を守れ、レンボス。そして叶うことならばマクガヴァンを後に続く有為の騎士に託せ――それまでは死んではならぬ!
レンボスは震えた。それは、この国で騎士に対して下される最も重い、そして至上の命令なのだ。
「……ははっ!」
もはや抗うことはできなかった。まぶたに溢れるものを必死に拭い、レンボスはマクガヴァンを駆って、戦塵を背に駆けだした。
* * * * * * *
目を見開いてなおありありと浮かぶ、その日の光景。彼方から関所に迫る追手の姿を見据えて、レンボスは口元をゆがめて笑っていた。
「マクガヴァンを継ぐ者には出会えまいが……死に場所としては悪くない!」
巨大な鉄剣が衝撃音とともに振るわれる。
敵軍の先頭を駆けてきた、岩山のような擬竜がその一閃で大地に崩れ落ちた。だが擬竜の体重を利した突進は、勝者である渉猟械にも重大な損傷を与えていた。
騎士レンボスの心臓が三度脈打ったあと、渉猟械マクガヴァンの折れた左腕はついに肘の少し上から脱落し、けたたましい金属音を立てて地面に転がった。
破損部から熱湯が血液のように脈打って噴きだし、やがて止まる。熱水管の自動閉鎖弁が作動したのだ。
「――まだだ、まだやれる……そうだな、マクガヴァン? 」
レンボスは操縦籠から物言わぬ愛械に呼びかけた。腕が一本なくなった処で、もはや大した違いはない。地に落ちた腕にはもう長いこと、手首から先がなかったのだから。
前方には、嘲笑うように追いすがる妖魔王軍の戦闘魔獣部隊が見えた。細長く伸びて途切れがちな長蛇の陣形をとっている。
マクガヴァンの背後には王国の枢要部へとつながる街道の要衝、トラスカン峠があった。レンボスはわずかに首を巡らせ、峠の方角を心の目でふり仰いだ。
(ボルミの避難民はそろそろ峠を越え、関所を抜けたところであろうか――)
ここまでの道のりを思い起こしていた。辺境を固める城塞が陥落してほぼ一か月。マクガヴァンの械体はいくつもの新しい傷と泥汚れに飾られ、彼自身も絶え間ない負傷と深い疲労にあえいでいた。食事や睡眠をとった回数は、その一つ一つを指折り数えられるほどに少ない。
避難民を守って城塞を脱出した兵士たちも次々と敵の刃に倒れ、ここまでにその六割を失っている。だが、とにもかくにも兵を除いて二千人をこの峠まで送り届けたのだ。
「辺境伯殿……どうやらご下命の半分は、曲がりなりにも果たすことができそうです」
レンボスは再び正面に向き直って微笑んだ。
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