神滅の翼カイルダイン

冴吹稔

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ACT2:妖魔王の旌旗

騎士の帰還

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(あの真言マントラは前にも聴いた――)

 アースラの詠唱に注意を向けると、カイルダインがそれについて解説を始めた。

〈ブルゼンでモルドヴォスと対峙したときとは、一部を除いて異なる詠唱ですね。共通部分はどうやらあの械体を励起状態に移行させ、その霊力の一部を外部へと誘導、延長させるためのもののようです〉

「あの時は角から何か発振させてる感じだったな……そうだ、確か600気圧に相当する重圧で敵を束縛する能力だったか――」

 だが今起きている現象は、それとは違うもののようだ。

〈おそらくレンボス卿とマクガヴァンの融合した霊力――あるいは霊的身体に直接働きかけるような法術を、即興的に再構成したのでしょう〉

「それって、かなり凄いことをしてるってことだよな」

〈はい。この時代の法術は先代佩用者のころとはだいぶ違っていて、私にとってはやや理解しにくいものなのですが……それでも、アースラ姫のやっていることがどのくらい高度な業であるかは明らかです。人間に制御可能なレベルの限界に近いかもしれません〉

 サーガラックの接触を、マクガヴァンの令呪錦は攻撃と見做したらしい。内部の佩用者を守るため操縦籠の鉄蓋に強力な電流が流され、空中に火花が走った。サーガラックの巨体が軋んで震える。
 
「そんな高度な術を操りながらあれを食らって、大丈夫なものなのか……!?」
 
 だが、アースラがひるんだ様子はなかった。やがて根負けしたように放電が途絶え、マクガヴァンの操縦籠が煮えたハマグリの様に口を開ける。そこへサーガラックが抱擁するように械体を寄せた。
 分厚い装甲に隠されていたサーガラックの操縦籠もまた爆ぜるような勢いで開き、一呼吸遅れてアースラが中から現れる。その全身から、以前闘技場で見たのと同じ、癒やしを司る薄桃色の光がうねるように立ちのぼっていた。
 
「戻ってこいッ、レンボス!!」
 
 マクガヴァンの胸部へと飛び移り、彼女は開いた蓋の奥へと腕を伸ばして叫んだ。
 
「――捨身救悲神果!」

 詠唱の完成と同時に彼女を包む桃色の光がゆらりと動き、次の瞬間奔流となってマクガヴァンの中へほとばしる。光が消えた後も彼女は身じろぎもせずに同じ姿勢を取ったまま。俺にはその時間が永遠に続くかとも思われた。
 だが不意にアースラが身を起こす。その腕でたぐり寄せ持ち上げられたのは、薄汚れた鎧下に包まれてぐったりと脱力した騎士――レンボスの姿。

 俺はカイルダインの操縦籠の中からその拡大映像を見守った。
 枯れ木のようだったレンボスの体が少しづつ活力を取り戻し、やがてその双眸が見開かれる。
 
〈素晴らしい……あのように精妙な人体と械体双方に対する霊力の制御と操作が、私に可能であったなら――〉

 カイルダイン自身も意図せぬうちに漏れ伝わってきたらしい、その思念波はなにやらひどく苦渋の色合いを帯びたものだった。
 
 
 その日の夕刻、俺たちはトラスカン峠を後にした。
 関所の守備兵に遅れて駆け付けたアースラ麾下の兵士たちまで加えた、戦闘用護令械三械を擁する一団が一斉に移動を開始する。
 レンボスは生命と身体を全うしたとはいえ、彼の衰弱しきった体は早急に後方へ送って養生させる必要があった。サーガラックとともに大量の霊力を放出したアースラにも、同様にしっかりした休養が必要だった。

「あそこはしょせん、平時の街道の管理のために作られたにすぎん。今の情勢ではもっと守るに適した、大掛かりな拠点が必要じゃろう。すでにその建設準備は、始めさせておる」

 行軍を中断して食事をとりながら、アースラはそう言った。

「……あの関所は、確かに小規模すぎる。だが、どっちにしても、拠点を整えるやり方はもう通用しないかもしれないな」

 俺はたき火で焼かれたムティをちぎりながら答える。
 
「ん、どういうことじゃ?」

 アースラが眉をピクリと動かした。

「妖魔王軍は、どうもこの世界の常識を逸脱した思想で兵力を運用してるみたいなんだ」

「ふむ? 、とのう」

 アースラが俺の目をじっと覗き込んだ。

(あ……)

 自分の失策に気づいて息をのんだその瞬間、彼女の左手が俺の喉元へと伸びてきて、首に巻いたマフラーを掴んだ。
 
「やはり、お主か……姉上が召喚した『勇者』は」

 たき火の明かりを反射して、彼女のすみれ色の瞳が燃えるように輝いた。 
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