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第四章 狂った勇者が望んだこと
241.「話すつもりはない」
しおりを挟む重い、暑い。
ベッドの上なのに最悪な目覚めをしたあと見えてきたのは古傷の多い男の腕。見慣れた家具にすぐ昨日のことを思い出せたけど、私とジルドのためにも忘れることにする。
「熟睡じゃん」
私の身体を抱き枕にして気持ちよさそうに寝ていたジルドは、腕のなかから逃げても気がつかなかった。疲れがたまっているんだろうか。ジルドの寝顔を見る機会がなかったから新鮮だ。
トゥーラにジルドのことを頼んで出ようかと思ったけど、合流するまでまだ時間があるからミントティーでも飲むことにした。さっぱりとした香り。そのままでも美味しいけど、氷をいれて飲みたくなってくる。やっぱりトゥーラを呼ぼうか──そう考え直したとき、ベッドから音が聞こえた。寝返りを打ったみたいだ。安心して息を吐いたら、急にジルドが飛び起きて辺りを見渡した。
そして驚く私を見て、さっき私がしたように、息を吐く。
だけどこっちはお茶をこぼしそうなほど驚きすぎて安心とは無縁になってしまった。
「……おはようございます」
「おはよう……よかった。もう行ってしまったのかと思った」
「お茶を飲んでからと思っていますが、ジルドさんも飲みますか?」
「ああ、貰えるか?」
「はい」
新しいカップにミントティーをいれているあいだ、ジルドは目をこすったかと思うと頭を振って、まるで犬のような動きをしている。まだ眠いんだろうか。
「二度寝してもいいと思いますけど」
ベッドの端に座ってぼおっとするジルドにミントティーを差し出しつつ反応をうかがえば、クスリと笑う顔。ありがとうとお茶を受け取って飲むと、二ヤリと笑う顔。
「あなたも一緒に寝てくれるならそうするが」
「私は予定があるので」
「そうか。俺もだ」
目が覚めてきたようでなによりだ。それなら折角だし朝ごはんでも食べよう。空間に保存していたすぐに食べられるものをいくつか取り出す。アップルパイに昨日の食事処で買った惣菜。うん、最高。
ジルドも最初こそ驚いていたけど、すぐに慣れたのか席に座ってご飯を食べだす。どうやら出したものすべてお気に召したようだ。今度一緒に食べに行こうと呑気な言葉。
「大地は店に詳しそうだからな。今度俺も話を聞いておこう」
「そうですか……ん?大地?」
「これは大地と一緒に行った店のものじゃないのか?」
呑気な会話のはずが、急に雲行きが怪しくなってくる。なんでここで大地の名前が出てきたのか考えて──ハッとする。
「そうですが、なんで知ってるんですか?」
「……人から聞いた」
翔太だ……っ!
去り際に煽ってきたあの調子や、ジルドは惨めな操り人形なんて陰口をいっていたことから確信する。翔太は転移したあと私たちの様子をジルドに言いにいったんだ。あの調子に加えて誇張しながら話している姿がありありと浮かぶ。
「リーシェ」
「先に言っておくと、熱愛なんて噂は嘘ですから」
「え?」
「え?」
カナルでも面倒だったのにこの場所で噂が広まりでもしたら面倒なことこのうえない。
そう思って固い声に慌てて断言すれば驚いた顔が見えて、私まで驚いて聞き返してしまう。もしかしてジルドは別のことを考えていたんだろうか。別のことって。
「嘘、か」
「はい」
「それなら大地があなたを愛しているだけか?」
「完全なガセネタですね。私にも大地にもタイプがあります。ありえない」
「俺があなたを愛しているのは?」
「……知りませんよ。あと、その笑い方やめてくれませんか」
ニヤニヤ、にやにや。ひどく鬱陶しい。
アップルパイをほおばって横を向けば、さすがに気を使ってくれたのかジルドは話を変えた。
「まあ、そいつのお陰で俺は正々堂々ここに戻ってくる言い訳ができたって訳だ。大地と大層親しいアンタの女の面でも見に行ってみれば?だそうだ」
「楽しそうな人ですね」
「ある意味楽しくはある、が」
笑っていたはずの顔が急に真面目になって、私の隣をみる。誰かいるのかと思ったけど、伸びてきた手が私の耳に触れて、なにを見ていたのかが分かった。きっと耳につけているピアス、ラシュラルの花を見たんだろう。
「……俺があげたものは?」
「聞いてないんですか?契約を打ち消すときに使いました。いまは紗季さんの部屋に飾ってありますよ」
「知っている」
知っているなら聞くな、なんて野暮だろうか。でも妙な雰囲気になっても困るから気が済むまで放置する。
「あと、見てたからご存じでしょうけどそれはリヒトくんがくれたものですから。嫉妬してるんでしたら相当恥ずかしいですよ」
「知ってる。そのピアスがライガの仕入れたものだということも」
「そうですか」
嫌な雰囲気になってしまったから早々にジルドの手をはらいのける。いい加減この関係もはっきりさせなきゃいけない。
この関係。
顔をあげれば、私を見ていた茶色の瞳を見つけた。息が急にしづらくなったのは変なことを思い出してしまったせいだ。
リーシェ。
あのときとは少し違う呼び方をされたせいだろうか。声を遮ってしまう。
「私たちはこのあとラザルニアに行こうと思っています」
「ラザルニア?ライガの──その顔は知らないようだ」
「ライガがなんですか?」
眉を寄せる私を見てジルドはすぐに言葉を飲み込んだ。
ジルドはなんでラザルニアからライガを連想したんだろう。
嫌なことにジルドは話す気がないらしく口元に笑みを浮かべて質問には答えない。
「ラザルニアにはなんの用事で行くんだ?あなたはいま勇者召喚を無くすために動いているんだろう?」
「その一環で行く必要があると判断したからです。そういえばライガさんは神聖な場所の映像を見たあとすぐ1人で転移してどこかに行ったんです。戦争に関係すること、なんて言って。ご存じですか?」
「知っているが、話すつもりはない」
ライガは試すように私に聞いたけど、ジルドは断言する。
2人とも私のことを考えて言っていると分かるけど、このはがゆさはなんだろう。
「父にもライガにも……きっとあなたにも甘いといわれるだろうが、俺はあなたを関わらせたくない。どうしたって舞台にひきずりだされるにしても、あなたが傷つくと分かり切っている場所にわざわざ連れていこうとは思わない。俺は……それでもあなたを逃がしたくないと縛った責任はとるつもりだ。あなたはいまは自分がしたいことを優先してほしい」
急に距離をとって知らない人のような顔をして諭してくる。なんだろう。腹が立つ。それなのに文句をいえるほど気持ちの整理がついていない。
放っておいて、人の勝手、もう巻き込まれてる。
だから?
戦争に手を貸す──そこまで言えない。
皆それが分かってるから、線を引いてるんだ。分かってる。
でも今は前も痛感したこのどうしようもなくループする思考に、焦りさえ覚えてしまう。
っ私の問題でもあるはずなのに遠いところで動く話に、取り残されてしまった、そんなふうに思ってしまった。
「……報告しておきますと、千堂さんと里奈さん、リヒトくんをのぞいたイメラたちサバッドは消えました」
「え」
「つい先日ディバルンバ村で見送ったところです」
「待ってくれ。ディバルンバ村?それはナナシの村の住人たちが作った村じゃないのか?待ってくれ」
「待ちません」
ふん、と鼻をならして笑えば瞬いた目が悔しそうな顔に変わる。でもそれが笑みを浮かべるのはすぐだった。あとはもう、時間がくるまで英雄伝や神殿について分かったことを語りつくす。
ジルドの覚悟を思えばひどい仕打ちかもしれない。だけど、きっとこれはお互い様だ。共犯者としてジルドたちのぶんも陰で暗躍していたライガが、戦争に関することだと明言してすぐ行動に移していたんだから、きっと、そう。
私を思って、なんて聞こえはいいけど、それだけだ。
私がしたいこと──できること。
考えても考えても、結局はそのときにしか分からないんだろう。そのときになってできることが私の精一杯でしかなくて、いま私ができることは、それを望むままにできるように備えなることだった。
レオルドたちと合流して転移したラザルニア近くの街で痛いほど痛感する。
悲鳴や絶望する声、慌てふためく人たちは空を見上げてなにか言っていた。終わりだ。逃げろ。その騒ぎを聞きつけて兵士は外にでてしまったんだろう。私たちは入国の手続きもせず、そのまま建物から外に出て空を見上げた。
空にあったのは赤色の線──シールド。遠くとはいえ森の一部を覆うようにしてあるシールドが赤色になっていた。
「魔物がくるぞお!」
誰かが叫んで、みんなが逃げだす。混乱ここに極まれり、だ。そんななか魔物を迎え打とうと兵士が配置につきシールドを張る姿は圧倒されるものがあった。
フィラル王国で勇者として行ったホーリットの任務のことを思い出す。あのときはすでに交戦状態だったけど、最初はきっとこんな雰囲気だったに違いない。
「あの……俺たちも逃げたほうがよくないですか?」
ハースがおずおずと手をあげるのに私もそうだねと内心同意する。
どうやらこの街は転移して来た人たちの審査を街の外の建物でしていたらしい。それも、シールドの範囲外の建物だ。おかげで私たちは傍観者でいられない状況になってしまった。
シールドの内側から身振りでなにか伝えようとしている兵士を見ながら私たちは顔を見合わせる。
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