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第二部 【第十一話】
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「アウル……?」
「……なんだよ、エルドか?」
「そうだけど、こんなとこで寝るなよ」
「だって……ここ、あったかくて気持ちいい」
無防備に手に擦り寄る彼はまだ半分ほど夢の中なのか。返される声は細く、どこかたどたどしい。柔らかな日差しの中で小さな寝息を立てる彼女を、アウルであると認識するには随分と無理があったが、肌に付いた青あざや引っ掻き傷がその事実を裏付ける。
彼があれほど外出を拒み、部屋を出たがらなかった理由はこれだったのか。幼い脳は柔軟なぶっ飛んだ推測をそのまま取り入れ、奇怪な現象を受け入れた。驚きよりも好奇心が勝り、身覚えのない不可解な胸の高鳴りが追加される。
彼の秘密を知った後もエルドは態度を変えず、しかし、少しばかり手加減をするようになった。半分女の相手に手を上げることに引け目を感じたのと、単純に惚れてしまったからだ。
初めて抱いた感情の高揚が、灰色だった世界を鮮やかに色付ける。それはエルドの人生を神々しく飾り立て、同時に彼をより傲慢で、より歪な愛を喰む男へと導いてしまった。
アウルは誰とも付き合わない。それは彼が準ずる竜の性質に由来する。竜は一夫一婦制であり、たとえ番う相手が亡くなろうと、新たな恋人は作らずに片割れを想い続ける生き物だ。一生に一度の恋。荒れ狂ったこのご時世、そんな馬鹿げた掟を突き通す者がいるのかと、笑いが出るのも無理はない。
しかしアウルは本気だった。それ故に誰とも肌を重ねない、誰にも心の内側を晒さない。いい意味で誠実、悪くいえば頑固。僻みの入った皮肉にもめげず、自身の恋愛観に誇り持つ姿は気高く、愛らしかった。
日を追う毎に艶やかになり、豪快でありながらも繊細に綻ぶ彼の美しさ。その横で、エルドはふとでは自分たちの関係はなんなのかと首を傾げた。寝食を共にし、互いを支え合い、この先も死ぬまで共に歩んでいきたい相手。そういえば女を抱いている時もアウルのことばかり考えているなあと、いまさらになって性的な欲求を自認する。
つまり今まで自覚がなかっただけで、自分たちはすでに恋人関係にあるのではないか。それならば彼が誰にも興味を示さないことにも頷ける。突っ走った思考が短絡的な結果を弾き出し、物事が都合の良いように後付けされていく。
肥大化した感情、独断と偏見。自分も今気が付いたばかりなのだから、アウルにその自覚がなくても仕方がない。お門違いな思い込みも、ここまでくれば賞賛ものだろう。口に出さなければ正す者が現れず、彼の一方的で独裁的な愛情は日を追う毎に澱んでいった。
水面下で根を伸ばし始めた歪な形の恋の花。その存在に誰も気が付くこともなく、二人に大きな転換期が訪れる。
茹だるような熱風が吹き荒れる猛暑のど真ん中、アウルに恋人ができたのだ。しかも相手は人間ではなく竜だという。なんの冗談かと笑い飛ばすが、アウルは頬を染めて茶化すなと口を尖らせた。ざわっと背に走った不快感は嫌悪か、それとも肉を蝕むような嫉妬心か。
一時の気の迷い、もしくはこちらの気を引きたくてわざと馬鹿な事を言い始めたのだろう。どちらにせよ、自身のものである彼に他の雄の手が付いたことに変わりがない。気が付くころには小慣れた笑顔すら出せなくなり、昂る怒りが頂点へと駆け上がった。
「……なんだよ、エルドか?」
「そうだけど、こんなとこで寝るなよ」
「だって……ここ、あったかくて気持ちいい」
無防備に手に擦り寄る彼はまだ半分ほど夢の中なのか。返される声は細く、どこかたどたどしい。柔らかな日差しの中で小さな寝息を立てる彼女を、アウルであると認識するには随分と無理があったが、肌に付いた青あざや引っ掻き傷がその事実を裏付ける。
彼があれほど外出を拒み、部屋を出たがらなかった理由はこれだったのか。幼い脳は柔軟なぶっ飛んだ推測をそのまま取り入れ、奇怪な現象を受け入れた。驚きよりも好奇心が勝り、身覚えのない不可解な胸の高鳴りが追加される。
彼の秘密を知った後もエルドは態度を変えず、しかし、少しばかり手加減をするようになった。半分女の相手に手を上げることに引け目を感じたのと、単純に惚れてしまったからだ。
初めて抱いた感情の高揚が、灰色だった世界を鮮やかに色付ける。それはエルドの人生を神々しく飾り立て、同時に彼をより傲慢で、より歪な愛を喰む男へと導いてしまった。
アウルは誰とも付き合わない。それは彼が準ずる竜の性質に由来する。竜は一夫一婦制であり、たとえ番う相手が亡くなろうと、新たな恋人は作らずに片割れを想い続ける生き物だ。一生に一度の恋。荒れ狂ったこのご時世、そんな馬鹿げた掟を突き通す者がいるのかと、笑いが出るのも無理はない。
しかしアウルは本気だった。それ故に誰とも肌を重ねない、誰にも心の内側を晒さない。いい意味で誠実、悪くいえば頑固。僻みの入った皮肉にもめげず、自身の恋愛観に誇り持つ姿は気高く、愛らしかった。
日を追う毎に艶やかになり、豪快でありながらも繊細に綻ぶ彼の美しさ。その横で、エルドはふとでは自分たちの関係はなんなのかと首を傾げた。寝食を共にし、互いを支え合い、この先も死ぬまで共に歩んでいきたい相手。そういえば女を抱いている時もアウルのことばかり考えているなあと、いまさらになって性的な欲求を自認する。
つまり今まで自覚がなかっただけで、自分たちはすでに恋人関係にあるのではないか。それならば彼が誰にも興味を示さないことにも頷ける。突っ走った思考が短絡的な結果を弾き出し、物事が都合の良いように後付けされていく。
肥大化した感情、独断と偏見。自分も今気が付いたばかりなのだから、アウルにその自覚がなくても仕方がない。お門違いな思い込みも、ここまでくれば賞賛ものだろう。口に出さなければ正す者が現れず、彼の一方的で独裁的な愛情は日を追う毎に澱んでいった。
水面下で根を伸ばし始めた歪な形の恋の花。その存在に誰も気が付くこともなく、二人に大きな転換期が訪れる。
茹だるような熱風が吹き荒れる猛暑のど真ん中、アウルに恋人ができたのだ。しかも相手は人間ではなく竜だという。なんの冗談かと笑い飛ばすが、アウルは頬を染めて茶化すなと口を尖らせた。ざわっと背に走った不快感は嫌悪か、それとも肉を蝕むような嫉妬心か。
一時の気の迷い、もしくはこちらの気を引きたくてわざと馬鹿な事を言い始めたのだろう。どちらにせよ、自身のものである彼に他の雄の手が付いたことに変わりがない。気が付くころには小慣れた笑顔すら出せなくなり、昂る怒りが頂点へと駆け上がった。
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