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第三章 化け物
195.「アンタとヴェルは似てるんやろうなあ」
しおりを挟む「……昔は魔力がある人を魔を持つ人と言って内緒にしなければならない存在ってリヒトくんが言ってたんだ」
「魔法がなかった時代ってなると魔法使える奴なんてそれこそ勇者みたいに崇められるか迫害されるやろうなあ。どっちにしろアンタがいう化け物みたいな扱いやろね。その時代やったら勇者と人の違いは魔力を持っているか持っていないかで分かりやすいんやけどなあ」
化け物。
その言葉に、続けられた言葉に言おうかどうか悩んでしまう。尻込みしてしまうのはきっと私の魔力を奪うナニカが泣いているからだ。
「なんや、言うてみい」
黙る私の頭を撫でたライは唇をつりあげ、静かに私の言葉を待つ。
ふいに魔物と魔物が道を繋げて見る記憶や場所のことを思い出す。同じ存在にしか分からないものがあると思ってしまったのは、化け物同士なら別にいいかと思ってしまったのは……きっと。
「勇者とか関係なく魔力を持っている人が魔物かもしれない」
「それじゃこの世界に人はいなくてぜんいん魔物ってことになるで?」
「そうだと思ってる。昔はいなかった魔物が増えて今ではぜんいんそうなってるけど気がつかずに見た目で違いがある存在を魔物だって魔物が言ってるっていう笑える予想」
「それはええなあ」
魔法としてろくに使えない人やジルドの例も考えれば穴はある。それを分かってるだろうにライは否定しない。
「記憶の誰かが言うてるん?」
「そう……だろうな。ずっと……普通なら聞き流して終わりにしてしまうことが妙に引っかかったり心がひきずられるんだ。だから私はここまで予想したりへんに確信を持ったりしてしまうんだと思う。そいつと同一人物みたいになってしまうから今との違和感に気がついてしまう」
あやふやなソレに名前を与えれば形になってしまう。
『テカさんやヴェルに会いたいのか』
『テカさんは、詩織さん?』
もう顔も声も名前も分かっている彼らの名前を口にした。彼らのことを考えて彼らを生む悲劇を体験して同じように泣いて同じように心が千切れそうになって同じように声を出して……同じ存在のように彼らのことが分かってくる。
『いつも憎まれ口を叩きやがるのに最後の最後で……救われる?何言ってやがる。言い捨ててそれで終わりかよ。とうに救われてる……よかった……よかった』
オーズが泣いたあのときの気持ちを思い出す。涙に濡れた低い声は最後のほうはほとんど形になっていない聞こえづらいものだった
悲しい、嬉しい、寂しい、誇らしい。
ぐちゃぐちゃな気持ちが混ざって──それは同じもう一人の記憶と混ざって重なった。背中を向けるオーズの顔は見えなかったけどきっと泣いていることがわかった。
悲しい、嬉しい、寂しい、幸せ。
そんなぐちゃぐちゃな気持ちで満たされて、つい、言ってしまった。
『ありがとう』
記憶にはない言葉にそれが誰のものかオーズはすぐに分かったんだろう。絶望した顔に胸がズキリと痛んで、感謝とは真逆の言葉が聞こえてくる。
ごめん。
ごめん、ごめん。
「きっとこの場所を詩織さんと一緒に作ったヴェルだ」
あんたの望みはなんだろう。
そう思ってしまったのは水に埋まっていく神殿のなか横たわるロイさんの映像を見てしまったからだ。
『……叶わない』
イメラの言葉を思い出したのが同族ゆえのことだとしたら、ほんとうに救えない存在だ。
「詩織って誰や?」
「え、ああ、テカさんのこと。テカさんの真名が詩織なんだ」
「ふうん。詩織ねえ。ヴェルの真名は知らんの?」
「ヴェルのは知らないけど元々この世界の人間っぽいな」
「せやなあ。それでアンタはいまもヴェルの記憶にひきずられてんの?話しながらずっと記憶が見えてる感じ?それとも同一人物になって?」
「思い出してそれにつられてヴェルがいろいろ訴えてくる感じ……どう言ったらいいんだろ」
「なるほどなあ。アンタとヴェルは似てるんやろうなあ」
「……え?」
「別の存在にそこまで同調できてるんやったら少なくとも共感できるとこがあるんやろ。アンタは間違いなく里奈さんの記憶を見るやろうなあ」
「あ……もう見てる。ライ。あんたのお母さんの千堂さんの記憶も見てるよ」
ジルドとの情報交換で知ってると思ってたけど、そうだ。ジルドがサバッドの記憶のことをアルドさんに話に行ったとき里奈さんの記憶は見ていなかったし、アルドさんは詳細を契約のせいで話せないから知ってるはずがないんだ。今朝あたりまえのように記憶を見るか確認してしまったけど自分の親しい人たちの惨劇の記憶をこんなかるく扱われるのはいい気分じゃないだろう。
目を見開いたライに罪悪感をもって、すぐに首を振る。これは私がなにをどう思っても意味がない。
「今私が見てる記憶はリヒトくん、イメラ、ランダー、リルカ、里奈さん、千堂さん、ヴェルとあともう1人」
「……そうかあ。でもそれならアンタがいう同一人物になるっちゅうんはやっぱり違うと思うで。そら影響は受けるやろうけどなあ、同じにしてもうたらそいつらはなんのためにアンタに訴えかけとるんやって話や。仲間をつくるためやったら違和感はないけどリヒト見とったらそんな感じには思えんしな。まあ魔物は性質悪いからなんともいえんけど、ほんまに仲間を増やしたいんやったらなにも勇者にだけ限定せんでもええやろ?勇者に、それも勇者のなかでも憑くサバッドに個人差があるんやったらそれぞれなんかの目的をもって憑いてるんやろ」
心当たりに「あ」と漏らしてしまう。
『私を殺して』
イメラはずっと私に願ってる。そういえば私はイメラをはじめリヒトくんやリルカたちと話すことはあるけど記憶を見た他の奴らは会話と言うより記憶を体験しているだけのようだった。ライがいうように共感する部分にひきずられているようで、梅は千堂さんと同じような考えで私に執着心をもっていて紗季さんは私に里奈さんを重ねて懺悔していたし、なにもできないと後悔するラスさんとオーズは見ることしかできないと無力さに打ちひしがれるランダーの記憶を見ていた。確かに私はどの感情も持っているからぜんいんの記憶を見ることは出来るだろうけど、それは他の人にもいえるはずだ。なんで私だけがこんなに見る記憶が多いんだ?勇者かどうかかは梅たちの例から考えるに関係はなさそうだ。
分からない。なにが違う?
「なんやアンタと話してたら勇者はほんまに願いを叶える存在やと思えるわ。ハトラ教でもいわれてるやろ。導き人の願いを叶える勇者、造り人。たくさんの想いで願われて作られて今度は叶えるために動いて忙しいことや。死んでも死なないサバッドからは仲間やから話聞いてやあって見たくもない惨劇セットで訴えかけられるしお疲れさん」
「なんかえらく簡単に……お疲れさんって、ふふ」
あんまりにも軽い調子で言うもんだから泣きさえしたことを笑ってしまう。お疲れさん。ほんとうに、そうだよな。ぐしゃぐしゃに頭を撫でてくる手を叩き落すのはやめにした。
「……サバッドの記憶やけどね、俺もジルドもそんなもん見たことなかったから知らんかった。ここで記憶を見たアンタの話を聞いたジルドは弱っていく紗季さんのことに思い至って親父さんに話したんや……ほんまにありがとうな。アンタのおかげで俺らは親父さんが抱えてたもんが分かったし紗季さんは助かった」
「……どういたしまして」
あのときアルドさんからの突然の申し出はそういうことだったのか。
思いがけない感謝をされて動揺してしまうけど、ふざけた雰囲気は欠片もないライはずっとこの問題をジルドと一緒に抱えていたことが分かって素直に受け取ることにする。やっぱり、気は進まないけど紗季さんたちに会いにいこう。
「せやけどな、桜。アンタもう少し生きてる奴に目を向けえ」
「え?」
「死んでなお強い願いを持ってる奴らにまとわりつかれたらそら気になるしアンタの性格やったら助けてやりたいと思うんやろ。母さんや里奈さんもサバッドになってるっていうんやったら、あれと同じぐらいの悲劇を味わった奴らをさっき言ったぶんだけ抱えてるのはどう考えてもアンタにようない……せめて死人と語るんやなくて生きてる奴らと話しい。たくさんの記憶を見て同一人物になる自覚があるならなおさら自分を思い出すためにもちゃんと周りの奴らに話さなあかんで」
真面目な声に、急に、居心地が悪くなってしまう。
この世界に来てから気をつけてと注意されたり心配されたりすることはあったし苦言をもらったこともあったけど、叱られたことはあまり記憶にない。思い返せば元の世界でもそうだしこの世界では特にレオルドなんかが甘やかしてくるもんだから……なに言い訳してるんだ私は。
私を見下ろす目が笑みに細められて、ますます居心地が悪くなっていく。
「それに話さなお互いなに考えてるか分からんし、話したから分かることだってあるやろ?俺たちは共犯者やから契約の制限もなく話せるしな。もう少し頼りい」
「……分かった」
「ええこやなあ」
「……調子にのらないでくれますかね」
「かわええなあ」
ニヤニヤ五月蠅い顔から距離をとるため手を叩き落す。ライの言ってることはそうだけど共犯者になったのは昨日だし相談もなにも……はい、もういいです。ライから顔をそらして映像を見る。きっと大地が映像を止めているんだろう。動かない映像のとなりでメモを広げて白熱する討論が聞こえてくる。
話す、か……。
意見交換してるつもりがしていなかったり、食い違って覚えてたりすることもあった。確かに死人と……イメラたちとばかり話すのはよくないだろう。彼らは自分の目的を、願いを叶えるために動いている。私の望みを見失っちゃいけない。
「あとこの映像で気がついたことやけどなあ、最初に詩織が言うとった『ここまで辿り着いてくれた人達の願いが叶ったら良いなあ』ってやつ、あれは魔法になったと思う?」
魔法に。
ドキリとして振り返れば、真面目な顔。その言葉の意味をライはもう分かってる。
『ロナルの願いが叶うように魔法をかけたんだ』
穏やかに微笑んだ梅の優しさに満ちた言葉が聞こえてくる。
人の願いを叶えるための魔法。祈りにとどまらず実際に叶えさせてしまうのなら──ああやっぱりそうだ。この場所が、これからの私の道になる。
「いま見てきた奴で明らかに願いが叶ってへんのがおるやろ。リルカ、ランダー、リヒト、ロイ。次誰か賭けようか」
「イメラ」
「賭けにならへんやん」
笑うライにつられてやっぱり一緒に笑ってしまう。私が抱えるサバッドは映像に必ず現れている。だからきっと、これからぜんいん出てくるんだ。
「詩織はいまの勇者と同じ力を持ってると考えてえーんかな?そいつがかけた魔法が動いてるっちゅうことは、アンタの予想と合わせるとココに居るってことやけど?」
「そうだな……少なくともこの場所にヴェルはいると思うけど、詩織さんはどうか分からない」
「ああそうか、ヴェルの記憶を見てるんやったな。それやったらサバッドってのはもともとは思い入れのある場所におるもんなんかなあ。リヒトは自分では魔の森の一定の範囲しか動き回れてへんみたいやから動ける範囲は決まっとるんかな」
「イメラは私の魔力も奪ってくるけどもともとは一人で歩き回ってる感じで行動範囲は……そうだな、ちゃんと確認しとく。リルカとランダーはリヒトくんと似た感じで他の奴らは私が抱えてる……私の中にいる感じ?記憶が急に見えたり声が聞こえたりするだけでリヒトくんたちのように動き回ることはない」
「ふうん。じゃああと一人はどうか分からんけど勇者は実体としては現れてへんのんか」
「そう……なるな」
確かに千堂さんと里奈さんだけ記憶でしか見ていない。
『あ……やだ!私も一緒に行く!』
でも千堂さんの記憶につられた紗季さんのときを思い出せばあのときあのセリフを言ったのは千堂さんで、里奈さんがいる私のところへ自分の意思で来たことになる、はず。それなら記憶だけじゃなく実体もあるといえる。
「最初は声だけだったのが記憶を見るようになって最後は実体になったことを考えれば時間の問題かもしれない」
「いまはアンタの魔力をみんなで分け合ってるんかな」
「……あんまり想像したくないな」
そして私を通して色んなものを見てるという嫌な予想を思い出して口元がひくつく。ライは「ふうん」と微笑んで、討論に熱をいれるセルジオたちを指さした。
「それじゃ賭けの答え合わせのためにアイツラいったん落ち着かそか。ジルドみたいな奴が増えて困るわあ」
「ああやっぱりそう思う?特にセルジオってジルドと気が合いそう」
「セルリオねえ、まあええけどお?」
「勝手に仲良くしたり喧嘩したりしてください、っ」
「せやなあ。そうするからたまにご褒美頂戴なあ」
口づけてニヤリと笑ったライが「楽しそうでええなあ」と思ってもないことを言ってセルジオたちに話しかけにいく。何人かと目が合って私も遅れて向かいながら最近頭痛の種になっている問題を考える。
複数の相手とストレスなく一緒に過ごすためにはどうすればいいのかという答えはまだでそうにない。
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