狂った勇者が望んだこと

夕露

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第四章 狂った勇者が望んだこと

209.「なかなかいいって思えてきたかな」

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紗季さんのことを知ったときからずっと気になっていたから、紗季さん含めアルドさんの契約まで解くことができたのは大きな成果だった。
時間はかかったし労力もかかったけれどその甲斐はあったといえる。アルドさんたちから得られた情報は多く、イメラたちの望みを叶えるために役立つ。苦労性のジルドの憂いも消せたんだしいいこと尽くめだろう。

「もう行っちゃうのね」
「はい、待っている奴らもいますしね」
「禁じられた森を探索するんだったね」
「はい。早くて数日で戻る可能性もありますが、1週間単位でもぐろうと思っています」
「……桜さんのツレなら大丈夫だろうが、安全を祈る」
「……はい」

世のなか絶対なんてないけれど、よっぽどのことがない限り大丈夫です。
なめきったことを心の中で呟きながら頷いて返す。
禁じられた森を探索するにあたって魔物への対策が問題点だったけれど、レオルド監修のもと行われた修行でセルジオはもちろんリーフもハースもめきめきと力を上げた。今回探索するメンバーは私、レオルド、セルジオ、リーフ、大地、ハースの6人だけど、最近なんの訓練もしていない私はかなり遅れをとっているはずだ。足を引っ張らないようにしよう。

「いつか会ってみたいね。随分と腕が立って信用がおける相手なんだろう?」
「そうですね」

色々言いたいけれどグッと飲み込んで微笑んでおく。
アルドさんたちはレオルドたちのことを話していない。言ったら驚くより喜びそうで、悪いようにはしないだろうけれど面倒ごとが増えそうな気がする。それはごめんだ。

「大地様くれぐれも、くれぐれも気を付けていくんですぞ」
「あー分かった分かった。お前も元気でいろよ」
「おお……っ!大地様……!」
「あ゛ー顔がうぜー!おいリーシェ行くぞ!」

私の腕を掴んだ大地は早くと急かしてくるからしょうがない。丁度いい言い訳を手に入れて私はアルドさんたちに頭を下げる。紗季さんを見れば目を細めて微笑んでいて──


「それでは」
「いってらっしゃい、桜ちゃん。気をつけてね」


──いってらっしゃい。
この世界でも聞くようになった言葉に最初は戸惑いを覚えた。
今は。

「……いってきます」

笑って、大地と一緒に転移する。心配性な紗季さんに黒い道を見せないほうがいいだろうし、大地と一緒だったら現れもしてくれないだろう。でも転移だとすぐバレるから面白くないんだよな。

「──サク」
「レオルド。お待たせ」
「……待ったよ。でもそれもなかなかいいって思えてきたかな」
「さよですか」

光が差し込む森に立っていたレオルドは、私が宙に現れるやいなや振り返って落ちてきた私を捕まえる。後ろで着地に失敗した大地を一瞬見はしたもののすぐにどうでもいいと判断したんだろう。マイペースに話を続けている。
とはいっても、近くにはすでに死んでいる魔物が地面に横たわっていて血の臭いがするし、こんな光景が当たり前の奴が気を取られることのほうが少ないに違いない。
地面におろされてから辺りを探ってみるけれどセルジオたちの気配はなかった。どうやらもう3人だけで狩りに行っているようだ。

「レオ、っ」

どんな調子か聞こうかと思ったら突然、口づけられる。触れる柔らかい感触は離れることなく濡れて私の息を奪っていく。背中に感じる手は強い力で抗議を許そうとはしてくれない。身体にはさまった手で服を掴むけれど、意味はなかった。
──もっと、ほしい。
垂れる魔力に舌を這わせてしまっているのは私だ。

「ん」

魔力の消費は命にかかわるからか、交換すれば減ることはないと分かっていても相手を信用していなかったらいつの間にか奪い合いになるんだそうだ。だから交換はあまり一般的な方法じゃないらしい。
……奪ってたつもりが交換になってることはあったのにな。
主人を助けるべく魔法として使えるようになる魔力は、感情で増減するうえ使える魔法も性格に影響される。魔力と感情はきってもきれない関係にある。
そのせいか魔力交換をしているあいだ、ここは大丈夫だって、安全だと思ってしまう。ホッとして温かくて、きもちよくて。

『ちなみに俺の魔力はどんな感じ?』

覚えのある感覚にライの言葉を思い出して一気に目が覚める。そして見えたのは長い金色の睫毛。身体を押し離せば、私を映した蒼い目がゆるり弧を描く。
俺の魔力は。
妙な言い回しに気になって意味をそれとなく調べてみたら、魔力のことを尋ねるのは想いを寄せる人に想いを確認してもらうためだったらしい。自分や相手の想いが混ざって直接感じ取れるからこそ、交換が成立するかはっきりするぐらい、正直な想いが分かってしまうらしい。

……私はなにを考えた?
ここは大丈夫だとか、ホッとするとか。

目の前にいるレオルドは折角とった距離をこともなげに埋めて楽しそうに私の頬に手を伸ばす。
ドキリとはねた心臓は間違いなく気のせいだ。


「水差して悪いけど目の前でおっぱじめられるとマジでこっち気まずいっつーか。モラルって知ってっか?」


ある意味救いで、ある意味最悪な大地の発言に今度こそ我に返る。
すぐさまレオルドから離れて、鉄パイプで遊んでいた大地に蹴りをいれた。

「うぉ!なんでキレてんだよ!どっちかっつーと俺がキレるとこだろ!?」
「黙れ」
「理不尽すぎだろ!?」

八つ当たり大いに結構だ。大地のまっとうな意見を無視して蹴りをいれ続けるけど、また避けられてしまった。
やっぱり身体はかなり鈍っているらしい。






 
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