13 / 197
【ヴィラと過ごす時間】
13.ためいき
しおりを挟む風に乗って男たちが訓練にいそしむ声が運ばれてくる。そんなことが当たり前のこの異世界が段々と日常のものになってきた。
梓は広場にある運動器具をベッド代わりに寝転がりながらそんな日常に心を落ち着ける。与えられた自分の部屋は落ち着く場所になってはきたが安全な場所という認識のほうが強く、広場のほうが梓にとっては心が楽になる場所だ。
元の世界と変わらない空がよく見えるからだろうか。青い空に浮かぶのは白い雲で目を焼く太陽の色も熱さも変わらない。空を見ていればもしかしたらここは異世界などではなく元の世界で、そうでなくとも繋がっているのではと妄想してしまう。勿論そうではないと分かっているが、それでも空に感じる安堵は梓の心を慰めた。
この世界に来てから寂しいとか不安などの感情を抱くことは多かったが、今日こんなにも気持ちが不安定なのは明日からようやく慣れた普通がひとつ消えるからだろう。
「今日でヴィラさんとは最後」
明日から違う聖騎士と時間を過ごすことになる。そんなに積極的に知りたい情報でもないと梓はヴィラに尋ねはしなかったが、明日顔合わせという状況になると少し相手のことを知っておきたい気持ちになる。シェントにかけてもらった魔法があるからソウイウ方面では大丈夫だと安心しているが、できればヴィラともそうなれたように穏やかに過ごせるようにしたいところだ。
「聞いてみよ、っか」
梓は意を決して身体を起こす。
汗の流れる身体に吹きつける風がとても気持ちよくて、梓は部屋を出たときとは違い爽やかな気持ちで部屋に戻る──はずだった。
「あなたとの時間が終わって残念。私、あなたのことが一番気に入ってるんだから」
「そりゃどーも」
「思ってもないくせに」
部屋に続く花の間へ、その花の間へ向かうために通る待合室で交わされていた男女の会話。ここにいて話をしているということは神子と聖騎士なのだろうが、どちらも聞いたことのない声だ。一瞬気にせず通り過ぎることも考えたが、ドアが開いていたとはいえ場所を選びそうな話題を大きな声で戸惑いなくする相手がそんなことを許すようには思えない。
梓が行動を迷っていあるあいだにも会話は続く。
「あなたのその太々しい態度も好きよ。人が折れる姿を見るのは楽しいけどたまにはあなたみたいなのと一緒にいて息抜きしないとね」
「毎度うるせえ豚だな。俺は魔力を回復できりゃーいいんだよ。で?もうこれで十分だろ」
「ふふ、あなた達ってほんと可哀相」
梓は神に祈るように目を閉じて天を見た。そして微笑みなにも聞かなかったことにして来た道を戻る。
待合室に入らなくてよかった……。
梓は溜息を吐いてお城をぐるりと一周して時間を潰したあとまた待合室に戻る。誰もおらず安心したのも束の間、花の間に見知らぬ神子を見つけてしまった。といっても後姿しか見えなかったが、梓は失礼ながらも彼女が先ほどの神子だと確信した。彼女は非常に恰幅が良かった。ドレスからのぞく真っ白な肌は不健康に思える膨らみをしていて、呼びつけているメイドを叱責するたび肉が揺れている。金切り声から連想するに険しい表情をしているだろう彼女に怒鳴りつけられているメイドが比較になってしまって、余計彼女の恰幅の良さが目立つ。
「ああもう気が利かない!私がいなきゃこの国は駄目なのにそんなことさえも分かってないの?」
遠くで聞いていても頭が痛くなる声だ。またどこかで時間を潰してから戻ろうかと思ったが下手に動いて気がつかれたらひどく面倒なことになるだろう。梓は彼女が自分の部屋へと早く戻ってくれることを祈って書架の陰に隠れながら本を読む。
結局梓が自分の部屋へと戻れたのは数時間後のことだった。
「お前は……」
暗く、静かな部屋に呆れた声がぽつりと響く──ヴィラだ。
ドアを開けた瞬間灯りがついていないことからそんな予感はした。別にいいのだが、なにも最後の日にしなくてもいいだろうというのが本音だ。
ヴィラはベッドの上で、もっといえば布団の上で丸くなって眠る梓を見下ろしながら溜息を吐く。梓と過ごすひと月が終わる日だから少し話をしようと思っていた。梓の性格から考えるに明日から過ごす相手のことを知りたいだろうと思ったし、そのついでになにかあれば──。
そこまで考えてヴィラはまた溜息を吐く。明日から樹はヴィラの神子ではないのだから気遣う必要はないのだ。そのはずだ。
ヴィラは落ち着かない気持ちに眉を寄せながら梓に手を伸ばす。
そしてあのときとは違い感じる体温、柔らかな感触、ヴィラの肌を撫でる髪──知らず口が緩む。
「なにかあれば、俺を頼れ」
抱き起こした梓に小さく囁く言えなかった言葉。最後の日に梓がこうやって寝ていてくれてよかったのかもしれない。きっと顔を見ていたなら言えなかっただろう。
ヴィラは布団を魔法でよけたあと梓をベッドに寝かせ、自身も少し離れた場所で横になったあと梓を起こさないように布団をかける。
「天然って怖い……」
ヴィラの寝息が聞こえる部屋に小さな溜息ひとつ。
0
あなたにおすすめの小説
【完結】異世界に転移しましたら、四人の夫に溺愛されることになりました(笑)
かのん
恋愛
気が付けば、喧騒など全く聞こえない、鳥のさえずりが穏やかに聞こえる森にいました。
わぁ、こんな静かなところ初めて~なんて、のんびりしていたら、目の前に麗しの美形達が現れて・・・
これは、女性が少ない世界に転移した二十九歳独身女性が、あれよあれよという間に精霊の愛し子として囲われ、いつのまにか四人の男性と結婚し、あれよあれよという間に溺愛される物語。
あっさりめのお話です。それでもよろしければどうぞ!
本日だけ、二話更新。毎日朝10時に更新します。
完結しておりますので、安心してお読みください。
お腹の子と一緒に逃げたところ、結局お腹の子の父親に捕まりました。
下菊みこと
恋愛
逃げたけど逃げ切れなかったお話。
またはチャラ男だと思ってたらヤンデレだったお話。
あるいは今度こそ幸せ家族になるお話。
ご都合主義の多分ハッピーエンド?
小説家になろう様でも投稿しています。
黒騎士団の娼婦
イシュタル
恋愛
夫を亡くし、義弟に家から追い出された元男爵夫人・ヨシノ。
異邦から迷い込んだ彼女に残されたのは、幼い息子への想いと、泥にまみれた誇りだけだった。
頼るあてもなく辿り着いたのは──「気味が悪い」と忌まれる黒騎士団の屯所。
煤けた鎧、無骨な団長、そして人との距離を忘れた男たち。
誰も寄りつかぬ彼らに、ヨシノは微笑み、こう言った。
「部屋が汚すぎて眠れませんでした。私を雇ってください」
※本作はAIとの共同制作作品です。
※史実・実在団体・宗教などとは一切関係ありません。戦闘シーンがあります。
残念女子高生、実は伝説の白猫族でした。
具なっしー
恋愛
高校2年生!葉山空が一妻多夫制の男女比が20:1の世界に召喚される話。そしてなんやかんやあって自分が伝説の存在だったことが判明して…て!そんなことしるかぁ!残念女子高生がイケメンに甘やかされながらマイペースにだらだら生きてついでに世界を救っちゃう話。シリアス嫌いです。
※表紙はAI画像です
今夜は帰さない~憧れの騎士団長と濃厚な一夜を
澤谷弥(さわたに わたる)
恋愛
ラウニは騎士団で働く事務官である。
そんな彼女が仕事で第五騎士団団長であるオリベルの執務室を訪ねると、彼の姿はなかった。
だが隣の部屋からは、彼が苦しそうに呻いている声が聞こえてきた。
そんな彼を助けようと隣室へと続く扉を開けたラウニが目にしたのは――。
【完結】モブのメイドが腹黒公爵様に捕まりました
ベル
恋愛
皆さまお久しぶりです。メイドAです。
名前をつけられもしなかった私が主人公になるなんて誰が思ったでしょうか。
ええ。私は今非常に困惑しております。
私はザーグ公爵家に仕えるメイド。そして奥様のソフィア様のもと、楽しく時に生温かい微笑みを浮かべながら日々仕事に励んでおり、平和な生活を送らせていただいておりました。
...あの腹黒が現れるまでは。
『無口な旦那様は妻が可愛くて仕方ない』のサイドストーリーです。
個人的に好きだった二人を今回は主役にしてみました。
なんか、異世界行ったら愛重めの溺愛してくる奴らに囲われた
いに。
恋愛
"佐久良 麗"
これが私の名前。
名前の"麗"(れい)は綺麗に真っ直ぐ育ちますようになんて思いでつけられた、、、らしい。
両親は他界
好きなものも特にない
将来の夢なんてない
好きな人なんてもっといない
本当になにも持っていない。
0(れい)な人間。
これを見越してつけたの?なんてそんなことは言わないがそれ程になにもない人生。
そんな人生だったはずだ。
「ここ、、どこ?」
瞬きをしただけ、ただそれだけで世界が変わってしまった。
_______________....
「レイ、何をしている早くいくぞ」
「れーいちゃん!僕が抱っこしてあげよっか?」
「いや、れいちゃんは俺と手を繋ぐんだもんねー?」
「、、茶番か。あ、おいそこの段差気をつけろ」
えっと……?
なんか気づいたら周り囲まれてるんですけどなにが起こったんだろう?
※ただ主人公が愛でられる物語です
※シリアスたまにあり
※周りめちゃ愛重い溺愛ルート確です
※ど素人作品です、温かい目で見てください
どうぞよろしくお願いします。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる