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EX.ACT「キツネとウサギの防衛線」
メイザフォン、起動
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「まさかこの城市が最前線の拠点になろうとは。だが心配には及ぶまい……」
ダンバーの領主、アッサルマン藩主は執務室の窓から眼下に広がる市街を一望した。この数日のあわただしさが、いささか非現実的な印象とともに脳裏をよぎった。
四日前。鍛冶司ダールハムの養女と自称する少女が、輜重械数台と械匠達を伴って現れた。ブルゼンの長者ゴータムが、ボルミからの難民を助けて市中に駆け込んだ。
そしてほんの今しがた、第三王女アースラの名代として、ガイス・ラフマーンと名のる精悍この上ない偉丈夫が、騎兵を伴って進駐してきた。アースラ本人も数日を待たず訪れるであろう、という予告を携えて。
アッサルマンには、およそ軍事的な才覚というものが無い。彼自身それをよく自覚している。
ゆえにこそ、ひとたび危急存亡の秋が迫れば、然るべき武人に全権を任せ、自らは資金や物資の管理、兵舎となるべき家屋の調達といった補助的な仕事に専念できるのだ。今がまさにそうだった。アッサルマンに私心や迷いは一切なかった。
「あのガイスという男、ただ者ではない。ましてや当世まれにみる将器と噂に高い、三の姫様が後ろにおられるなら」
ガイス・ラフマーンを指揮官として王女の到着までダンバーを守り切れば、太守としての責務は最低限果たせる。
それが彼の目算だった。
そんなところに、表の回廊から伝令の衛兵が一人、小走りに入ってきて膝まずいた。
「藩主様。械匠パキラ殿からの言伝でございます。騎士が到着したゆえ、渉猟械メイザフォンとの共鳴を行う、と」
「ほう……!」
ガイスの一行に騎士を伴っていたとは初耳だった。では、先日迎え入れた遊歴騎士に続いて、少なくとも二械を防衛に充てられるわけだ。
「それは心強い限りだ」
「パキラ殿には、是非に藩主様の立ち会いをとご希望です」
よかろう、とアッサルマンはうなずいた。立ち会って何ができるわけでもないが、領主にはそれを見届ける責任がある。
* * * * * * *
『メイ』系列の械体は比較的珍しい部類に入る。当代量産されている『マク』系列――ブルゼンに所蔵されていた保存護令械『モルドヴォス』から勧請されたものよりも古い。『マク』の一つ前に当たる『エル』と同時代のものだ。原形となった械体はすでに失われていた。
ダンバーで資格認定を受けて以来、パキラはギルドで長く保管されていたこの械体、メイザフォンの整備にあたっていた。
難物である。主骨は『マク』系列よりもやや細身にまとめられているが、もとの佩用者が盾を持たず両手剣を装備する運用を行っていたためか、各部の装甲が大きく、重い。
通常の渉猟械とは重量の配分も異なり、絹糸束筒の張力調整にこれまでの経験があまり役に立たない。
そんな難しい械体に今、どちらかといえば憎悪する相手が乗り込もうとしている。
「壊したら承知しないわよ……そもそも、あんたこれ動かせるの? 親方が修復しかけてたあの名無しの渉猟械も、ひどい音立ててたけど」
蓋の開いた操縦籠の縁から、パキラはエルゴンが鞍や擬宝珠の高さを調節する様子を監視していた。非常に不本意だった。
「あれは俺のせいじゃないだろ! ざっと点検した感じ、部品の二割くらいが廃棄相当だったぞ。動かすには早かったんだよ」
「……だったらなんで使ったのよ」
「あのあたりで一回、俺が渉猟械使えるってところを見せとかないと、奴らに舐められそうだったんでな……そんな顔すんな! 俺は本当にもともと姫様の近衛騎士隊にいたんだ。渉猟械ならどんな械体だって共鳴できるんだからな」
「へ、へえ……すごいじゃないの」
自信満々のエルゴンに、やや気勢がしぼんだ。本当だとすれば尋常なことではない。護令械は通常、だれでも、どの械体でも共鳴して使えるというものではないのだ。
当代の『マク』系列などでは幾分緩和されているが、古いものほど佩用者の霊力との相性に左右される。エルゴンがその言葉通りどの械体とでも適合できるというのなら、それは一種の掟破りともいうべき特異な能力ということだ。
非常に不本意だった。
「自慢するんなら、ちゃんとやってよね……ほら、領主さまが見えられたし、始めないと」
パキラは先ほどから片手に握り込んでいた紙片を広げて、エルゴンに渋々手渡した。メイザフォンの起動詠唱を書きつけたものだ。械体との初共鳴時にも同じ文言が使用される。
「ほう……なるほど、渉猟械の共通詠唱とはだいぶ違うな」
メイザフォンは特殊な械体だ、というアースラの言葉が脳裏によみがえった。あれは真実なのだ。力と栄誉の予感に、エルゴンの胸は心地よく躍った。
「よいのかな?」
「はい」
乗械壇の上と下、パキラと領主の間で交わされた言葉はそれだけだった。そして何の前触れもなく、詠唱が始まった。
――これなるはただ走狗たる剣。
聞きなれぬ響き。周囲に佇む人々が一斉に頭上を見上げ、感嘆の吐息を漏らした。
――砂塵よ在れ、煙霧よ在れ。されば不可知の刹那に躍りて一切を葬らん――メイザフォン、汝とともにあり
頭部の面頬に刻まれた数本のスリットの奥で、視覚器が青白い光を灯した。ゆっくりと、何かを確かめるように右腕が上がり、再び体側にもどされた。
〈よぉし、動くぜ……!〉
伝声管を通じてエルゴンの声が響いた。
「問題ないようね。ではそれまで、一度下りてください!」
領主の目の前である。パキラはこれまでのいきさつを腹に収め、騎士に対して械匠がとるべき礼を踏まえて呼びかけた。
だが、エルゴンはそれに応じなかった。乗械壇をゆっくりと離れて工房の壁に歩み寄り、台の上に横たえられた幅広の大剣を取り上げた。
械体と一組で保管されていた、専用のものだ。
そのまま歩調を速め、外へ向かおうとする。パキラがあわてて制止の声をかけた。
「ちょっと! だめです、これから最終調整が……」
聞こえた風もなく、エルゴンがメイザフォンの速度を上げた。工房の外へでて、少し離れた広場へ向かう――そこには、パーシヴァム・ロギの佩用する渉猟械スクロス・マイが、片膝をついた降着姿勢で佇んでいた。
ダンバーの領主、アッサルマン藩主は執務室の窓から眼下に広がる市街を一望した。この数日のあわただしさが、いささか非現実的な印象とともに脳裏をよぎった。
四日前。鍛冶司ダールハムの養女と自称する少女が、輜重械数台と械匠達を伴って現れた。ブルゼンの長者ゴータムが、ボルミからの難民を助けて市中に駆け込んだ。
そしてほんの今しがた、第三王女アースラの名代として、ガイス・ラフマーンと名のる精悍この上ない偉丈夫が、騎兵を伴って進駐してきた。アースラ本人も数日を待たず訪れるであろう、という予告を携えて。
アッサルマンには、およそ軍事的な才覚というものが無い。彼自身それをよく自覚している。
ゆえにこそ、ひとたび危急存亡の秋が迫れば、然るべき武人に全権を任せ、自らは資金や物資の管理、兵舎となるべき家屋の調達といった補助的な仕事に専念できるのだ。今がまさにそうだった。アッサルマンに私心や迷いは一切なかった。
「あのガイスという男、ただ者ではない。ましてや当世まれにみる将器と噂に高い、三の姫様が後ろにおられるなら」
ガイス・ラフマーンを指揮官として王女の到着までダンバーを守り切れば、太守としての責務は最低限果たせる。
それが彼の目算だった。
そんなところに、表の回廊から伝令の衛兵が一人、小走りに入ってきて膝まずいた。
「藩主様。械匠パキラ殿からの言伝でございます。騎士が到着したゆえ、渉猟械メイザフォンとの共鳴を行う、と」
「ほう……!」
ガイスの一行に騎士を伴っていたとは初耳だった。では、先日迎え入れた遊歴騎士に続いて、少なくとも二械を防衛に充てられるわけだ。
「それは心強い限りだ」
「パキラ殿には、是非に藩主様の立ち会いをとご希望です」
よかろう、とアッサルマンはうなずいた。立ち会って何ができるわけでもないが、領主にはそれを見届ける責任がある。
* * * * * * *
『メイ』系列の械体は比較的珍しい部類に入る。当代量産されている『マク』系列――ブルゼンに所蔵されていた保存護令械『モルドヴォス』から勧請されたものよりも古い。『マク』の一つ前に当たる『エル』と同時代のものだ。原形となった械体はすでに失われていた。
ダンバーで資格認定を受けて以来、パキラはギルドで長く保管されていたこの械体、メイザフォンの整備にあたっていた。
難物である。主骨は『マク』系列よりもやや細身にまとめられているが、もとの佩用者が盾を持たず両手剣を装備する運用を行っていたためか、各部の装甲が大きく、重い。
通常の渉猟械とは重量の配分も異なり、絹糸束筒の張力調整にこれまでの経験があまり役に立たない。
そんな難しい械体に今、どちらかといえば憎悪する相手が乗り込もうとしている。
「壊したら承知しないわよ……そもそも、あんたこれ動かせるの? 親方が修復しかけてたあの名無しの渉猟械も、ひどい音立ててたけど」
蓋の開いた操縦籠の縁から、パキラはエルゴンが鞍や擬宝珠の高さを調節する様子を監視していた。非常に不本意だった。
「あれは俺のせいじゃないだろ! ざっと点検した感じ、部品の二割くらいが廃棄相当だったぞ。動かすには早かったんだよ」
「……だったらなんで使ったのよ」
「あのあたりで一回、俺が渉猟械使えるってところを見せとかないと、奴らに舐められそうだったんでな……そんな顔すんな! 俺は本当にもともと姫様の近衛騎士隊にいたんだ。渉猟械ならどんな械体だって共鳴できるんだからな」
「へ、へえ……すごいじゃないの」
自信満々のエルゴンに、やや気勢がしぼんだ。本当だとすれば尋常なことではない。護令械は通常、だれでも、どの械体でも共鳴して使えるというものではないのだ。
当代の『マク』系列などでは幾分緩和されているが、古いものほど佩用者の霊力との相性に左右される。エルゴンがその言葉通りどの械体とでも適合できるというのなら、それは一種の掟破りともいうべき特異な能力ということだ。
非常に不本意だった。
「自慢するんなら、ちゃんとやってよね……ほら、領主さまが見えられたし、始めないと」
パキラは先ほどから片手に握り込んでいた紙片を広げて、エルゴンに渋々手渡した。メイザフォンの起動詠唱を書きつけたものだ。械体との初共鳴時にも同じ文言が使用される。
「ほう……なるほど、渉猟械の共通詠唱とはだいぶ違うな」
メイザフォンは特殊な械体だ、というアースラの言葉が脳裏によみがえった。あれは真実なのだ。力と栄誉の予感に、エルゴンの胸は心地よく躍った。
「よいのかな?」
「はい」
乗械壇の上と下、パキラと領主の間で交わされた言葉はそれだけだった。そして何の前触れもなく、詠唱が始まった。
――これなるはただ走狗たる剣。
聞きなれぬ響き。周囲に佇む人々が一斉に頭上を見上げ、感嘆の吐息を漏らした。
――砂塵よ在れ、煙霧よ在れ。されば不可知の刹那に躍りて一切を葬らん――メイザフォン、汝とともにあり
頭部の面頬に刻まれた数本のスリットの奥で、視覚器が青白い光を灯した。ゆっくりと、何かを確かめるように右腕が上がり、再び体側にもどされた。
〈よぉし、動くぜ……!〉
伝声管を通じてエルゴンの声が響いた。
「問題ないようね。ではそれまで、一度下りてください!」
領主の目の前である。パキラはこれまでのいきさつを腹に収め、騎士に対して械匠がとるべき礼を踏まえて呼びかけた。
だが、エルゴンはそれに応じなかった。乗械壇をゆっくりと離れて工房の壁に歩み寄り、台の上に横たえられた幅広の大剣を取り上げた。
械体と一組で保管されていた、専用のものだ。
そのまま歩調を速め、外へ向かおうとする。パキラがあわてて制止の声をかけた。
「ちょっと! だめです、これから最終調整が……」
聞こえた風もなく、エルゴンがメイザフォンの速度を上げた。工房の外へでて、少し離れた広場へ向かう――そこには、パーシヴァム・ロギの佩用する渉猟械スクロス・マイが、片膝をついた降着姿勢で佇んでいた。
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