狂った勇者が望んだこと

夕露

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第三章 化け物

196.「ここは変わらないなあ」

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離れたところから声が聞こえるぐらいだったから分かっていたけど、セルジオとリーフの熱の入れようが半端じゃない。このために持参したらしい本や自分の知識と映像のメモを比較して時系列整理をしていたようで、そのさい参考にする登場人物の言葉や話の内容にああでもないこうでもないと論争していたらしい。面白そうだ。戦力外のハースと大地は遺跡の探索をしようかと諦めに話していて、ライはジルドがいなくて本当に良かったと笑みを深めている。

「その結論はこれをぜんぶ見終わってからにしようか。ほら」

レオルドがひどく面倒臭そうにリーフたちの仲裁にはいって私を指さす。どうやら私待ちで映像を止めていたのはあたりだったようだ。

「待っててくれてありがとう。なんか随分楽しそうなことになってるけど」
「桜はこれどう思う?!」
「リーシェはどう思う!?」

目を輝かせる2人がさまざまな書き込みが入ったメモを見せてくれる。クォード、ナナシの村、ラディアドル帝国──隣に並ぶ数字に目が奪われて手を伸ばせば、目の前にあった紙が奪い取られる。ライだ。

「続き見るゆうたとこやろ?」
「これには俺も同意だね。とりあえず最後まで見てしまおう。あとから分かったことですべてやり直しになるのは嫌でしょ?」
「「「……」」」

冷静な大人組に諭された私たちは不満に眉を寄せつつも逆らえるはずもなく頷いて、代わりに3人並びながら映像を見ることにした。とはいってもセルジオとリーフはここからの記録を新たにメモしていくのは譲るつもりはないらしく、2人して受験前のような面持ちで紙と羽ペンを持っている。そんな奇妙な私たちの横に、待たされたあげく遺跡探索を中止にされたことに文句を言っていた大地とハースもレオルに諭されて加わった。

「じゃ、再生すんぞ」

軽い調子で始まりを告げられた映像はイメラに会いたいと願うロイさんの言葉を水がかき消していく光景だった。あっという間に身体を浸す水に揺れて映像は黒く沈んでいく。黒く、黒く──そして再び景色をとりもどした光景には、ロイさんがいた場所に斑に茶色く変色した骸があった。骸を見下ろすのは土で汚れた水色のドレスを着た金色の髪が美しい女性、イメラ。ドレスは土に汚れシワが寄っているどころかところどころ破れていたものの、細かな刺繍が施されていて上等なものにみえる。少なくともふだんイメラが着ているものとはまるで違うものだ。きっとこのときイメラはラディアドル帝国にいて、村が滅ぼされたあと初めてここに来たんだろう。
呆然と骸を見るイメラはなにかを言おうと唇をつりあげては青い瞳を泣きそうに歪ませて、ようやく、ロイさんに話しかける。


「どうして、ここに、いるのよ」


ぼたぼたと落ちていく水滴が骸にあたるも、ロイさんは動かない。それでもイメラは唇を噛み締めて誰かに返事でもするように微笑む。ゆっくりと持ち上げられた手は震えていて戸惑いに宙に止まっている。

「あなた、なんでしょうね。きっと」

微笑んだ顔が、自分で言ったくせに傷ついて泣き笑う。
骸の前にしゃがみこんだイメラは慎重に手を伸ばして頭蓋骨を手に取った。近くにあった骨が落ちて床でカラカラ音を立てたけどイメラは一瞥もしない。瞳のない空間をのぞきこんでゾッとするほど優しく呼びかける。

「ロイ」

大事そうに頭蓋骨を抱きしめて頬をすり寄せるさまは異常だ。
それでも胸が痛くなってしまうのはイメラの行動の理由が分かってしまうからだろう。きっと、ロイさんが生きていたときイメラはああしてロイさんに甘えたことがあるんだ。
分かってしまう。
愛溢れる光景だとか悲しい光景だとかでは言い表せない異常さがそこにある。イメラの足元にある影が黒く染まっていく。床にさしていた影は黒く塗りつぶされて色を失った。

「汝、なにを望む。骸を手に何を望む」

石像の問にしばらくしてイメラは顔をあげる。
その目が、腕の中にある頭蓋骨に移った。

「ここで、ディバルンバでなにがあったの。教えて頂戴」
「汝、なにを望む」
「教えなさいっ!なにがあったの!なにが、なにが起きたのよっ!なぜディバルンバの皆は殺されてしまったの!?ロイはなんで殺されたのよ……っ」
 
悲鳴に涙がのって落ちていく。
場違いな笑い声。笑ったイメラは憎悪をこめて願いを叫んだ。
 
「殺してやる、殺してやる……っ!望みはディバルンバの皆を!ロイを殺した奴ら全員殺してやることよ!!許さない……!絶対に許さないわっ!あ゛ーー」
 
髪を振り乱して叫ぶイメラを石像は無言で見下ろしていた。イメラも答えを石像には求めていなかったのか啜り泣きながら蹲る。
 
「……汝願いし言葉、確かに聞き入れた。契りを」
「殺してやる。殺してやる」
 
泣き続けるイメラの涙が黒い床に落ちて消えていく。悲痛な声に機械的に応えた石像は手を空へと掲げて、つられて顔をあげれば水面の向こうで輝く太陽を見つけた。
本当に、救えない。
イメラの身体に揺らめく黒い魔力が大きく動いた瞬間イメラは消える。きっとこの日が【ラミア建国記】に記されたことが起きるその日なんだろう。イメラは憎悪と復讐に心乱されて魔力を制御できず皇帝陛下のみならず国一つ滅ぼしてしまった。


「その日がきた、か」


ひきずられるなと言われたけれど心が沈んで重く呟いてしまう。それをすくったのは両サイドから見えた顔だ。

「やっぱりイメラも対価は魔力で払ってる!」
「これって石像は魔法で動いているだけのはずなのに渡されたものを自分でなにか判断してるってことだよね!?形があってもなくても渡すという意思があってもなくても、石像がなんらかの基準をもって自分で判断してる!」
「桜気がついてたか?!ロイの時点で金色のネックレスがなくなってるんだっ」
「ねえリーシェ!前回契りに使われたものがなくても魔法が続いたのはなんでだと思うっ?僕はここに来た人の魔力を石像が利用して動き続けるよう設計されてるからだと思うんだっ」
「俺は術者が引き継がれて操作しているからだと思う、って、うっせえんだよさっきから!」
「リーフだってさっきから同じ事ばかり言ってるだろっ」

目をキラキラと輝かせる2人に呆気にとられるけど、聞かずとも説明してくる2人に心は簡単に動いた。そしてロイさんと石像とのやり取りを思い出してリーフが言うように金色のネックレスがなかったことが分かる。それは、つまり。

「ロイさんより前に少なくとも誰かひとりここに来てるんだ」
「桜のように望みを言わず映像を見た」
「その誰かは見終わったあと金色のネックレスを取ってどこかに行ってしまった」
「え、ちょっと待ってメモ、メモしたい」

楽しそうに笑い合う2人に私も楽しくなってきて、落ち着かなさに手がむずむずと動き出す。すると心得ていたとばかりにリーフが紙をだしてセルジオが羽ペンを手渡してくれるもんだから手はするすると動いて考えを吐き出していった。ここにいるヴェル、ディバルンバ村と神聖な場所の関係、魔の森、リルカとリヒトくんの共通点とロイたちとの違い、詩織さんの言葉──両隣からの問いや意見に答えながら書き込んでいく。
そうなってくるとセルジオとリーフがとっておいてくれたメモとも比較したくなったけど、視線を一身に受けたライは微笑んだあと映像を再生するようにと大地に指示をしてしまった。



「あー負けたっ!悔しい!普通に悔しい!」
「泳ぐのは得意って言っただろ」



そして響き渡ったのは楽しそうな男女の声。初めて見る2人だ。きっとこの場所まで競争していて男性のほうが勝ったんだろう。赤いハチマキをしている男性は黄土色の短髪で青い瞳をしていて日本人ではなさそうだ。ズボンとティーシャツという見慣れた服装にハチマキを巻いているのは違和感を覚えてしまうけど似合っている。

「つかそれよりまずここに驚けよ」

物珍しそうに辺りを見渡していた男性が女性を見て呆れに笑う。楽しそうな顔だ。対して女性は言葉通り悔しいと口を尖らせていて、水を含んだ前髪を耳にかけながら茶色い瞳を細めて男性を見上げた。

「凄いけどまずダラクに負けたのが悔しい」
「負けず嫌いすぎるだろ」
「というか本当にここ凄いね。魔法使った?」
「俺は使ってない。ユキもってことは、ここ特有のものみたいだな」
「そっかー。ここいつか行ってみたかった遺跡に似てるなあ……あっ凄い!魚!魚が泳いでる!水族館みたい」
「さっきも見ただろ……水族館って?」
「え?うーん、魚を見る場所?」
「暇人過ぎんだろ」

仲のいい2人の会話をメモする音が聞こえる。続く会話は女性……ユキが水族館で見た鮫の話になって、この世界にはいるのかという話題になっていた。

「ダラク……この人がダラク=カーティクオ?」

人違いの可能性もあるけどダラクと聞いて思い浮かんだのはラスさんの日記やリオさんの日記、さらにジルドが勇者召喚の疑いとして残した人だ。
それならユキという女性は。
ドキリとしてユキさんを見れば楽しそうに笑う顔で映像は止まっていた。

「こいつも召喚されてたのか」
「え?」

舌打ちした大地が私を見てさらに機嫌悪く眉を寄せる。

「この女、召喚されたってことだろ?」
「確定じゃないけど、そうだろうな」
「そうに決まってる。俺はコイツの顔何度も見たんだ。兄貴がいなくなったころまた誘拐だ神隠しだって散々それで喧嘩売られたんだよ。聞いてもねえのにわざわざ教えてくっから覚えた。河野ユキって女だ。もう1人はいねえみたいだけど」

河野ユキ。同じ世界の人?
『それって凄い偶然……偶然なのかな?』
春哉と作り始めた地図を思い出し、半信半疑だったことが改めて事実だと分かった。勇者は全員同じ世界の奴らで、公園を軸に近くの奴らが召喚されている。

「もう1人って?」
「あ?水宮晃って男。この女の幼馴染だとよ。最初にこの女が神隠しに遭ってその次にコイツもいなくなったらしいぜ」
「それじゃもう1人神隠しに遭ったっていう女の子のことは誰か知ってる?」
「それは知らね。ってかお前も同じとこ住んでたんなら知ってんだろ」
「いや、都市伝説系とかいっさい興味なかったし噂話もしなかったし知らない……けど、たぶんこの映像の時代順でいくともう1人は詩織さんだな。それじゃ現時点とはいえ一番最初に召喚されたのが詩織さんとなると」
「詩織って誰だよ」
「ほらこうなる。大地、ええから映像止めんと最後まで見ようや、な?」

大地のつっこみが入った瞬間ライが笑顔で大地にすごんで私にも釘をさしてくる。同じ説明をする手間は省きたいのは分かるけどこれは。

「サク、またトラブルがあるかもしれないことを考えると見れるうちに一気に見たほうがいいと思うよ」
「……分かった、ごめん。大地頼む」

レオルドにまで言われて大地にお願いすれば不満そうだった顔が怖いものでも見たように私を見たあと映像を再生した。見終わったあとコイツ殴ろう。


「──それでね」
「汝、なにを望む」
「うわっビックリした」
「……石像が話した?」
「いかにも魔法って感じ」
「これが魔法?闇の者の類だろ」


警戒しながら背中に手を伸ばしたダラクさんは違和感に眉を寄せたあと地上を見上げて溜め息を吐く。ユキさんはダラクさんを見て呆れていた。

「剣なんて必要ないよ……襲ってこないでしょ?」
「汝、なにを望む」
「その代わり契約をもちかけてきてるけどな」
「ダラクってときどき変に頭が固いよね……望みかあ……晃が元気でいますように、かな。ダラクは?」
「わざわざ契約にのるつもりはない」
「契約っていうけど、これってただあなたの望みはなんですかー?って聞いてるだけじゃないかな。別に答えるだけならそんなに警戒しなくてもよくない?」
「あー……じゃあ、肉が食べたい」
「え?」
「俺の望みは肉が食べたい。これで終了」
「うわー浪漫がない。お肉なんてここ出て森で狩ったらいいだけじゃん」

同じ世界にいたとは思えないほどアグレッシブなことをいうユキさんはダラクさんに浪漫を説いて鼻を鳴らすけど、ダラクさんはまるで気にした様子もない。

「だからだよ。こんなとこで願うものなんて絶対に叶えられるものでいいんだよ。俺がしたいことを他の奴に叶えられてたまるか。俺が自分で叶える」
「……にしても肉が食べたいとかさあ」
「汝願いし言葉、確かに聞き入れた。契りを」

会話を遮った石像の言葉に2人は会話を止めて顔を見合わせる。
数秒後、ユキさんが視線を逸らした。

「……答えるだけじゃなさそうだけど。おい、ユキ」
「この石像はダラクに聞いてたみたいだねー。あ、ほら見て石像が動いてる」
「明らかになんか要求してきてんだけど」
「ぱぱっと魔力でも渡したらいいんじゃない?どうせ絶対に叶えるんだから契約だったとしても問題ないでしょ。むしろご褒美もらえるかもよ」
「あー……なんか考えるのめんどくさくなってきた。じゃあユキ、ここ出たらすぐ狩に行くぞ」
「ははっ任せて!」

拳をダラクさんの胸にあてたユキさんが笑って、ダラクさんもしょうがないなと笑いながら石像に魔力を渡す。それでようやく契りは果たされシールドの中に水が入り込んできた。恐ろしくも神秘的な光景を2人は言葉なく見ていたけど、示し合わせたように顔を見合わせると次はどちらが先に頂上に戻れるか勝負しようと盛り上がる。沈んでいく身体に怖さとは逆の表情を浮かべる2人はかつてのナナシの村の子供たちのようだ。きっとこのあと地上でも同じようにはしゃぎまわる声が響いたことだろう。



「ここは変わらないなあ」



映像が代わって、一瞬、イメラかと見間違う女性が現れた。腰まである金色の髪に水色のドレスを着た女性は懐かしそうに辺りを見渡したあと石像を見上げて微笑む。静かな時間で、女性は頬を擦った髪を耳にかける。

「汝、なにを望む」

そして響いた声に嬉しそうに目を輝かせてガッツポーズをする。綺麗な女性という印象が可愛らしい女性に変わった。
女性は、ユキさんだ。以前とは髪色さえ違う別人の姿になっているものの、見覚えのある顔に確信する。
そしてきっと──

「ほんとに懐かしいなあ。ね、ダラクがなんて言ってたか覚えてる?あのあと結局また私負けちゃってさ、もー絶対リベンジしてやるって喧嘩したんだよね。望み……ダラクはちゃんと自分で仕留めた鹿を食べたよ」

笑った顔が俯いて黙ってしまう。
けれどもう一度響いた石像の問いにあがった顔は好戦的な笑みになっていて、沈んだ様子はどこにもない。


「ダラクとはまた廻り会えるようになってるんだから大丈夫。だから私も同じようにする!私の望みはリティアラとして死ぬこと!叶えるよ。どっちも叶えてやる」


──ユキさんはリティアラ。
リティアラとして死ぬことが絶対に叶えられることだというのなら、自分で叶えることはなんだろう。廻り会える。リオさんの日記でリティアラは神木に願った話をしたとき「きっと廻る」と微笑んだと書いてあった。
ああ、この人たちと会って話したいと言った詩織さんの気持ちがよく分かる。もう分かることのないダラクさんとユキさんの本当の願いはなんだったのか聞いてみたい。
ユキさんは石像に魔力を渡して地上を見上げた。水が入り込んでくる世界を見上げる顔はダラクさんと一緒のときにみせた表情と同じものだった。




 
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