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第二部 【第十話】
しおりを挟む元より歳が近かったことも影響していたのだろう。どこか不安定で幼さを感じさせるアウルの言動が、エルドに庇護心を覚えさせた。
彼は夜になると必ず同じ寝床に入り、身を寄せてくる。それはどんなに激しい喧嘩をした日でも変わらず、夜になれば首元へ擦り寄ってくるのだ。後になって聞いた話によると、アウルは保護されるまでの間ずっと竜の巣穴で育ち、夜はそのようにして兄弟と過ごしていたらしい。
人間に大事な家族を奪われ、その人間と同じ暮らしを強いられる。 弱肉強食の世界で同情の余地はない。そうわかっていても、全てを失った彼の寂しい背中を前に、自然と口を出た言葉は彼を労るものだった。
人生で初めて感じた確かな愛の形。それは友情と称するには重く、熟れた果実のように甘い。自分の手の中に舞い降りた花びらに抱いた感情の名を、この時のエルドはまだ理解していなかった。
言葉を覚えるのが遅かったからか、もしくは竜の習性なのか。アウルは思ったことの全てが口を衝く。裏表のない性格が敵を生むかと思えば、案外そうでもなく、彼の純真さにほだされた者は数知れず。肉体的な成長を遂げ、男性的な身体付きになると、見目の良さも相まって彼は多くの者の目を惹き付けた。
「アウルって男もいけるのか?」
「お前さ、それどっちの意味で聞いてんだよ」
「どっちって?」
「抱きたいのか、それとも抱かれたいのか?」
「いやもう相手があいつならどっちでもいい。いや、むしろどっちもしたい!」
「あははっ! 最低だな」
「エルドなら知ってるんじゃないか?」
「挿れるのと挿れられるのと、どっちがいいかって話?」
「そうじゃなくて、まずあいつが男とのセックスに抵抗感がないかってとこだよ」
「さあ……そもそもまだ童貞だから、本人もわからないんじゃないか?」
「信じれない……あの顔と身体でまだ未経験なんて」
「ちょっと誘ってくる」
「3Pでもいいか聞いて来て」
「あははっ! 俺以上にクズじゃないか!」
美しい花に纏わり付く虫ケラ共。軍に入ってからは特に頻繁に名が上がり、男達からのアプローチはあからさまになっていった。煩わしさを覚えなかったわけではないが、嫉妬を抱くほどではない。なぜならエルドにはこれまで積み重ねてきた信頼があり、アウルの「秘密」を知るという優越感があったからだ。
それは二人の出会いから一年が経過し、初めての春を迎えた時のこと。アウルは時折ふらりと外出し、三日ほど帰らないことが多々あった。手間が減ったと安堵する大人とは違い、厳格さを叩き込まれたエルドには責任感があり、形容し難い焦燥感に焚き付けられる。前日に青あざができるほど殴り合ってしまったこともあり、罪悪感に駆られたのだろう。家出であるのならせめて食糧だけでも届けようかと、重い腰を上げて森の中へ足を踏み入れた。
雨風が凌げて、食料も手に入れられる場所。深い森の中では限られていて、エルドは川沿いを歩き、小さな滝を下った先の浅瀬へと向かう。見込み通り、黄色い小花が敷き詰められた中心に、見慣れた白い肌を見つけた。
音を立てずに近付き、見下ろした身体は普段の彼よりも一回り小さく、美しい髪は腰丈まで伸びて鮮やかな野花の中に根を広げていた。
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