神滅の翼カイルダイン

冴吹稔

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ACT2:妖魔王の旌旗

騎士の左手

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「ボルミからこれだけの人が逃げてくるなんて……ヤムサロとの国境が危険だとは聞いていたけど。それじゃあ、親方は――」

 長者たちの後方に続く飾り立てられた輜重械バルクラストの列と、その上に鈴なりになったやつれ顔の群集を、パキラは青ざめた顔で見渡した。そのあと一呼吸おいて、はじかれたように走り出す。

――親方! ダールハム親方! ……誰か! 誰か鍛冶司かじのつかさダールハムを知りませんか! ……父を!

(くそッ……)

 パキラの泣き顔や涙声はどうにも苦手だ。いたたまれない気持ちになる。思わず俺も口に手を当てて叫んでいた。

「ダールハム! 械匠ダールハムさんを誰か知らないか!」

 難民たちは疲れ切った虚ろな目でただじっと足元を見つめている。誰も俺たちの叫びに耳を貸す者はいないように思えたその時。

「お嬢様!」

 フェルディナンドより一回り大きな、四足型の輸送用輜重械の上からそう呼びかけるものがあった。腰帯にハンマーをぶら下げ、肩のあたりまで覆う黒い頭巾を身につけた男たち――パキラを呼んだのは、その中の一人だ。

「スィナン!! あなたたちは無事だったのね!?」

 男たちのほうを見上げてパキラが叫んだ。

 輜重械は隊列から離れ、パキラの前で四つの膝を折り曲げて降着体勢をとった。その輜重械の上には、ひどく大きな金床やふいご、分厚い木の板でできた作業台らしきものが満載されていた。
 側面には渉猟械のものらしい巨大な手がひとつ鎖でぶら下げられ、ひときわ目を引く。

「お嬢様……ボルミが。ボルミが陥ちました……」
「親方は? 親方は一緒じゃないの?」
「申し訳ありません。親方とは、ボルミではぐれちまったんです」

 スィナンと呼ばれた、横幅のあるがっしりした身体つきの男はそういうとがっくりとうなだれた。

「そんな……お願い、詳しく話して」

 男たちは地面に降り、露店の列から少し離れたところに集まってパキラを囲んだ。俺もカイルダインから降りて、少し離れたところで彼らの話に耳を傾けた。

「ヤムサロを占領した妖魔どもの軍勢が、とうとう攻め込んできたんです。ボルミはかねてから駐留させていた渉猟械を押し立てて戦いました。あたしらも親方の指図で毎日鍛冶仕事に励んでたんですが……あの渉猟械の右手、あれの修理が間もなく終わろうという頃合いでした。伝令が来たんです。駐留していた渉猟械、十械すべてが戦闘で失われた、と」

「……渉猟械が十械いて、全滅ですって?」

 パキラは両足から力が消えうせたようにくにゃりと崩れかけた。後ろから何とか支える。

「本当のところはちょいと違ったんですが……ほぼ事実です。どうも敵には、渉猟械に対抗して作られた恐ろしい兵器があったようで。辺境伯ガザル様は出撃前に、ボルミが陥ちるようならダンバーへ落ち延びよと親方に銘じて命じておられました。それで、市内に突入される前に道具や資材をまとめて輜重械に積み込みましたので。ところが……」

 話が恐ろし気な方向へ舵を切る気配に、パキラの顔は血の気を失って、今にも気絶せんばかりに見えた。だが彼女は気丈にも先を促した。

「続けて」
「親方は、出発の寸前になって、ご生家に忘れ物を取りに帰るっておっしゃって、工廠から出なさったんで。あたしがついて行こうとしたんですが、『一人で行くから』と……」
「……じゃあ親方がどうなったのか、だれも知らないの?」
「ええ。それから一フルタン待ちました……その間あたし等はこの輜重械の準備にかかりきりでした。しびれを切らして一度様子を見に行こうとしたんですが、その時にはもう街の中は大混乱で、お互いがはぐれないようにしながら南門を抜けるので精いっぱいでした。門を出てしばらくしたところで、市内に敵軍がなだれ込み……最後に見た時には、奴らの旗が城壁にかかげられてました」

 パキラは唇をかんでうつむいていたが、やがて首をぐっとそらせて北の方角をにらんだ。

「……殺されたと決まったわけじゃないわ。親方ほどの名工なら、敵だって――妖魔だって生かして使うはず。大丈夫、まだ望みはあるわ。まずダンバーへ行ってこれからのことを考えましょう」

「お嬢様……しばらく見ない間に、なんと強くなられて」

 スィナンたちはパキラの足元に集まってひざまずいた。

「親方がいらっしゃらない今、一門の長はあなたです。何なりとお申し付けを。あたしらはお嬢様を支え、お仕えします」

(この人たちは?)

 パキラにそっと小声で訊いてみる。彼女は耳打ちを返してきた。

(親方の助手たちよ、ボルミへ同行してたの。械匠頭かいしょうがしらのスィナンは私にとっては叔父みたいな人なのよ)

「ときに、お嬢様はなぜこんなところへ出ておいでなんです? 荘園におられるとばかり」
 
 パキラはうつむいて唇をかんだ。

「荘園は……流賊に襲われて壊滅したわ。生き残ったのは私だけ」
「ああ、なんてことだ。帰る場所もなくなったか……」
「おととしから部品を集めて修理中だった渉猟械、あれもられちゃった」
「あれを奪われたぁ!?」
「そ、それで、いろいろあって彼に助けてもらったの。あの渉猟械はカイルダインが粉々にしちゃったけどね」

 パキラが俺とカイルダインを順に指さしてスィナンに示した。

「カイルダイン?」

 スィナンと助手たちは呆然とカイルダインを見上げていたが、やがてひそひとささやき声で何ごとか言いかわし始めた。

「こりゃあ、大した渉猟械だぞ」
「ああ、見慣れねえ形だが立派なもんだ――」
「これなら、あの騎士を助けに行けるんじゃないか?」

 彼らの会話を聞いて、俺はパキラと顔を見合わせた。

「騎士を……」
「……助ける?」

 俺たちは同時に頭巾の男たちの方へ向き直った。

「どういうことなの? 詳しく話して!」

 叫ぶパキラの口元はわずかにひきつり歪んでいた。ダールハムの消息について心配で仕方がないはずなのだ。だが彼女はそれを必死でこらえ、目の前に降ってきた新たな状況を見定めようとしているようだった。

「さっき、渉猟械が全滅したってのは正確じゃないって申し上げましたね? ボルミを出て二日目に、城塞の守備についてた騎士の一人が合流したんです……あたしらがトラスカン峠の関所を抜けるまで、その方がずっと隊列を守ってくれました」

 スィナンが苦しそうに目を伏せた。

「あのお方の渉猟械は、戦闘で左手首を失ったままでした。あれじゃ半月盾を持つことができやせん――替えの手首はあたしらがずっと持ったままだったんです! 修理して差し上げたいのに、設備がねえ。積み込んだ道具を荷解きして降ろす時間もねえ! 何も出来ねえままで!」

 スィナンは幅広な顔をくしゃくしゃにゆがめ、胸の前で何かをつぶすように両手を握り合わせた。

「手首って、あれ?」

 パキラの言葉に釣られて俺ももう一度、輜重械の側面にぶら下げられた巨大な手を見た。それは手のひらをこちらへ向け、何かを受け止めるような形で指をわずかに曲げている。その真新しい外装が夕空を映して、赤くきらめいた。

「ええ、あれがそうです――親方の、もしかしたら最後の仕事で」

 助手の一人が悲し気に左袖で目元を押さえた。


「その騎士を助けたいってことは、まさか……」

 おおよその想像はつく。だが俺はあえて言葉に出して確認した。

「そうなんですよ! あの騎士様はボルミから南下してくる追手を食い止めるために、まだ関所の向こう側にいるんだ!」
 スィナンが絞り出すように叫ぶ。俺はまたしても、腹の底で身震いをする何かを感じていた。
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