神滅の翼カイルダイン

冴吹稔

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ACT2:妖魔王の旌旗

融合

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 俺たちが関所についたのは、ちょうど欺陽ソアルが山脈の稜線を超えてその姿を現したタイミングだった。もう少し時がたてば、さらに南にずれた位置から真陽ヒアトンが昇る。今日もまた、酷暑の一日が始まる。

 関所北側の門前には渉猟械マーガンディが岩棚を乗械壇代わりに膝をつき、その足元にガラヴェインとタラスが放心したように腰を下ろしていた。

 坂道沿いには数百メートルにわたって魔甲兵の残骸と魔族兵士の死体が敷き詰められている。思いのほか死肉や血糊の量が少ないのは、タラスが片端から従者サーヴァントとして再構成してしまったからだろう。
 関所の兵士が何人か歩き回っているのは、清掃のためか、あるいは死にぞこないの敵兵にとどめを刺すためか。


「戻られたか、ヴォルター殿!」

 ガラヴェインがこちらを認めて手を振った。
 俺はコントロールをカイルダイン自身に任せ、操縦籠を開いて身を乗り出した。

「ガラヴェイン卿! タラス! 無事で何よりだ!」

 しゃがみ込んだカイルダインの手から地上に降りると、二人は立ち上がって駆けよってきた。どちらからともなく手を伸ばし、ガラヴェインの大きな手のひらが俺の拳を包み込んだ。やや遅れてその上に、タラスの手が添えられる。

「ひとまずは、我らの勝ちだな」

「ああ」

「北で爆煙が上がったのが見えた直後から、魔甲兵アゾンの動きが目に見えて単調になった――君が何かやったということはすぐに分かったが……」

 何をしたのか、とタラスが問う。やや憔悴した顔だが、それでもそこには笑みがあった。

 俺はうなずいた。

「奴らの――軍団長を倒した。羚羊レイヨウみたいな角のある豪華な渉猟械に乗ってやがったが、カイルダインにはむしろ扱いやすい相手だったぜ」

「角のある渉猟械……まさか、それは」

 聞いたガラヴェインの表情が目に見えて曇る。俺はかいつまんであの械体の特長を彼に伝えた。

「ああ……辺境伯の『ベリリオン』だな。間違いあるまい……惜しまれるが、もはや仕方があるまいな」

 美丈夫は沈痛な面持ちで首を横に振る。

 ガラヴェインの言葉の底に隠された意味は俺にも理解できた。辺境伯の乗械が敵に鹵獲された、ということは――ボルミの辺境伯なる人物は、すでに敵の手に落ちている。すでにこの世にいない可能性は、かなり高い。

 だが、俺にはそれよりも気にかかることがあった。ここに飛んできた当初の目的、理由。それが頭によみがえってくる

「……レンボス卿はどうなった?」

「気がかりはそれだな、我らもまだ確認していないのだ」

 関所の門の奥を振り仰いだガラヴェインにつられて、俺もそちらへ首を巡らせた。
 胸壁にもたれかかるように膝立ちの姿勢をとったマクガヴァンが見える――だが奇妙だ。胸壁の高さに合わせる途中で止まってしまったような、中途半端な位置に操縦籠がある。
 そして、胸壁の上の狭い通路を、兵士たちがひとかたまりになって動いている。何やら、途方に暮れたような様子だ。

「……どうも様子がおかしいぞ」

 ガラヴェインが眉をひときわきつくしかめて石段を駆け上がる。俺とタラスがそれに続いた。

「あ、騎士さま方。良いところへ」

 古参らしい兵士の一人が、すがるような眼で俺たちを仰いだ。その目にはなにやら痛々しいほどの不安の色がある。彼はしきりにマクガヴァンの方を伺っていて、その視線の先では一人の兵士が操縦籠の蓋に手をかけようとして、周りの者に止められていた。

――だあからっ! その蓋は中からしか開けられんのだって! 不用意に触れるとお前も雷をくらうぞ!

「どうしたというのだ?この騒ぎは」

「それが……レンボス卿が降りてこられぬのです。慌てて蓋に手をかけた兵士が一人、電撃を食らいまして……先ほどようやく目を覚ましましたが――今も、あの通りで」

 はて――俺は一瞬考えこんだ。

 パキラが以前教えてくれたことによれば、護令械の操縦籠は佩用者が死ぬか気絶するかしない限り、外から開けることはできない。
 そして、不用意に外から開けようとすれば、電撃によって排除されるのが常。そこは俺も経験した通りだ。

 開かない、ということはレンボス卿は生きている。おそらく意識もある。にもかかわらず降りてこず、呼びかけに答えることもできないというのは――

「何か、まずいことになってるんじゃないか?」

「多分な。だが何が起こっているというのだ……? こんなことは拙者も聞いたためしがない」

 ――早く降ろして休ませてさしあげねえと。

 ――食事を、寝床を……!!

 ――死んじまう、本当に死んじまうぜ。

 兵士たちがレンボス卿を案じて嘆く声が聞こえる。
 このままではまずいのは明らかだ。だが騎士の状態がわからなくては、手の打ちようもない。
 俺は背後にそびえるもう一つの巨像を見上げた。
 
 ……カイルダインにばかり頼るのはちょいと癪だし、どこか都合の悪いとこをぼかされそうな不安感があるがここは〈ああっ佩用者、今ちょっとひどいこと考えましたよね!〉
 
 ……内心の思考に対して食い気味に抗議されるとは。

(お前がそうやってちょくちょく勝手に人の頭の中覗き見るからだろうが)

〈仕方ないじゃないですか共鳴してるんですから〉

(そうか? その論法なら俺もお前の思考を覗けないとおかしいと思うんだが――)

〈あ、あーそのまあそれは。えーとそれで、問題の渉猟械マクガヴァンまがいものとその佩用者ですけど〉

(……この野郎)

 腹が立つがこいつの情報能力は心底頼れる。

〈そのー、霊力中枢の反応がですね、一つしかないんですよね今のところ)

(一つ、だと?)

 カイルダインを含め、護令械やそれに類するものは『霊力』によって動く。俺は漠然と、それを佩用者の霊力をもとに増幅されたもの、という風に考えていたのだが――どうやら少し違うのか?

〈完全に同じではないですが、この状態はマリオン――先代の佩用者が私の中で休眠していた時の状態に酷似しています。あのときは、人間の寿命を超えて生命活動を維持させるために、私の械体側の霊力との同調を高めて消耗を補っていました〉

(ふむ……)

 カイルダインはしばしば当代の護令械を「まがい物」だの「粗悪品」だのとこき下ろす。そしてパキラたち械匠は、カイルダインのような古い械体を「原型アルケー」などと称する。
 ほぼ間違いなく、護令械とは神械アロイを原型として作り出されたデッドコピーなのだ。だとすれば、そうした霊力周りの相互補完機能も不完全にであれ、残っていると考えられるのではないか。

〈……佩用者の推測はおそらく正しいでしょう。渉猟械マクガヴァンは、極度に疲労、消耗したレンボス卿の生命を維持するために、械体側の霊力を彼にまわして補っているのです――〉

 しかし、とカイルダインは告げた。

〈まがい物である渉猟械ストラトヴァンダーには、その霊力の共有状態を適正に管理、調節する能力がないはずです。おそらくこのままでは……レンボス卿はマクガヴァンを降りることも、械体を動かすこともできないまま、徐々に霊力を消耗しつくして死んでしまうでしょう。マクガヴァンもろともに、です〉

(なんてこった……!)

 助けたつもりだった。少なくとも彼は討ち死にはしなかった。だが、まだ終わっていないのだ。

(どうすればいい。俺には何ができる?)

 カイルダインは静かに、俺の焦る思いを受け流して切り捨てた。

〈今佩用者にできることは何もありません。何も。私にしても、マクガヴァンに対して余剰の霊力を分け与えて、両者の死の瞬間を一時的に先送りする程度が関の山です。この状況を打破するには――護令械のことを熟知し、同時に癒しの法術と霊力の扱いに熟達した誰かの協力が必要かと〉

(そんな人間が――いや、いる……)

 そうだ。俺が知る限り、一人いる。だが、その救い手足り得る人間――アースラ・ゲイルウィンが今どこにいるかを俺は知らないのだ。
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