狂った勇者が望んだこと

夕露

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第三章 化け物

154.「えっと、どなたでしょう……?」

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最初は復讐の糸口として勇者のことと魔物のことを調べ始めただけだった。それが勇者召喚を無くすために魔法や勇者召喚の起源を調べることになって、その関係から英雄伝を読み進めていくうちにイメラのようなサバッドが関係していていることが分かって──今ではフィラル王国そっちのけで英雄伝とサバッドについて調べてる。
人手が足りない、それが最近よく思うことだ。
私がこれからすることには協力者がいる。残念なことに勇者召喚を無くすのは魔法でフィラル王国という国を滅ぼすより難しい。人々の願いが勇者召喚の維持に事欠かないほどの魔力となっているのならそれを崩さなきゃならない。隠蔽された情報を曝け出すために証拠を集めて――説得力を出すためにも出来ればこの世界の有力な奴らとも協力していきたい。勇者召喚を無くしたあとにも一役買ってくれるだろう。それまでに勇者召喚の文様がどこに隠されているのかも平行して調べないと駄目だ。怪しいのはフィラル王国筆頭魔導士キューオだけどキューオに近い翔太は私に良い印象は持っていないし探るには難しいところだ。追っ手もいるらしいし今は大人しいけど進藤と女勇者レナは危険人物で――ああ、人手が欲しい。
大地は――大地はなあ……。
助けてはくれそうだが見事やらかしそうな気がするし大地の現状を考えると仲間に誘えない。なにせ大地は異様な面子にもめげず後ろ盾に神殿をつけた状態でジルドの館まで単身乗り込んでくる無邪気さだ。


「ジルドさんリーシェです。いまお時間良いですか?」
「ええ勿論」


大地を連れ帰った身として事情を説明しようとジルドの部屋をノックするとすぐさま返事が返ってきた。笑い堪える大地の足を踏んづけたあとドアを開ければ書類から顔を上げ微笑み浮かべた赤髪の男は思わぬ珍客を見つけた瞬間口元を引きつらせる。

「よっ!ジルド元気か!」
「なんでてめえがここに居やがる!」
「神殿を案内してもらったさいジルドさんの話しになったんです。なんでも大地さんはジルドさんと面識があるとのことでしたから……連絡も入れず申し訳ありません」
「い、いえお気になさらず」
「はははっ!お気になさらずって!」

腹を抱えて笑う大地は涙目だ。ここに連れてくるさい大地がサクって言えないよう魔法をかけておいてよかった。絶対コイツなんかの拍子に私のことサクって呼ぶだろう。
微笑み貼り付けて大地を眺めていたら案の定私のことをサクと呼びかけたらしい大地がハッと顔を上げたあと決まり悪そうに頭をかく。

「まあそーゆーこと。俺今神殿に住んでんだけどさーリーシェからジルドのこと聞いてこりゃ会っとかないとなーってついてきた。元気そうだな!フィラル王国にずっと居るもんだと思ってたわ」
「てめえは……リーシェさん、少し大地と話をしてもいいでしょうか」
「はいどうぞ。私は下がらせて頂きますね」
「リーシェさんって!さんづけ!」
「てめえは黙ってろ」

笑顔を作ろうとして失敗しまくってるジルドは見なかったことにして部屋をあとにする。ドアを閉めれば静かな廊下。ラスさん達は部屋に戻っているし、ようやく1人だけの自由な時間。だけど今日は流石に図書室で調べものをする元気はなかった。
――ラスさんが予想通り指導者ハトラでオーズも数百年を生きてることが分かった。
そんな人達の言動はこれからも注意した方がよさそうだ。お互いの身の上が分かってもオーズは相変わらず答えをそのまま教えてくれる訳じゃないしラスさんも話せないようだ。関係はこれまでと変わらない。


「離れるのもいいかもな」


本心がこぼれてしまって思わず辺りを見渡してしまう。幸い誰も居ないようで、だけどこれ以上余計なことを言ってしまわないように足早に部屋に戻る。
――私は贅沢な奴らしい。
答えを知ってるオーズが近くに居ることはある意味幸運なことだ。丁寧じゃなくともガイドしてもらえるのは強みになる。勇者召喚を一番最初にした指導者ハトラが近くにいるのも心強い助けになるはずだ。落ち込んだとき新しい道を教えてくれる梅だっている。それに少しネックはあるけど英雄伝に詳しいジルドと資料を検証するのは楽しいし、この館で働くトゥーラたちと一緒に過ごすのも楽しい。
――それなのに離れたいと思う。
レオルドなら私の悩みはどうでもいいことだって笑ってくれる。セルジオなら大丈夫と言って隣に座ってくれる。リーフなら俺は何があっても味方だって言って手を取ってくれる。

──だけど1人になりたいと思ってしまう。

この世界の人たちと過ごしてきた時間とか現実がぐるぐる私につきまとう。あまりにも楽しくて優しい時間が続くからこの恵まれた環境から抜け出した状況で現実を見たくなるんだ。この世界に過ごす人は痛い目見て当然だって思いたくなる。カナルで会ったような私を犯して売ろうとした奴らだとか人買いばかりの世界なら素直に心に従って復讐が出来る。それこそ勇者召喚ごとフィラル王国を魔法で消してやる。

それなのにそんなことばかりじゃないって分かってしまったからグズグズしてしまう。

私が前に進むための儀式のようになってる復讐の準備をすればするほど、そんなもののために犠牲になるだろうこの世界に住む人達の笑顔が浮かぶ。ディオがしたシーラの話しを思い出してしまえば胸糞悪くなって最悪な気分だ。時間がかかればかかるほど笑う顔と聞こえる声が増えていく。協力者を増やせば後戻りも出来ない。
――する必要があるんだろうか。
いつだったか梅が私に捨てきれないところがあるって言ってたけどその通りだと思う。
『すみません……』
この世界が嫌いになれないんだ。
それにもう震える声を思い出したのか聞いてしまったのかも区別が出来ない。ぐるぐる、ぐるぐる色んなものが見える。色んなものが聞こえてくる。勇者とサバッドの記憶にひきずられて自分が何を思ってるのかも分からなくなってしまう。

ようやく辿り着いた部屋に鍵をかけてベッドに飛び込む。柔らかい布団は私を優しく包んでくれてすぐに眠気が襲ってきた。布団を抱きながら窓の向こうを見れば暗い空の色。うっすら光る星もあって綺麗だ。あの空の下がジメジメとした暑さが蔓延するうえ禁じられた森だとは思えない。過ごしやすい気候で穏やかな風が吹く森だったらイメージできるんだけどなあ。そこは風で揺れる葉の音と楽しそうに笑う声が聞こえる場所だ。夜は静かすぎるきらいがあるけど怖くなっても私の手を握ってくれる人がいる。だから私はこの場所がとても好きだった。
『外は危険だよ』
『いいかい?アンタには分からないだろうけど危険な人だっているんだ』
でも外への憧れは止められなかった。だって僕の村はこんなに良いところなんだから自慢したい。それにお母さんは怖がりだから僕が大丈夫だって教えてあげるんだ。あと正直言うと村は小さくてもう隠れるところがなくてつまんない。
『僕の村はちっちゃいけどいいとこなんだよ!』
だから時々現れる語り手が僕は好きだった。
『こっちこっち!』
語り手は外の世界を教えてくれる。まだ見ない色んな世界を僕に見せてくれる。僕はいつかここを出て色んなものを見て色んなものを知って強くなるんだ。

『僕が皆を守るんだ』
『僕が悪いんだ』

重なった希望の声と絶望の声にハッとして目を開ければいつの間にか寝てしまっていたようだ。月が浮かぶ空を見つけた。
──夢だった。
ぼおっとする頭で空を見ていたら、突然、あの森のように静かな部屋に幼い声が響いた。



「リーシェ姉ちゃん」



嬉しそうな声にギクリと固まってしまえば、部屋の隅っこで月の光を浴びて立つ少年が悲しそうな顔をした。赤い目が怒られた子供のように下を向いてしまう。
リヒトくん。以前森の中で出会ったサバッドだ。

「ごめんね、僕シーラたちを見つけられなかったんだ」

そういえば確かリヒトくんはシーラたちを探してくると言って姿を消したんだっけ。思い出したけど現状把握にはまったく役に立たない。リヒトくんはどうやってこの部屋に入ったんだ?イメラみたいに私が喚んでしまったんだろうか?……眠っててもそんなことしてしまうなら手の施しようがないな。
諦めに笑って身体を起こせばこちらを窺うリヒトくんは視線を私に向けたり床に向けたりと忙しい。

「そっか。でもいいんだよ……こんばんはリヒトくん」
「っ!リーシェ姉ちゃんこんばんは!」

手招きすれば走ってきたリヒトくんが私の隣に座って笑った。無邪気で可愛い子供だ。それが余計さっきの記憶を悲しくさせる。リヒトくんもイメラみたいになにかがあってそれからずっと彷徨っているんだろう。頭を撫でれば今度は怖がらず受け入れてくれた。

「へへっ、でも僕は子供じゃないよ」
「私が撫でたいんだ。駄目?」
「まあいいけど」

照れくさそうに弧を描いた赤い目が私の顔を見てなにを思い出したのかパチパチと瞬く。

「どうかした?」
「……ううん?リーシェ姉ちゃんは僕から逃げなかったね。なんで?」
「逃げる必要もなさそうだし起きたら部屋にいたしね。どうやってこの部屋に来たの?」
「どうやってだろ?あの日からずっとリーシェ姉ちゃん探してたんだけどさ、真っ暗な道の先にリーシェ姉ちゃん見つけて追っかけたらここに着いたんだ」
「真っ暗な道?ああ、夜道ってことかな?」
「ううん、夜よりも真っ暗だよ。僕怖かったけど頑張って走ったんだ」

胸を張ってドヤ顔をするリヒトくんの頭をまた撫でてしまう。この子可愛すぎるわ。でも流石に何度も撫でられるのは小さい子なりにプライドが許さなかったようで逃げられた。リヒトくんは恥ずかしそうに手を組みながらいじけてしまったから撫でるのは諦める。

「大冒険だったんだね。私だったらそんな道怖くて通れないよ」
「でしょ?でも大丈夫だよ!思ったより簡単だから」
「……あの日からずっと探してくれたんだね」
「うん!かくれんぼは僕の勝ちだね!でも僕は隠れるほうも上手なんだよ」

さっき夢のなか見た記憶は途中で私自身がリヒトくんになったような感覚だった。あのとき私はかくれんぼをした知らない村を心の底から誇りに思っていて、最後は後悔に泣きたくなった。
『僕は……僕も道に迷ってる』
リヒトくんはあの村に帰れなくてずっと1人彷徨っているんだろうか。

「リヒトくんは何か叶えたいことがある?
「……叶えたいこと?」
「うん、私へのお願い……かな。リヒトくんが欲しいものとか望んでること」

幼いリヒトくんにどう言えばいいか分からなくてイメラとの会話を思い出すけど参考にならない。未練はなに?って直接聞けたらいいけど万が一ここで暴走されたらことだ。
リヒトくんは俯きながら床につかない足をぶらぶらさせる。

「リーシェ姉ちゃんは僕から逃げないでしょ?だから、それでいいや」
「……そう」
「うん!あ、でもリーシェ姉ちゃん僕前があげた花持ってくれてる?」
「ラシュラルの花?持ってるよ」
「えー嘘だあ」
「ほら」

拗ねたように口を尖らせるもんだから四次元ポーチから貰ったラシュラルの花を取り出せばリヒトくんは「え!」と声を上げた。ポーチの中に花を突っ込んで持ち歩いてるのに驚いたのかと思ったけどどうやら違うようだ。リヒトくんはポーチの中を覗き込んで「それでかあ」と肩を落としている。

「どうしたの?」
「ううんなんでもない。リーシェ姉ちゃんやっぱり僕お願いがあるんだ。僕のあげた花はこのポーチの中に入れないで?」
「分かったけどなんで?」
「だってそれを目印にリーシェ姉ちゃん探してたのにこんな場所にあったんじゃ分からないもん」

どうやら私が大地にラシュラルの花を作らせて転移の目印にしたようにリヒトくんもこれを目印にしていたようだ。知らないうちに危ないもんを貰ってたんだなあ。

「そっか……それじゃあ今後のために言っとくと私は色んな人と一緒に過してるんだ。皆それぞれ過保護でね……んー、リヒトくんにビックリするかもしれないんだ。だからリヒトくんに魔法をかけていい?」
「魔法!?リーシェ姉ちゃん魔法使えるの?」
「使えるよ。その魔法でリヒトくんの目の色を青く変えてもいいかな?錯覚魔法って言って本当に変わるわけじゃないけど」
「いいよ!よく分かんないけどやってやって!」
「それじゃ遠慮なく」

今回みたいに突然来られた場合に備えて言ってみたんだけど思わぬ食いつきだ。そのうえ謎の魔物のように魔法が効かない体質を心配したけど錯覚魔法はすんなりかかった。本当に魔法がかかったか分からずそわそわするリヒトくんのために明かりをつけて鏡を指差せば、青くなった目を見つけた幼い顔が綻ぶ。

「凄い!凄いやリーシェ姉ちゃん!色が戻った!」
「……?前は青色の目だったの?」
「うんそうだよ!わーっやっぱり魔法って凄いや!」
「私はリヒトくんがここまで来れたことが凄いと思うよ」

なにせここは転移したらすぐバレるようになっているのだ。それなのにイメラのときのような騒ぎになっていないことをみるにリヒトくんは抜け道を使ったんだろう。
笑う私にリヒトくんが喜び抑えきれない唇を吊り上げる。小さい子が良いことを思いついたときによく見せる顔だ。そしてその良いことは大抵良いことじゃないほうが多い。

「今度は僕がビックリさせてあげる!ほら立って!」

無邪気な子供が私の手を握ってベッドから引っ張る。嫌な予感に引け腰になる私の目に映るのは月光る空を映す窓──ではなく真っ黒な穴だった。大きな窓さえも飲み込む大きな穴の先は真っ黒で先が見えない。成程確かに夜よりも真っ暗だ。


「早く早く!」
「……今行く」


ある意味タイミングが良くて悪かったんだ。どこかを望んでいたらそれがやってきた。しかもよく分からない方法で実に興味を持ってしまう。
怖くないよと言うリヒトくんの小さな手を握って歩き出せば、既に金色の髪を真っ黒な穴に入れてしまってるリヒトくんが嬉しそうに笑った。その顔が真っ黒に塗り潰されて私の手も、私も真っ黒に塗り潰される。なんにも見えない真っ黒な空間。リヒトくんと手を繋いでたはずなのにその感触がない。真っ暗。
どこかで──ああ、崖から落ちたときだ。
それならここも闇の者になってるんだろうか……え?これマズくない?


「リーシェ姉ちゃん何してるの。こっちだよ」
「リヒトくん?!どこにいるの?」


ようやく焦りを覚えた瞬間リヒトくんの声が聞こえて安心したけどリヒトくんはどこにもいなくて真っ黒な空間が続いている。

「おかしいなあ……また迷子になっちゃってるのか」

リヒトくんに私の声は聞こえていないらしい。リヒトくんは「しょうがないなあ」と溜息を吐いたあと笑った。

「また僕が見つけてあげなきゃ」
「え?いやいやちょっと待って、ここから出る方法教えて」

私を探しにどこかへ行こうとしているリヒトくんを探して手を伸ばしたけどなにも掴めない。それどころか声は遠くなってついには聞こえなくなってしまった。これはやばい。真っ黒な空間に1人置き去りにされてしまった。しかももし助かってもなんでこんなことになったか事情を聴かれたら絶対に面倒なことになる。なんとしてでも自力で助からなきゃいけない。
リヒトくんはどうやってこの道を辿って私を見つけたんだろう。真っ暗な道の先に私を見つけたって言ってたけどそのきっかけは──

焦る私に一筋の光が見える。

真っ暗な空間に刺した光は眩しくて、でもこれを逃したら駄目だって必死になってそこまで走る。あの道の先はどこかに繋がってるはずだ。



「うわっ!」
「わあ!」



光に手が届いた瞬間どこかに落ちた。幸い身体が弾むぐらい柔らかい場所に落ちたお陰で痛みはない。問題なのはこの場に他の誰かがいることだ。すぐさま顔を起こして声がしたほうを見れば、そいつは私を見て持っていた物をゴロゴロ落としてしまう。驚いた。
──少し髪が伸びただろうか。以前は諦めたように微笑んで生気を感じられない顔をしていたのに、石のように固まって驚く顔は随分血色がいい。

「えっと、どなたでしょう……?」
「春哉?」
「「え?」」

重なる声に2人して間抜け面になってお互いの顔を見る。突然現れた不審な女を見る春哉はそいつが自分の名前を知ってることに更に動揺してドアのほうを見るも、私を見て困ったように笑い──真顔になった。

「え!?サ「久しぶり春哉」

驚き叫ぶ春哉を大地のように魔法で黙らせて微笑む。
──大地に怒ってられないな。
リーシェの姿だっていうことも忘れて春哉の名前を呼んでしまった自分が情けないけど、混乱のあと大地のように嬉しそうな笑顔を浮かべてくれた春哉に私も表情が緩んでしょうがない。
元気そうでよかったって握手して笑い合う。


さあ、問題なのはここがどこかだ。





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