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第三章 化け物
155.「誰も救われない呪い」
しおりを挟む見慣れない部屋を見渡しながら近くに人がいないか耳を澄ませる。窓の外の景色が昼間のように晴れてる気がするけど気のせいだろうか。もしやあの道は時間の流れが違う?
不安に焦りだした心を抑えて握手をやめるのと同時にシールドを張る。
「いま私はリーシェって名乗ってるからこれからそれで宜しく」
「リーシェ……分かった。リーシェだね」
「ありがとう、それでここどこ?あと今何時?」
「僕も色々聞かせてもらうよ?ここはフィラル王国城下町の外れで今は13時ぐらいかな」
「うん……うん、マジで?」
「マジで」
「マジかー……あ、そうか時差か」
よくよく考えてみれば私がいた場所は古都シカムの国境付近だ。フィラル王国との距離を考えればこれぐらいの時差があってもおかしくない。1人頷く私に春哉が「聞いてる?」と顔を覗き込んでくる。
「あ、ごめん。質問続きで悪いけどここがフィラル王国なら聞いておきたい。春哉は奴隷から解放されたままだよな?」
「今その話ししてたんだけど。とりあえずここは安全だし僕は奴隷から解放されてる。それでさリーシェ、契約しようよ」
春哉は言うなり文様を宙に浮かびあがらせる。黄色の魔力帯びた文様はアルドさんと契約を結んだときに使ったものと同じだ。二重丸の文様のなかに書かれているのは不用心なことに隠しもしない名前だ。瀬尾春哉。春哉は私を見て強気に微笑んだ。
「リーシェに助けてもらってからずっと考えてたんだ。僕は死ぬつもりだったのにこの世界に勇者として召喚されて……僕なりにこの世界の役に立ちたかったんだけど結果としては知っての通り奴隷になってずっと生きてきた。もうどうでもよかったのにアンタが僕を奴隷から解放しちゃってさ……もしリーシェが生きてるならリーシェのためにこの命を使うのもいいかなって」
「え、重い」
「やっぱり?リーシェならそう言うと思った。だから僕ももう1回自分のエゴを通そうと思ってこの国を良くするために今なんとか生きてるんだ」
以前ロウが言っていた情報は正しかったようだ。何はともあれ春哉が生きようと思ってくれてよかった。あれは完全に私のエゴだったし奴隷魔法を解いたあとそのまま完全に放置だったからそれなりに申し訳なかったんだよな。
「でもいつ何が起こるか分からないから保険を作っときたい」
「保険?」
「そう。フィラル王国は今のところ僕にかまってる余裕はないみたいだしなんだかんだこの国に残ってるから僕に対しての優先順位は低いみたいなんだ。だけどなんらかの方法でまた奴隷にされるかもしれないでしょ?」
「あー」
「だからリーシェが先に僕を奴隷にしてくれない?」
「いや、私をなんだと思ってるんだ……」
まさかリーフのように奴隷希望が現れるとは思わなくてくらっとする。言い分は少し分かるつもりだけど私は今じゃフィラル王国に狙われてる身だ。私のほうこそ何が起きるか分からない。殺される可能性は普通より高いし捕まって春哉みたいに奴隷にされる可能性だってある。その場合私の奴隷になってる奴も一蓮托生になってしまいかねない。リスクがあり過ぎる。
「無理。もうこれ以上抱えきれない」
「うん、そう言うと思ったから妥協して契約を結ばない?って話」
「春哉って結構いい性格してるよな」
「そう?」
にっこり微笑む春哉に溜息吐いてみたけど色んなものから解放された人は強いらしい。まるで効果がなかったから諦めて頷けば春哉は満足そうに笑って契約内容を書き込んでいった。
「瀬尾春哉の名前に誓うよ。僕はアンタに何かあれば必ず助ける。アンタの情報はフィラル王国関係者に、アンタの敵となる相手に渡しはしない。この契約が他の奴に壊されそうになったらアンタに関する記憶は全部忘れるようにしよう」
「……重い」
「死ぬほうにしたほうがよかった?」
「いや、もうそれでいいです」
開き直った奴って怖いんだな、覚えとこう。それにしても記憶を全部忘れるなんて……本当に忘れてるんだろうか。ラスさんと同じ契約を持ち出してくるなんて元々ラスさんと春哉が似た性格なのか?まあ、似てるかもしれないけどそれは今問題じゃない。
どうしたもんかと頭をかいていたら私にとってまったく不利なことがないことに気がつく。ただ重いだけだ。
「代わりに春哉は私に何を望む?」
最近こればっかり聞いてる気がする。ああそれでも口に出す人が少ないだけで皆なにか望んでる。勇者とか化け物だってそうだ。春哉だってきっとなにかあるはずだ。
「望み?これは命を助けてもらった僕個人の決意だし別にアンタに望んでは……ああでもあの呪いはどうにかなんない?」
「呪い?ああ私がしたやつ?」
「それ。僕は今ここで色々してるんだけど呪いで半狂乱になってる人の介護もしてるんだよね。正直キツイ」
「といっても魔法は使ってしまったから正直消し方は分かんないな。あの魔法は──ハハッ、ずっと消えないよ。私も死ぬまでこの悪夢に魘される」
「……どういうこと?」
呪いが思っていたものとは違う形になっていることに気がついたのはいつだったか。あのとき造り上げた白い文様とは違う二重丸の文様を撫でる。
「あの魔法は私自身にかけた誓約みたいなものだ。あいつらを許さないってだけの魔法。それで私がこの世界に来て見るようになった悪夢をお返ししたくてね。私が最悪な体験を夢見るようにアイツら自身の最悪を夢見るようにしたんだ。自分がしたことされたこと……悪夢が消える条件は魔物を殲滅したら。私を召喚したときフィラル王が言ったことにした。でもあの内容はいくつか矛盾があったからか、思っていたものとは違う表れ方をしてるんだ。
あのとき私はフィラル王に私達勇者を救ってほしい、魔物を殲滅したらお前も私もこの悪夢から解放される。お前が死んだら他の人に、私が死んだらそれ以上の人に広がると言った。だけどフィラル王も私も死んでないのにフィラル王を含め勇者召喚をした人物やそれに賛同した者たちだけが全員悪夢を見てる。魔物を殲滅したらお前も私もこの悪夢から解放されるって先に条件付けしたほうが優先されたのかと思ったけど、結局この呪いは全員が救われない呪いなんだってことが分かった」
「ますます意味が分からないんだけど」
ベッドの隣にある椅子に座って春哉は溜息を吐く。憂い顔だけどやっぱり城にいたときよりも血色が良い。元気になって本当によかった。
「あとで詳しく話すけど色々調べた結果勇者は魔物と同じ存在だ。あの魔法の願いは勇者を救うことで、悪夢が消える条件は魔物の殲滅、とくればこれは誰も救われない呪いといえる。例え勇者全員殺しても勇者に頼るしか出来なかったこの世界の奴らは魔物への対抗手段を持たない。だからやっぱり悪夢に食い殺されるまでずっと見続けるしかない──フィラル王は死なないようにしてるけど、それはまあそれでいい気味だし。私が死んでも化けて見てやればいいだけだ。ねえ春哉、この契約は本当にこれで完成させていいの?」
「いいよ」
「そう」
文様に手を伸ばして魔力を流しつつ私の名前を書き込む。新庄桜。白い魔力が黄色と重なって光っているみたいに眩しい。キラキラ輝いて消える文様に安心して笑ったのは私だけじゃなくて春哉もだ。目が合った春哉は「それで?」と聞いてくる。
「桜の悪夢って?」
桜と呼ばれて驚くけど真名を預けると相手しか分からない言葉になるんだっけ。他の人が聞けば通り名に変換されるとは言ってたけど私の場合サクなのかリーシェなのか……。サクは死んだからリーシェになるのか?ちょっと不安だ。
「私の悪夢は不安で怖くてしょうがなかったときとか無力感を感じてるときかな。殺されそうになったときとか魔物とか人を殺したとき──目の前で魔物に食われる奴とか腕が落ちそうなほど斬られた瞬間とか射られて崖から落ちたときとか──でもまあ最近は私以外の奴の悪夢のほうに引きずられてしんどい」
「選り取り見取りすぎない?」
「確かに」
「それに私以外の奴の悪夢って?よく分かんないんだけど」
「ああそれは──」
春哉に問われるまま今まであったこととか知ってることぜんぶ話していく。話し始めたら止まらなくて長い話になってしまった。
ここは呪いで発狂した奴を介護している場所だからあまり人が近寄らないらしい。それじゃここは使えるかなと思っただけど、発狂した人は呪いの対象者だけあって国の要人が多いため時々人の出入りがあって危険は危険だそうだ。
──サクを知ってる人が多そうだな。
焼き鳥と牛串が食べたかったけど我慢することにする。
「ふうん色々面白いことになってるんだね。大変だったでしょ」
「それなりに」
「でもそう、進藤とも会ったんだね」
「ああ。殺せなかった」
「ならアイツはまた桜に会いにくるよ」
「だろうな」
アイツの執着は話し合いで薄れるものじゃなさそうだ。こちとら暴力には慣れたしあのときだってアイツを殺すことに躊躇はなかった。
次また私の前に現れて邪魔してくるなら殺してやる。
腹立たしい言葉を思い出して舌打ちしてしまったら私を見ていた春哉を見つける。人殺しを見ているはずなのに春哉はしょうがないなと溜息を吐くだけだ。
「それでそっちはどんな感じ?介護の他にも色々してるんだろ。また奴隷にされるかもしんないのにここに残って、万が一に備えて私の情報を話さないよう保険までかけて何してんの」
「この国を良くする手伝いかな?兵士の訓練も続けてるし城下町に住んでる人にも希望があれば訓練してるよ。奴隷だった勇者の話は皆興味があるみたいだしね」
「……一番最後のはかなり危ないと思う」
「僕もそう思う。だからこの国に残ってるんだ。僕がここでうまく死ねば疑いは本当になるからね。慣れない場所に行って人知れず殺されたら無駄死にだろ?」
確かに、フィラル王国で奴隷だった勇者春哉としての存在を訴えつつ残るのは良い方法なのかもしれない。だから放置されている可能性だってある。だけど行き過ぎたら真っ先に処分対象になりそうだ。これ以上不利な話が広がらないように、例えば進藤なんかを使われたら間違いなく春哉は負ける。負けるが死という意味ならそれはそれで一矢報いることが出来るけど、奴隷と言う形に戻されて築いた名声を逆に利用されたら本末転倒だ。
ああ、だから奴隷魔法をかけてほしいって言ったのか……。
「だからまた会ったとき僕が桜のことを覚えてなかったら隷属されてるから気をつけてね」
「いや勘弁してほしいんですけど」
「はははっ」
最初に会ったときのようなことを言うけど私には笑えないジョークだ。
「でもまあ春哉が諦めないなら何度だって解いてやるよ」
「……お願いするよ」
「任された」
肩をすくめる春哉に拳を伸ばせば同じように返ってくる。拳をぶつけ合いながら春哉から聞けなかった願いを考えたけど──分からない。
分からないけど叶ったらいい。
そんなことを思ってしまった。
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