28 / 197
【囚われの、】
28.嵐の前触れ
しおりを挟む──樹という神子は変わっている。
それがウィドの感想だった。
なにせ樹という神子は見た目を裏切って言いたいことも言えば毒も吐く。陽に長時間あたれば倒れてしまいそうな華奢な身体なのに力が余りにあまっているようで魔法の練習もへこたれず挑戦し続けている。しかも自分の現状を嘆くだけではなく先を見据えて知識に貪欲で、強気な賭けにでたりとこちらが驚くほどの行動力もある。
──彼女が本当に私の国に来てくれたらいいのに。
ウィドは心からそう思いながら魔法の練習をしている梓を見下ろした。彼女は一緒にいて飽きないし楽しい。
「ウィドさん、なんだかすっかり元気になられたようですね」
「そうだな、君のお陰だ。感謝する」
「どういたしまして。ですがそういうことなら、もうそろそろなにか変化がありそうですね」
魔法の練習を止めて梓はウィドを見る。ウィドも梓の考えが分かって同じように口を結んで黙った。
梓がこの牢屋にいられるのは致命傷を負ったウィドが回復するまでの間か明後日だ。メイドのカナリアはテイルと過ごすはずだった残りの時間をウィドに使えと言っていて、その期限は明後日に迫っている。ウィドの回復具合をみても色々と都合がいいだろうし明後日がウィドとの別れだと考えていいだろう。
ウィドは向かいの席に座る梓の手に自身の手を重ねた。
「私の国に来てくれること、考えてみてはくれたか」
静かに話すウィドの言葉は緊張が混じっている。なのに梓は微笑むだけだ。
「王子様はまだ考えてくれてたんですね」
「確かに君が言うように私の現状をみればそう信じられないものだろう。だが、何度でも言おう。君が望むのなら、望んでくれるのなら私は今の状況を利用してでも叶えてみせる」
以前提案したとき梓はウィドを囚われの王子様と言った。そのことを暗に言う梓にウィドは食い下がる。
魔物と対抗する魔力を身に宿す神子。女性の数が多くないこの世界からすれば女性というだけでも宝だというのに、神子という者たちはみな個人差あれど大きな魔力を秘めている。一人神子がいるだけでその違いは大きく、もはや兵器であるともいえる。アルドア国には現在神子は一人もいない。梓がアルドア国にもたらす恵みは計り知れない。
──彼女も神子の研究に興味があると言っているしお互い利はあるはずだ。
返事のない梓に信じてもらえるよう、ウィドは梓の視線をまっすぐに受け止める。ウィドには自信があった。少なくともペーリッシュよりも梓を大切にできる自信があった。
──私なら彼女をこんな暗い場所になんておいやらない。脅して不安な気持ちにさせるなどありえないし、泣かせない。彼女が私の国に来てくれるのなら本が好きだと言っているし、私の書架を案内してやりたい。きっと驚いて、喜んでくれるはずだ。それで魔法の練習もして……
「ウィドさん。私、あなたの国に興味はあります」
「そうか!」
想像に夢中になっていたら嬉しい言葉が聞こえてきた。
ウィドは素直に表情を緩めて喜んだが、梓はそんなウィドを見て困ったように微笑んでいる。梓の目に映るウィドには大きな犬のしっぽがついていた。ブンブンと揺れているのは言うまでもない。
「でもごめんなさい。私はできるだけこの国にいたいんです」
「え」
垂れるしっぽに梓は口をつぐんだが、重ねられた手を握って、気を取り直す。しっかりしなければならない。
ペーリッシュと比べたらアルドア国のほうがまだ神子としては安全なような気はするし、ウィドのような味方もいるぶん安心も大きいだろう。
にも関わらず梓が手放しで喜べないのはここで過ごしてきた時間に後ろ髪を引かれるからだ。なによりも白那と離れてしまうことが痛い。これまでのように気軽に話すことは難しくなるだろう。この世界に誘拐されて心細かったときにできた友達を失うのは大きなリスクだった。ただ、もしこのことを白那に相談できたとしたら返ってくる言葉は『別に会えるでしょ、大丈夫だいじょうぶ』といった類のものだろうし、考えすぎてもどうしようもないことでもある。
──譲ってはいけないのは元の世界に帰ること。それだけはブレないようにして、後は……考えすぎてはいけないこと。
梓は自身に言い聞かせ、話を続ける。
「シェントさんが言うには召喚は五年に一度行われているそうで、次その召喚を行うさい、もしかしたら私元の世界に戻れるかもしれないんです。不確定要素だらけなんですが、もしかしたら道が出来るかもって……だから私その日まで待つことにしたんです」
「だが君は無能な神子と」
「そうなんですよね……どうしようかな」
眉を下げ笑う梓にウィドは息をのみ、自身に絡む細い指に力を込めた。
梓が“良い神子”としての行動をうっすらと視野にいれてしまったことを読み取ったその表情は固い。無能な神子の逆をいくのならソレが一番良い道だろうことは見当がつく。
──彼女が神子として生きる?自分の世界へ帰るために?帰る?ああ、そうか。帰りたいのか……そうだろう。しかし。
混乱するウィドは梓になにも声をかけられない。梓はもとより慰めなど期待していない。ただしょげてしまった大型犬が気の毒になって笑った。
「でもまあ私がどこかの国に下げ渡されそうになったらアルドア国にお願いしたいですね」
「……っ!勿論だ!必ず私が君の身を預かる!」
「ん……?はい、お願いします」
微妙にニュアンスが違うなと思いつつ梓は微笑んで流す。なにせ大型犬は嬉しそうにまたしっぽを揺らしだしたのだ。ツッコムのも野暮だろう。
──でも現実無理だろうなあ。
梓は冷めた気持ちを抱きながら嬉しそうなウィドと魔法の練習を再開し、今日も寝落ちしてしまうまで語りつくす。
そして次の日、梓は牢屋のなか一人目を覚ました。いや、傍にカナリアが立っていた。カナリアは梓と目が合うと微笑む。
「おはようございます、樹様。あの者へのお努めお疲れ様でございました。今宵からはアラスト様がお待ちでございます」
突然の話に梓はベッドの上でぼおっとしたままだったが、数秒後、一気に覚醒する。
アラストさんっ!……千佳。
『アラストは私の聖騎士なの!なんで他の女のとこになんかいかなきゃいけないわけ!?』
耳に残る悲鳴のような怒声を思い出して梓は気が遠くなる。カナリアはそんな梓を気遣うことなく綺麗なお辞儀をひとつすると踵を返してしまった。コツコツと響く足音が遠ざかっていくのを聞きながら、いなくなってしまった大型犬よりもこれから起こるだろう嵐を思い梓は項垂れた。
0
あなたにおすすめの小説
【完結】異世界に転移しましたら、四人の夫に溺愛されることになりました(笑)
かのん
恋愛
気が付けば、喧騒など全く聞こえない、鳥のさえずりが穏やかに聞こえる森にいました。
わぁ、こんな静かなところ初めて~なんて、のんびりしていたら、目の前に麗しの美形達が現れて・・・
これは、女性が少ない世界に転移した二十九歳独身女性が、あれよあれよという間に精霊の愛し子として囲われ、いつのまにか四人の男性と結婚し、あれよあれよという間に溺愛される物語。
あっさりめのお話です。それでもよろしければどうぞ!
本日だけ、二話更新。毎日朝10時に更新します。
完結しておりますので、安心してお読みください。
黒騎士団の娼婦
イシュタル
恋愛
夫を亡くし、義弟に家から追い出された元男爵夫人・ヨシノ。
異邦から迷い込んだ彼女に残されたのは、幼い息子への想いと、泥にまみれた誇りだけだった。
頼るあてもなく辿り着いたのは──「気味が悪い」と忌まれる黒騎士団の屯所。
煤けた鎧、無骨な団長、そして人との距離を忘れた男たち。
誰も寄りつかぬ彼らに、ヨシノは微笑み、こう言った。
「部屋が汚すぎて眠れませんでした。私を雇ってください」
※本作はAIとの共同制作作品です。
※史実・実在団体・宗教などとは一切関係ありません。戦闘シーンがあります。
お腹の子と一緒に逃げたところ、結局お腹の子の父親に捕まりました。
下菊みこと
恋愛
逃げたけど逃げ切れなかったお話。
またはチャラ男だと思ってたらヤンデレだったお話。
あるいは今度こそ幸せ家族になるお話。
ご都合主義の多分ハッピーエンド?
小説家になろう様でも投稿しています。
残念女子高生、実は伝説の白猫族でした。
具なっしー
恋愛
高校2年生!葉山空が一妻多夫制の男女比が20:1の世界に召喚される話。そしてなんやかんやあって自分が伝説の存在だったことが判明して…て!そんなことしるかぁ!残念女子高生がイケメンに甘やかされながらマイペースにだらだら生きてついでに世界を救っちゃう話。シリアス嫌いです。
※表紙はAI画像です
今夜は帰さない~憧れの騎士団長と濃厚な一夜を
澤谷弥(さわたに わたる)
恋愛
ラウニは騎士団で働く事務官である。
そんな彼女が仕事で第五騎士団団長であるオリベルの執務室を訪ねると、彼の姿はなかった。
だが隣の部屋からは、彼が苦しそうに呻いている声が聞こえてきた。
そんな彼を助けようと隣室へと続く扉を開けたラウニが目にしたのは――。
【完結】モブのメイドが腹黒公爵様に捕まりました
ベル
恋愛
皆さまお久しぶりです。メイドAです。
名前をつけられもしなかった私が主人公になるなんて誰が思ったでしょうか。
ええ。私は今非常に困惑しております。
私はザーグ公爵家に仕えるメイド。そして奥様のソフィア様のもと、楽しく時に生温かい微笑みを浮かべながら日々仕事に励んでおり、平和な生活を送らせていただいておりました。
...あの腹黒が現れるまでは。
『無口な旦那様は妻が可愛くて仕方ない』のサイドストーリーです。
個人的に好きだった二人を今回は主役にしてみました。
異世界から来た娘が、たまらなく可愛いのだが(同感)〜こっちにきてから何故かイケメンに囲まれています〜
京
恋愛
普通の女子高生、朱璃はいつのまにか異世界に迷い込んでいた。
右も左もわからない状態で偶然出会った青年にしがみついた結果、なんとかお世話になることになる。一宿一飯の恩義を返そうと懸命に生きているうちに、国の一大事に巻き込まれたり巻き込んだり。気付くと個性豊かなイケメンたちに大切に大切にされていた。
そんな乙女ゲームのようなお話。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる