197 / 263
第三章 化け物
197.「死ぬまで秘密にしないと」
しおりを挟む「──里奈!これ凄くない!?凄いよね!」
「確かに凄い。普通に息ができるしどうなってんの」
【亡国の女王】の本やリオさんとカリルさんの日記を読み直したくてウズウズする私を制したのは最近聞いたことがある人たちの声だった。
千堂さんと里奈さん。
思わずライを見れば突然始まった瞬間に目を瞬かせていたものの、明るく動く映像に穏やかな笑みを浮かべた。
「ぅわー動揺してる里奈とか可愛いい!」
「千堂、黙れ」
「──汝、なにを望む」
「え」
「っ」
明るい空間に響いた石像の問いに2人は一気に表情を変えて辺りを警戒する。千堂さんの前に出た里奈さんは問いかけた人物が石像とあたりをつけると他に誰かこの場にいないか確認しだす。緊張する背中に手を置いた千堂さんはゆっくりと首を振った。
「ここには私たち以外誰もいないみたいだよ」
「そう。千堂がいうなら間違いないか」
「うん、安心して……それより里奈ってやっぱり私のこと大好きすぎないっ?ふふ」
ニヤニヤと笑みを浮かべる千堂さんは梅そっくりだ。ここで適当でも相槌打ったり同意してしたりしてしまえば調子に乗ることは間違いない。そう思う私はやっぱり里奈さんと似てるんだろう。里奈さんは面倒臭そうな顔をしたあと薄く微笑んだ。
「どうやってここから出たらいいと思う?」
「え……無視?」
「汝、なにを望む」
「問いに答えたら戻れそうだけどなんかやな感じだしなあ。転移するにしてもちょっと調べてからにするか」
「う~、でもまあいいもん。ねえねえここってアルドが好きそうじゃない?」
「あー絶対好きだな。帰ったら教えてやるか」
「えー絶対ダメっ!最近里奈ってずっとアルドといるじゃん!ここは私との秘密の場所にしよっ!?ね!?じゃないと紗季にあることないこと吹き込むよ!?」
「ないこと吹き込むなよ」
「汝、なにを望む」
「ほら、そんなことより望みだって。なににする?」
慌てる千堂さんは最初の警戒が嘘のように石像に寄っていって友達のように手を回す。慌てたように手を伸ばした里奈さんもにっこり笑う千堂さんに毒気を抜かれたようだ。
千堂さんは胸を張って言う。
「私は里奈と死ぬまでずーっと一緒かな!」
「いや、それは無理があるだろ。もっと現実的に」
「えーちゃんと現実的なんだけどなあ。それに里奈もなんだかんだいって私とずっと一緒にいたいでしょ?だったら両思いだからやっぱり死ぬまで一緒!」
「こわ……。どんだけ死ぬまでにこだわってんの」
冗談抜きでドン引きする里奈さんに流石の千堂さんもショックを受けたらしい。固まってじっと里奈さんを見続ける目が潤み始める。
「え、ちょ」
情けないぐらい戸惑いの声をあげた里奈さんは低く唸って頭をかく。揺れるポニーテールは迷うようだ。
「あーうん。はい。私の望みは千堂が後悔なく死ねますように」
「ええー!なにその願い!」
「私の座右の銘は知ってるでしょ」
「自分がしたことに後悔しない、だよね」
「それ。このままじゃ千堂って凄い未練もちそうだし……これが叶うってことは結局アンタの願いも叶ってるってことでしょ」
逸れていく里奈さんの視線に目をぱちくりとさせた千堂さんは、いわんとすることを理解すると満面の笑顔を浮かた。そしてすぐにニヤニヤと隠し切れない嬉しさを口元で震わせながら里奈さんの顔を覗き込みに行く。あんまりからかいすぎると怒られるのが分かっているから我慢しているんだろうけど、すでに顔が五月蠅い。
「それじゃ私やっぱり死ぬまで里奈の近くにまとわりつくよう頑張るね!」
「こわ」
明るく怒る声が響く遺跡は楽し気で、一瞬ここがどこだか忘れてしまう。石像でさえ横やりいれるのが気まずかったんじゃないだろうか。ずいぶんゆっくり時間をとったあと千堂さんにお決まりの台詞とともに契約をもちかけた。
そして水に満ちていく世界を見上げた2人は「秘密の場所」と約束して手を握る。
「本当に不思議な場所」
次の映像に現れたとき千堂さんはいなくて里奈さんだけだった。里奈さんは水を含んだ髪を手でかるくしぼりながら辺りを見渡して、以前と変わらない石像を見上げる。
そして前回と同じ問いを口にした石像に少し口元を緩めたあと、視線を落とす。
「……私さ、自分がすることがもう、本当に自分がしたいことか分からない。そもそも失敗しても成功しても絶対千堂たちに影響が出るし、アルドたちのところにも子供が生まれたし巻き込むわけにいかないしなあ」
なにを考えているのか呟く里奈さんの表情は暗い。ここに里奈さんだけで来たのはきっとこの姿を見せないためだろう。石像と自分しかいない孤立した世界は自分のことを考えるのに最適な場所かもしれない。好都合なことに石像は何度も問いかけてくる。
「汝、なにを望む」
「やっぱり私は運命の人なんて分からないけど……ただ、なんだろう。そうであってほしかったなって思ってしまったんだ。言ってもしょうがないしもうどうしようもないし……どうするつもりはないけど……ははっ。本当に、これは誰にも聞かせられない。死ぬまで秘密にしないと」
いつだっただろう。里奈さんは似たようなことを前にも言っていた。でもあのとき言っていたこととなにが繋がるのか、分からない。
眉を寄せて笑いながら弱音を吐いた里奈さんが祈るように目を閉じる。まるで懺悔でもしているようだ。誰にも言えないことを口に出して──区切りをつけて。
「汝、なにを望む」
「フィラル王を殺す」
さきほどまでの迷いや恥じらいはどこにいったのかと思うぐらい強い言葉だった。はっきりと言い切った里奈さんは静かに石像を見上げる。
「汝願いし言葉、確かに聞き入れた。契りを」
厳かに差し出された手に触れた里奈さんは魔力を渡し、契約は完了する。離れていく手を見送った里奈さんの顔は固く、水に埋まっていく世界の先を見続けていた。
「う、わ……!」
驚く声が聞こえた瞬間、色んな奴らの声がどっと割り込んで映像に所狭しと人が現れる。とうとうここまできたらしい。映像は最後の、梅が願いをいうところまできた。列に並んで一緒に映像を見ていた大地が「俺がいる!」と微笑ましいことをいっている。私も映像のなか異常現象じゃなく周りの観察をしている自分を見つけて、非情に不本意ながらジルドが言っていた拗ねているという表現が当たっていたことを思い知る。
「私の望みはリーシェと一緒にいること!それで……まあ、ラスとも一緒に、かな」
そして続けられた言葉に緩む口元を自覚してしまえば、言い逃れもできなくなる。
──梅、いまどこにいるんだろう。
寂しいような気持になって俯けば、さきほどの里奈さんと重なって妙に笑えた。里奈さんは千堂さんに子供ができたときしばらく会えなくなると考えていた。さきほどの望みと関係してるのか分からないけれど、久しぶりに会ったときライが9歳だったことを思えば長く会っていなかったようだ。アルドさんたちとも距離をとろうと考えていたみたいだし、里奈さんは1人の時間が長かったのかもしれない。そのあいだ記憶を見ることはあったんだろうか。もし私が同じ立場なら……耐えられる気がしない。レオルドたちのような存在が里奈さんにもいたことをただただ願う。
「あーもう!ラスってば考えすぎ!」
石像との一連の流れが契約か宣誓かでラスさんと言い争っていた梅が思い切りよく石像の手を叩いて魔力を渡す。慌てるラスさんの後ろではすでにシールドに穴が開いて水が流れ込んできていた。梅はラスさんの小言から逃げるためか、ラスさんを通り越して感動に叫ぶ大地の隣に並ぶと楽しそうに声を上げる。
「いえー!ほらっ、ラスも……」
そして振り返った顔が笑顔のまま固まって、くしゃりと歪む。隣に立っていた大地も梅の様子がおかしいことに気がついて視線を辿り、やっぱり固まった。
たぶん、もしかしなくても、ジルドとのことを見てしまったんだろう。映像に映っていないのがせめてもの救いだ。
ただ、色を無くしていく映像に安堵して溜め息つく私を責めるような梅の顔が、少し悲しい。遠くに映る梅の唇が動く。まっすぐに私を見た梅は泣きそうに顔を歪めて──
「おいてかないで」
──確かにそう言った。
0
あなたにおすすめの小説
私が王子との結婚式の日に、妹に毒を盛られ、公衆の面前で辱められた。でも今、私は時を戻し、運命を変えに来た。
MayonakaTsuki
恋愛
王子との結婚式の日、私は最も信頼していた人物――自分の妹――に裏切られた。毒を盛られ、公開の場で辱められ、未来の王に拒絶され、私の人生は血と侮辱の中でそこで終わったかのように思えた。しかし、死が私を迎えたとき、不可能なことが起きた――私は同じ回廊で、祭壇の前で目を覚まし、あらゆる涙、嘘、そして一撃の記憶をそのまま覚えていた。今、二度目のチャンスを得た私は、ただ一つの使命を持つ――真実を突き止め、奪われたものを取り戻し、私を破滅させた者たちにその代償を払わせる。もはや、何も以前のままではない。何も許されない。
召しませ、私の旦那さまっ!〜美醜逆転の世界でイケメン男性を召喚します〜
紗幸
恋愛
「醜い怪物」こそ、私の理想の旦那さま!
聖女ミリアは、魔王を倒す力を持つ「勇者」を召喚する大役を担う。だけど、ミリアの願いはただ一つ。日本基準の超絶イケメンを召喚し、魔王討伐の旅を通して結婚することだった。召喚されたゼインは、この国の美醜の基準では「醜悪な怪物」扱い。しかしミリアの目には、彼は完璧な最強イケメンに映っていた。ミリアは魔王討伐の旅を「イケメン旦那さまゲットのためのアピールタイム」と称し、ゼインの心を掴もうと画策する。しかし、ゼインは冷酷な仮面を崩さないまま、旅が終わる。
イケメン勇者と美少女聖女が織りなす、勘違いと愛が暴走する異世界ラブコメディ。果たして、二人の「愛の旅」は、最高の結末を迎えるのか?
※短編用に書いたのですが、少し長くなったので連載にしています
※この作品は、小説家になろう、カクヨムにも掲載しています
【完結】異世界に転移しましたら、四人の夫に溺愛されることになりました(笑)
かのん
恋愛
気が付けば、喧騒など全く聞こえない、鳥のさえずりが穏やかに聞こえる森にいました。
わぁ、こんな静かなところ初めて~なんて、のんびりしていたら、目の前に麗しの美形達が現れて・・・
これは、女性が少ない世界に転移した二十九歳独身女性が、あれよあれよという間に精霊の愛し子として囲われ、いつのまにか四人の男性と結婚し、あれよあれよという間に溺愛される物語。
あっさりめのお話です。それでもよろしければどうぞ!
本日だけ、二話更新。毎日朝10時に更新します。
完結しておりますので、安心してお読みください。
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
愛する殿下の為に身を引いたのに…なぜかヤンデレ化した殿下に囚われてしまいました
Karamimi
恋愛
公爵令嬢のレティシアは、愛する婚約者で王太子のリアムとの結婚を約1年後に控え、毎日幸せな生活を送っていた。
そんな幸せ絶頂の中、両親が馬車の事故で命を落としてしまう。大好きな両親を失い、悲しみに暮れるレティシアを心配したリアムによって、王宮で生活する事になる。
相変わらず自分を大切にしてくれるリアムによって、少しずつ元気を取り戻していくレティシア。そんな中、たまたま王宮で貴族たちが話をしているのを聞いてしまう。その内容と言うのが、そもそもリアムはレティシアの父からの結婚の申し出を断る事が出来ず、仕方なくレティシアと婚約したという事。
トンプソン公爵がいなくなった今、本来婚約する予定だったガルシア侯爵家の、ミランダとの婚約を考えていると言う事。でも心優しいリアムは、その事をレティシアに言い出せずに悩んでいると言う、レティシアにとって衝撃的な内容だった。
あまりのショックに、フラフラと歩くレティシアの目に飛び込んできたのは、楽しそうにお茶をする、リアムとミランダの姿だった。ミランダの髪を優しく撫でるリアムを見た瞬間、先ほど貴族が話していた事が本当だったと理解する。
ずっと自分を支えてくれたリアム。大好きなリアムの為、身を引く事を決意。それと同時に、国を出る準備を始めるレティシア。
そして1ヶ月後、大好きなリアムの為、自ら王宮を後にしたレティシアだったが…
追記:ヒーローが物凄く気持ち悪いです。
今更ですが、閲覧の際はご注意ください。
なんか、異世界行ったら愛重めの溺愛してくる奴らに囲われた
いに。
恋愛
"佐久良 麗"
これが私の名前。
名前の"麗"(れい)は綺麗に真っ直ぐ育ちますようになんて思いでつけられた、、、らしい。
両親は他界
好きなものも特にない
将来の夢なんてない
好きな人なんてもっといない
本当になにも持っていない。
0(れい)な人間。
これを見越してつけたの?なんてそんなことは言わないがそれ程になにもない人生。
そんな人生だったはずだ。
「ここ、、どこ?」
瞬きをしただけ、ただそれだけで世界が変わってしまった。
_______________....
「レイ、何をしている早くいくぞ」
「れーいちゃん!僕が抱っこしてあげよっか?」
「いや、れいちゃんは俺と手を繋ぐんだもんねー?」
「、、茶番か。あ、おいそこの段差気をつけろ」
えっと……?
なんか気づいたら周り囲まれてるんですけどなにが起こったんだろう?
※ただ主人公が愛でられる物語です
※シリアスたまにあり
※周りめちゃ愛重い溺愛ルート確です
※ど素人作品です、温かい目で見てください
どうぞよろしくお願いします。
セクスカリバーをヌキました!
桂
ファンタジー
とある世界の森の奥地に真の勇者だけに抜けると言い伝えられている聖剣「セクスカリバー」が岩に刺さって存在していた。
国一番の剣士の少女ステラはセクスカリバーを抜くことに成功するが、セクスカリバーはステラの膣を鞘代わりにして収まってしまう。
ステラはセクスカリバーを抜けないまま武闘会に出場して……
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる