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第二部 【第九話】
しおりを挟むたった一夜限り開花するナイトクイーンと呼ばれる花がある。日に当たることを好み、十分な日光を蓄え、月の上った穏やかな夜にひっそりと一度だけ花開く。その際に甘く、魅惑的な香りを発することから、「危険な快楽」という花言葉まで付いていた。
彼の秘密を知った時、脳裏を過ったのはその花だった。大きく滑らかな花びらが白い肌を思い起こさせ、愛らしい紫の瞳を引き立てる。潤いのある薄桃色の唇も、艶やかなアッシュカラーの髪も、彼を形成する全てが美しく、恋に落ちたのは一瞬だった。
誰も知りえない秘密の姿。自分だけのために咲いてくれているなんて、そんな烏滸がましい独占欲を抱くのも致し方ない。それほど彼のその姿は美しく、なによりも愛おしかった。
◆ ◆ ◆
エルドがアウル・ラミレスと出会ったのは、彼が十一の誕生日を迎えたころのことだ。
ウェールズ地方最大の帝国、ハイペリオンの王族の血を引きながらも、彼は物心が付くころには他国の孤児院に入れられて、不平等な生活を強いられていた。その背景は彼の出生にあり、いわゆる不貞の末に生まれた子供だったからだ。
婚約中にも関わらず、どこの種かも分からずに孕んだ腹はふくふくと膨れ、名を明かせない秘密の子を産み落とす。処分すべきか意見が分かれたが、とある事情から一時的に保留措置が取らることとなった。理由は単純に、その赤子が『祝福の保持者』である可能性が浮上したから。
生かさず殺さず、なるべく人の目の届かないところで、この無垢な軍事兵器を育てねば。そんな上層部の企みが、エルドに歪な価値観を植え付けることとなる。
朝から晩まで流し込まれる偏った世界観の歴史と戦闘の知識。銃の扱い方、ナイフの手入れ方法。隣の部屋で眠る子供たちはぬいぐるみや絵本が与えられる中、同じ歳の彼には飴の一つも与えられない。不平を述べたところで夕食を抜かれるだけであり、エルドは空を掴むばかりの自身の手を見下ろしていた。
誰からも愛されず、与えられない。常に空虚感に満たされていたとしても、物を摂取すれば人は成長する。
心が廃れていく過程で学んだものは、欲しいものは奪いに行かなければ手に入らないということ。隣国で起こった大きな内乱の影響で、孤児院の許容量は大幅に超過した。少ない食事を分け合う余裕などあるはずもなく、弱者は衰え、強者だけが明日を生きるための力を得られる。
毎日にように増え続ける孤児との命を賭けた略奪戦争。そんな過酷な状況下、エルドの部屋に割り当てられたのは不思議な言葉を話す子供だった。
光を通す淡い髪色を持った少年は常に不機嫌で、愛想がない。少女と聞いていたのに、どこかで伝達を間違ったのか。確かに中性的な美しさを纏っていたが、声変わりの経過途中である男児を女児と見間違えるほどではない。初めての同室、しかも異性と聞いて浮かれていなかったといえば嘘となり、その落胆は最高値。
期待が大きく外れれば態度に現れ、初日早々、二人は大乱闘を起こして厳重注意を受けることとなる。言葉が通じない、声を掛けても反応がない。些細な煩わしさの積み重ねが苛立ちを呼び、毎日が取っ組み合い。見た目に反して根暗なのか、四六時中部屋にいるのも気に障った。
朝日が差して日が沈み込むまで、窓辺にすら近寄らない身体は外に降り積もる淡雪のような儚さを滲ませる。
拳での語らいがやっと落ち着きを見せたころ。アウルが人の言語を覚えたこともあり、少しずつ意思の疎通が図れるようになった。言葉が交わせるようになると一気に親近感が湧き、二人の仲は狭まる。
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